EXPRESS DIARY~鉄人日記~

鉄道に関することを日々徒然なるままに書いて行こうと思います。

ブルーライナー復活

2006年07月14日 | 113系
 阪和線に帰って来たブルーライナー。私以外にも3名ほど鶴ヶ丘で撮影している人がいたし、この折り返し狙いの人も浅香で数名おられたように人気が高い電車です。阪和線で主力で走っているうちに撮っていれば腐るほど撮れたのに、希少価値が出てから撮りに走る人が多くなると言うのは鉄道マニアの性なんでしょうか。
 復活したとはいえマニアにとっては湘南色と混色であるという中途半端な点、利用者にとっては足が遅い上にリニューアル改造がなされていない113系が戻ってきたというマイナス点もあり、あんまり長く居座ってもらうのはどうかと個人的には思います。どうせなら湘南色を阪和色に塗り替えて、さらにリニューアル車もいっそうのこと阪和色に塗り替えればいいのにと思うのは私だけなんだろうか?

高架線と103系

2006年07月13日 | 103系
 美章園~杉本町間の高架化が完成した。真新しい高架の上を走る電車の中で一番多いのは、それに似合った281系や223系ではなくやっぱり103系だった。高架化を機に天王寺~鳳間で少しはスピードアップできそうな気もするが、103系がどうしても足を引っ張ってしまうのだろうか高架完成後ダイヤはほとんど変わっていない。阪和線に変化が訪れるのは、天王寺駅の改良が完成した時と思われるが、その時に103系を置き換えたりスピードアップが行われたりするかどうかはわからない。というよりも大和路線、環状線に乗り入れる快速の強化が行われる以外は特になにもないという公算のほうが大きいのではなかろうか?

転属先で出世

2006年07月12日 | アーバンネットワーク
 阪和線に転属した205系0番台。京阪神の本線運用では普通のみの運用だったが、阪和線に転属して、103系や205系1000番台と共通運用で快速や区快の運用にも入るようになった。ある意味出世したと言えるのでは?
 但し、大多数の103系に対して、205系は0番台、1000番台合わせても103系を置き換えるほどの勢力はなく、阪和線の103系天下はまだまだ長く続きそうだ。

早朝のロングラン

2006年07月10日 | アーバンネットワーク
 早朝にだけ見られる学研都市線の木津行き普通。木津行きは通常快速が松井山手以遠各駅に停車するので、普通が運転されることはない。早朝の数本だけ見られる非常にレアな存在。学研都市線は207系だけしか走らないので、車両ファンにとってはあまり面白くない路線と言えるが、運転系統は複雑で行き先も多岐に渡っており、それを追いかけるのも面白い。

夜の高槻

2006年07月09日 | 撮り鉄
 スーパーレールカーゴの通過を待つ間に、クロスフィルタを使ってちょっと遊んでみました。夜の高槻駅構内の様子です。三脚でもあればもう少し面白い画になってのでしょうが、手持ちではこれが限界・・・

京都駅0番線にて

2006年07月07日 | 特急列車
 夜の京都駅0番線に停車中の特急はるか。はるかは通常30番線から発着しているが、夜の琵琶湖線直通の上りはるかは0番線から発着している。京都で下車した人の数が想像以上に多かったのでびっくりしました。不振のラピートに比べ、はるかは広域サービスの提供、また国際観光都市京都という後背地を持つので、乗車率はそこそこ確保されているのでしょうか?

なにわ慕情

2006年07月06日 | ジョイフルトレイン
 あすかを高槻で撮った後、後続のサロンカーなにわを撮るために千里丘へ。岸辺はおそらく満杯という予想からすいてそうな千里丘へ行くと既に予想外の先客が・・・。なにわ通過時には5名ほどが撮影しており、千里丘も穴場なりの人気となっていた。なにわと同期のサロンエクスプレス東京は既に一線を退き、お座敷列車に再改造されているが、なにわは使用が少ないためか未だに欧風客車として残っている。マイテ風の展望車といい、古きよき時代を思わせる外観を持つ車両だけに末永く残って欲しいものだ。

団体臨時列車

2006年07月05日 | ジョイフルトレイン
 早朝に柘植まで送り込み回送されたあすかが山科へ戻ってきました。草津線での画を撮る人も多かったと思われますが、私は京都で一息ついて日本海4号を撮ってという段取りのため山科に居座りました。この後追いかけられそうだったので、後続の新快速に乗車して高槻へ。案の定新快速が京都手前で内側から抜く反則行為。余裕を持って高槻であすかを撮影できました。

長躯青森から2

2006年07月04日 | 日本海
 2号通過から約2時間後、山科を通過する日本海4号を捉えた。山科で捉える必要性はなかったのですが、あすかの撮影もあったので、琵琶湖線で適当に撮れる駅ということで、京都で一息入れて山科に舞い戻りました。4号の大阪到着時刻は以前よりも遅くなっており、利便性は以前にも増して悪くなっている感がある。途中サンダーバードや雷鳥に抜かれる屈辱もあり、ブルトレ不遇の時代を感じさせられる面もある。2往復存在して一人気を吐く感じもする日本海だが、先行きは怪しいとも思える。

66プッシュプル

2006年07月03日 | あかつき・なは
 定期的に見られる66のプッシュプル。これをケツまでうまく撮影できるポイントは京都~向日町間ではなかなか思い浮かばないが、見るだけでも面白い存在ではあると思う。このプッシュプルがいつまで見られるかは、あかつき・なはがどれだけ長生きするかにもよるので、この先何十年も見られる光景でないのは確かなところだろう。

入替専用機

2006年07月02日 | あかつき・なは
 出雲の廃止によりEF65PFのアルバイト仕業であった京都でのあかつき・なはの入替作業が、EF66に代った。EF66は関西地区では運用上あかつき・なは以外の列車は受け持っていないので、上りあかつき・なはは実質1列車に対してEF66を2台使っていることになる。このような非効率をしているとあかつき・なはもそれを理由に廃止されてしまうのではないかと勘繰ってしまう。