五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

面白し 

2017年02月20日 | 第2章 五感と体感
面白し 2017年2月20日

「面白い」という語源は、「天岩戸に籠ってしまった天照大神(アマテラスオオミカミ)を人々は何とか出てもらって世の中に光を取り戻そうと必死に説得し、ようやく岩戸から出てきた天照大神のお顔が真っ白であった。」ということだそうです。光を放つはずの人が、光に当らずに顔が白くなっていた、という矛盾がこれまた面白いのですが。。。

面を付けて表現する事も身体を塗って表現する事もいずれも神への敬意と畏敬を表し奉る事と繋がっています。

真っ白なお顔で出てきたので、「びっくり」した人々が、平素と違う姿に特別な感情を抱き、天との橋渡しの媒体として装う姿となっていったのかもしれません。
平安時代の御簾の中で暮らしていた貴族の女性が暗がりの中、夜に通う男性の為に顔を白くして闇の中でも見やすいように塗ったという事も本で読んだ事があります。陽のあたる場所で白い面を見るものならびっくり仰天でありましょう…。

面、白し。

そのことばが、「おもしろい」という喜びの感情に近い感情表現に適用されている事も、面白いことだと思います。

確かに、「面白いか、面白くないか、」といった判断は、自分が好みの道を歩むためにはとても大切な判断基準です。

面白くない事でも自分という媒体が面白さに転嫁してゆけば、それは生き甲斐に向かってゆきます。
直感的に面白くない事を選択しない事も生き抜く力になってゆきます。
、とはいえ、
人生の経験を踏みつつ、「面白い・面白くない」を気楽に選択してゆく知恵を育むと、きっともっと面白い人生に成るんだろうな、とも感じます。

天照大神の顔の白さにびっくりする感性を大事にしたいものだ、と、真面目に思う今日この頃なのです。

齢半世紀過ぎると、直感には裏付けがあることがよくわかる、というのも真理かなとも思います。

「面白さ」はユングでいえばトリックスター。
人の中に潜む面白さをも外に並列に表現できたら、境界線の無い、性別も無い、明暗の境目も無く、はたまたあの世とこの世の区別も無い面白い空間になるのでしょうね。
多分、幼い頃からずっと自分自身が求めている事なんだろうな、ということも薄々感じつつ、「続き」を続けてゆこうかと思うのです。


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