これだけこじれて、しかしながら、隣国として、このままでいいわけはない。韓国と、どうすればいい関係になれるのか。それには時間がかかるだろうし,かけなくてはならない。
話し合おうといえば、ウンともスンともいわず、いよいよ、これはたいへんだとなったのか、ようやく大統領が口を開いた。それでも、日本の主張など一つも聞いてはいないような、ピント外れの発言であり、これでは話にもならない。
こじれるだけ、こじれて、とことん行くところまで行って、そこから再スタートするのもいいが、その前に、そもそも、お互いの言い分を十分にいいつくしているのか。それをはっきりと、すべてをあきらかにする討論をやればどうだろうか。
無制限にに時間をかける。ごまかしはなしにするため、小出しに言い分をいうのではなく、それこそ秀吉時代からでも、歴史観を出し合えばどうか。世界の当時の考え方、力関係のなかで、どのように国家間の出来事があったのか、第二次世界大戦の前後、韓国を日本が併合した事実があったこと、その間どんなことが起こったのか。
戦後、日本との関係、日韓基本条約のこと。すべては解決されたのか、それとも積み残したものがあったのか、徹底的に論議する。つつみかくさず、論点を明らかにしていく。
韓国は、反日教育をしているといわれている。その中身はどうなっているのか。それにたいする日本の反論はあるのだろうか。韓国の大統領が辞めた後、なぜ、犯罪者の汚名を着せられることとなるのか。この国情はどこからくるのだろうか。
隣国でありながら、わからないことばかりである。その辺を徹底的に討論するとどうなるのだろうか。すべては行き違いで、話にもならないことになるのであろうか。誤解や、曲解はないのであろうか。
事実や、前提がちがっていれば、議論は平行線をたどる。それでも同時代を生きているのである。放置して、平行線のままでいいわけはない。
韓国と日本は、隣国として、地理的にも近い。徹底的な論議を「はじめから」したらどうだろうか。あまりにも、事実認識の違いがあり、論理的な話し合いができないまでに、世論の常識が違い、国民の意識にも、違いがありすぎる。
どこにその原因があるのか。そこをあきらかにしていく。まずは、学者からでもいいし、それぞれの論客をだしあって、それを公開する。いろんな意見をだしあう。それぞれの国家を代表する意見でなくてもいい。多様な意見を出し合う。
隠されていた情報があるのなら、それを明らかにする。それをどのように整理していくのか。まとまらなくてもいい。それが実体なのだから。だが、そのなかで、取りうる方策が、あきらかになるのではないか。
話にならないような、低レベルでのやり取りは、無用である。世論を情報を歪めて、誘導したり、しないで、ありままの、状況を出し合い、徹底的な討論をすべきである。
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