くぬぎのたろぐ

くぬぎ太郎の日常的視点

よろしかったでしょうか?

2016-09-02 23:20:50 | Weblog
言葉というのは日々変化しているものでございまして、新語や造語、既にある言葉の新しい使い方がが生まれては消えていきます。
世の中の多くの人が気に入れば、日本語として定着していくこともあるでしょう。

しかし一方で、気に入らない言葉の変化があると、「日本語の乱れ」という指摘が出ることも多々耳に致します。
そんな指摘を聞くと天邪鬼な私は「いつの時代の日本語が正しいの?」と疑問に感じ、つきつめれば縄文時代の言葉を話さなくてはいけないのか、などと思ってしまいます。
当然縄文時代の言葉なんで知るよしもないわけでして、それこそが言葉は変化するという証なのでしょう。

いわゆる「日本語の乱れ」という指摘には、「最近の若者は…」と同じような匂いを感じるものですから、少しで若ぶりたい私は言葉の変化は気にしないようにしています。
しかしながら、どうにも耳につく言い回しがあるのです。

それが「よろしかったでしょうか?」という言い回し。

コンビニやファストフード店でよく耳にする、アルバイト言葉などと言われるジャンルの言語です。
心の狭い私は「まだ承認してないのに、なんで過去のことになってるの?」というわだかまりを感じてしまうのです。

しかもサラッと聞いてくるので、思わず「はい」と言ってしまいます。
返事をしてから「あれ?」と思っても、時すでに遅しです。
そんな経験を繰り返すうちに、いつの日か「よろしかったですか?」に反撃をしたいと、私は密かに心に誓うようになったのです。

反撃と言っても、「あなたその日本語変ですよ!なんで過去のことにしてるんですか?」なんてことは私には言えません。
ちゃんと自分なりに他の作戦を考えているのです。

作戦名は名付けて「過去返し」。

「よろしかったでしょうか?」と聞かれたら、「よろしかったです」と答えて、過去のさらに過去をいくのです。
こうすることで相手は過去・現在・未来の前後関係が分からなくなり、自分の立ち位置すら見失って途方に暮れてしまうことでしょう。
下手をしたら未来ある若者の精神を崩壊させてしまう危険な技なのかもしれません…。

しかし正しい日本語を守るためには、心を鬼にして作戦を遂行する必要があります。
そしてその機会がついに訪れました。

近所のコンビニで会計する際に「よろしかったでしょうか?」と聞かれたのです。
この機会を逃すまいと、私は恥ずかしげに「よろしかったです…」と言ってみました。

果たして作戦が間違っていたのか、私の声が小さかったのか、「はい、ありがとうございます!」と普通に返されてしまいました。
こうして私の暑い夏は終わりを告げたのでした。