函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

驚くべき国家の隠ぺい体質か

2023年05月29日 06時01分18秒 | えいこう語る

▼1997年の神戸連続児童殺害事件。「酒鬼薔薇=サカキバラ」と名乗った犯人を、生涯忘れることはできない。この事件は人間の深層心理に潜む異常性を、徹底的に究明すべき、特殊で怪奇な事件だ。

▼犯人は当時中学3年生だったのも、世間を震撼させた。なぜ少年が残虐な犯罪を起こすのかを究明するのが、裁判所や関係者の使命だ。

▼子供の健全育成を図るのが「学校教育」だとすれば、我が国の文科省そのものにも関係する、問題でもある。だがそういう方向には進まないのが我が国だ。

▼戦争孤児があふれた時代は、聞くに堪えない児童の凶悪犯罪があったということも聞いている。そのような子供を作り出したのは「戦争」だ。

▼その戦争遂行に教育現場が暴力的に加担したことを、現在の学校現場の先生たちは、どれほど理解しているのだろうか。

▼まだ記憶に生々しいのが、旭川市で起きた中学女子のいじめによる凍死事件だ。学校も教育委員会も市側も、新聞報道で感じるが、真摯な対応がなされていない。

▼たぶん事件に関与した生徒たちは卒業し、社会の大波に紛れて、事件はうやむやになるに違いない。

▼そんな事件は2007年に函館市でも起きた。7人の少年たちが、18歳の少年を集団暴行し殺害した事件だ。

▼その少年たちがどんな処罰になったのか、私たち市民は知らない。どこかで結婚し、普通に生活をしているのだろう。

▼私しも決して忘れないだろう、これら3件の凶悪少年殺人事件だ。旭川市の事件は現在調査中だが、神戸と函館の裁判記録が、破棄されたというのが新聞で報道された。

▼その報道に接し、私が真っ先に思い出したのが、終戦の8月15日の前日の出来事だ。国の機関や地方の役所で、公文書を一斉に焼き払った事件だ。戦争責任を回避するために証拠隠滅を図ったのだ。

▼そんなことを考えると、裁判所が破棄したのではなく、文科省(国家の圧力)で、その残虐な少年事件の原因が、教育そのものにあるかもしれないと究明をされることを避けるため、証拠隠滅を図ったのではないかと詮索してしまう。

▼教育とは、すべて“善”であるというそんな雰囲気がある。教育現場の実相になかなか踏み込めないという、遠慮のようなものがる。教育への批判はタブー視され、聖域的なものがあるのを感じる。

▼その雰囲気が教育関係の会議に、蔓延しているのを感じる。一般人が教育関係の会議に出席しても、周囲が専門家ばかりなので、発言しずらい。ほとんど異議なしが多い。

▼私も様々な委員を経験したが、教育関係の委員ほど、質問や反論が出にくいものはない。こんな会議に出席すると、教育現場こそ非民主的ではないかと思う。

▼文科大臣が教育現場で「教育勅語」は読んでもいいというような見解を示した。このこと自体異常なことなのに、学校現場での反対の声も聞こえない。

▼内容はいいことを書いているのではないかという、その程度の学校現場での識字能力なのだ。もっと教育問題は“神経質”でなければならないのではないか。

▼教育関係の会議を、自由に発言できる環境にしなければ、子供の陰湿な事件は解決できない。「見て見ないふり」というのが現場では多い様な気がするからだ。

▼もっと風通しの良い教育会議でなければ、住民も地域社会も健全にはなれない。教育の質の向上は、文科省の言いなりになってはならない。
健全な批判は、民主主義の根幹だからだ。

▼教育の質の低下が、また戦争を繰り返すからだ。戦争は「教育現場からやってくる」という言葉を、すでに物故者となった、ある校長から聞いたことがある。私も絶対そう思う。

全体主義国家に向かっていないか

2023年05月26日 21時25分23秒 | えいこう語る

▼G7サミットが終了した。広島で開催されたので、ウクライナ侵攻で核使用をちらつかせるロシアに対し、被爆国である日本国民は「核廃絶宣言」に言及することを期待した。

▼キシダ総理は広島生まれだ。核廃絶宣言を行う人物は、神が彼に与えた使命だ。だがその期待はあっさり裏切られた。「核抑止力」を是認したからだ。

▼核保有の軍事同盟国、米国に配慮した結果だろう。核廃絶を訴える団体や個人からの批判と落胆は、厳しいものがある。

▼ところがなぜか、総理の支持率が上がった。世論調査は、広島市民や長崎市民の声を調査して欲しかった。

▼こんな腰抜けな総理に、国家の安全を託す気持ちに離れない。それにこの政権は、国民の声を無視する傾向が強い。

▼「敵基地攻撃能力」の保有を宣言し、ミサイル400発を米国から購入するといい、防衛費の増額も宣言する。こんな防衛費増強を言明した総理など、今まで見たことがなかったからだ。

▼さらに個人情報を国家が把握するために、マイナンバーカードの、強制普及を図る。そのために一人2万円のポイントを付与している。

▼エサを使い勧誘する手口は「特殊サギ」に近いものがある。あまりにも拙速の為に、誤作動が起きている。キシダ政権が「便利」だ「大切」だと言う類のものは、注意が必要だ。

▼その他原発の再稼働も、福島第一原発事故は、過去のものだというような、政府の強硬姿勢が目立つ。無理矢理の再稼働宣言だ。

▼住民が原発事故での避難計画が不十分だとして、訴訟を起こした女川裁判では、根拠がないと却下された。

▼函館市でも妙な出来事があった。新市長が誕生した当日、市のホームページ、トップ画面にあるバナー【大間原発建設の無期限凍結を求めています】が削除された。

▼新市長が指示したわけではないとし、市民からの苦情も有ったのですぐ復活した。大間原発の差し止めを国に提訴したのは前市長だ。新市長も選挙時には提訴を継続すると公言していた。

▼選挙結果は市民誰もが驚く、新市長の圧勝だった。その就任日にバナーの削除だ。なんだか津軽海峡は海霧に包まれたような、函館新市長の船出だ。

▼さらに解散選挙がまじかともとられる、児童手当や教育の無償化に関する問題だ。この頃は財源の確保の目途もつかないまま、大判振る舞いの政策が目立つ。

▼LGBT法案もあいまいな文言で処理される。自民党右派が「日本の家族崩壊がすすむ」などと主張しているせいだという。戦前の様な「国家主権」が復活しそうな雰囲気だ。

▼まだ様々な事象があるが、どうやら自民寄りの勢力が強いため、様々な法案が多数決で可決される。

▼自民系一党独裁の雰囲気が出てきた。こうなれば自民党の党是である『憲法改正』も、近いうちに達成されるかもしれない。

▼先日教育関係の会議に出席した。地元で起きていることも、国家全体の事象に照らし合わせて、もっと本質論を展開させるべきだというような主張をした。

▼それに対し、それは国会レベルで話すべき問題で、この様な地方会議は、そのようなことを言うべき場所ではないといわれた。

▼国家共通レベルで討論しなければならない問題である教育問題を、「木を見て森を見ず」では、いつまでたっても解決できないのではないかと反論した。

▼だが賛成大多数という感じで、会議は進んだ。国家レベルの話は、地方の会議にはなじまないということをよく言われる。その度にそれには違和感を感じる。

▼私は函館市民だが日本国民でもある。国民が国家について論じないから、民主主義は劣化し、その結果「全体主義」になっていくという懸念を、最近とみに感じる。

▼「余計なことを言わない方がいい」という風潮が最近目立つ。本当に余計なことなら困るが、必要なことを自由に話せない環境こそ、民主主義の退行ではないかと思うこの頃だ。

▼周囲の“同調圧力”。これはコロナ禍の社会が生み出した、民主主義崩壊への微妙な前兆ではないかと思っている。

▼そういえば「アベのマスク」とは、口にマスクをかけさせ、自由な発言は許さないという意味ではないかと、ふと思ったりもしている。

▼何度も思うが、安倍晋三を8年以上も総理の座にすわらせる国民が、戦後民主主義を崩壊させるのではないかと考える。

▼安倍晋三・菅義偉・岸田文雄。この三人の総理に続く総理が、もしかしたら【憲法改正】を行い、我が国は完全に「戦前回帰」するかもしれない。

▼それが安倍晋三が発した【戦後レジーム】の解体なのだろう。

海辺のベンチ

2023年05月19日 20時42分47秒 | えいこう語る

函館市から太平洋と並行して走るのが、ROUTE278だ。市内から車で1時間ほどドライブしたところが、北海道NO1のサーフ・スポット、銚子ビーチだ。
その海沿いにあるのが、私たち夫婦で営業している、小さなレストラン「サーフ・サイド」だ。1984年に北海道で最初のサーフィン大会をこの海岸で開催した。アマチア全道選手権大会や、北海道初のプロの大会も行ってきた。
店の前には広大な太平洋が広がり、護岸の前にベンチが一台置かれている。そのベンチには海から上がったサーファーや恋人たち、一人で海を眺め思索にふける人たちが座る。
先日、午後の3時頃40代後半と思われるカップルが店を訪れた。ご夫婦でないことは一目で理解できたので、接客担当の私は食事の説明だけはしたが、あとは声をかけなかった。
二人は食事がおいしかったと礼を言い店を出たが、車でベンチの方に向かった。店には海岸が見えるカウンターに、私の知り合いの男性が食事をしていた。
車から降りた二人はベンチに座った。風もなく気温も快適で、真っ青な海が二人を歓迎するかのようだった。
すると女性が男性の肩に腕を回しキッスをした。店からはそのシーンが、はっきり見えた。知り合いの男性と私は、あのベンチが二人の心を一つにしたようだねと話した。
裏山の緑は萌え、太平洋の広大な自然の中でのキッスは、潮風がちょっぴり混じった甘美なものだったに違いないと、私たちは勝手に想像した。
5月の北海道函館東海岸、銚子ビーチ。大海原と一台のベンチ。そのベンチが演出した、まるで映画のワンシーンのような出来事だった。

核戦争の脅威高まるサミット

2023年05月18日 21時40分08秒 | えいこう語る

▼明日(19日)広島でG7サミットが開催される。地上初の被爆国日本としては、歴史上最大のイニシアチブが期待されるサミットだ。何よりも広島生まれのキシダ総理が、議長を務めるから、国民の期待は大きい。

▼このサミットで【核兵器廃絶宣言】を行うのが、我が国が世界中から称賛を浴びる、絶好のチャンスだ。敗戦後からの「対米従属」から離脱する、絶好のチャンスでもある。

▼だが被爆者である広島市民の中にはこう訴える人もいる。G7という少数の強国で、宣言しても意味がない、やはり国連での宣言でなければ意味がないと。

▼日本国憲法前文にはこう書かれている。

▼【われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみ専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる】。

▼サミットの宣言に、この前文の文章を入れて欲しいものだ。バイデン大統領でさえ、日本国憲法が米国の主導で作成されたことは、忘れていないと思うからだ。

▼米国流の平和の精神が凝縮している日本国憲法前文は、米国が拒否できるものではない。そしてキシダ総理も、日本国憲法前文を再読してから、サミットの議長を務めて欲しい。

▼だがキシダ総理は、サミットでの自身の役割を『理想(廃絶)と現実(抑止効果)の“橋渡し”』だと話している。

▼長崎大核兵器廃絶研究センターは、ロシアのウクライナ侵攻を背景に、北東アジアで米ロが核戦争を使った場合、死者数は「37万5千人」に及ぶと発表した。

▼第2の被爆都市の長崎大学が、キシダ総理のサミットの議長役に、大きな期待を示した感じだ。がんばれキシダ!・がんばれサミット!。

▼キシダ総理には過大な国民の期待がある。この期待に答えなければ、我が国は米国の極東最大基地として、再び核の投下を受ける羽目になるだろう。

日本NATO入りか?

2023年05月16日 08時39分53秒 | えいこう語る
▼国家が憲法を守らない国、なぜこんなに日本は常識のない国になってしまったのか。その最大の理由は、国民が憲法を理解していないことにあるのではないかと思う。

▼日本は戦争に負け新しい憲法が制定された。中でも「憲法9条」は、絶対戦争をしてはならないことを明記した。

▼憲法に「戦争の放棄」を書き込んだので、永久に戦争には加担しないと、国民は安心したのだ。だが日本軍を廃止したため、ソ連が攻めて来たら困るということで、米軍の駐留を望んだ。

▼憲法が変わっても天皇制が連続して残されたので、共産主義革命が日本で起きると、国体が崩壊することを恐れた日本国と米国が「日米安保条約」を提携し、共産勢力の台頭を阻止しようとした結果、米軍の駐留が今に続いたというのが、私の拙い考えだ。

▼統一教会を日本に普及させたのが安倍晋三の祖父であり、A級戦犯で死刑を免れた元総理の岸信介だ。これは共産党を日本から排除するという「勝共連合」が、目的だったという。

▼天皇制を国家の支柱にしようとする我が国の保守政治は、なぜか対米従属に突き進む。かと思えば、憲法は米国により押し付けられたと主張し、憲法改正を試み、主権国家としての体面を保とうとする。

▼戦後の日本人の在り様を、ノベル文学賞受賞の大江健三郎は「曖昧な日本の私」と定義した。田舎おやじのぼんくら頭でも、そのように思う。

▼この「曖昧さ」を利用しながら、安倍晋三以降の政治家は、国家の基本秩序である憲法を自前で作ろうとして「憲法改正」一本やりになっている。

▼国民も「曖昧さ」に慣れてしまい、憲法改正に進もうとしているようだ。そんな状況を「民主主義の劣化」だと称するが、だが日本に真の民主主義が根付いたのだろうか。

▼私たちは民主主義といえば「多数決の原理」を思い出す。だが近年の保守政治の体質は“多数の横暴”で成り立っている。

▼安倍晋三以来目立つのが「閣議決定」だ。国会論戦を軽視する傾向が目立つ。それは野党の凋落によるものだけではない。国民自身が民主主義や憲法を、きちんと学んでこなかったことによるものではないか。

▼哲学者プラトンは、民主主義に否定的だったという。弟子であるソクラテスが、アテネイの若者をそそのかし、伝統的な神々を否定したとして「民衆裁判」にかけられ『死刑』になった。

▼多数の決定だからと言って、正しいとは限らない。そうだとすれば政治をより良いものにするためには、一人ひとりの人間を道徳的にしていくしかない。政治家は自らが道徳的であるだけではなく、人々を道徳的に陶冶する能力を持つべきだ。プラトンが行き着いたのは何が道徳的に正しいか、良き生活、良き徳とはなにかを知る哲学者こそ、統治の任うを負うべきであるという。・・・政治哲学者宇野重規著「民主主義とは何か」講談社。

▼ふとプラトンの言葉を思い出す。【教育とは健全な地域社会と、健全な人間を育てること】だと。果たして健全な住民が居て、健全なコミュニテーはありえるのだろうか。教育現場での妙な事件が相次いでいるではないか。

▼日本の多くの政治学者たちが安倍晋三の憲法解釈は間違いだとした。それに対し次の総理菅義偉は「日本学術会議」に対抗意識をあらわにした。あからさまな民主主義への冒涜だ。

▼さらに「曖昧な総理」といわれる岸田文雄だ。日本にNATO「北大西洋条約機構」の事務所を開設すると、中国側が批判した。もちろんロシアもだ。

▼ウクライナがNATOに加盟するのではないかという危機意識で、ロシアは侵攻に踏み切った。ウクライナにはNATO側から武器の提供が行われ、ロシアは劣勢に立たされているようだ。

▼そんな中、NATO側と手を組んで、ウクライナ支援を宣言しようというのが「G7サミット」だ。そんな折にNATOの事務所開設などというのが、中国側から知らされる。

▼中国やロシアは、日本がNATO加盟に動くのではないかという危惧を覚える。日本のメディアは、そんな情報をいち早く報道してほしいものだ。それとも国家に忖度しているのだろうか。

▼米国の極東最大基地としての日本。それに反発するのは、中国・ロシア・北朝鮮だ。この三国同盟が結成されれば、一番先に戦場と化すのは日本ではないか。

▼日米安保条約があったが『憲法9条』があったため、日本は戦争に巻き込まれなかった。自前の軍隊を持つことになれば、米軍は日本から段階的な撤退の可能性がある。

▼そうなれば最前線で戦うのは我が国だ。米国は後方支援に徹し、ウクライナ支援と同様、武器弾薬を供給するだろう。常設の軍隊とは自衛のためにあるからだ。

▼日本はかつて、米国からの核爆弾投下によって終戦を迎えた。次も政策を過てば、核攻撃の場所となりうるのではないかと妄想も働く。なんといっても周囲に影響が少ない島国だからだ。

▼今日は私が手伝う妻の店の定休日だ。朝から小雨が降り続いている。もみじの若葉が、まるで赤ちゃんのようなかわいい手に見える。こんなが静謐な光景が、平和というのだろう。

   とりとめもなく曖昧な日本の私
                三頭下