大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第122回

2020年02月17日 22時05分41秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第120回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第122回



マツリの肩から飛び立ったキョウゲンが大きく縦に回転すると、その姿を大きく変えた。

マツリを乗せたキョウゲンが飛んで行く姿を見送ったセッカが戸を閉めた。 戸に背を預けると次を考える。

若い薬草師が此処に来るまでに、今居る医者と年老いた薬草師にこの場を去ってもらわなければいけない。 若い薬草師が師と仰いでいる年老いた薬草師、その若い薬草師の居る前で此処を去れというには複雑なところがある。

「若い薬草師も今後やりにくくなるでしょうし、あの薬草師も面子をつぶされることになりますわね・・・」

若い薬草師が来るまでは、今居る医者と年老いた薬草師に頼ろうと思っていたが、頼るに値しないであろう。 そのような者を置いていても何の意味もない。 若い薬草師が来るその前に去ってもらおう。 薬草師と医者が控えている部屋へ足を向けた。

「は!? 去れとはどういうことですか!? 何故に、我らに領主を診せないわけでございますか?」

医者が言った。

「去れと言っているわけではございません。 一時、引いて下さいと言っているのです」

「たとえ五色(ごしき)のセッカ様といえど、身を悪くされているのは領主ですぞ。 領主の身を案じておられるのならば、我らに身を引けなどと言えるはずは御座いません」

今度は年老いた薬草師が言った。
セッカなりに気を使って言うっているというのに。 この年寄二人の言いようにイラッとしたセッカ。

「そうですわね。 ではハッキリと申しますわ」

「どうぞ、何なりと」

そう返答するのを耳にすることすら、腹立たしい。

「わたくしが、領主と会った時にはこれ程に悪くはありませんでした。 あなた方が来てからというもの、領主の容体が悪くなっているのはどういうことかしら?」

「そんなことは御座いません! ここにきてお顔の腫れも随分と引いておられます」

「それは自然なことではないの? それも以前と比べると、僅かに引いているだけでしょう」

「そのようなことは!」

「医者、薬草師、わたくしが領主の婚姻約者と知っておいでね?」

「・・・はい」

「今すぐ此処から出て行って下さらないかしら」

「このまま領主を放ってはおけません!」

「放って置く気などありません。 ですが、あなた達にはこの場を去っていただきたい。 これ以上何かを言うと、目覚めた領主がわたくしからの話を聞いた時に、医者と薬草師の免を取り上げるでしょう」

医者と薬草師が目を合わせた。

「どちらを取るもあなた方の自由ですわ」


医者と薬草師の背を見送ったセッカ。

「嫌な役どころですこと」

そう言うと領主の眠る部屋の方を見た。
一つ息を吐くと、まだ残っている使用人と呼ばれる女にすぐに馬を用意するように言った。 その後すぐに領土を見回る時の服に着替え、領主の部屋に向かった。

戸の開く音に気付いた領主、ムロイ。 頭を横にすると、赤い皮の服を着たセッカが目に入った。

「ろうした?」

どうした、と訊いている。

「覚えておいでかしら? 最初に見ていた薬草師のことを。 老いた薬草師の弟子になった若い薬草師の事ですわ」

「あ・・・あぁ。 ひってひる」

知っている。 そう言った。

そうだろう。 祭の折、マツリに若い薬草師を紹介したのはムロイなのだから。 そしてその若い薬草師が当初ムロイを診ていた。 だがムロイはセッカの言った『老いた薬草師の弟子になった若い薬草師』 のことは覚えている、そう言っただけだった。 決して己が診てもらっていたことを覚えていたわけではなかった。

そうではなく、この怪我を負ってそれからのことを覚えているかとセッカが問うと、記憶が曖昧で覚えていないとムロイが言う。
腫れのことも、言葉がおかしくなってきていることもあるが、それもおかしい。 若い薬草師がまだ診ていた時、ムロイがしっかりと目覚め若い薬草師のことを言っていたのだから。 

「わたくしが感じますに、ムロイは段々と悪くなっていますわ。 あの老いた薬草師が間違った薬草をムロイに飲ませているのでしょう。 それしか考えられません。 それを見過ごしていた医者も信用なりません。 ですからあの二人を帰し、若い薬草師に迎えを出しました。 よろしいですわね?」

今までにないセッカのあまりの強硬に驚いたムロイが大きく目を開けた。

「マツリ様が仰るに、若い薬草師であればムロイの身体も良きようにゆくだろうということですわ」

「マツリ様うぁ?」

マツリ様が、と言っている。

「マツリ様はムロイの具合をご心配されております。 そして・・・シユラ様のことも」

「!」

「シユラ様はわたくしがお連れして参ります」

「・・・」

「宜しいですわね?」

ムロイが半分瞼を閉じた。

「今からシユラ様を迎えに参りますわ。 それまで大人しく―――」

ムロイの左手がセッカの頬を覆った。 驚いたセッカが改めてムロイを見ると、一筋の涙がムロイの目から落ちた。


ムロイの家に着く前まで、馬車の中で横になっていただけ。 ムロイの側に付いていたセッカ。
まだ、年老いた薬草師が付く前、若い薬草師の時だった。

『薬湯は飲みにくいでしょう? 此処は彼の地と違って、医薬は発達していませんし、ムロイの身体の当て木も彼の地のギプスと大違いですわね』

皮肉かな、セッカはセノギとトウオウのことで直近に二度も病院に行っている。 そこで見たギプスは当て木と違って確かなものであった。

『ですが・・・、彼の地には無いものが此処に有りますわ』

『・・・ああ』

『あら? お分かりですの?』

『なんだろうな、この地には懐かしさがある。 当て木もそうだ。 こうして当てられて初めて感じた。 当て木から温かいものを感じる。 彼の地のギプスでは感じられんだっただろうな。 当ててくれたあの薬草師の気が感じられるようだ』

『あら、意外なことを仰いますのね』

『・・・そうだな。 意外かもしれん。 ・・・ただ疲れただけなのかもしれん。 だが今は木の温かみに触れていたい』

『まぁ!』

『そんなに驚くな。 俺も・・・もう歳だ。 疲れが出ている。 先代からのことは・・・』

『・・・なんとお考えなのかしら?』

『・・・シキ様に言われた』

『シキ様に会われたのですか!?』

『ああ。 隠し通せなかった。 あの子狐のことは知られてしまった。 だがシキ様は俺を責めるではなく、どうして五色(ごしき)を信じないのかと言われた。 五色の力は民が愛することで力となると仰った。 俺は五色の力が衰えてきていると言った。 先代から聞いていた話だからな。 それに・・・俺も感じていたから』

『わたくしに対してもでしょうか?』

セッカとて五色としての矜持がある。

『いや、お前にはそう思ってはいない』

『そうですか、それならばよろしいのですけど。 これからどうなさるおつもりなのかしら?』

矜持は守られたようだ、

『分からん。 父の・・・先代からの、それより前からの夢がある』

『ムラサキを迎えるということですわね』

『ああ』

『それで宜しいの?』

『・・・』

『「わたくしは、ムロイの考えに添いますわ。 ですがそれが半端なものであれば、添うことを考えますけれど』

『・・・彼の地の飯は旨い。 この地の飯は彼の地と比べると食えたものではない。 電気もそうだ。 彼の地では明るく暮らせる。 だが・・・彼の地にはゆとりがない。 このように倒れて初めてそれを知った』

『・・・そうですか』

その先に何かあるだろうが、今は病床の身、これだけ話すにも相当の体力がいったはずだ。


どこか遠くの記憶でセッカとそんな会話をしたことを思い出した。

「・・・たろむ」

頼むである。

「では、マツリ様の仰る薬草師が来るまで、大人しくしていて下さいませね」

右手をムロイの左手に添え、軽く微笑むとムロイの手を頬から外させると踵を返した。
ムロイの部屋を出ると使用人の女が玄関で待っていた。

「馬の用意が出来たのかしら?」

「はい」

「早く出来たのね」

若い薬草師に馬を走らせるように言われた時に、馬番が余分に用意していたようだ。
玄関の外に待つ馬に跨る。

「領主のことを頼みますわね」

見送る使用人の女に言うと女達が頭を垂れた。 それを見ると馬の腹に踵を入れ疾駆させた。



波の音が遠くに聞こえる。 一室の灯りを点けただけの窓越しの外、そこで壁を背にして体育座りをしている二人。 ある年齢ならば“いやぁ~ん” “ドキドキじゃない” と声高に言うだろうシチュエーション。 だが残念なことにそのある年齢ではなかった。

「紫揺ちゃん、親父さんがそろそろ帰って来るって」

「え? 先輩のお友達の? もっと長く海外に居られるんじゃなかったんですか?」

「それがね、夫婦喧嘩だって」

「え?」

「お袋さんが贅沢三昧を言ったようでね、最初は付き合ってた親父さんだったんだけど肝に据えかねたらしいよ」

「それで・・・帰国ですか? せっかくの旅行なのに」

「そうみたいだね。 どう? 紫揺ちゃんまだここを出たくないんだよね? 親父さんには数日後には何時でも言える状況になったけど?」

「・・・あと・・・三日以上頂きたいです」

三日などとは何の脈略もなく適当であった。

「いや、そんなに焦らなくていいよ。 親父さんも帰ってきたら、一日二日の予定の具合があるだろうし、親父さんからは船を出してもらえる約束はもらってるから」

「はい・・・」

そう返答したがニョゼと別れ難い。
セキには思いを言った。 セキはそれを分かってくれた。 だがニョゼには何も言っていない。

「ニョゼさんは・・」 心の声が出た。

「え? なに?」

「あ、いえ、何でもありません」

自分に焦った。 心の声が出るほどにニョゼのことを想っているのかと。
だがニョゼは紫揺のことを分かっているだろう。 紫揺がどう考えているか知っているだろう。 脱走のことは置いといて。 そんな我儘な考えが浮かんだ。

「どうする? 俺と親父さん的には何時でもいいけど?」

「もう少し・・・もう少し待って下さい」

「だから、焦らなくっていいって」

「先輩・・・?」

「親父さん、お袋さんのことでは腹立ててるけど、紫揺ちゃんのことは別物だと思ってるらしいから」

どういう事かという目を送る紫揺。

「親父さんから連絡があった時に友達が紫揺ちゃんのことを話したんだって。 船を出すことに快諾だったって言うからね。 友達が言うには是非ともって感じだったらしいよ」

「お友達にくれぐれもお礼を言っておいてください。 ・・・なのに、私がハッキリしなくてすみません」

「いや、だからそれは気にしなくてもいいって」

はい、とは言えず嫌な沈黙が続く・・・。

「あ、あのさ、雲渡(うんど)ってヤツ知ってる?」

「ウンド? ・・・」 

小首を傾げる仕草で知らないことが分かる。

「あ、知らないか」

「誰ですか?」

「此処では俺の先輩にあたるヤツなんだけど、専門学校で同級生だったヤツなんだ」

春樹の先輩というと、此処での仕事の事だろう。 そう言われても仕事のことは何も知らない。 セノギの用意してくれる服も食事もその仕事に支えられているのだろう。 今更にして、此処に居る自分がぬるま湯に浸かっていることを思い知る。 

「あ、ついでに言うと船を出してくれるって友達もその専門学校だったんだ」

「そうなんですか。 それで、その人がどうかしたんですか?」

「オカシな動きしてんだよな」

「おかしな動き?」

「インサイダーって知ってる?」

「いんさいだー? ・・・いえ、知りません」

「違法なことなんだよ。 それをしているかもしれない」

「え!?」

「証拠も何もないけどね。 それにハッキリと分からないから、何とも言えないけどね」

「キノラさんに言ったんですか?」

仕事のこととなるとキノラになるだろう。

「うううん、言ってない。 証拠がないからね。 ハッキリとしたことが分かれば言えるけど、そんな暇もないから」

紫揺には分からない世界だ。

「これからどうするんですか?」

「探る気は無いよ。 雲渡の成績はいいから、何か言うと俺が雲渡の成績にイチャモンつけたって思われてもイヤだし」

「でも、違法なんですよね?」

「かもしれないってこと。 雲渡ほど俺は出来てないからね。 雲渡なら、インサイダーでなくてもその力を持ってるかもしれないしさ」

言いながら自分で情けなくなった。 雲渡のことは黙っていればいいことなのに、雲渡のことで会話を続けようとした自分が情けない。

「でも、先輩は怪しんでるんですよね」

「いや、ゴメン。 この話は無かった事に、聞かなかったことにしてもらえない?」

「でも! この屋敷から犯罪者が出るんですよね?」

この屋敷がどうなろうと知ったことではないが、関わった以上気になる。

「いや、それ程でもないから。 犯罪者なんて大きく考えなくてもいいから」

聞かなかったことにしてほしいのだから、そう思って欲しい。

「・・・そうなんですか?」

「うん。 ちょっとした交通違反程度だから」

そうじゃない。

「赤信号なのに、小さな交差点だからと自転車で走ると同じですか?」

身に覚えがある。

「そ、その程度」

全然違う。

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