デジタル送信された「日本は未来だった、しかし今では過去にとらわれている/BBC東京特派員が振り返る BBC News -01/22/ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ、BBC東京特派員」を読んで、今、考え込んでいます。
7千文字ほどのこの一文は、1993年に来日し、日本人の奥さんを持ち子どもも二人いるBBC特派員が日本を去るに当たって書いた文章です。バブルの残り香がまだ色濃い頃から「失われた**十年」を目にしてきた30年。私たちに即していえば、50歳から80歳までの期間を、日本列島で共に過ごした同時代人でもあります。
その間に目にした日本社会の印象が,端的に表題に表れています。私がオモシロイと思ったのは、この一文が素描だからです。いかにもジャーナリストらしく、取材のプロットを拾っています。豊かで清潔な1990年代前半の東京、それから30年年経って山林を売ろうとする所有者の金銭感覚、マンホール蓋学会という妙な好みを偏愛する地方自治体、自動車安全運転講習会という名の退職警察官の働き口を保障する風景、東京から2時間という好立地の寂れ行く房総半島の限界集落の、しかし外国人を受け容れようとしない頑なさ。それと対照させるように、バブルの頃の日本の感じさせた「未来」とその後にたどって現在位置している衰退する経済大国日本が「とらわれている過去」を素描して、「日本は次第に存在感のない存在へと色褪せていくのか」と慨嘆する。
それは、日本社会の総体を的確に描き出しているかといえば、むろんそうではありません。また、外国人がスケッチした異情趣味だろうと名付ければ、そうも言えると思います。でも、彼の素描は「日本社会の不思議」を漠然と描き出していると感じます。
彼の取り出すプロットの一つひとつに対して私たち日本人は、それなりに答えを出すことができます。だが、どうしてそう感じ考えているのだろうとわが身を振り返ると、自身が気づいていない感性や感覚が浮かび上がってきます。無意識に仕舞い込まれて、しかし私たちの直感的選好を左右しているように思えます。自身が抱いている既成観念を疑うことまで「探求」していくと、なかなか奥行きの深いモンダイに突き当たります。
80歳になって私たちは、そろそろ彼岸への渡る地点を探りはじめる気分になっています。同窓生が集まった先日のseminarでも、「皆さんはどう終活しているのか」と問う声も聞こえていました。だが、この一文を読んで、ヘイズさんの感じ取った「日本社会の不思議」に共感する心の響きは、「不思議」とはわたしたちのことを指しているのではないか、と感じます。イギリス人の口を借りて、わたしたちの身の裡の「こだわり」が照らし出されているようです。それを解きほぐすのは、わたしたち自身しかいません。それこそが、わたしたちの終活になるように思い、皆さんにこれを読んで頂いて、ヘイズさんが感じている「不思議」が奈辺にあるか解きほぐしておこうではないかと考えました。いうまでもなくそれは、イギリス人・ヘイズさんの「不思議」を露わにすることでもありますが、それが当面の目的ではありません。
いきなり「本題」に切り込むというのではなく、この文章のいう「未来であった」と「過去にとらわれている」との間に揺蕩う「わたしたち」の感性や感覚の根っこに足をつけるようにして、長い時間を掛けて考えていっては如何かと思いました。
一先ずわが身が無意識に抱いている感性や感覚、価値意識を一つひとつ取り出して意識化し、なぜそう感じ、そう考えているのかと、モンダイを拾い出していきましょう。ヘイズさんの取材領域に限ることはありません。もっとわたしたちの日常の振る舞いに立ち戻り、ワタシはどうしているかと思い巡らす。そうやってみると、「不思議」というよりも「わからない」ことがそちらこちらに転がっているように感じます。
もちろんその話が、「80歳の風景」にかわる「100歳の風景」に移っていくこともあると思っています。ヘイズさんは2050年の日本の人口のことに触れています。2050年というと、もし生きていれば107歳か108歳。いつだったか、同じ同窓のタツコさんが2045年まで生きてシンギュラリティがどうなっているか楽しみと話していたのを思い出します。
おしゃべりseminarが、そうやって日常の遣り取りの積み重ねとして形を変えていけば、それはそれなりに面白いと思うのですが、皆さんはどう考えるでしょうか。
7千文字ほどのこの一文は、1993年に来日し、日本人の奥さんを持ち子どもも二人いるBBC特派員が日本を去るに当たって書いた文章です。バブルの残り香がまだ色濃い頃から「失われた**十年」を目にしてきた30年。私たちに即していえば、50歳から80歳までの期間を、日本列島で共に過ごした同時代人でもあります。
その間に目にした日本社会の印象が,端的に表題に表れています。私がオモシロイと思ったのは、この一文が素描だからです。いかにもジャーナリストらしく、取材のプロットを拾っています。豊かで清潔な1990年代前半の東京、それから30年年経って山林を売ろうとする所有者の金銭感覚、マンホール蓋学会という妙な好みを偏愛する地方自治体、自動車安全運転講習会という名の退職警察官の働き口を保障する風景、東京から2時間という好立地の寂れ行く房総半島の限界集落の、しかし外国人を受け容れようとしない頑なさ。それと対照させるように、バブルの頃の日本の感じさせた「未来」とその後にたどって現在位置している衰退する経済大国日本が「とらわれている過去」を素描して、「日本は次第に存在感のない存在へと色褪せていくのか」と慨嘆する。
それは、日本社会の総体を的確に描き出しているかといえば、むろんそうではありません。また、外国人がスケッチした異情趣味だろうと名付ければ、そうも言えると思います。でも、彼の素描は「日本社会の不思議」を漠然と描き出していると感じます。
彼の取り出すプロットの一つひとつに対して私たち日本人は、それなりに答えを出すことができます。だが、どうしてそう感じ考えているのだろうとわが身を振り返ると、自身が気づいていない感性や感覚が浮かび上がってきます。無意識に仕舞い込まれて、しかし私たちの直感的選好を左右しているように思えます。自身が抱いている既成観念を疑うことまで「探求」していくと、なかなか奥行きの深いモンダイに突き当たります。
80歳になって私たちは、そろそろ彼岸への渡る地点を探りはじめる気分になっています。同窓生が集まった先日のseminarでも、「皆さんはどう終活しているのか」と問う声も聞こえていました。だが、この一文を読んで、ヘイズさんの感じ取った「日本社会の不思議」に共感する心の響きは、「不思議」とはわたしたちのことを指しているのではないか、と感じます。イギリス人の口を借りて、わたしたちの身の裡の「こだわり」が照らし出されているようです。それを解きほぐすのは、わたしたち自身しかいません。それこそが、わたしたちの終活になるように思い、皆さんにこれを読んで頂いて、ヘイズさんが感じている「不思議」が奈辺にあるか解きほぐしておこうではないかと考えました。いうまでもなくそれは、イギリス人・ヘイズさんの「不思議」を露わにすることでもありますが、それが当面の目的ではありません。
いきなり「本題」に切り込むというのではなく、この文章のいう「未来であった」と「過去にとらわれている」との間に揺蕩う「わたしたち」の感性や感覚の根っこに足をつけるようにして、長い時間を掛けて考えていっては如何かと思いました。
一先ずわが身が無意識に抱いている感性や感覚、価値意識を一つひとつ取り出して意識化し、なぜそう感じ、そう考えているのかと、モンダイを拾い出していきましょう。ヘイズさんの取材領域に限ることはありません。もっとわたしたちの日常の振る舞いに立ち戻り、ワタシはどうしているかと思い巡らす。そうやってみると、「不思議」というよりも「わからない」ことがそちらこちらに転がっているように感じます。
もちろんその話が、「80歳の風景」にかわる「100歳の風景」に移っていくこともあると思っています。ヘイズさんは2050年の日本の人口のことに触れています。2050年というと、もし生きていれば107歳か108歳。いつだったか、同じ同窓のタツコさんが2045年まで生きてシンギュラリティがどうなっているか楽しみと話していたのを思い出します。
おしゃべりseminarが、そうやって日常の遣り取りの積み重ねとして形を変えていけば、それはそれなりに面白いと思うのですが、皆さんはどう考えるでしょうか。