函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

3:11から10年

2021年02月28日 17時41分51秒 | えいこう語る

▼東日本大震災からもうすぐ10年になる。その間私は、防災士の免許を取得した。さらに、所属する函館市町会連合会では、大間原発建設反対運動を立ち上げた。

▼私にとって3:11は、身体に染みついた日常だった。さらに10年前の我が家のテレビは、今までより倍の地デジの大きな画面になった。

▼その災害のリアルタイムの迫力は、精神の均衡を失わせ、同時に気力が失せたのを、今でも思い出す。

▼ある高齢者スポーツの、世界チャンピオンの知人は、震災後のハワイでの世界大会に「戦う気力が失われた」と話していたのを記憶している。

▼私たちが主催した原発反対の市民集会で、私は詩の朗読を試みた。詩は3:11の被害を受けた南相馬市の主婦、青田恵子さんの「拝啓、関西電力様」という詩だ。

▼私はその詩を知人を通し、青田さんに連絡を取っていただいた。相馬弁は理解できないところがあるので、函館市民に馴染みの津軽弁に直すことと、題名は「拝啓、東京電力様」にしたいという了解だ。

▼集会には500名ほどの市民が集まった。舞台の照明を落とし、そこに3:11の被災現場が映し出される。同時に消防の手回しのサイレンを鳴らした。

▼サイレン吹鳴は、元函館消防に勤務していたある町会長が引き受けてくれた。若い頃の自分を思い出しての、力強いサイレンが講堂に鳴り響いた。

▼サイレンが終了し、真っ暗な舞台の真ん中に、お寺から拝借した大きな燭台のロウソクに灯がともる。ヘルメットに消防団の“刺し子”と呼ばれる衣装を着た私が登場する。

▼そこで「拝啓、東京電力様」の詩の朗読が始まる。まるで空襲警報を連想するサイレンと焼け跡の映像。ヒロシマ・ナガサキ・フクシマを想起させる設定だ。

▼原子力政策という国策の推進で、私たちは再びフクシマを自ら招き寄せてしまったのだ。国家に全面信頼を置いたため、戦後の科学技術の進歩による、安全・安心の神話が、一挙に崩壊した瞬間だった。

▼その時から、私は国家に大きな不信を抱いた。さらにアベ政権下での「憲法改正」は、フクシマ以上の、危険な国家への歩みにつながることの恐怖を覚えたからだ。

▼というのが、私の3:11以降に生じた【国家防災】への思いだ。だが今日(28日)の、北海道新聞に掲載された、芥川賞作家、辺見庸の「3:11からの10年」という記事を読み、
私の考えが間違った方向ではないということを、確認した。

▼米空母が参加した「トモダチ作戦」。極めて戦略的な問題を、善意という感情にメディアは置き換えてしまった。「絆」という言葉も、なんとなくいかがわしく感じた。

▼炊き出しの問題でも、列を乱すものがいないという話が美化され、礼儀正しく秩序を重んじる日本人像に、みんなが満足する。

▼よそから来た人が、死者の懐に手を入れて金を取ったという話があっても、そういう話は消えてゆく。死者たちがたくさん流されていく映像は映されない。分かりやすい話ばかりが、紋切り型の表現で伝えられる。

▼私たちが3:11から何を学ぶか、どういう生き方をしていけばいいかという問いかけを、全くしていない。あれほどの災禍を経験しても、社会構造や国家観を根本から考え直すという動きもないという。

▼この国は10年で大きく変わった。特定秘密保護法や安保関連法案など、憲法9条を持つ国とは思えないようなことが起きている。

▼コロナ禍での緊急事態宣言にも、私権を制限されるのに、国民の側から求めている。関東大震災後に【治安維持法】が出来たように、震災と軍国主義、震災と国家権力の台頭みたいなものの周期性には、注意した方がいいと指摘する


▼そういえば、3:11の翌年、原子力基本法第2条に第2項が付加された。「我が国の安全保障に資する」という文言だ。

▼国はどさくさにまぎれ、原子力を安全保障の枠組みに入れてしまったのだ。安全保障であれば、日米安保条約の中に入るので、原子力政策は、容易に中止することができない、ということになるからだ。

▼さらに、2011年大震災の直後の3月22日。辺見が北海道新聞に寄稿した文にはこう書いてある。

▼【私はすでにこう予感している。非常事態下で、正当化される怪しげなものを】と。例えば「全体主義」や“個”を押しのけ、例外を認めない狭隘な団結】であると。

▼そこで思い出したのが、私も何度かブログで書いたが、それは2012年の「自民党改憲草案」の中にある。「個」を「人」に変更する条文だ。

▼話は少し外れるが、アベ総理の妻の問題やスガ総理長男の問題。国会と別枠で本人を呼んで追求すれば解決する問題だ。

▼正常な国会を阻むものは、与党ばかりではなく、与党に寄り添っている野党の責任も大だ。与党が崩れ出すとそこに寄り添っていた野党も、崩れ出した、それが3:11後の我が国の政治の10年だったのではないだろうか。

  個を踏みつけて道を固める国あり
               三等下

コロナ禍は水戸黄門に癒されて

2021年02月27日 17時19分46秒 | えいこう語る

▼我が国会の体たらくを見るにつけ「戦後民主主義教育の荒廃ここに極まり」と嘆いてしまう。良識がない者が,“高給”官僚や“高給”議員だとは、妻に“時々”良識に欠けると言われる私でも、さすがに呆れてしまう。

▼広辞苑=「良識」とは、社会人としての健全な判断力とある。“健全”とあるので思い出したのが「教育とは健全な地域社会と健全な人間をつくる」というのは、ある哲学者の言葉だ。

▼やはり国会の体たらくは、戦後民主主義教育が十分な成果を上げれなかったことにあるのではないかという、結論に達する。

▼だが、ここでブログが終了するのではない。今日のテーマは水戸黄門なのだ。出だしがテーマからずれると、元に戻すことが容易でなくなる。

▼しかしここで引き下がれば、能力が問われるのではないかと考え、何とか続行を試みようと思う。

▼と、意固地に思ってしまうのは、軍人の資質に似ていると思ったからだ。というのは、今朝蒲団の中で、昨夜の読書の続きを読んでいた。

▼半藤一利著「日本のいちばん長い日」だ。終戦前夜の8月14日と15日にかけての、軍部の将校たちの、最後の一兵まで戦うという気迫が私の胸を熱くさせる。非常に臨場感あふれる、映像が浮かぶ内容だ。

▼天皇に終戦の決断をさせたことに、天皇の軍隊は、自分たちの至らなさを叱責し、命を賭しても天皇を守らなければならないと思う。

▼軍人とはそういう類の精神を持ち合わせた、実直で硬直な人間集団なのだろう。そうであれば、私は自衛隊を軍隊にしてはならないと思う。

▼先日、元自衛隊員に尋ねたら、集団的自衛権行使で他の国で戦うことは、隊員のおおくは反対していると思う。専守防衛なら、命を懸けて戦うと話していた。

▼だから今の自衛隊で十分ではないかと思う。自衛隊だって、人殺しをする戦争なんて、誰もがいやだと思っているのだ。

▼だが、軍隊となれば、旧帝国軍の考えと今も、まったく同じ精神構造に違いない。クーデターを起こしたミャンマーの軍隊をみても、自分の家族や市民に向け発砲する意識は、軍隊の本質を物語っているからだ。

▼「おそれおおくも・・・」といえば、すぐに天皇陛下が浮かんできた旧軍隊だ。直立不動になった後、ゲンコツが飛んできた。天皇のゲンコツは、誰もが逆らうことなど出来なかった。

▼今テレビで観ている水戸黄門役は、故西村晃だ。札幌出身の西村は、終戦の日に徳島航空隊の特攻隊員だった。そこで親友になったのが、後に裏千家宗主となる、千玄室だ。

▼明日は特攻として旅立つ仲間を励ますため、二人は漫才をやり笑わせていた。上官から何度もビンタをくらっても、やめなかったと話していたのが記憶にある。

▼その隊で生き残ったのが、西村と千二人だったという。生前からの約束で、西村が74歳で旅立った時、千が葬儀委員長を務めたという。

▼助さんが「おそれおおくもご老公の御前である!頭が高い、控え居ろうっ!!」と叫ぶ。一同座して頭を下げる。その時西村黄門は「おそれおおくも」の台詞に、軍隊での同じ言葉を思い出していたのではないだろうか。

▼絶対はむかうことは許されなかった「おそれおおくも」の時代には、自分は正しくとも殴られた。だが自分が水戸黄門となり「おそれおおくも」を振りかざすと、正しいものは助かり、悪は成敗される。

▼なんとも矛盾した立場の自分を感じていたのではないだろうか。黄門は諸国を漫遊し、庶民を救った。それに、戦後の天皇の行幸を重ねていたのではないかと妄想する。

▼コロナ戦争の真っ最中に、国会は乱れに乱れている。印籠を出しても無視する、今の我が国会だ。そんなコロナ禍での、勧善懲悪の水戸黄門が大好きだ。

▼普通の国にしたいというが、軍隊を持つことで、平和は得ることはできない。そんな普通の国にはなりたくない。水戸黄門のドラマのように“良識”がまかり通る「普通の国」であってほしい。

▼繰り返す。【良識とは社会人としての健全な判断力】だ。水戸黄門のドラマにはそれがあるが、スガ政権のドラマは、観るに値しない茶番劇だ。

▼どうやら紆余曲折しながらも、水戸黄門にたどり着いたようだ。 

   曲った道をまっすぐに歩きたい
               三等下

認識がずれているかもしれない

2021年02月26日 11時27分05秒 | えいこう語る

▼コロナ禍の1年を振り返り、私の人生の全てを覆いつくす、戦後民主主義の価値観が、大きく揺らいでいると感じることがある。

▼北海道寿都町で、町民の意見を聞かず、核のゴミ処分場の受け入れをした片岡町長は「自分の肌感覚では町民は賛成が多い」と発言したこと。

▼森元五輪委員長は、女性蔑視発言をしたにもかかわらず、国内外からの批判にも「そんなつもりで言ったわけではない」と、まるで自覚がない答弁をしたこと。

▼スガ総理の長男の総務相幹部への接待では、総理は長男といえど「別人格」だから問題はないと、突っぱねたこと。これには北海道新聞の、読者の川柳を紹介したい。
【七光別人格ですめば楽】

▼ステイホームで、コロナ禍で起きる様々な世相を、今まで以上にじっくり検証する習慣が身についた。おかげで、テレビに登場する人物の言質にも、敏感に反応するようになった。

▼そこには、私たちの基本的な思考である【戦後民主主義の劣化】が見えているような感じがするからだ!。

▼25日の北海道新聞に、元五輪選手の為末大 が「無意識の偏見と向き合う」というテーマで、森喜朗の女性蔑視発言から、旧体質の日本人を、的確に分析している。

▼国際的な会合に出席すると「日本のジェンダーギャップが解消されていない」ということが話題になるという。世界からそう見られているということは、日本人としては嘆かわしいことだ。

▼そう言われているのに、日本は五輪委員長に森喜朗を選んだ。東京五輪は初めから世界に笑いものにされているということではないか。

▼エンブレムの盗用や、競技場の設計変更なども、変な問題が起きていると思っていたが、海外では「やはり変な東京五輪」と、思っているのかもしれない。

▼その前だって「福島原発事故の汚染水は、完全にコントロールされている」という嘘をついて、五輪招致を勝ち取ったことを考えれば【虚偽五輪】の冠が付いたようなものだ。

▼ここに来て、新五輪委員長の選出が秘密会だ。さらにメンバーさえ公表しない。そして新会長発表となったら「逆セクハラ」の、女性会長だ。森の「院政五輪」と言われているだろう。

▼為末は、森の女性蔑視発言に「正直このぐらいなら」と思ったことを猛省している。私も、最初は「バカな発言をしたものだ」と思ったが、「よくあることだ」と、謝罪ですまされるだろうぐらいに考えていた。

▼日本社会には、男性に対しては「大目に見る」という寛容さはあるが、女性には「大目に見る」ということはない。日本人の寛容さそのものにも「男尊女卑」がある。

▼為末は、欧米が指摘するからと言って、日本のすべてが間違っているということではない。表面だけを整えても、本音で納得しない人が多数になれば、性別社会は分断されてしまうという。

▼【自分たちの認識がずれているかもしれないという前提に、男性が立つべきだという】。だが、私は女性もと言いたい。これが男女平等社会への第一歩だからだ。

▼さらに、東京大会のビジョン【多様性と調和】は素晴らしいという。本気でそんな社会を作りたいと願って行動すれば、実現できるはずだと為末は締めくくった。

▼だが、私はその言葉に少し異議を唱えたい。先に「正直このぐらいなら」と、森喜朗の発言を容認した、為末も私もいたからだ。だが、この程度で女性蔑視だと言われたくない。

▼様々な意見があって「多様性と調和」ということであればいい。発言まで制するのは、表現の自由に違反するのではないかと考えるからだ。

▼だが今日のブログは【認識がずれているかもしれない】ということを常に心に持っていればいいのだと思う。

▼昔、大人から「よく胸に手を当てて考えてみろ」と言われた。さらに「自分のことを棚に上げて」という戒めの言葉も、しっかり記憶にある。

▼胸に手を当てて、となれば発言がしにくくなる。自分のことを棚に上げなければ、これも発言がしにくくなる。

▼あまりにも自制心が旺盛なら、発言は控えざるをえなくなる。私はこのつなぎに「ジョーク」を交えることにしている。だが、このジョークもTPOを的確につかめないと、森喜朗となる。

▼「世間がどうみるか」という、日本人の気配りが、常識観を育んできた。戦後は「世界がどうみるか」に代わったような気もする。

▼だが、日本には四季の移ろいを感じ、それと人生を重ねる、独特の感性と優れた文化がある。世界がどう見ているかということを、あまり意識することはないと考える。

▼世界には、軍隊を持ち武力で、自分の国の考えを正当だと主張する国が多い。「戦争放棄」を掲げる日本こそ、平和の祭典たる五輪の開催場所に、ふさわしいのではないかと、胸を張りたい。

▼そこが東京五輪の意義だとすれば、なんとしてでも五輪開催を応援したい。だが、今の我が国の五輪委員会では、それは期待できない。

▼ということで「多様性と調和」は優れたテーマだが、やはり【認識がずれていないか】というのが、私にぴったりな助言のように思える。

▼コロナも攻撃の手を弱冠休めたようだ。また様々な会合が始まる。手のひらに【認識のずれ】と書いて、ちょっぴり控えめな発言に、徹しようと思う。

    歩んだ泥道に足跡
             三等下

憲法改正の心配ごと

2021年02月24日 09時45分21秒 | えいこう語る
▼ミャンマーの軍事クーデターに、大勢の国民が反対している。それを軍隊は排除し、死者まで出ている。軍人も国民なのに、なぜ自国民を銃で撃ったりできるのであろうか。

▼軍隊とは上官の命令に従うことが使命だ。先の戦争をみても、広島・長崎の原爆を落とされても、大元帥閣下である【天皇=国体】を守るため、徹底抗戦を叫んだのは歴史が物語っている。

▼私も軍人なら、確実にそうなると断言できる。なぜなら、軍規に違反すれば、たぶん死刑に値する罰則が待っているからだ。だから私は、自衛隊を軍隊にすることに反対する。

▼とは言っても、中国が尖閣を占領し、ロシアが北方領土を返さないというのには「バカにするな」と憤りを覚える。

▼そんな周辺国の脅威を感じてか、国民も「憲法改正」に、60%もが賛成だという。そんな時代がやって来たのだ。

▼憲法改正には、衆参両院で3分の2以上の賛成があれば、国会に発議し、国民投票に持ち込む。そこで“過半数”を得れば、天皇の御名御璽で施行となる。

▼コロナ戦争で、日本人はあらためて規則正しい民族だというのを実感した。考えていた以上に政府の指示に従う、真面目な民族のようだ。そんなことが感じられ『憲法改正=(9条)』は、とても身近になっているような気がする。

▼憲法学者の高見勝利著「憲法改正とは何だろう」岩波新書から、こんな解釈があるというのを知った。9条に絞る。

▼【再軍備となると、全国から多くの訴訟が起きるので、それが確定するまで、施行されない。一旦施行されてしまえば、もし改正が違反であるとの判決が出れば、再軍備は根拠を失う。そうすると大混乱が起きる】。

▼【国民投票の結果が全部無効または、一部無効となることはありえないというが、それは臆断に過ぎない。憲法改正は、思想的に、政治的に、社会的に、非常な対立を惹起することが容易に予想できる。全部無効というのは考えられなくても、一部無効というのは想像に難くない。ゆえに、判断の確定を待って、改正憲法を施行したほうがいい】とある。

▼シンゾウの憲法解釈が間違っているのは、憲法学者の8割が指摘している。この学者たちが一斉に『違憲訴訟』を起こしたら、最高裁もこれに反する判決は容易に出せないだろう。

▼そう考えれば、スガ総理が「日本学術会議」をないがしろにしようとする理由が見えてくる。邪魔者は、排除しようという魂胆があるからだ。

▼憲法学者の多くが、違憲訴訟をする。全国の町会連合会がそれに倣う。町会の基本テーマは「安全・安心のまちづくり」だからだ。

▼半藤一利さんと共に昭和史の研究をしている、保坂正康さんは「国民と天皇は身近になることが必要」だと話している。その意味もやっと理解できた。

▼国民投票で憲法改正が通過しても、天皇に御名御璽をしないよう請願書を出せばいい。さらに憲法違反の訴訟が、全国各地に起これば、天皇とて、判を押すことが躊躇されるに違いない。なんといっても国民統合の象徴だからだ。

▼待てよ!と【自民党憲法改正草案】を開いてみた。第1条=「天皇は国家の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とあるので【元首】である以外は変わらないと胸をなでおろした。

▼ところが前文に【日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される】とある。すでにちゃっかり、三権分立で天皇も国民も、がんじがらめにしようとしているのだ。

▼自民党の改憲案が通過すれば、自衛隊はいずれミャンマーの軍隊と化す。さらに天皇や国民の口を封じてしまえば、中国と似た国家になってしまうのではないか、と大声で叫んだところで、悪夢から覚めたのだ。

  憲法までシバレさせてはならない
         令和3年2月 三等下

民主主義の過半数について考える

2021年02月23日 10時02分06秒 | えいこう語る

▼時々思い出すのだが、2015年函館市議会において、安保法制に反対する要望書が提出され、採決が行われた。賛成14名、反対15名で、函館市は【戦争ができる国】への意思を示した。

▼函館市は敗戦の1月ヶ前、空襲を受けた。市会議員ならそれを知らぬ者はいないだろう。さらに函館市は、昭和59年8月6日に【核兵器廃絶平和都市宣言】を行っている。

▼8月6日と言えば、広島に原爆が落とされた日だ。宣言には「函館市民は、恒久平和の実現を願い、明るく住みよい幸せな市民生活を守る決意をし」とある。

▼議員15名は、平和都市宣言“違反者”ではないかと、時々思い出すのだ。民主主義は過半数で良とする。だが「2分の1+1」だけで正義がまかり通るのか、これが心に引っかかる。

▼戦争を行うか行わないかで「+1」が金銭の買収で寝返ったとしたら、たった一人のために、国民の命は危険にさらされてしまう。そうであれば、民主主義も相当危険なものだ。

▼ということで長い間悩んでいたが、やっと、その悩みを解決する文章に出会ったのだ。それは憲法学者ではなく、民俗学者の考えだった。

▼柳田國男の『時代ト農政』(明治43年)の中にあるというのを【国民の憲法】という本の中から見つけたのだ。

▼この本は、産経新聞が右派の学者を集め『新憲法草案』を作ったことを書いている本だ。「自民党改憲草案」と比較しようと思い購入した。

▼【「国民の2分の1+1」の説は、即ち多数説ではありますけれど、我々は他の「2分の1-1」の利益を顧みぬというわけにはいかぬのみならず、仮に万人ながら同一希望をもちましても、国家の生命は永遠でありますならば、予め未だ生まれて来ぬ数千億万人の利益をも考えなければなりません。いわんや我々はすでに土に帰したる数千億万人の同胞を持って居りまして、その精霊もまた国運発展の事業の上に無限の利害の感を抱いているのであります】。

▼私の解釈では「憲法のような国家の基本秩序を改正する時は、これから生まれてくる者や、先に亡くなった者、さらに戦争で命を落とした者などに思いを馳せながら、投票するべきだ」となる。

▼そうであれば函館市議会の「14プラス1」の「プラス1」の重みは「平和都市宣言」をないがしろにしているのではないかと考える。

▼「プラス1」に、もし市民の参加が認められていたとしたならば、圧倒的多数をもって、函館市民の1票は【安保法制反対】に動くだろう。

▼「2分の1+1」の多数決は、市民の命を左右する重大な採決だ。ということで、函館市議会は、民主主義の原理を悪魔に委ねたのではないかと、時々思い出すからだ。

▼柳田のこの説を引用した学者は、改憲派の立場から、96条の憲法改正の発議要件を、衆参両議院の「3分の2以上」から「過半数」しないのは現実的でないと指摘している。

▼私も以前、靖国神社を参拝したことがある。その時246万6千余柱の英霊たちに、私は会話を試みた。全ての英霊たちは【戦争は絶対繰り返してはならない】と、私に話しかけたと記憶している。

▼中国の尖閣への動きが活発になっている。シンゾウの弟の岸防衛相。なんだか祖父の亡霊が宿っているような風貌にみえる。

▼シンゾウが言っていた『戦後レジームの解体』というのが、岸防衛相になってから【アンシャンレジーム(旧体制)の回帰】に聞こえて来る。

▼最近妻から「耳が遠くなったのではないか」と言われることが多くなった。その分「今まで聞こえなかった、よけいな声が聞こえて来る」ようになっているのかもしれない。

    芳一のようになりたい
              三等下

※芳一とは、小泉八雲の怪談でお馴染みの「耳なし芳一」のこと。因みにこの話は、柳田國男も扱っているようです。