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「広沢兵助と近かった」(by 安丸良夫)は本当なのか?

2016-02-29 | グローバル神道の夢物語

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2016年 2月29日(月)10時44分39秒

ネットで神仏分離・廃仏毀釈について熱く語っている人を観察してみると、実際には安丸良夫氏の『神々の明治維新』(岩波新書、1977)くらいしか読んでいなさそうな人がけっこう多くて、安丸氏の影響力はすこぶる強いですね。
松岡正剛氏は、

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 明治初期の神仏分離・廃仏毀釈の実情がどういうものであったかということについては、それなりに詳しい資料はある。辻善之助と村上専精と鷲尾順敬による『明治維新神仏分離資料』全10巻(最初は全7巻)という全国的な調査にもとづいた資料はとくにすばらしい。名著出版から新版が刊行されていて、ぼくも図書館でざっと見てきた。
 もちろん研究書もある。村上重良の『国家神道』から羽賀祥二の『明治維新と宗教』にいたる研究は、すぐれた問題提起や問題整理をした。圭室(たまむろ)文雄の『神仏分離』や安丸良夫の『神々の明治維新――神仏分離と廃仏毀釈』といった読みやすい新書もある。とくに安丸の著書は短いものながら、明治の神仏分離・廃仏毀釈が「日本人の精神史に根本的といってよいほどの大転換をもたらした」という視点で貫かれていて、たんに神仏混淆の禁止がおこったというより、「権威化された神々の系譜の確立」こそが神権国家樹立のための神仏分離政策の狙いだったことを強調した。安丸にはこれを発展させた『近代天皇像の形成』もある。

http://1000ya.isis.ne.jp/1185.html

と言われていて、松岡氏の主張の意図とは別に、安丸氏の見解が広く受け入れられている精神的土壌を窺うことができます。
なお、どうでもよいことですが、『明治維新神仏分離資料』ではなく、『明治維新神仏分離史料』が正しくて、「最初は全7巻」も正しくは5巻ですね。
さて、その安丸氏は『神々の明治維新』において、林太仲について、

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 富山藩は、明治三年十月に藩政の大改革をおこない、林太仲を大参事に抜擢した。太仲は、幕末に長崎で学び、明治元年には貢士となった。彼はまた、長州藩出身の参議で、神道国教主義的な教化政策に熱心な広沢兵助と近かった。太仲の藩政改革は、四十歳以上の者は時代の進運に暗いからことごとく到仕させる、というようなはげしいもので、銃砲を整備するために金具を集めるというのが、廃仏毀釈の理由とされた。
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と述べています。(p107)
広沢兵助(真臣、1834-1871)は林太仲が富山藩で権力を握ってから間もなく、明治四年一月に暗殺されてしまった人で、執拗な犯人捜査にもかかわらず事件は迷宮入りですね。
ま、それはともかく、安丸氏がどのような史料から林太仲が「神道国教主義的な教化政策に熱心な広沢兵助と近かった」と断定されたのか、私はその事情を知らないのですが、私が調べた限りでは浄土真宗側でそういうことを言っている人がいる、程度の話のように思います。
『富山市史』でも、「彼の人物評価については、開明派とか、長崎遊学中長州の広沢真臣参与につき平田神学に心酔したともされる」(p81)という具合に、あまり自信のなさそうな書き方ですね。

「一枚の畳に五人つまるばかりにあいなり候」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/aee1a66debd1c4dae71a866bd83e8df1

仮に林太仲と広沢真臣の交友が史料で基礎付けられるとしても、一個人の中で急進的な「開明派」と「平田神学」が思想的に同居するのはなかなか困難ですから、林太仲が「平田神学に心酔」したといえるかは相当に疑問です。
また、本当に安丸氏の言われるように林太仲が「神道国教主義的な教化政策に熱心な広沢兵助と近かった」としても、広沢だって革命家・政治家として多面的な活動を行っていたわけですから、このことから直ちに林太仲も「神道国教主義的」な人間だったと断定するのは、私にはちょっと躊躇われます。
ま、別に安丸氏がそう断定している訳ではありませんが、安丸氏の文章を読んだ人の大半は、ああ、富山藩も「神道国教主義」か、要するに平田国学か、と思うでしょうね。

>筆綾丸さん
「謎の女・メルケル」の後半、筆綾丸さんの投稿に触発されて私の頭に浮かんだことを書いただけなのに、まるで筆綾丸さんの見解への反論のような書き方になってしまっていて、申し訳ありませんでした。
『薔薇の名前』などについては、また後ほど。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

Merkel-Raute 2016/02/28(日) 19:08:08
小太郎さん
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%94%E8%96%87%E3%81%AE%E5%90%8D%E5%89%8D_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
『世界最強の女帝 メルケルの謎』にメルケルの斜方形の話が出てきますが、エーコに敬意を表して『薔薇の名前』の映画をDVDで観ていると、バスカヴィルのウィリアム(ショーン・コネリー)が修道院長との初対面の場面で、この斜方形の仕草をしているのに気づきました。ウィリアムは頭脳明晰な修道士という設定なので、メルメルに通ずるものがあります。「対称性へのある種の愛 (eine gewisse Liebe zur Symmetrie)」というのは物理学者らしい自己分析で、菱形の半分は旧東ドイツ、もう半分は旧西ドイツ、などと愚かなことを云わないところもいいですね。

舞台は1327年の北イタリアですが、なぜアヴィニョン捕囚の時期(1309 - 1377)なのか、とか色々考えると、『薔薇の名前』はよくわからん話だ、と思いました。日本では、後醍醐天皇の治世ですね。

映画のエンドクレジットに、歴史の考証として、アナール学派の巨匠ジャック・ル・ゴフの名があり、びっくりしました。

長崎「言定」が「言霊」学者になったのは、「言霊」の影響としか考えられないものがありますね。

平等主義のトップランナーにはなれなかったけれども、仰る通り、「識字率の向上により、幕末にはほぼ脱宗教化が済んでいた」のでしょうね。
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2 コメント

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Unknown (廣澤兵助関係者)
2018-03-05 07:45:09
広沢実臣となっておりますが廣澤眞臣が正しいと思います。
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Unknown (鈴木小太郎)
2018-03-05 14:29:49
ありがとうございます。
後で修正しておきます。
返信する

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