五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

感情の取り扱い

2013年05月14日 | 第2章 五感と体感
自分の感情の取り扱い方には何らかの傾向があります。

もし、自分の感情の取り扱い方に傾向があることに気付いたならば、それが、「自分の学び」の大切な素材になっていきます。

なんでこの人は、こういう解釈をするのかなぁ~

なんでこの人は、いつもこういう言葉で返してくるのかなぁ~

他者の事は見えても、自分の事を振り返ってみると案外直ぐには見えてこないのが普通かもしれません。

なんでこの人は、こういう解釈なのか?いつもこういう言葉で返してくるのか?と、思った時の自分の感情も、まさしく「湧き出す感情」です。

違和感を感じることが、自分と他者との間に距離があることの証拠でもあるのです。

幼い時から、慣習や風習、気候の違いの違和感、つまり「私と他者」という距離と向き合うことを余儀なくされた私は、同じ場所で生まれ住み続けている人々の揺るぎの無い考え方や誇りを注目し捉えていく術を自然と身につけてきたように思います。
そのお陰で、比較宗教、比較文化の学びの中で、それぞれのフィールドに立つことに極度に躊躇しない傾向が育まれたようです。
知らない場所や知らない人々の中に身を置くことは、同じところに留まることよりも楽さを感じます。そうは言いながらも、同じ場所に根付き、風習を当たり前だと思う様な心持になってみたいという憧れはあります。でも、根付かない環境で育った私は、それは永遠の理想であることも承知しています。
だからこそ、永遠普遍の神と仏に手を合わせることで、普遍的な安定感を得ているのだと思っています。

自分の感情の取り扱い方に失敗すると、他者をどんどん追い込んでいきます。
無防備な状態で他者の感情の放出を受けると受けた側は、得も知れない不快感や疲労感に襲われ、更には罪悪感まで湧いてきます。
場所を選ばず自分の感情を顕わにしていると、刺客に遭うこともあるでしょうし、自分が気付かないうちに静かに人が去っていきます。それによる孤独感は、ますます自分の傾向を強化していくように思います。

自分の考え方、そして、考え方があるがゆえに湧き出してくる「自己の感情の取り扱いの傾向」を自分自身が意識化することは、他者との関係を上手くするための最初の関門かもしれません。

昨日の「生き甲斐の心理学」保護者勉強会にご出席の皆様、大変お疲れ様でした。五年目となりリピーターの方も多く、しかも一年生だけでなく他の学年の保護者の方々が多く初参加されたことに感銘を受けております。学びのきっかけを掴み、より良く生きようと心掛けていらっしゃる皆様のお言葉を嬉しく思いました。共に学び、共に自らを育み、和気あいあいと宜しくお願い致します。

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