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映画『アンゼルム』を札幌のシアターキノで見た―2024年7月12日その2

2024年07月16日 12時43分44秒 | 音楽、舞台、映画、建築など
(承前)

 ドイツを代表する映画監督のヴェンダースが、これまたドイツ出身(映画を見ると現在はフランスに巨大なスタジオを構えているようですが)の著名な美術家であるアンゼルム・キーファーの世界に迫った映画。
 ドキュメンタリー映画と銘打っていますが、キーファーの少年時代を再現した場面があったり、彼の息子に青年時代のキーファーを演じさせたり、ユニークな試みを随所に取り入れています。

(公式サイトはこちら : https://unpfilm.com/anselm/
 
 キーファーの作品は巨大ですが、アトリエ(スタジオ)の巨大さも並外れており、冒頭で作家がアトリエ内を自転車で移動していることに度肝を抜かれます。
 1000号はあろうかという大きな絵画を、複数の助手に運ばせて、キーファーがバーナーで盛大に表面を焦がしている場面もあり、驚きました。
 機械を用いて硫酸のような薬品をぶちまけて表面を変化させていることもありました。
 絵は車輪のついた台車で移動させています。先日見て驚かされた遠藤彰子さんの絵の倍はありそうです。
 とにかく、日本のアートとスケールが違う。
 貧乏くさいのが日本の芸術の特徴であり、それはそれで永井荷風が言うとおり、いとおしいものですが、それにしてもこれは、いくらなんでもデカすぎではないかと。


映画『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』予告編



 ナチス式敬礼をした自画像の写真や、鉛の本を集めた書棚の立体造形で、ドイツ美術界で物議をかもしたことなど、過去のインタビューフィルムなども交えながらキーファーの足跡も丹念に追っています(テレビ画面にそのままカメラを向けるのが『パリ、テキサス』の監督らしいかもしれない)。
 もっとも、予備知識なしにこの映画を見た人が、どこまでキーファーの世界を理解できたかは、1998年に川村記念美術館(千葉県)で彼の大作の数々を見て驚いた経験のある筆者には、なんとも判断できません(あと、彼のインスタレーション「革命の女たち」も見た記憶があるのですが、いつどこで見たのか思い出せません。セゾン現代美術館には行ったことがないのですが…)。
 筆者にも、例えば、高い螺旋階段の上から衣服のようなものをキーファーがばさっばさっと落としていく場面や、終わりごろでベネチアを訪れる場面などは、意味がよくわかりませんでした。
 キーファー芸術の概略を知るには、多木浩二さんによる評伝『シジフォスの笑い: アンセルム・キーファーの芸術』(岩波書店)をひもとくのがおすすめですが、残念ながら品切れになって久しいです。
 
 
 もう一つ、注意を促しておきたいことは、ドイツといえば、2度にわたる世界大戦でやらかしてしまった罪が大きすぎ、それを真摯に反省していることから、よく日本と比較されますが、その姿勢を終戦後ずっと保ってきているわけではないことです。
 三島憲一さんの『戦後ドイツ』(岩波新書)にくわしいですが、戦後しばらく西ドイツでは、保守政権が続いたこともあり、大戦を振り返る動きはあまり活発ではありませんでした。
 それに対し「年長世代は何をやってきたんだ」と突き上げたのが、1968年ごろの学生叛乱であったのです。
 キーファーの作品も、大きな流れでみれば、その一つといえるのかもしれません。ただ、彼はアーティストですから、ナチス礼賛でないことはもちろんですが、単なる通りいっぺんのナチス批判とも言い切れないでしょう。


『アンゼルム “傷ついた世界”の芸術家』本編映像



 なお、名古屋市美術館はキーファーの大作「シベリアの女王」を所蔵しており、常設展で見られる確率が高いです。
 おなじ愛知県の豊田市美術館も所蔵作があるそうです。

 札幌つながりでいえば、最初の札幌国際芸術祭で道立近代美術館にキーファーの立体が展示されたことを思い出します。坂本龍一さんが「ぜひ」とキーファーを推したのでした。



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