mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

主婦の髪結い政談(6)  中国に対する親近感

2014-07-31 07:20:39 | 日記

★ もともと感じていた中国への親近感

 外務省が(日本で)行ってきた「中国に対する親近感」という調査がある。「親しみを感じる」「どちらかというと感じる」「どちらかというと感じない」「親しみを感じない」という四択を、二分して集計している。

 

 1980年は「親しみを感じる」78.6%、「親しみを感じない」14.7%と圧倒的に中国に親近感を持っている人が多い。1988年の日中平和条約の締結や小平の「四つの現代化――改革開放政策」の提起、1979年の米中国交回復が採用されたことが影響しているのだろうか、と思うかもしれないが、ベースは(たぶん)それだけではない。

 

 もともと私たちの(もう古稀を越えている)世代は、中国に対して疎遠ではなかった。高校では「漢文」を習った。四字熟語だけでなく漢詩の素読や暗誦までした。三国志や水滸伝、聊斎志異は(たぶん)必読書ではなかったろうか。つまり、ある種の文化的な共通性を感じていたことは間違いない。なにはともあれ、元祖・文字の国という敬意が、私たちが用いる中国という国の名にはこもっていた。

 

★ 「支那」という「差別語?」

 

 じつは子どものころは、中国というよりも支那という呼称を耳にすることが多かった。CHINAの漢語表現と考えていたし、最初の統一王朝、秦の呼称が地域名になったと思っていた。だから世界史を学んでいた頃には、漢、隋、唐、宋、元、明、清という王朝名ではおぼえていたが、その領域を年代を通して名指すときは支那と呼ぶと思ってきた。むろん、近代になっての国名としては中国と呼ぶと思ってきたのは言うまでもない。

 

 ところが、石原慎太郎が「支那」というのに対して、「差別語だ」と中国からの非難があるのを知った。石原がチベットやモンゴル、ウィグルの地を含めない意図で「支那」とつかっているのであろう。それはそれで、政治的な意図も込めて、漢族の支配地域ではないぞと釘をさしていると受け止めることができる。それが、現在それらの地域を支配下に置いている「中国」当局からすると、けしからんという抗議である。だが「差別語だ」というのとは、ちょっと違うのではないか。

 

 だが中国が「差別語だ」と抗議するのは、「支那」が単に地域を指し示す用語というよりは、自分たちの支配領域に侵略した「日本(人)」が、中国の国家権力の確立を認めまいとして地域名を用いているという非難が込められていよう。その点は、真摯に受け止めなければならないと、思う。

 

★  文化・文明の衝突が始まった

 

 話を元に戻そう。外務省の「中国に対する親近感」の「親しみを感じる」と「親しみを感じない」が急速に近接するのは、1988年から。1989年のそれは「感じる」51.6%、「感じない」43.1%。1995年まではその両者の入れ替わりが繰り返され、2004年に「感じる」37.6%、「感じない」58.2%とはっきりと逆転して後は、2010年の「感じる」20.0%、「感じない」77.8%へと大きく差が開き始めている。

 

 おおきく「親しみを感じない」パーセンテージが増えているのは、1989年の天安門事件など民主化の動きが弾圧されたことへの反発という「説明」が多いが、それほどイデオロギー的ではないだろう。それよりもむしろ、「改革開放政策」や深圳など「開放特区」との交通がはじまり、急速に、中国が身近になってきたためであると思われる。商業交通よりも、観光を含めた文字通りの交通が頻繁になっていったことも深く関係している。私の息子は1989年の6月4日に、北京のホテルから電話をかけてきた。「いま戦車が出動してきている。銃の発砲音がする」とカーテンの隅を持ち上げて様子を話していた。接触が深まるにつれ、より深い親近感と、抽象的であった存在感が、身近な脅威にもなる。まさに文化・文明の衝突である。

 

 でも、好悪が相半ばするくらいなら気にすることはないが、「親しみを感じる」が1/5になるというのは、隣人に対する好悪の感触としては、ちょっとありうる範囲を超えている。日中の政治的衝突や経済的中国評価、あるいは社会的な体制の違いからくる違和感がぶつかり始めているからであろう。肌身に感じるほどに、近しくなってきたのだとも言える。じっさい、私は中国を訪ねたとき、彼らのおしゃべりの声が騒々しいのに辟易したことがある。これは言語の発声にかかわることであるから、話をしている人たちのせいではない。だが、抑揚も含めて、飛び跳ねる音の響きが耳になじまないのであった。

 

 中華人民共和国という、冷戦下で接触のなかった国が、国交を回復して経済的にも往来が頻繁になり、観光も含めて具体的に接触するようになると、いろいろな驚きに満たされ、違和感に気がつく。文化・文明の衝突というのは、政治体制とか知意識的な考え方の違いよりも、日常生活的な領域のことの方が、はるかに強い衝撃を与える。仕種を含めた立ち居振る舞い、それに伴う音や体臭など、その人の存在感が異質さを感じさせることによって、もっとも敏感に(なぜなのかわからないがゆえに)体に感じられてくるのである。

 

★ 違和感は気味の悪さ=不信感が先に立つ

 

 尾籠な話で恐縮だが、私にとっては、中国のトイレに接したときほど衝撃的であったことはない。1990年代後半のこと、広東の空港であったか、トイレに入った時のこと。しゃがんだ何人もの目があった。脚の置場はあるが仕切りがない。浅く掘られた落としどころの水路には水が流れており、紛おうかたなく水洗、まさにオープントイレであった。私は一瞬、出るものが出なくなった。私はアウトドアを趣味としているから、青空トイレを含めて、天然そのものには違和感はない。中国のそれは、明らかに文化・文明の違いからくる違和感であった。しかしその話を最近中国に行った知人にすると、まったくそんな気配はないと否定されてしまったが。

 

 その強烈な違和感がこんどは逆に、言説による衝突に接したときに、「不信感」になって表出する。つまり、予測のつかないモノコトに触れたような、気味の悪さが先に立つのだ。もちろん違和感を感じることは、一概に悪いこととは言えない。だが、むかし感じていた「元祖・文字の国」という尊崇の念は跡形もなく消えてしまっていたのは確かだ。

 

 そういうわけで、なぜ中国は気味が悪いのか、と考えていかなければならない。それはとりもなおさず、私(たち)が欧米かぶれしているがゆえに、そう感じるのかもしれないから、自分自身の「傾き」を点検してみることに通じる。そう思ってみると、分からないことが多い。(たぶん)それは私自身が「わからないことが多い」のであろう。ちょっとそう思っただけで、何だかワクワクしてくる。

 

★ しばらくお休み

 

 さて、今日から1週間ほど旅に出る。その間、(たぶん)このブログへの投稿はできない。しばらくお休みになりますが、みなさん、ごきげんよう。


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