大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第118回

2020年02月04日 23時28分04秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第110回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第118回



シグロに案内されてやって来たのは、木で出来た小さな家であった。 硝子のはめ込まれていない明り取りの窓は小さく、陽がある時にもさほど家の中は明るくないだろう。 だが北の領土の中心の外れにあるような家はどこもこんな風である。

明り取りの窓を大きくすれば陽が入り家の中が少しでも温かくなるだろうが、それ以上に寒風を嫌うからである。

周りにはポツンポツンと同じような家が建っていて、その近くには木々が何本か立っている。 家から少し離れると田畑が目立つ。

「・・・っな!」

起きておるか? と外から声を掛けられ、はい、お待ちください、と戸を開けた薬草師が驚いて目を見開いた。

「っな、とは?」

目の前に立っているマツリが言う。 肩にキョウゲンはとまっていない。 近くの木の枝にとまっているのであろう。

「あっ、いいえ!」

「寝てはおらなかったようだな」

「は! はい」

「入っても良いか」

「こ、こんなあばら家に・・・」

「入って良いかどうかを訊いておる」

マツリにとっては、入っていいかと訊くだけでこの上なく上等だが、そんなことを薬草師は知らない。

「き、汚いですが、ど、どうぞ」

薬草師が大きく戸を引くとマツリを迎え入れた、 この時点で快く迎えられたかどうかは、おいておこう。

ズカズカではなく、ズカッと家に入ったマツリ。 家の中を見まわすとまず目の前に土間があり、奥の片隅に米を炊く釜が置かれていて中央には囲炉裏がある。 その囲炉裏には小さな火が灯っている。

その他は薬草師ならではなのか、薬草とそれに使う器がいくつもあった。 そして七輪が目に入った。 薬草を煎じる時に使うのだろう。 灯りは角灯でとっているようだ。 土間の左隣には寝るための畳間があった。 たったそれだけの家だった。

「一人か」

「は、はい。 親は早くに亡くなりました」

僅かに俯いてマツリの質問に答える。

「兄弟は」

「居りません」

「嫁は」

「まさか! 私などに・・・」

「どうして薬草師になろうと思った」

マツリから次々と出される問いに答える。 言い淀むことなく、問い返すことなく精一杯答える。

「両親を救えなかったからです」

「病で身罷(みまか)ったということか」

「はい」

この頃には薬草師もマツリが来た驚きに囚われることなく話していた。 そうは言ってもどうしてマツリが来たのかの疑問は残っているし、矢継ぎ早に質問される意味も分からない。

「もう寝ていて良い時だが?」

北の領土の夜は早い。

「は、はい。 あの、薬草の勉学をしておりました」

「勉学?」

「はい。 薬草師歴伝を参考に、何をどう掛け合わせれば飲みにくくないのか、何が何に特効になるのか、またその薬草をどう栽培すれば良いのか等です」

もっと言いたかった。 決して口巧者(くちごうしゃ)ではないし、どちらかと言えば口下手な方だ。 だが薬草の話になるとついつい、長広舌になってしまう。 でも今は長くなってはマツリに失礼かと思いそこで切った。

薬草師から言われてもう一度土間を見ると、台に角灯が置かれ、その横に椅子にしていたのだろう、台より少し高い椅子もどきがあり、その椅子もどきに歴伝が置かれてあった。 ついさっきまでその椅子もどきに座り歴伝を読んでいたのだろう。

「そうか」

薬草師の文言に対してマツリの返事は短かった。
もっと早くに話を切らなけばいけなかったのかと、薬草師が頭を下げた。 その時

「お前はいい薬草師だ。 あの老いぼれよりずっとな」

「え?」

驚いて顔を上げるとマツリと目が合った。 こんな至近距離で本領次期領主と目を合わせるなどとは思ってもみなかったことだ。

「お前から、あの老いぼれには進言出来んか」

珍しくも柔らかい笑みを薬草師に送る。 だが自他共にその意識はない。 いや薬草師にその余裕がない。

「あ・・・あの、そんな」

「自信を持て。 お前はいい薬草師だ。 残念だが、本領に生る薬草と北の領土に生る薬草とは随分と違う。 同じなら本領の薬草師の何某かの伝書をお前に渡せられるのにな」

「え?」

「腰を掛けても良いか?」

「も、勿論に御座います」

慌てて畳の間に上がると寂れた座布団を持ってきて畳間の端に置き、角灯の載っている台を畳間に近づける。
寂れた座布団に座し、土間に足を預けたマツリが言う。

「まだ起きていても良いか」

この台詞が茶の狼に向けられたハクロのものであったなら、すぐさまシグロが

『アンタそれ、力にまかせた脅しじゃないのかい?』 そう言っただろう。

「も、勿論に御座います」

「名は何という」

「ショウジと言います」

「ショウジか・・・」 

常なら北の領土の祭では領主と五色と会うだけだが、時折、民の為になる者、例えば医者の卵になった者や薬草師になった者が紹介される。 このショウジという薬草師も初めて会った祭の日に紹介された時には、新しく若い薬草師、としてしか紹介されなかった。

ショウジの目を見ていたマツリが一瞬目を離すとまた戻ってきた。

「俺はマツリ」

「・・・存じております」

「いや、そうでは無い」

「・・・あの」

困惑の目をマツリに向ける。
マツリの片眉がピクリと動いた。

「同じ立場になって話そうと思っているのだが?」

「はい?・・・」

「ショウジには親も兄弟もないと聞いた。 だが俺には父上も母上も姉上も居て下さる」

ついでに言えば歳の離れた弟のリツソもいるがそこは割愛しよう。

「身の周りの環境は大きく違うかもしれんが、同じ立場にはなれんか?」

「あの・・・仰る意味が分かりかねます・・・」

そう言うのが精一杯だった。 それ以上もそれ以下も何も言えない。

「そうか。 説明不足か・・・」

いつもシキに言われていた
『マツリは言葉不足よ。 気持ちがあるのなら、もっと相手に分かるように言わなければいけないわ』 と。

「ふ・・・む」

曲げた人差し指を唇に添わせる。
薬草師は次に何を言われるか腰構えている。 だが、それは恐怖ではない。

「そうだな。 ショウジはいい薬草師だ。 それは俺が保証する。 だが」

薬草師として再度褒めてもらった。 一瞬喜んだが、その後すぐに『だが』 と付け加えられた。 緊張が走る。

「俺の言いたいことを分かってもらわれないのは、薬草師の力ではないか・・・」

「は?」

「ショウジは薬草師として何も言うところはない。 だが、俺が言いたいのは似た歳の者同士としての話だ」

「は、い・・・」

「立場など関係なく似た歳の者同士の話をしたい」

「え・・・」

思いもしなかったことを言われた。 構えていた緊張が無意識に砕ける。

――― 腰砕け。

まさにそのものだった。

「え? ショウジ、大丈夫か?」

土間で今にも溶けて無くなりそうになっているショウジの両腕を掴んだ。

「・・・うあぁ?」

訳も分からなくショウジの口から意味のない言葉が漏れた。
寂れた座布団から腰を浮かすと、細身の体躯を持つマツリなのに軽々とショウジを引っ張り上げる。

「おい、どうした?」

ショウジの膝が伸び、ゆっくりとマツリが力を抜いていく。
ショウジの膝はしっかりと立っている。 もちろん腰も。 もう溶けるようなことは無いだろう。 ソロリと手を離す。

「俺とは話が出来ないか・・・」

悪かったと言うと、立ち上がりそのまま歩を出しかけた。 すると

「わ! 私でよろしいのですか!?」

この場にそぐわない大声でショウジが言った。 言った本人も自分の声の大きさに驚いている。

「いいのか?」

ショウジを見る。

「私のようなものでよろしければ! お話を!」

さっき驚いたにもかかわらず、尚も大声である。

「いや・・・そんなに頑張ってもらわなくても良い」

ショウジから寂れた座布団に目を移す。

「腰を掛けても良いか?」

再度同じ質問をする。

「どうぞ! ・・・あ、いえ。 どうぞお掛けになって下さい」

大声で三文字言った後に、改めるように音量を下げ続けて言った。 このまま立ったままではマツリを見下すことになる。 先ほどまでもそうであったが、そんなことを考える余裕すらなかった。 だがマツリの隣に座る勇気などない。

マツリが腰かける。

「椅子に腰かければどうだ?」

ショウジが歴伝の乗っている椅子もどきに目を流すと、すぐに「はい」 と言って歴伝を畳の上に置き、椅子もどきを引っ張てきて腰を掛けた。 椅子もどきでは無く椅子のようだった。

そして沈黙が続く。

ショウジからは何も言えない。 マツリの言葉を待つ。
マツリは腰を折られ、話をするに話し出せない。

更に沈黙。

「あ・・・あの」

耐えられず沈黙を破ったのはショウジであった。

「マツリ様のお話とは何でございましょうか」

・・・そんな風に訊かれては話しずらい。

「いや、その・・・。 別にこれといっては、無いのだが・・・。 ショウジと話がしたいと思っただけだ。 お前の腕は俺が保証するということと・・・」

詰まった。

「そう言っていただけるのは、これ以上に無い幸せであります。 そして?」

次には? と訊いている。 詰まった先のことは何なのかと。

「・・・ショウジはどうして嫁を貰わんのだ?」

思いもよらない質問であった。 今にも顎が外れそうだったが、外れそうになる顎を押しとどめて、先ほど『まさか! 私などに・・・』 そう言っていたことを頭の中で反芻した。

「はい?」

どうして再度に渡り嫁の話なのだろうか。

「もう嫁を貰ってもよい歳であろう? 遅いくらいだ」

年齢的なことか。

「それは、先ほども申し上げましたが私などには嫁を貰えません」

「どうしてだ? ショウジの言う『私などに』 の意味が分からんが?」

「私はまだ駆け出しの薬草師です。 これからは今まで以上の勉学しか御座いません。 田畑を耕す時など惜しく学びたいだけです。 そんな私に嫁など迎えられません」

「父御は薬草師だったのか?」

「いいえ。 父が薬草師であれば教わってもっと早くに薬草師になれたでしょう」

「独学か?」

老いぼれの師匠にはついているのだろうが、殆どが独学であろう。

「はい。 遅い出だしではございますが、それでも誰かを救いたいと思いました」

「先程も言ったが、お前は良い薬草師だ。 ・・・いや、そうだな。 医者にも向いているだろう」

「め! 滅相も御座いません!」

本領、東西南北の領土では薬草師は医者の格下である。 本領においては医者の資格を取るに色々と面倒臭いことはあるが、東西南北の領土ではさほど難しいものではない。

「薬草師が骨折の当て木などできるものではない」

骨折していたムロイに対して適切な当て木を出来ていたことを言っている。

「鼻の事には気付きませんでした」

「ああ、それは致し方ない。 顔中腫れておったのだからな。 だが、普通の薬草師ならそこまで見ん。 ただ薬草を合わせるだけだ。 お前は薬草師の枠を超えて人を救おうとした」

「出過ぎたことでした」

「そう言うか? そう言って終わらせるのか? だから領主を診る場を譲ったのか?」

「え?」

「お前が領主のことを最後まで診るべきだったのではないのか?」

「・・・ですが」

「ああ、言いたいことは分かる。 分かっているつもりだ。 あの老いぼれに任せたくはないだろうが、そう言わざるを得ない。 仕方のないことだ」

年功序列ではないが、幼年の者が身を引くことは分かっている。

「だが、老いぼれが間違ってしまっては、お前の救った命の灯火が消えることを頭に置いておけ」

置いておけ、と言ってしまってから言い直した。

「置いておくようにするといいのではないか? ああ、領主のことはその様なことは無いから、安心するといい。 この先のことを言っている」

「マツリ様・・・?」

「なんだ」

「師匠が・・・間違えをおこすかもしれないと、仰っているのですか?」

「・・・ああ。 お前の師匠だったな。 悪いが、十分にあり得る」

北の領土を回っている時に、医者や薬草師とは時々顔を合わせている。 ついでに産婆とも。
ショウジの呼ぶ師匠は、もう耄碌(もうろく)が過ぎすぎている。 多分、薬草師どころか、己の日常生活もままならないのではないかと思えるほどだ。 あくまでもマツリから見れば、だが。

「ですが、師匠はまだまだ現役で皆に薬草を煎じております。 私から見るに間違いはなく」

「お前から見るに間違いなく? その言葉の意味が分かっているのか?」

「え?」

「それはお前があの老いぼれに間違いがないか、手元を見ているということはないのか?」

「・・・あ」

そうだ。 そう言われればそうかもしれない

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