大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第119回

2020年02月07日 22時19分24秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


     『虚空の辰刻(とき)』 リンクページ




                                      



- 虚空の辰刻(とき)-  第119回



一度、師匠が自分から見た判断と違った調合をした薬を患者に渡していた。

『師匠、それでいいのでしょうか? 己の勉強不足です。 あとで教えて頂けますか?』 そう言った。

途端、師匠が激昂し激しく罵られた。

が、のちに井戸端で聞いた話では、師匠がその薬草を渡した相手に 「間違ってしまった」 と違う薬を持ってきたという話であった。 井戸端では薬を取り替えるなんて有り得ないと話していた。

見せてもらい味を確認すると、それは己が思っていた薬草の調合した薬であった。 それからは無意識に違う目を持って手元を見るようになった。

「・・・そうかもしれません。 いえ、きっとそうです。 無意識でした」

「薬草師といえど、歳には勝てぬということだ」

「・・・」

「いつまでも若くはおれん」

「それは・・・」

どんな意図があって仰っておられるのですか? と訊きたかったが訊けなかった。 そして訊くこともなく答えは簡単に返ってきた。

「だからショウジが言う『私などに』 ということは無い。 何度も言うがショウジはいい薬草師だ。 目も実行力もある。 安心してショウジは嫁を迎えるのが良いのではないのか? そして子を為せばショウジの子に薬草師の手を伝えられる。 ショウジのした努力を子に伝えられるのではないか?」

「マツリ様・・・」

「想い人はおらんのか?」

「あ・・・え?」

話しが一気に飛躍しすぎる。      

「おるのだな?」

「や・・・そ、それは」

顔がどんどん熱くなってくるのを感じる。

「ショウジ? 大丈夫か?」

「あ、や・・・。 その」

「具合が悪いか?」

「い、いえ、その様なことは御座いません」

「そうか・・・」

では話を続けると言った。 ショウジの身に気を添いながら。

「どのような娘かは知らんが、ショウジが想う娘なら間違いないのではないか? 田畑を耕せずとも、ショウジの背を見てくれるのではないのか?」

「私の・・・背?」

真っ赤な顔をして問い返す。

「ああ。 ショウジが誰かのために薬を煎じていれば、誰かのために薬草を育てていれば、田畑を耕せとは言わんだろう。 ショウジと同じ喜びを感じたいと思うであろう」

「・・・」

「違うか? そのような娘を想っているのではないのか?」

「・・・とても優しい娘です」

「そうか」

「誰彼となく、手を差し伸べている娘です」

「そうだろうな」

ショウジの想い人なのだから。

「でも・・・」

「うん?」

「私は23の歳になります」

「おお、やはり俺と同じだったか。 で? それがどうした?」

「リョウは16です」

想い人の名はリョウと言うのだとマツリは頭に入れた。

「16なら嫁と迎えてもいい歳だろう」

マツリとしては考えられない早さだが、北の領土の民において大抵は二十歳までに嫁に出ている。

「・・・七の歳も違うのです」

「は? そんなところで止まっているのか?」

「七の歳です! 七の歳も違うのです! それに駆け出しの薬草師です。 リョウを幸せになど出来ません」

「ふむ・・・。 七の歳の差でそれ程考えるのか・・・。 俺には分からん。 それに言っておく。 駆け出しの薬草師かもしれんが、ショウジはこれから北の領土の一番の薬草師になるのだから、駆け出しも何もそんなことは関係ない。 ただ、どうして七の歳の差をそんなに気にするのか?」

「じゅ・・・16歳からしてみれば・・・」

「してみれば?」

「私など・・・」

「ショウジなど?」

「・・・オジサンです」

「・・・それは、俺にオジサンだと言っているのか?」

同い年のマツリにも言えることだ。 だがマツリはあるがままを言っただけ。 何の嫌味も込めていない。 むしろその後に冗談の一つでも言われれば、ショウジとてそれに応えただろう。 勿論、イヤミなく。
だが残念なことに聞く相手はそんなことなど知らない。

「めっ! 滅相もありません!!」

「たしかに俺もショウジも、もう嫁を貰っていてもいい歳だ。 子がいても不思議ではない。 それどころか、同じ歳の者にはもう子がい―――」

マツリの言の途中を切って、椅子から転げるように座り込んでショウジが言う。

「り、聊爾(りょうじ)をお許しください!」

土間に座り込み深く頭を下げる。 いわゆる土下座。
マツリが眉間に皺を寄せる。

「・・・同じ歳の者同士として話したいと俺は言った。 それを聞いてくれたな?」

「はい!」

未だ土下座状態だ。

「・・・」

北の領土でこの薬草師ならばと思ったが、やはり無理なのか。 間諜にしようなどと思ったわけではない。 ただ単に、言葉通りに思っただけである。

「よい。 許す許さないなどは無い。 俺は帰る」

「・・・」

頭を土間にすりつける様に下げる。

「ショウジとは話が出来ると思った」

(え? ・・・) 心の中で呟いた。

「俺の思い違いのようだったな」

「・・・」

「邪魔をした」

マツリが腰を上げた。

「勉学に励め。 それがお前の思う道なのだからな」

ずっとショウジと言われていたのに、今、お前と言われた。 ここに境界線を張られたのか。 いや待て。 師匠の話をしていた時にも『お前』 と言われていた。

・・・そうか。 マツリ様はケジメをつけておられるのか。

「・・・マツリ様」

喉の奥から声が出た。

今にも戸に手をかけようとしていたマツリの動作が止まった。

「なんだ」

手を止めただけで振り向きもしない。

「マツリ様には想い人がおられますか?」

ショウジにしては未だに頭を下げたままだった。

「はっ!?」

思わず身体ごと振り向くと、端座のまま向きを変えたショウジと目が合った。

「マツリ様には想い人がおられるのでございますか?」

「そっ、そのような者はっ!」

見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。

―――熱い。 なんだこれは!?

「マツリ様・・・」

笑ってはいけないと今にも崩れそうになる顔を何とか押しとどめたが、プッと口から息が漏れてしまった。

「な! なにを笑っておるのか! そのような者は俺には居らん!」

更なるマツリの口上に、とうとうクックックッと押し殺した笑いを漏らさないように、手の甲で口を押えながら立ち上がったが、充分に声は漏れている。 マツリは腕を組み口をへの字に曲げている。

「先程は失礼いたしました。 マツリ様、もう少しお話いたしませんか?」

コホンと咳払いするとそう言ったが、己が顔を赤くした時にはマツリは笑わなかった。 なのに己はついウッカリ笑ってしまった。 マツリの反応が余りに・・・正直だったから。 己もマツリと話がしたい。

「話?」

「同じ歳の者同士のお話です」

マツリが愁眉を開けた。

「ショウジがまだ起きていていいのなら」

「こんなに貴重な時はそうそう御座いません。 是非とも」

言いながら、先ほどまで座っていた座布団に手を向けた。
ショウジが撥ねてしまった椅子を直して座り、マツリと向き合いながら話した。


北の領土に暖かさが運ばれてくるのは本領より随分と遅い。 夏を迎えている本領は花々が咲き乱れ、木々の指先には緑が溢れどんどんと背を高くしている。

だが此処北の領土は、同じ夏だというのにやっと春を迎えたような気候だ。 北の領土の夏は短い。 これから満月を迎え、次の満月の頃にやっと穏やかな夏を迎え、次の満月には晩秋のようになる。

外では優しい風が吹いている。 少し前までの凍てつく風ではない。 その風に乗って緑の香りが運ばれてくる。


「ホゥホゥ」

キョウゲンの呼ぶ声が聞こえた。
話し込んでいた顔を上げたマツリを見て、ショウジがどうしたことか? という視線を送ってくる。

「そろそろ行かねばならんようだ」

「ああ、そう言えば随分話し込んでしまいました」

「明日の仕事に差しさわりはないか?」

「難などございません。 それより大変楽しゅうございました。 こんなに誰かと話したのは久方ぶりでございました」

「そうか」

「それより、マツリ様はこれから本領に帰られるのでしょう? その、シキ様と・・・」

「姉上のことは・・・考える。 姉上とのことには礼を言う」

「いえ、礼などと・・・。 お話が過ぎました。 お疲れでございましょう?」

「俺はキョウゲンの背に乗っているだけだからな。 楽なものだ。 では、長々と邪魔をし・・・いや、楽しかった」

どこかはにかんだ笑顔を送ってみせた。

結局、遅くなりすぎてこの日は領主の家に向かわず本領に戻った。 ショウジとの話の中でもそのことは話していた。


「随分とお楽しかったようでございますね」

薬草師の家に向かった時とマツリの雰囲気が少し違う感じがする。

「ああ、まぁな。 ショウジがあれ程、俺を迎えてくれるとは思っていなかった」

そう。 想像していた。 同じ歳の者同士としての会話を。 だがそれはまだ、どこかマツリが上であった。 それは致し方ない。 ショウジから見ればマツリは本領領主の跡継ぎなのだから。 それにマツリにしても、マツリが生まれてこの方、同等の者など一人もいなかったのだから。

それなのに最初を除くと話していくに、ショウジはマツリの痛いところを突いてきた。 それは悪気なく、マツリに分からせる為。 それがよくよく分かった。
同じ歳の者、でも着眼点は違う。 だからお互いにそれを示唆する。 いや、明示しあった。

『姉上には申し訳ないことをした』

ショウジから色々と聞かされた。 マツリからはリョウのことを聞かせた。 それは互いに欠けていたことだった。 それを互いが言い、互いが己が血肉として聞いた。
マツリもショウジも違う形で・・・馬鹿正直過ぎたということだ。


「左様で」

「領主のところには明日行く」

「承知いたしました」

「続けて北の領土に付き合わせて悪いな」

「とんでもございません」

さて、シキ様にどのように仰るのだろうか、その時に己は肩にとまっていてもよいのだろうかと、思案を巡らせたキョウゲンだった。


『マツリ様の想い人とはどのようなお方ですか?』

『そのような者はおらんと言っておる』

『そうなのですか? 失礼ながら想い人のお話をしました折、マツリ様はお顔を赤くなされましたが?』

『赤く?』

『はい』

『あ・・・熱くはなったが赤くなどしておらん』

『お顔が熱くなったということは、お顔が赤くなったのです。 ・・・私もそうです。 マツリ様から想い人が居ないかと聞かれた時、顔が熱く・・・』

思わず下を向いてくすぐったいような表情を浮かべる。

『え? 熱くなったのか? ・・・確かにショウジの顔が赤くなったのは見たが・・・。 熱があったわけではないのか?』

そうか。 そう言われれば納得がいく。 あの時、何よりも先に『大丈夫か』 と訊かれた。 マツリはショウジの顔が赤くなったことに、具合を悪くし、急に熱を発したのかと思ったようだった。

『マツリ様・・・我らは不器用なのでしょうか』

『どういうことだ?』

『己が想い人に想いを告げられない。 マツリ様から言っていただけたことは肝に銘じております。 ですが、簡単にリョウに嫁になってくれとは言えません』

『やはり歳の違いということか?』

『それはもちろんです。 ですが他にも・・・リョウが私のことをどう考えているか分からないからです』

『だがショウジが想っているのだろう? それだけでいいのではないのか?』

『マツリ様の想い人もそう考えておいででしょうか?』

『・・・え?』

『マツリ様の想い人はマツリ様に想われている、それだけに応えてくれるのでしょうか?』

『・・・それは』

ショウジはマツリの想い人が誰なのかを知らない。 マツリも然り。 己に想い人などいないと考えているのだから。 でもショウジから詰問に近い質問を受けて、不意に一人の顔が浮かんだ。

『だが・・・ショウジのことを好かんと思う娘がおるだろうか? 俺がその娘なら喜ばしく思うと思うのだがなぁ』

『は? ははは、それは光栄ですが、私のことを好かんと思う娘は五万とおりましょう。 娘に限らずとも』

『そうか?』

『人の感じ方は人それぞれです。 私のことを陰気だと思っている者もおりましょうし、少なくとも私と正反対の男を好む娘であれば、私など目の端にも映らないでしょう。 こんな非力な腕では頼りになりませんからね』

そう言うと、袖を上げて腕を見せた。
マツリは華奢に見えてしっかりと筋肉が付いているが、ショウジには筋肉の盛り上がりなど見えず確かに細い腕。 筋肉の欠片が少しあるだけだ。 だが繊細な指で薬草を調合することが出来る。

『ショウジが選んだ娘なのだろう? ショウジの目に狂いはない筈だ。 さっきも言っておったではないか、誰彼となく手を差し伸べる娘だと。 その娘なら、ショウジのことをよく見ているはずだと思うのだが?』

『そうだといいのですが』

寂しさを含んだ目をしながらも口元が優しく笑う。 リョウのことを思い出しているのだろうか。

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