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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

遠山の金さんになりたい

2011年05月31日 12時39分34秒 | えいこう語る
3:11東日本大震災、この頃は日常会話の中で占める割合も、そう多くはなくなってきたようだ。心が疲れきってしまったからだ。
かといって、惨劇の記憶が薄れたということではない。
27日、北海道JR石勝線トンネル内で、特急列車が脱線し火災が起きた。
乗客は全員避難したが、トンネル内での火災は煙突状態だった。焼き焦げ溶解した車体がトンネルから引き出された時の姿に、異常な恐怖を覚えた。
「メルトダウン」という言葉が浮かんだ。
しかし、これほどのショックな場面が映像で流されても、この事故は日常会話では語られることはない。
たぶん私たちの脳には、3:11の記憶が詰まりすぎ、列車火災の惨劇はそれ以上のものではなく、入り込む余地がないのだろう。
しかし、東日本一帯は「メルトダウン」という、これからが人命に影響する惨劇が予測される事態になっている。そして、昨日は多量の黒い雨が降っていた。
にも拘らず、国会は内閣不信任案の提出で、野党ばかりか与党までもが同調するかもしれないという、呆れた様相を呈している。
我が国は、原子力の炉心が融け始めたら、国会までが「メルトダウン」状態だ。
これって、国策だからだろうか?
※函館十字街界隈。この近くはかつて銀座と呼ばれた繁華街だった。
♪酒は涙か溜息か 心のうさの捨て所という名曲は、この近辺で生まれた。


国民を「平和ボケ」というが、国会議員は「平和アホ」ではないか。
大震災後「絆」の大切さを実感しているのは国民ばかりで、自分の保身のみで「延命の絆」を強固にしようとする者は「国壊偽員」と呼ぶことにしたい。
1988年5月に、原子炉等規制法が改正され、原子力の法律なのに、犯罪を罰する条文が加えられた。
「プルトニウムや高濃度ウランを、みだりに取り扱うことにより、その原子核分裂の連鎖反応を引き起こし、またはその放射線を発散させて、人の生命、身体又は財産に危険を生じさせた者は、十年以下の懲役に処する」というものだ。
これは未遂でも罪になる。
こんな法律があるなら、電力会社に適応すべきである。
しかし、法律の解釈は国民と専門家の考えには、大きな隔たりがある。
卒業式で、教職員が日の丸に向かって起立し、君が代を斉唱するのを拒否した裁判で、東京高裁が憲法第19条の保障する、思想、良心の自由の制限にはあたらないとする、教育委員会を支持する判決を出した。
卒業式で、起立しない先生には実際違和感を覚える。しかし、なぜ卒業式に日の丸に頭を下げ、君が代を歌うことを強制するのか。強制するからみんなと同じでないと、おかしく見えるだけだ。
嫌いな歌を歌う人はいない。国旗とは単なる目印だ。白地に赤の丸がついた布に、頭を下げるほどのもではないと私は考えている。
天皇陛下が来た時、国家を歌えといえば私は両陛下が嫌いではないので、天皇家の歌「君が代」は大きな声で歌う。ただそれだけのものだ。
この判決自体、今の政治家と同様、裁判官もどこかピントが外れているのである。
話はそれたが、原子炉等規制法を適用したら、電力会社は罪になるはずである。それを推進した当時の政治家も、幇助罪だ。
たまには遠山の金さんになり、判決を下してみたいものである。


まちづくりは自慢から

2011年05月30日 14時30分25秒 | えいこう語る
我が村も人口が1,000名ほどになってしまった。
最後の生き残りをかけた、新たなまちづくり会議が6月から発足する。
今まで何度もそのような会議があったが、村議会の反対があれば、住民の声が掻き消される。役人も議員の顔色をうかがっているので、これといったマチづくりができなかったのも事実である。
そうこうしているうちに、市町村合併され、函館市の一町内会のようになってしまったのだ。
東日本大震災以来、国家への信頼はがた落ちだが、国も粋な計らいをするものである。平成の大合併をした町村には、まちが寂れないようにするために新たな補助制度を用意してくれたのだ。新過疎法の適用である。
もはや地元の議員も解散していない。住民の声が直接行政を動かすことができる環境になったのだ。
それに函館市は4月から「市民自治条例」が施行された。まちづくりは住民が主体となり参加すると謳ってあるのだ。
今まで村民だったが、今は函館市民になった。村民より市民と呼ばれると発言力が増したようで、なんだか気分が違う。
そんなことで、最後の知恵を振り絞り、我が故郷の復興にかけたいと思う。
東日本の復興に負けては、恥ずかしいからだ。
※東日本大震災以降、雲の形が気になる。細い長い雲が地震雲だ。私は何度も体験している。
 先日も函館市内で、湾曲した虹ではなく、真っ直ぐの虹が新聞に掲載されていた。


昨日、夜遅くのテレビで、五島列島の小さな島でのまちおこしの状況を見た。
わずか7世帯しかいないが、すばらしい入り江を持った、まさに楽園と呼ぶにふさわしい美しい島である。
まず手始めに、住民の自慢を聞いて歩く。
自慢とは、人より秀でていることである。人間なら、長く生きていれば必ずそんなものが、一つや二つはあるはずだ。
例えば、味噌を手作りできるとか、魚のとりかたが名人といわれる、とかである。人は飲んでいるときなどは自慢話をするが、大勢の前で自慢話をすることはない。大勢の前で、自分はこれが自慢できるぞという話を集め、そこからマチづくりのヒントを見つければいいじゃないかと、昨夜ふとひらめいたのだ。
人に自慢できるものは、人が認めて誉めてくれるのである。
誉められれば、人は木でも登るのである?
「まちづくり、自慢・誉め殺し作戦」と、密かに名付けた。
アイディアを出せというと、そんなものでないというが、人はできれば人前で自慢話をしたいのだ。
「自慢話なら、あなた得意分野でしょう」と、妻も認めてくれた。
自慢話なら誰だって楽しく発言できるのだ。
そうだ、それでいこうと思ったら、なんだか気が楽になってきた。
自分の自慢がまちづくりに反映されたら、故郷にも恩返しができるというものである。
まちづくりって、そんなことから始めればいいのだ。


真実が見えにくくなった日本

2011年05月29日 15時07分58秒 | えいこう語る
男と女、善と悪、朝と夜、表と裏、戦争と平和など、正反対のものが存在するのが世の中だ。
それが平等であればいいのだが、不均等になっているのも、世の中の世の中たるゆえんでもあろう。
要は折り合いをつけ、バランスを保ちながら暮らしていくのが必要だ。
安全と危険、これはなるべく安全でいることを持続させるのが人間の知恵である。
原発は地球に優しいクリーンエネルギーと、安全性をずいぶんアピールさせられてきた。でもいったん事故があれば原爆に変身し、危険の権化と化し、安全に戻るのは気の遠くなる期間がかかる。
こういう代物は地球上に存在させないほうがいい。
ところが、便利と不便という環境があれば、人間は便利なものに飛びつく。不便が持つ真実など、どこかへ追いやってしまうのだ。
戦後、電気による便利な社会を満喫した。そのため、原発という危険の権化に目をつぶり、安全と信じ込んできたのだ。
日本で最初に原発が始動したのは、1963年の茨城県東海村である。
※函館郊外の菜の花畑。


それが現在、日本には54ヶ所で、原発が生み出した核分裂生成量は、広島原発の120万発分だという。(京大原子炉研究所助教授の小出裕章氏の講演資料)
世界で唯一の被爆国である私たちは、便利さと快適さの中で、なんと馬鹿げたことをしでかしたのだろうか。
昨夜、元共同通信記者で現同志大社会学部教授、浅野健一さんの講演会に出席して来た。
「原発事故と大本営発表」という題だった。
各新聞社も取材に来ていたが「マスゴミ」と呼んでいた。
「原発は絶対安全といっていたが、原発ができる6年前に電力会社の事故の補償額が決まり、その超過分を国が支払うことに決めていたというのは、事故が起きるということを想定していたということだ」と話していた。
真実の反対は虚偽である。
マスコミは真実を多く語るのが使命のはずだが、どうやらそうでないようだ。
生き延びるためには嘘もつくのだ。
東日本大震災は、日本が戦前ばかりか戦後も、いかに虚偽に満ち溢れていたのかを証明してくれたようだ。
教授は言う。原発裁判を起こし、犯罪者をはっきりしようと。
私ももちろん賛成である。
勉強した夜はお酒も美味い。


原発で生きる人たち

2011年05月28日 11時46分04秒 | えいこう語る
ある癌患者がいた。
末期なのになかなか死なないどころか、ますます元気になり、医者もあきれ果て退院を認めた。身体中が癌細胞になり、癌人間になってしまったのだ。
中途半端ではなく、そのものになってしまったという怖い話である。
福島原発事故後、建設中の青森県大間原発の工事が中止されている。
大間原発は1976年、地元商工会が町の活性化にと議会を動かし、誘致を決めた。
たぶん、原発会社のほうから、商工会と議会に金をちらつかせたのであろう。
当初反対した漁業組合も、金と視察旅行と毎日の家庭訪問で切り崩され、多額の漁業補償で、家を新築した。
しかし不漁が続き町は寂れていく。福島原発の事故で、大間も国民世論で中止もささやかれる。
そんな町民の不安を払拭するかのように、民主党岡田幹事長が現地入りした。エネルギー確保のため、大間は建設するという。
しかし、ウランとプルトニウムの混合燃料を使用する、日本最大級の原発だ。
近くには活断層があることも証明されている。
※海が光っていた。この向こうに大間原発が建設されている。


今までだんまりを込んでいた、対岸の函館市民の動きも活発になり、新函館市長まで無期限の凍結発言をする。
国民世論は間違いなく脱原発に向かうに違いない。大間町民は不安になる。
原発が中止されると、運転開始後の固定資産税だけでも、16年間で450億円と試算される。
一度毒を食った身である。吐き気もあったが、慣れれば結構いける毒である。
食うだけ食って身体中が毒人間になれば、何も怖いものはないのだ。
建設の一時中止で、見込んでいた予算が組めない。そこで議会が動き出した。
中止になって困るのは電力会社だ。政府の推進という後ろ盾もある。我々は町民の生活が第一である。足りない予算は電力会社に要求しよう。
毒が身体ばかりか脳まで回った大間議会「14億円ちょうだい」と電力会社の本社に乗り込んだ。さすがに日本一のマグロの産地である、度胸もある。
大間町は周辺町村が合併を希望したが、交付金がよその町にも配分されるのを嫌い、断ったったのだ。
国と電力会社を手玉に取り、国民の世論を無視し、なりふりかまわぬ生き残り作戦。
世の中自分だけがいい思いをして、生きれはしない。
その作戦が「大間違い」なのだ。
先人たちが、そんな過ちを起こさないよう名付けた町名だと思うが、国民から「大魔町」などと言われないようにして欲しいものである。
プルトニウムは冥王星から名付けたもので「冥土の王」だ。
「大魔町」とは、なんだか不気味な縁も感じる。近くには恐山もある。
それに、下北半島は「斧」の形をしているではないか。
「おのおのがた、中止させなければ、危険でござる」。


ROUTE278 ハーレーが走る

2011年05月27日 11時22分24秒 | えいこう語る
函館市から太平洋側を北上する海岸道路が、ROUTE278である。
時々サーフボードをルーフに積んだアメ車が走っていたが、長引く経済不況で燃料が高く維持できなくなったのか、最近は姿が見えない。
夕暮れの銚子ビーチ、日が沈むまでサーフィンを楽しむ若者たち、その帰りを待つアメ車の姿は、なかなかの光景だ。
人はいい風景の中で暮らしたい、できればいい風景の中で死にたい、そんな思いはないだろうか。
日本海に沈む夕日を見て、感動の涙を流したという話を聞く。
私は太平洋側なので、日の出の美しさには心を洗われる。
自然は美しい。その風景を生かすマチづくりが、行政には欠けていると思うのだが。
昨日、某テレビ局から電話があった。
隣町の恵山町。函館方面から走ってくると、海岸に突き出て噴火の形跡が見える恵山(618M)が、ハワイのダイヤモンドヘッドに似ているので取材をしたいということである。
その辺の状況を私に聞いてきたのだ。
私は自説の?「ROUTE278論」を展開し、風景を生かしたマチづくりを語った。
若い局員である。お話を参考にして企画書を作りますという。どんな企画書ができるかわからないが、私の思いが伝わったのか心配になる。
今まで何度も取材に応じたことがあるが、カメラマンの目線はどのテレビ局も同じだ。せっかく地域を紹介してくれるならと、私の発案が取り入れられたこともある。
電話での聞き取りなので、そこまでは言えなかったが、夕暮れのROUTE278が最も美しいことだけは話しておいた。
恵山ダイヤモンドヘッドの夕暮れ、海岸にサーフボードを積んだ車がある。
静かに流れるビーチボーイズの♪「サーファーガール」。
ROUTE278が、たぶんハワイに見える瞬間である。そんな映像になったらと期待する。


そんなことを考えていたら、店の外にバイクの止まる音が聞こえた。
ハーレーダビットソンの独特の音である。
私より幾分年上の、髪の毛はすでに白髪だが短く刈り、ジーンズ姿のライダーが入ってきた。
ハーレーの魅力を語ってもらった。
車体が300キロ、ダンプカーが追い越してもびくともしない重厚感と、何よりもその音の心地よい響きだという。自分は身長が低いため、座席が低めの型を選んだという。もし転倒し、この300キロを起こすことができなかったら、そのときは手放すと決めているという。
その男性にとって、ハーレーは永遠の恋人なのであろう。
オムライスを食べ、食後はレアチーズケーキとコーヒーを注文し、会計を済ませると「また寄らせてもらいます」といい、黒のサングラスをかけ店を出た。
若い頃見た映画の「イージーライダー」を思い出した。
柔らかな爆音を轟かせながら、ぴかぴかに磨きがかかったハーレーダビットソンは、ROUTE278の風を切った。
下海岸(しもかいがん)と呼ばれていたこの地域、私は市町村合併後は「HAKODATE東海岸」と、呼んでいるのだけど。