『---映ゆ---』 目次
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「するわけありません」 キッパリと力強い目を向けた。
「そうか」 言うと口の端をクイと上げ言葉を続けた。
「な、タイリン。 どれだけ教えてやれるかどうか分からないが、身をかわす術(すべ)を覚えたくないか?」
「え?」 何を言われたかすぐには理解できなかった。
「どうだ?」
「あ、えっと・・・。 シノハさんが教えてくれるんですか?」 その質問にコクリと答える。
タイリンの頭の中にさっきのシノハの身のかわし方が頭に蘇る。
「身をかわすことは大切だ。 かわすから見えてくるところが沢山ある」
「俺も! 俺にも教えて!」 黙って聞いていたジャンムがタイリンより早く答えた。
「ジャンムはするって。 タイリンはどうだ?」
「はい、教えてください!」
「よし、俺はオロンガへ帰らなければいけない。 それまでの時間がどれくらいあるかわからないけど、少しずつでもやっていこう」 その言葉にタイリンの眉尻が下がった。
「どうした?」
「オロンガへ帰るんですね・・・」 再びシノハの口の端が上がる。
「その前に少しでもタイリンとジャンムに教えられるように頑張るよ」 と、その時、後ろから足で地を擦る音が聞こえた。
シノハが振向くと一人を先頭に男たちが居た。
シノハが立ち上がるとジャンムとタイリンも同じように立ち上がった。
「何か?」 先頭に立っている男に話しかけるが、目が合うとすぐに下を向いてしまった。
「・・・あの」
「はい?」
「あの・・・」 声が小さい。
「は?」
「ジョンジュ聞こえないよ」 ジャンムが言う。
ジョンジュといわれた18の年くらいの男、下を向いていた顔を上げるとジャンムとタイリンに視線を移して言った。
「ジャンムもタイリンもドンダダが恐くないのか?」
その言葉にジャンムとタイリンが目を合わせた。
「どうしてそんな事を聞くの?」 ジャンムが答える。
「ジャンムがシノハさんを呼びに言ったってことは、ファブアに逆らったってことになるだろ?」
「だって、あのまま見てるだけだったら、タイリンがどうなってたかわからないもん」
「俺は・・・俺の信じた事をする。 誰かが恐いかなんて関係ない・・・」 タイリンの言葉にシノハが目を瞠った。
「あ、じゃあ俺も。 俺はシノハさんのようになりたい。 ただそれだけ」
2人がハッキリと答える・・・とは言ってもタイリンは尻すぼみの声だったが、まだ歳浅い者が言い切る姿を見てやっとジョンジュがシノハの方を向いて声を出した。
「・・・俺にも教えてもらえますか」
「え?」
「その・・・身のかわし方ってのを」
「え? いいですけど・・・え?」 シノハの目が点になる。
「俺にも」 「俺も」 後ろに居た男たちが数歩前に出て皆同じ事を言う。
「ちょっと待ってください。 あなた達は村へ行かなくてはならないでしょう? 悪いけど時間がありません」
「僅かな時間教えてもらえるだけでいいんです。 飯を食う時間を減らしても」
「・・・とは言ってもなぁ・・・」 首の後ろに手をやる。
「シノハさん、教えてやってもらえないかい?」 遠巻きに見ていた女たちが近づいてきた。
「ですが、それで疲れてしまって村を作るのに支障が出ても困りますし・・・」
「いいんです。 出来る出来ないじゃないんです。 男たちの気持ちが大切なんです」
ザワミドに言われた事を思い出した。 「男たちが変わっていくかもしれないんだよ」 と言われたことを。
(そうか・・・そういう事か)
「タイリンとジャンムにも言いましたが、我はオロンガへ帰ります。 その日が遠くはないのですが、その少しの間でよかったら」
「やった! お願いします」 男たちが喜んで互いを見合った。
(声が大きくなったな。 それだけでも儲けものか?)
「では、今日は身体を休めなければならない日ですから、明日からでも」
「はい!」
「とは言っても、やっておいてほしい事があります」 皆が首をかしげる。
「速さと、柔らかさを今日から作っておいてください」
「速さと、柔らかさ?」
「はい。 柔らかさはこんな風に・・・」 言って己の身体の柔軟性を見せた。
「えー! そんなに足は開かないし、腰も曲がらないよ」
「そうです、急には無理ですから毎日少しずつ身体を柔らかく。 そして膝や肘、肩も充分に使えるように柔らかくしておいて下さい」 そこかしこを動かしてみせる。
「骨が折れないか?」
「無理をしないで、出来る範囲で動かすと段々と柔らかくなります。 そして速さ」
腕をパッと前に出した。 すぐに上下、横、斜めと両の手をアチコチに繰り出す。 あまりの速さに皆が目を丸くする。
「手を伸ばしたら止めます。 出した後に力を抜かない。 出しっぱなしにしない、早く引きます。 足も同じですが、これは柔らかくなってからにしましょう」 驚きのあまり返事が出来る状態ではない。
「これだけの事を空いた時間に、毎日繰り返してください。 それだけで随分と違います」
男たちは今だに返事が出来ない。
女たちは瞬きさえするのがもったいない、といった具合に頬に手を当て見入っている。
「と言う事で・・・タイリンを薬草小屋へ連れて行きたいのですが、いいですか?」 まだ返事がない。
ジャンムが溜息をついてシノハに言う。
「シノハさんいいよ。 タイリンと行ってきて。 あとは俺が見とくから」
「じゃ、頼むな」 笑ってタイリンと歩き出した。
背の後ろではすぐにジャンムの声がした。
「ジョンジュもみんなも、いい加減目を覚ませよ!」
「イテ!」
多分、向こう脛でも蹴られたんだろう。
薬草小屋に行くとトデナミが薬を作って待っていた。 勿論一人ではない。 ザワミドも一緒だ。
タイリンがザワミドからアレヤコレヤと聞かれ、少々閉口気味であったが、最後にトデナミからは「タイリン、偉かったわね」 と言われ、ザワミドからは背中をバンバン叩かれて褒められていた。
タイリンはそのまま水作りに帰り、トデナミとザワミドは薬草小屋に残った。 トデナミから、さっきタム婆が大声を出したので少し疲れていると聞いたシノハは、すぐにタム婆の小屋に向った。
男たちが小屋に戻っていた。 5人くらいで過ごす小屋の中に8人程が集まっている。
タム婆、トデナミ、長の小屋以外は板間があるだけで、寝床は作られていない。 男たちは己のマントを纏いそのまま板間に寝転ぶ。 女や子供達は板間に敷物を敷いて寝転ぶ形だ。
「ファブア、婆様が止めてくれて良かったな」
「どういことだ?」
「自分でも分かってるだろう」
「だからどういう事だって聞いてるんだよ!」
「はっ、あのままやっててみろ、お前一人がバテて座り込むのが目に見えてたじゃないか」
「なんだと!」
「止めろよ!」 ケンカが始まりかける気配に、一人が仲裁に入る。
「確かに、あのシノハってヤツ・・・手は出さなかったけど、かなりやるんじゃないか?」 他の男が言う。
「お前まで言うのか!」 ファブアがまた殴りかかろうとする。
「ファブアがどうのって言ってるんじゃないさ。 あのシノハってヤツの事だ」 ファブアの手が止まった。
「くそ! アイツ! 今度こそ伸してやる!」
「ドンダダに言って、やってもらおうか」 男がニヤリとイヤな笑みを口元に浮かべた。
(それもいいかもしれないな・・・シノハってヤツがドンダダに勝つのなら) 一人の男の心の声。
「ドンダダに頼らなくても俺がやる!」 ファブアは絶対に自分でシノハを伸す気でいる。
「なぁ、ファブア。 あの時、アイツに言ってた事って何のことだ?」
「え?」
「アイツがドンダダの邪魔をしたって」
「あ・・・ああ、なんでもない」 冷や汗が出そうになる。
「なんだよ、俺たちに言えないって言うのか?」
「いや、カマだよ。 ドンダダって名前を出せば、震え上がると思っただけだよ」
「なんだよそれ。 それじゃあドンダダに頼ってるのと同じじゃないか」 言われ、フン! と顔を背けた。
「なぁ、それより長のことはどうなってるんだ?」
「ああ、俺は長を見たわけじゃないが、誰か長が倒れているところを見たか?」 誰も返事をしない。
「本当にやられてたのか?」
「それは本当みたいだ。 けど、誰がやったのかは分からないらしい。 で、俺たちが怪しまれてるみたいだな」
「長側じゃないからか?」
「ああ」
「長側じゃないからって、いくらなんでも村長をやるやつなんているか?」
一人二人と黙り始めた。 あの噂は本当なんだろうか、という思いが湧いてきたからだ。
(ドンダダにアイツをやらせるなら、いや、アイツにドンダダをやらせるなら早くしないと。 いつオロンガに帰るか分からないからな・・・。 だが、アイツにドンダダがやれるか・・・?) 一人違う事を考えている男が居た。
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- 映ゆ - ~Shinoha~ 第51回
「するわけありません」 キッパリと力強い目を向けた。
「そうか」 言うと口の端をクイと上げ言葉を続けた。
「な、タイリン。 どれだけ教えてやれるかどうか分からないが、身をかわす術(すべ)を覚えたくないか?」
「え?」 何を言われたかすぐには理解できなかった。
「どうだ?」
「あ、えっと・・・。 シノハさんが教えてくれるんですか?」 その質問にコクリと答える。
タイリンの頭の中にさっきのシノハの身のかわし方が頭に蘇る。
「身をかわすことは大切だ。 かわすから見えてくるところが沢山ある」
「俺も! 俺にも教えて!」 黙って聞いていたジャンムがタイリンより早く答えた。
「ジャンムはするって。 タイリンはどうだ?」
「はい、教えてください!」
「よし、俺はオロンガへ帰らなければいけない。 それまでの時間がどれくらいあるかわからないけど、少しずつでもやっていこう」 その言葉にタイリンの眉尻が下がった。
「どうした?」
「オロンガへ帰るんですね・・・」 再びシノハの口の端が上がる。
「その前に少しでもタイリンとジャンムに教えられるように頑張るよ」 と、その時、後ろから足で地を擦る音が聞こえた。
シノハが振向くと一人を先頭に男たちが居た。
シノハが立ち上がるとジャンムとタイリンも同じように立ち上がった。
「何か?」 先頭に立っている男に話しかけるが、目が合うとすぐに下を向いてしまった。
「・・・あの」
「はい?」
「あの・・・」 声が小さい。
「は?」
「ジョンジュ聞こえないよ」 ジャンムが言う。
ジョンジュといわれた18の年くらいの男、下を向いていた顔を上げるとジャンムとタイリンに視線を移して言った。
「ジャンムもタイリンもドンダダが恐くないのか?」
その言葉にジャンムとタイリンが目を合わせた。
「どうしてそんな事を聞くの?」 ジャンムが答える。
「ジャンムがシノハさんを呼びに言ったってことは、ファブアに逆らったってことになるだろ?」
「だって、あのまま見てるだけだったら、タイリンがどうなってたかわからないもん」
「俺は・・・俺の信じた事をする。 誰かが恐いかなんて関係ない・・・」 タイリンの言葉にシノハが目を瞠った。
「あ、じゃあ俺も。 俺はシノハさんのようになりたい。 ただそれだけ」
2人がハッキリと答える・・・とは言ってもタイリンは尻すぼみの声だったが、まだ歳浅い者が言い切る姿を見てやっとジョンジュがシノハの方を向いて声を出した。
「・・・俺にも教えてもらえますか」
「え?」
「その・・・身のかわし方ってのを」
「え? いいですけど・・・え?」 シノハの目が点になる。
「俺にも」 「俺も」 後ろに居た男たちが数歩前に出て皆同じ事を言う。
「ちょっと待ってください。 あなた達は村へ行かなくてはならないでしょう? 悪いけど時間がありません」
「僅かな時間教えてもらえるだけでいいんです。 飯を食う時間を減らしても」
「・・・とは言ってもなぁ・・・」 首の後ろに手をやる。
「シノハさん、教えてやってもらえないかい?」 遠巻きに見ていた女たちが近づいてきた。
「ですが、それで疲れてしまって村を作るのに支障が出ても困りますし・・・」
「いいんです。 出来る出来ないじゃないんです。 男たちの気持ちが大切なんです」
ザワミドに言われた事を思い出した。 「男たちが変わっていくかもしれないんだよ」 と言われたことを。
(そうか・・・そういう事か)
「タイリンとジャンムにも言いましたが、我はオロンガへ帰ります。 その日が遠くはないのですが、その少しの間でよかったら」
「やった! お願いします」 男たちが喜んで互いを見合った。
(声が大きくなったな。 それだけでも儲けものか?)
「では、今日は身体を休めなければならない日ですから、明日からでも」
「はい!」
「とは言っても、やっておいてほしい事があります」 皆が首をかしげる。
「速さと、柔らかさを今日から作っておいてください」
「速さと、柔らかさ?」
「はい。 柔らかさはこんな風に・・・」 言って己の身体の柔軟性を見せた。
「えー! そんなに足は開かないし、腰も曲がらないよ」
「そうです、急には無理ですから毎日少しずつ身体を柔らかく。 そして膝や肘、肩も充分に使えるように柔らかくしておいて下さい」 そこかしこを動かしてみせる。
「骨が折れないか?」
「無理をしないで、出来る範囲で動かすと段々と柔らかくなります。 そして速さ」
腕をパッと前に出した。 すぐに上下、横、斜めと両の手をアチコチに繰り出す。 あまりの速さに皆が目を丸くする。
「手を伸ばしたら止めます。 出した後に力を抜かない。 出しっぱなしにしない、早く引きます。 足も同じですが、これは柔らかくなってからにしましょう」 驚きのあまり返事が出来る状態ではない。
「これだけの事を空いた時間に、毎日繰り返してください。 それだけで随分と違います」
男たちは今だに返事が出来ない。
女たちは瞬きさえするのがもったいない、といった具合に頬に手を当て見入っている。
「と言う事で・・・タイリンを薬草小屋へ連れて行きたいのですが、いいですか?」 まだ返事がない。
ジャンムが溜息をついてシノハに言う。
「シノハさんいいよ。 タイリンと行ってきて。 あとは俺が見とくから」
「じゃ、頼むな」 笑ってタイリンと歩き出した。
背の後ろではすぐにジャンムの声がした。
「ジョンジュもみんなも、いい加減目を覚ませよ!」
「イテ!」
多分、向こう脛でも蹴られたんだろう。
薬草小屋に行くとトデナミが薬を作って待っていた。 勿論一人ではない。 ザワミドも一緒だ。
タイリンがザワミドからアレヤコレヤと聞かれ、少々閉口気味であったが、最後にトデナミからは「タイリン、偉かったわね」 と言われ、ザワミドからは背中をバンバン叩かれて褒められていた。
タイリンはそのまま水作りに帰り、トデナミとザワミドは薬草小屋に残った。 トデナミから、さっきタム婆が大声を出したので少し疲れていると聞いたシノハは、すぐにタム婆の小屋に向った。
男たちが小屋に戻っていた。 5人くらいで過ごす小屋の中に8人程が集まっている。
タム婆、トデナミ、長の小屋以外は板間があるだけで、寝床は作られていない。 男たちは己のマントを纏いそのまま板間に寝転ぶ。 女や子供達は板間に敷物を敷いて寝転ぶ形だ。
「ファブア、婆様が止めてくれて良かったな」
「どういことだ?」
「自分でも分かってるだろう」
「だからどういう事だって聞いてるんだよ!」
「はっ、あのままやっててみろ、お前一人がバテて座り込むのが目に見えてたじゃないか」
「なんだと!」
「止めろよ!」 ケンカが始まりかける気配に、一人が仲裁に入る。
「確かに、あのシノハってヤツ・・・手は出さなかったけど、かなりやるんじゃないか?」 他の男が言う。
「お前まで言うのか!」 ファブアがまた殴りかかろうとする。
「ファブアがどうのって言ってるんじゃないさ。 あのシノハってヤツの事だ」 ファブアの手が止まった。
「くそ! アイツ! 今度こそ伸してやる!」
「ドンダダに言って、やってもらおうか」 男がニヤリとイヤな笑みを口元に浮かべた。
(それもいいかもしれないな・・・シノハってヤツがドンダダに勝つのなら) 一人の男の心の声。
「ドンダダに頼らなくても俺がやる!」 ファブアは絶対に自分でシノハを伸す気でいる。
「なぁ、ファブア。 あの時、アイツに言ってた事って何のことだ?」
「え?」
「アイツがドンダダの邪魔をしたって」
「あ・・・ああ、なんでもない」 冷や汗が出そうになる。
「なんだよ、俺たちに言えないって言うのか?」
「いや、カマだよ。 ドンダダって名前を出せば、震え上がると思っただけだよ」
「なんだよそれ。 それじゃあドンダダに頼ってるのと同じじゃないか」 言われ、フン! と顔を背けた。
「なぁ、それより長のことはどうなってるんだ?」
「ああ、俺は長を見たわけじゃないが、誰か長が倒れているところを見たか?」 誰も返事をしない。
「本当にやられてたのか?」
「それは本当みたいだ。 けど、誰がやったのかは分からないらしい。 で、俺たちが怪しまれてるみたいだな」
「長側じゃないからか?」
「ああ」
「長側じゃないからって、いくらなんでも村長をやるやつなんているか?」
一人二人と黙り始めた。 あの噂は本当なんだろうか、という思いが湧いてきたからだ。
(ドンダダにアイツをやらせるなら、いや、アイツにドンダダをやらせるなら早くしないと。 いつオロンガに帰るか分からないからな・・・。 だが、アイツにドンダダがやれるか・・・?) 一人違う事を考えている男が居た。