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2013 5/12の拝観報告1(西行庵 予約拝観)


写真は、母屋主室と前庭

この日は朝から拝観日です。
市バスにて東山安井に到着。
8:50頃、西行庵前に到着です。

ここは4/29の京都グラフィーで来ましたが、あまりの消化不良に早速予約し本日予約拝観となりました。
2名以上での申し込みですので、当然のようにアマデウス会で声をかけました。
しかもこの日は11:00から別の拝観で集まる予定があったので、そのメンバーのなかから有志を募りました。
するとかんじろうさま、toganjiさま、WAN師匠と僕の4名で行くことになりました。

詳細は今後の本編で書きますので、流れと感想を。

まず拝観は、京都グラフィーでみた土間席と二畳台目のお茶席の奥にある母屋の主室での呈茶の後に沿革の説明があります。
ここで西行堂だけがどうして雙林寺の管轄になっているのかの説明がありますが・・・これはね・・・あまりに現実的なお話なので割愛します。
知りたい方は参加者に直に聞いてください。

そして皆如庵です。
皆如庵はどうやら高山右近が、加賀前田家に寄宿していた際に造ったものだそうです。
これが豪姫(前田利家の娘)と宇喜多秀家の孫娘が久我家に嫁ぐ際に、久我家に譲渡された。
この譲渡は実のところキリシタンである高山右近ゆかりのものを大事にしていると、前田家にいかなる累害が及ぶかもしれないので手放したい側面もあったようです。
ですから茶室の由緒は明文化されていなかったそうです。
そしてその久我家が明治維新後に東京に移った後に京都邸宅に残った皆如庵を、この西行庵に譲ったという歴史のようです。
しかし前述のように沿革や由緒が明文化されていないため、高山右近ゆかりのお茶室であるという客観的な証拠がないそうです。
それがあればかなりの価値が証明されるそうです(笑)。

お話も一生懸命してくださり、非常に面白かったです。
次の予定があったので10:30頃には失礼致しましたが、本来は2時間ぐらいかかりそうですね。

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萬福寺2 通常拝観2 法堂 開山堂(宇治散策10)


写真は、法堂と東方丈

大雄宝殿の右手にある斎堂は、いわゆる食堂です。
斎堂は通常非公開ですが、8月末の文化財観賞と朝がゆ体験で内部に入りました。
内部中央には緊那羅王菩薩像がお祀りしてあり、両端の壁には五観の偈(ごかんのげ)が掲げられています。

また斎堂の前には大きな魚の形をした魚板が吊るしてあり、木魚の原型だそうで、これを打って時を報じていたそうです。
斎堂の奥には寺務所が、さらに奥には黄龍閣があります。
事前に予約しておくと、黄龍閣で普茶料理を頂くこともできます。

大雄宝殿のさらに奥、突き当りに法堂があります。
法堂の右手には“東方丈(とうほうじょう)”、左手には“西方丈(せいほうじょう)”が隣接していますが、中には入れません。

西方丈側から戻ってきます。
まず禅堂があります。
禅堂に向かって右手の小道の奥に隠寮がありますが、通常は非公開です。
さらに左には祖師堂、鼓楼と続き、右手に下りの回廊があります。

この左手下に中和園という庭園がありますが、あまり手が入っていません。
回廊の右手の奥に竜宮門があり、この奥に禅堂書院がありますが、こちらも通常は非公開です。
さらに回廊内を進むと合山鐘という鐘が廊下の真中にあります。
さらに回廊が左に折れた先の右手に寿塔(重文)があります。
寿塔は隠元禅師のお墓です。

さらに回廊を進んだ先に開山堂があります。
開山堂には邪気を払うといわれる“桃”がたくさん描かれています。
内陣には范道生作の隠元禅師像がお祀りされていますが、通常中までは見えていません。
2022/12/3の「萬福寺と塔頭 宝蔵院 顕彰特別参拝」で、開山堂内に入り内陣にもお参り出来ました。
隠元禅師像は椅子に座った坐像で、禅師のひげや髪の毛が植えられています。

この開山堂を背にした右手に松隠堂(重文)があります。

開山堂の参道を出ると左手に天王殿、右手に三門があり、元に戻ります。




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