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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

久しぶりの大発見だ!

2010年04月30日 12時23分57秒 | えいこう語る
半藤利一さんの幕末史を再読している。読むのは蒲団に入ってからだ。
昨年熟読したはずなのに、読み落しはあるものだ。
P-365に、勝海舟の母と妹の墓は、静岡県の蓮永寺にあると書いていた。
目が爛々と輝き眠れなくなったのだ。
昨年函館市は開港150年を向かえた。それを機に昨年末から開港前後の日本の歴史に関する本を読み始めた。勝海舟も読みその人柄に興味を抱いた。
荒海のサクラマス釣りに出る時の、私の釣り道具箱には「勝海舟」と書いてある。
咸臨丸でアメリカまで行き無事戻ってきたので、我が船も港に戻れるようにとの願いからである。それに釣り大会では、常に勝という願いもあってのことだ。
驚いたのはお寺の名前である。蓮永寺とは日蓮大聖人の六高弟の一人、日持上人が開祖の寺である。
日持は北方布教を目指し蝦夷が島に渡り、なんと我が村に入ってくるのだ。


この写真の右側、恵山岬の陰にある水無で、海岸にある露天風呂を発見し、日本初の海外布教のため、永仁7年(1299年)6月1日に、この地から唐(中国)の国目指し船出をする。
その際村人にお世話になったというので、姿の美しくとても美味しい魚を大漁させたのだ。
村人は感謝し、法華の上人にちなみ「ホッケ」と名付けたのだ。
唐の国に渡った法華の上人。渡唐法華から椴法華村(椴松が村の木)になったという、伝説があるのだ。
魚のホッケは、我が村から生まれたものなのである。
日時上人もこの写真の朝日を拝み、情熱をたぎらせて大陸を目指したのだ。


これは船出した水無し露天風呂側にある、書の名手でもある日時が書いた「ホッケ大漁の岩」である。
日時上人と椴法華村の地名の由来は、日時上人大伝説研究家の、かわぐちえいこう氏が、追ってブログにて発表することにいたします。
お楽しみに。


私の船頭さん

2010年04月29日 14時08分07秒 | えいこう語る
先日、H新聞の女性記者が来店した。
その時の会話で「おとひめ昆布」の取材をしてもらうことになり、昨日その取材があった。
取材先はもちろん私の船頭さんの仕事場である。
取材なんか恥ずかしいと初めは断ったが、極寒の冬の海で精魂込めて作った昆布を、多くの人に知ってもらういい機会じゃないかと説得した。
ところがさすが私の船頭さんである。
私が口を挟む隙もない完璧な説明ぶりである。
乾燥した昆布と水に浸した昆布の比較を見せ、昆布を使った「おでん料理」まで用意しての活躍ぶりだ。
おとひめ昆布が発売された20年程前には、私も何度か新聞社やテレビ局に持ち込み、販売促進に協力したことがある。
しかし今回は私が沖に出かけ、自分が間引き作業をしたものである。
その製品が久しぶりに新聞に掲載されるということで、感慨深いものがあった。
それにしても、取材を嫌がっていたのにあの熱心ぶりである。
こんな親切さが、また夏の昆布漁に私を駆り立ててくれるのだ。
取材が終わってから、女性記者に実家に持っていけと、たくさんの昆布をプレゼントしていた。
サクラマス釣りで酒友のSさんにホット珈琲をサービスする、私の船頭さん。


再び小沢一郎

2010年04月28日 13時03分15秒 | えいこう語る
何もかも行き詰った感じの我が国であるが、そんな時登場させられるのが小沢一郎である。
先日嫌疑不十分で不起訴処分になったばかりの小沢氏が、検察審査会(くじで選ばれた11人の市民)が「起訴相当」と判断した。
検察審査会は市民の目線での判断である。政治は国民の目線で行うというのが民主主義の基本である。
そうなればそれに従い、国会の証人喚問やあらゆる場での説明責任を小沢氏は行うべきである。
政権交代に係わる小沢氏の政治力学は、誰もが認めるところであろう。
しかし、地方から小沢氏の手腕を見ていると、政治家の見本とはいえないところがある。
地方を牛耳っている議員や、首長の中には、小沢流の権力を振りかざし威圧する者が多いからだ。
もし小沢氏がこの一件で何事もなく済んだら、地方には小沢似の政治家がさらに跋扈することになりかねない。
地方の議会や行政マンには、水戸黄門の越後屋風の人間が少なからずいる。
越後屋なら印籠を出せば済むが、小沢屋なら印籠をいくら出しても、ぴくともしないということになる。
そんなわけで、今度もし小沢氏が不起訴処分となれば、私は地方自治への影響を危惧するのだ。
地方主権が叫ばれる近年、民主主義はあくまでも市民の目線が大切だということを、この問題で再確認しなければならないと思うのだが。


峠の坂道

2010年04月27日 11時47分31秒 | えいこう語る
「峠」という字は、山の上と下と書く。
字面が場所を想像させる、きわめてわかりやすい漢字である。
汗をかきながら坂を登る。頂上からの眺めは美しい。
すがすがしい風に吹かれながら、坂道を下る。
「峠」は人生に例えられるから、人々の心をとらえるものがあるのだろう。
Route278.恵山町ととどほっけ村の旧境界付近から、海向山と恵山山麓を走る山道がある。確か「ふるさと林道」とかの呼び名があるようだ。
私は時々恵山山麓にある温泉に出かけるが、そこへの近道である。
この峠の景色がビューティフルなのだ。
道の先には青い空しか見えない坂道の頂上付近。


頂上にさしかかると、広大な太平洋が広がる。
すぐ近くに下北半島が見えるので、凪の日は大きな沼のようである。
都はるみさんの歌謡曲を、つい口ずさんでしまうのだ。
♪この坂を越えたなら、幸せが待っている♪そんな気がする頂上付近なのだ。
温泉帰りの晴れた日には、この付近で車を止め、景色を肴につめたい缶ビールを飲む。


もちろん運転は私の専属運転手である妻だ。
海外のトライアスロン大会に参加するため、自転車で函館からサーフサイドまで来店するなかよし3人組がいる。
その方にもこの道を教えてあげた。以後、坂道はきついが景色が雄大で、爽快感があると、お気に入りのコースとなった。
毎年ハワイでの大会に参加しているが、世界トップクラス(年齢別)の成績だという。
♪あの坂を越えたなら 幸せが待っている♪
そんな気持ちで、過酷な峠の坂道にチャレンジしているのだろう。


宗教と私

2010年04月26日 12時45分06秒 | えいこう語る
父が亡くなりその後を継いで、お寺の総代の末席に座ったのは、39歳のときである。
歴代の総代の中では、異例の若さである。
当時の総代長から、君は常識破れのところがあるので、自覚を持って職務に励みなさいと、注文をつけられた。
普段の行動は、はみ出す事もあるが、ことお寺のことになるとそうはいかない。
今まで無事すごしてきたと思っている。
仏教についても関係の本は、一冊しか購入したことがない。深く勉強しようなどという気持ちは、まだ起きてこない。
仏前に手をあわせることもあまりしない。時が経てば自然に学ぼうという気持ちがわいてくるのではないかと思っている。その時まで待つことにしている。それが今の宗教と私のスタンスだ。
先日のお寺参りの説教で、浄土宗もまちがったことをしたこともあるし、まちがって解釈されたこともあるというような話をしていた。
それにしても現在の仏教は、何かにつけお金がかかりすぎるような気がする。
法然上人の800年の大遠忌の法要が来年行われる。


それに関連した様々な行事が行われているようだ。
テーマは「法然共生」である。
人類は産業革命と戦争で、短時間で地球の環境を極端に悪化させた。
人類やこの小さな星を救おうというのが「法然共生」の願いなのであろう。
よく見ると、オレンジ色のひらがなで「ともいき」とある。
大手広告会社に依頼したものだろうか、それとも若いご住職たちのアイディアのよるものだろうか。
故サマランチ、オリンピック会長の商業主義に似た匂いがかすかに漂ってくる。
宗教と私の距離感は、こんなところにあるのかもしれない。