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in Switzerland  酪農場の国にて

ただいま、復興支援中。
このブログは著者の恩師・知人・家族への近況報告です。

送別会の会場で思ったこと

2013年06月14日 | Haiti
幹部職員の一人でもある同僚マケドニア人Vの内輪での送別会があった。Vとは2010年2月時からずっと一緒で、いつも住宅建設関連に必要なデータやマップを彼の部署からもらっていた。名残惜しいが、大事業が始まるシリアへの異動なので、喜ぶべきだろう。

いつものように飲んだくれたのだが、この送別会Petion Villeの高級レストランで行われた。会計時に一人あたり100米ドル近くになり、ハイチ人の一月の食費分になるのではないかと、ちょっと罪悪感を覚える。テーブルの周りを見渡すと、外交官というよりも、上流階級のハイチ人たちが金曜夜の社交場に訪れた感じで、100名を超える客でいっぱいだった。

彼ら(上流階級のハイチ人)にはテント生活するハイチ人がどう見えているのだろうか。せめて税金でもきちんと納めてもらって、それらが社会公共事業につながってほしい、とは夢でしかないハイチの現実の一端を思い知らされた。主に富裕層でしかお金が循環せず、海外からの支援があってやっと本来の国が守るべき貧困層に手が差し伸べられる。それも充分だとは到底言えない。

静かな日曜の午後

2013年06月09日 | Haiti
仕事で行き詰ってしまったので、思い立って、午後から近くの海へ。車で2時間ほどかかると思っていたら、道路も整備され渋滞もなく、1時間ほどで着いた。

何をするでもなく、海岸線をぼおっと見て、暗くなる前に帰宅した。

ハイチ V.S. スペイン サッカー親善試合 in Miami

2013年06月08日 | Haiti
ハイチとスペインのサッカー・ナショナルチームの親善試合が、ポルトー・プランスから飛行機で1時間の米国マイアミで行われた。午後から自宅でテレビ観戦。全く格が違うと思われた国同士の対戦だったが、ハイチは健闘して1対2で負けた(ブラジルに行く途中のスペインが、本気じゃなかったのかもしれないが)。システマチックに動くハイチの選手達を見ていると、普段まず見られない光景になんとも言い難い心境になった。ユニフォームの上が青に少し赤い部分が入って、パンツは白、と一見したら、日本とよく似た配色だった。

母の日

2013年05月26日 | Haiti
ハイチでは5月の最終日曜日が『母の日』。第2日曜が全世界共通とばかり思っていたら、米国とそれにならった日本ぐらいで、各国それぞれ違うらしい。今日が『母の日』の国は隣国のドミニカ共和国やハイチ旧宗主国のフランスなど。ポルトー・プランスの街頭では、花束や花飾りがたくさん売られていた。旦那や息子が奥さんや母上に送るらしい。

昼から、もうすぐ帰国される邦人3名の送別会。今回は20名の邦人が集まり、賑やかな会だった。数人に「こないだのBBQ大会以来ですね」と挨拶したら、「あれは○○さんの送別会でBBQの会ではない」と失笑された。ほぼ毎月、かれこれ何百人ものハイチ援助関係者の送別会に参加しているので、記憶がごっちゃになってしまう。これも言い訳かな。

Orchestra in Haiti

2013年05月25日 | Haiti
友人のパーティに来ていたハイチ人演奏家のつてを頼って、オーケストラのコンサートに招待してもらった。質はともかく、ハイチに楽団があることに感動。もっときちんと調べて早く知っておけば良かった。

開場予定時間になっても客を入れずにリハーサルを続け、開演予定時間より結局1時間送れて始まるあたりは、なんともハイチらしい。お客さんも怒った風もなく、演奏を楽しむあたりは見習わないと、神経がすり減りすぎて、ここでは仕事を動かしていけないなぁと改めて認識した。

Flag Day

2013年05月18日 | Haiti
今日はハイチの「国旗の日(Flag Day)」。フランスとの戦いと独立を象徴するハイチ国旗の誕生を記念した日で、今年で210回目を迎えた。

祝賀式典が行われて、街中のあちこちで検問があった。いつもよりお店が閉まっていて、交通量も少ない、比較的静かな日だった。

設計課題

2013年05月16日 | Haiti
写真のテントや掘立小屋が並ぶ土地に、占拠住民が立ち退いた後、80世帯の集合住宅を作る。各30平方メートルほどで、電気と水道も配慮する。

設計自体は難しくないのだけれど、周辺にギャング(市長もそう呼ぶ)が住んでいるので、近隣対策の難航、工事部材の盗難・窃盗、引渡し前の乗っ取りなどが想像される。

Sushi under Blacklight

2013年05月03日 | Haiti
いつもの寿司屋の催しで、ブラックライト・パーティがあった。

白系の服装で来るように言われて、会場のブラックライトに浮かび上がるシーンやカクテルに感動しつつも、頼んだ寿司への食欲はもう一つわかなかった(写真)。やっぱり日本食は目でも楽しんで食べたいということか。

結婚記念パーティ

2013年04月28日 | Haiti
普段ケンカばかりしている友人夫婦の結婚2周年記念パーティが某会場で行われた。本気で離婚を考える前に、家族友人の前で、もう一度お互いの愛を誓い合おうというコンセプトらしいが、皆の前で奥さんが旦那さんに説教した感じの印象が否めず(苦笑)。会自体は、余興あり笑いあり涙ありの楽しい会だった。

勝手にしてくれと言い続けているのに、何かあると夫婦両方から個別に愚痴を聞かされる立場になって丸2年。夫婦喧嘩は犬も食わないとはよくいったものだ。

途切れぬ列

2013年04月27日 | Haiti


事務所を朝6時に出発し、26名の職員らとサンマルクという地方都市(町)で行われたSの葬儀に参加した。急死した31歳の好青年の葬儀には、300名を超える人々が参加し、悲しみにくれた。嗚咽というよりも体全体を震わせて泣き叫ぶ女性も多数。

葬式後、教会近くのSの実家へ歩いて移動し(写真)、ご両親に挨拶。涙も枯れ果てた様子のSの母親以上に「わしの息子はー。。。。。云々」と気丈に振舞う父親の姿がとても、とても痛々しかった。

昼前にサンマルクを発ち、途中の公共ビーチで昼食休憩。水着姿の人々が遊ぶ中、正装の自分らはとても浮いていたが、ビールを飲んだり、バナナ・フライをつまんだりする中で、緊張感が少しやわらいだ気がした。