大福 りす の 隠れ家

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虚空の辰刻(とき)  第69回

2019年08月16日 23時19分55秒 | 小説
『虚空の辰刻(とき)』 目次


『虚空の辰刻(とき)』 第1回から第60回までの目次は以下の 『虚空の辰刻(とき)』リンクページ からお願いいたします。


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- 虚空の辰刻(とき)-  第69回



「あの時の私・・・」

何をどう考えたかを再考する。
ガザンの不遇に小学生時代の犬たちを思い出した。 そしてガザンを抱きしめた。

「じゃ、今は?」

ニョゼのことを思い出した。 ニョゼの入れてくれるお茶を飲みたいと思った。

「・・・じゃない」

じゃなくは無いが、じゃない。 じゃないのは、その後に思ったことがある。
ニョゼの顔を声を思い出し笑みをこぼした。 そして心が温かくなった。 その暖かさに浸かっているとどこからか音が耳に入った。

「単純にまとめると・・・」

掌を開いて面前に出した。

「ガザンを抱きしめた」

目の前にある親指だけを折った。

「ニョゼさんのことを思い出し、暖かくなった」

人差し指を折った。

「・・・」

イミがワカラナイ。
だからどう。

「あ・・・」

府には落ちないが、掠(かす)って思い当たることがある。

「これって、いわれ無きままに言われる、自覚がないっていうやつ?」

でも、でも。 と頭の中に記憶のある映像を映す。 それはセイハが火を消していた姿。 姿というよりその力。

「・・・全然違う」

セイハは火を消した。 でも自分は・・・。
枯れた芝生を青くした。 枝に花を咲かせた。
これって、全然違う。

花を咲かせたり芝生を青々とさせたりしたのは、自分と思うのは思い違いだろうか。 自分が花を咲かせられるはずがない、枯れた芝生を青々とさせることなど出来るはずがない。
と、記憶にもなかった自分の言葉を思い出す。
『もっと生のある木々なら何か教えてくれるのに』 ムロイの家の裏に初めて行った時に漏らした言葉。 あの時そう言ったが、あの時にもどうしてそう言ったのかが分からなかった。 そして今、思い出してもその真実が、意味が未だに分からない。 どうしてそんな言葉を言ったのか。

「・・・バカじゃない」

思考を停止した。 せざる終えなかった。 想像を広めても想像にしかない。 現実ではないのだから。

だから考えないんだ、考えないんだ! と考える。 ありがちなパターンに嵌まってしまった。
確かに目の前に枯れた芝生が青々とし、葉も花もつけていなかった枝から葉が生まれ、花が開いた。

その場に確かに自分が居た。 芝生の時にはガザンとセキが居た。 何もない枝から葉と花が咲いた時には自分しかいなかった。

「遠隔ナントカ・・・」

誰かが、遠くから操作している。
考えられなくもない。 でも・・・それは何故? どうしてそんなことをするのか?
それをしたところで何がどうなるのか?
困るのは紫揺だけだ。 それが目的? そして、自分の知らない所で五色と言われる皆も惑わせているのだろうか。

頭の中はポジティブに考えられない。

まるで鳴門の渦潮の中心にいるかと思えるように、頭の中がグワァングワァンする。

回る頭の中を抑え一度、否定を肯定にしようとチョイスする。 ならば辻褄が合うかもしれない。

セイハもセッカも『自覚』 という言葉を言った。 トウオウにしては、つい前、アマフウの話から続けて『それ以外の所はそろそろ考えているのかな?』 と言われた。
そして続く『全くゼロみたいだな。 いいよ。 ・・・でも』 顔を上げると紫揺を直視し『力の加減を知らないと、シユラ様が困るんじゃない?』 そう言った。

「私が困る・・・」

現に今困っている。 だが今あることには直結できない。
ただ不思議な現象を見ただけ。 それに自分が介しているとは何度考えても到底思えない。 だからそこを肯定して・・・まで思うと声が聞こえた。

「・・・さま」

微かな声が戸の向こうから聞こえる。
飯の用意が出来たと女が呼んでいるのだろうとすぐに分かった。

「はい! 今行きます」

大きな声で返事をすると、立ち上がり靴を履いて戸に走った。


木の枝には一つの影がある。 残りの一つは茅葺の屋根の上に居、もう二つは分かれて小屋の裏側と側面についている。


皆で食事をとる。
本当なら一人で食べたいところだったが、我が儘を言っては女たちに手を掛けさせてしまう。

「どうだった?」

「ああ、特にぶり返してるところはなかった」

アマフウとトウオウの会話。 来た時に消して来た火が特に再燃していないらしい。

「特に?」

アマフウと紫揺がトウオウの言葉に気付いた。

「小さいものが幾つかあった」

「それは、消した後の所の後に・・・同じ所にという事?」

「ああ」

アマフウが大きく溜息を吐いた。 紫揺は箸をすすめながら話を聞く。

「消し損ねてたってことはないの?」

「オレは無いよ」

「偉そうによく言うわ。 アマフウがしたのは、ほんの最初だけじゃない」

セッカが口をはさんだ。

微かにアマフウの口元が歪む。

「よせ」

ムロイが間に入る。

「これって、誰の責任だろうね」

箸を咥えたまま、両手で顎に手枕を作り、見えない空を見るようにトウオウが言う。

「・・・私と言いたいのか?」

ムロイが箸を置きトウオウに目線を送った。

「それ以外に誰が居るの? ムロイ、領主だろ?」

同じ姿勢で箸を咥えたまま目だけをムロイに送る。

「では、領主からお前たちにずっとここに居るようにとでも下知を出そうか」

箸を持っていたキノラの手がピクリと動いた。 が、すぐに口を開いたのはセイハだった。

「冗談じゃないわ! これ以上ここに居たくない!」

持っていた箸ごと拳を握りしめてその拳をドンと荒々しく叩きつけた。
あまりの激昂に誰もが驚いたが、紫揺だけは鍋から取り入れた受椀の白菜を口に運んでいる。

(この白菜、絶妙かも) などと味を堪能している。
別に白菜に心奪われたわけではない。 セイハがそういう事は今までの会話から安易に分かっていた。 驚くことではない。 でも気になる人間が若干一名いる。 そこに上目遣いに隠れた視線を送る。

その相手、キノラは黙々と食している。 屋敷に帰りたいという事をセイハに預けたのだろう。

「・・・思い直すときかもしれんな」

ポツリとムロイが言う。

「思い直す? どういう事よ!?」

「五色全員、若しくは幾色かここに残る」

「は!?」

「言っておくが、私はお前たちに屋敷に居て欲しいなどと一度も言った覚えはない。 お前たちが勝手に屋敷に居着いただけだろう。 ならばいい機会だ。 領土に居残りたい者はこのまま領土に残る。 それともくじ引きでもするか? 全員が残るか、誰かが残るか」

確かに五色は領土より屋敷を選んだ。 それも前代から。 そして前の領主も屋敷住まいを選んだ。 ムロイも然り。

「それって、誰も此処に残らないって言って、私が貧乏くじを引いたら私が此処に残るってわけ?」

「そうなるな」

ここで傍観していたキノラが口を開いた。 紫揺が横目でキノラを見た。

「その必要があるのかしら」

「どういうことだ?」

「私たちが居なくても、皆なんとかやってるわ」

「火がまわってきているんだぞ?」

「でも中央には火が無かったでしょ? 辺境に火が上がっても中央には関係ないわ。 それに火が大きくなれば慌てたヒトウカの足跡が火を消すわ」

「他力本願」

口から箸を取ったその口の中でトウオウが言う。

「何十年とこの形でやって来たのよ。 今更何を変えるというの?」

誰かに何も変えられたくない。 キノラは屋敷での仕事を我が人生の宝物(ほうぶつ)と考えているのだから。 それを取り上げられる謂れはない。

キノラの言い分を聞いて尚且つ、ムロイが言う。

「誰かここに残りたいと思っているか?」

誰もムロイを見なければ黙々と箸を動かしている。 気は五色同士、互いを覗っているであろうことはあからさまに分かる。 ・・・つもりのムロイ。

「誰もいないか・・・」

「いるわけないじゃん」

ムロイがトウオウに目線を置く。

「此処にどんないいことがあるわけ? ムロイもそうだろ? そうだから屋敷に行くんだろ? 皆も同じだよ」

「お前は・・・お前は屋敷で何もしていないのに何を言うのか?」

「それって何? ムロイやキノラみたいに屋敷で仕事をしてないってこと?」

「そうだ」

「まっ、言われたら確かにね。 でも、オレもアマフウも何もしないけど屋敷に居たいと言ったのを了解したのはムロイだろ?」

「・・・」

その時は笑う程に株が次々と当たった。 何もかもが簡単に手に入った。 だから、あの地が楽しく思えた。 今も株の状況はいい。 でも領土の現況を見ると紫揺につなげる前にどうにかなっては後先もない。

「状況は変わる」

「ああ、そうだよね。 時は流れてんだもんね。 でも、二言はないよな?」

疑問符をつけて訊かれるが、それが脅しに近い。

「何が言いたい?」

「オレ達をあの地に引き入れたのはムロイだろ」

「学を持たねば何も出来ないからだろう。 あの地の学校に行かしてもらっただけでも感謝しろ」

アマフウが顔を背ける。

「ムロイ・・・何も分かってないんだな」

「何が言いたい?」

「いい。 これ以上話したくはない」

「お前は残るという事か?」

「ああ、オレは此処に残る。 言っておくが、これ以上オレに何も話さないようにな。 保身を考えろよ」

砂を浴びせるという事だろうか、それとも火か。

ムロイが口を歪めた。 どうして領主である自分が五色に脅されなくてはならないのか。

「トウオウ」

アマフウがトウオウに顔を向けた。

「なに?!」

かなり不機嫌な顔をアマフウに向ける。

「それ、もう少し待ってくれない?」

「は?!」

トウオウに向けていた顔をムロイに転じた。

「今トウオウが言ったことは今すぐではないわ。 あと少し経ってからの事。 今回はトウオウも屋敷に帰るわ」

ムロイが怪訝な目をアマフウに送る。

「おい! 何勝手に―――」

「いいわね」

ムロイに言ったのか、トウオウに言ったのか、反駁しかけたトウオウを見ることなく、ムロイに合わせていた目を眇める。

「・・・勝手にしろ」

返事をしたのはムロイ。 アマフウの目に負けたわけではない。 これ以上のゴタゴタは御免だ、と投げ出しただけであった。

「あと少し付き合ってちょうだい」

ムロイに向けていた目をトウオウに向けた。

箸を止めてアマフウを見ていた紫揺。

(どういう事? もう少し待つって・・・その先に何があるの?)

アマフウが言ったことと、自分の考えに何の関係性もないだろうが、自分がいつまでこの状況にいなくてはならないのか、異論を唱えたい。 が、そんなことを言っては、先にある計画に損傷をきたしてしまうかもしれない。 今は口を閉じておこう。

それにしても怪訝な目でアマフウを見るトウオウが気になるし、トウオウの視線を意ともせず、すました顔で箸を口に運ぶアマフウが何を考えているのかが分からない。

あとでトウオウにアマフウのことを訊かれたらどう答えようか・・・その為には馬車の中でアマフウに疑問を投げかけた方がいいのであろうか・・・。

小芋を箸で取り、口に入れた。 粘りは日本の小芋を彷彿とさせるものがあった。 紫揺の知る小芋ではなかったようだ。

その日はゆっくりと湯に浸かり身体を温めたが、しっかりと狼を探すためにその身体を冷えさせた。 だが翌日はきちんと朝を迎えることが出来た。


「あの・・・」

「・・・」

いつもの如く目の前の先の見えない簡素な馬車の板を見ながら足を組んで、その足に頬杖をついているアマフウ。 紫揺が呼びかけてもピクリとも動かない。

だからと言って、引き下がるわけにいかない。 トウオウには借りがある。 トウオウとしては貸しを作った気などないだろうが。

でも、少なくとも『手当』 をしてもらった。 それ以外にもある。 だから、あの時トウオウが『おい! 何勝手に―――』 と言いかけた言葉の続きを請け負いたいと思った。

それにはどんな訊き方をしていいのか。 この天邪鬼なアマフウに。 頭を捻る。 どんな修辞をもって婉曲に・・・。

「・・・」

―――無理だ・・・。 

器械体操では簡単に捻れても、この天邪鬼に対して頭を捻ることなどできない。
だから

「あの、昨日の話、何を考えてるんですか? トウオウさんを屋敷に帰して何をしようとしてるんですか?」 

結果、直球を投げた。

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