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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

石川啄木と椴法華村

2011年10月30日 13時38分44秒 | えいこう語る
函館といえば啄木、そういわれるほど縁が深い。
市民の中でもフアンが多いし、勉強会もよく行われているようだ。
私はといえば高校時代、函館に来た啄木が住んでいたすぐ近くに住んでいた。
その間には旧函館図書館があり、啄木の墓がある立待岬も近くに見え、啄木が連絡船で“石をもて追われるごとくふるさとを出しかなしみ消ゆる時なし”と渡って来た津軽海峡が広がっている。
そんな環境で多感な青春時代をエネルギッシュに過ごした私だが、寂しい男啄木とは、友人にはならなかった。
随分前だが、村の中にゴミ捨て場があった。
ある日ゴミを捨てに行き、そこで啄木に関するの本を見つけた。その捨てられし本は、私に「読みなさい」と語りかけて来た。
啄木を読んでいるうちに、函館の大火の歴史も調べることになった。
啄木が函館を追われたのは、明治40年の大火で、住まいが消失したからだ。
函館は海に囲まれた地形から、大火の多かった街である。
そんなこんなで、啄木入門編ぐらいはかじったのである。
さて、啄木と椴法華村だが、まるで関係はない。
ところが、数年前から村の中に立派な歌碑が建ったのだ。


“なにこれ珍百景”というテレビ番組があるが、まさしくその類である。
先日、私の店に「啄木の歌碑についての、経緯を教えて欲しい」と、年配の女性3人がやってきた。
彼女たちは啄木の研究をしているという。言い分はこうだ。
「縁の内地に歌碑があるのは納得がいかない」というものだ。
私はすでに調べて経緯は知っている。そこで、私なりの解決策の糸口を伝えた。
3人の中で一番年配の女性は、函館図書館の生みの親で、初代館長の岡田健蔵氏のご令嬢だという。函館人ならば、岡田氏の名前を知らないものはいないほどの人物だ。
私も高校時代、その図書館で昼寝していた一人でもある。椴法華村では啄木と、もっとも近い人物だ?
もしこの一件が決着出来たら、石碑は私が高校時代に過ごした周辺に安置されることになるに違いない。
「かにかくに椴法華村は恋しかりおもひでの山おもひでの川」
啄木がそう歌ってくれるに違いないと思っている。


地方自治体の在るべき姿

2011年10月29日 11時32分57秒 | えいこう語る
私が住む旧椴法華村、函館市と市町村合併し7年になる。
現在人口は1,000人になってしまったが、単独自治体の時は近隣町村と同等に、住民福祉は充実されていた。
例えば消防体制をみると、市の消防より町村の消防装備が充実されていたというのがある。合併してみればそれらの優れた装備は、使用頻度の高い人口集中地区に移動することになる。
簡単に言えば、町村の優れものの装備を人口の多い函館に移動することで、効率的運用を図り、市民の生命・財産の保全に務めるということである。
これを町内会活動に照らし合わせると、こんな結果になるに違いない。
椴法華地区には7つの町内会がある。その内、町会館が6施設もある。
函館市の町会建設は、町会が自前で建設するが、町村は過疎債などの補助が優遇されていたので、自治体が会館を建ててくれた。
「住民にはびた一文も心配させない、国の補助があるから」というお上の鼻息の強さだった。
さて函館市では、民間人も入った「事業仕分け」が始まっている。
市の財政もどうやら待ったなしの状態らしく、役人がタブー視する部分まで切り込んでいる。つまり「無駄な行政」が、次々明るみに出ている。
※お昼頃に出漁するイカ釣り漁船。出漁時の船は、大漁するぞとの意気込みにあふれて、勇ましいと思う。


市町村合併前に、私は函館市民と合同で「合併問題研究会」なるものを立ち上げていた。
市の担当者との懇談や学習会などを催したが、住民の反応は希薄だった。市民の意見を聞きたいと市議会からも呼び出しがあり、合併後の議員定数についての意見を述べたこともある。結果は役所得意のセレモニーだったのだけど。
私が合併後の予想をしたのは、椴法華村は函館市から見れば、一町内会扱いにされるだろうということである。
事業仕分けは、町内会館の使用頻度についてまもなく言及されるはずである。
6会館は廃止。1つにしなさいと。
仕分けされるほど惨めなものはない。無能振りを露呈されるようなものである。
先日、村内での連合町会役員会議が開かれた。その席上私はこんな発言をした。
「他人から指示される前に我々自身が、事業仕分けをし、無駄を排しなければならない」。
単独自治体時のものには、非効率なものがたくさんある。
国の市町村合併の目的は、財政難に陥ってきたので小さくて効率の悪い自治体を統合し、無駄な予算配分を避けようとしたものである。
それなら、町内会も合併し、効率ある運用を図ろうとの合意に達しつつある。
地元役場も生き残りをかけて、町内会との協動に動き出してきた。
崖っぷちに立たされないと、組織は動かないようだ。
いよいよ我が村も「背水の陣」が布かれたようだ。
最後の生き残り作戦が始まろうとしているが、歩兵や各大将まで、その心構えが伝わっているのがちょっぴり不安である。
地方分権から地域主権、その真の担い手は「町内会」だと考えている。
町会が地方自治体の細胞だからである。
細胞は壊死してならないからだ。


骨董

2011年10月28日 13時17分23秒 | えいこう語る
70代と思われるご夫婦が来店した。
ご主人は上背はさほどないが、坊主頭で服装は黒ずくめ、手には素人衆と思われぬ大きな指輪が。眼力も年齢の割にはあるようだ。しかし、話す言葉が一般の人より丁寧だ。・・・第一印象はそんな感じだ。
一方奥さんは、注文の仕方から察して、ごく一般の主婦である。
駐車場にあるワゴン車を見ると「宝石・骨董・・・」などと書かれている。
「ご主人、なかなか楽しいお店の飾り方ですね」と言葉がやわらかい。
全道をまわり、骨董の買い付けをして歩く商売をしていると、名刺をいただいた。
※グレーな感じの「日の出美術館」


その骨董屋さんから聞いた話である。
※いくら優れた骨董品でも、その時代に人気がなければ値段が安い。
※偽物作りが上手な中国製には、すばらしい偽物がある。良い骨董でも汚れがあり欠けているよりも、本物に近い新しい偽物のほうが値段が高い。
※旧国鉄のグッズは人気がある。
などと話してくれ、自分が所有している物件の写真を見せてくれた。北前船時代の船箪笥などは、今までに見たこともない優れものだ。
私は、先日友人からいただいた、蛇腹式でレンズを覗けば反対に見えるという古いカメラを鑑定してもらった。
「大正から昭和初期のもので、この手のものはたくさん在庫があり、最近はあまり人気がない」ということであった。
ご主人昨夜の宿で、朝食に採りたてのイカ刺しを食べ過ぎて胃がもたれるという。ここからは私が、会話の主導権を握る。
「イカ刺しには、生姜のすったのが一番美味しいが、どうしてもイカ刺しはおいしすぎて食べ過ぎる。胃がもたれるのはイカ刺しではなく、生姜の食べすぎだ。私は最近、大根おろしで食べることにしてから、胃のもたれがなくなった」と話した。
「でも生姜の方が美味しいからね」とご主人。すかさず奥さんが「あなた大根はジアスターゼが多く含まれ、身体にいい成分がたくさんあるのよ」と。
「そうしてみようか」と以外に素直なご主人である。
帰り際に、私の机に置いていた、ミニチュアの真空管タイプのラジオに目をつけた。
「これは珍しい物だ」と、眼鏡をはずして見つめる。
「これは新らしいもので1,000円ぐらいで買ったものです」というと、目を輝かせた恰幅の良いご主人も、一回り小さく見えた感じがした。
お客様のレクチャーのおかげで「なんでも鑑定団」の見方も変わりそうである。
退屈な田舎生活、でもいろんなお客様と会話出来ることが、退屈を撃破してくれ楽しい。


土器作り体験

2011年10月27日 12時16分36秒 | えいこう語る
店が終ると、妻が用事で出かけてしまった。
職を辞してからは、夫婦一緒の行動が多い。自分が用事で出かける時は感じないのだが、一人残されると妙に寂しいものである。
田舎暮らしなので、映画に行くとか図書館に行くとかそんな環境ではない。
車で出かけた妻が、事故でも起こさないかと心配になる。
運転暦20年の妻もスピード違反で、初めて警察の厄介になった時、金縛りにあったように声も出なかったという。私が同乗していれば、その辺の対応はベテランだ?。
自分の心配を分析すると、妻を心配しているのではなく、置いていかれた自分が寂し過ぎるのである。
本でも読めばいいし、ちょっと早めに酒飲んでもいいが、それも手につかない。
“置かれちまった寂しさに 枯葉は心に降り積もる”
まるで、中原中也の心境だ。妻に先立たれた男の悲哀も実感する。
しかし、この寂しさから逃れなければならないと、必死で考えていたらひらめいた。
「縄文に遊びに行こう」。
※店の前の看板。


車で20分、10月1日にオープンした、隣町の縄文文化交流センターには、350円で土器の製作が出来る体験コーナーがある。
幸いというか、その時間の体験者は私一人である。
指導者はNPO南茅部縄文クラブの会長の、Oさんという女性だ。
Oさん、発掘のアルバイトに参加してから、縄文の魅力に取り付かれてしまったことを、熱く静かに語ってくれた。
自分で土器を発見した時、その土器の輝きに胸が高鳴るそうだ。土器は空気に触れると徐々に変色するという。最初の輝きを見られるという幸福感が、発掘作業の魅力だという。
形は単純だが、このセンターがある南茅部町は、昔からマグロ漁の盛んな土地である。そこで紋様は竹串でマグロの大群を描いた。
「押し引き沈線紋」という手法らしい。
所要時間1時間、たっぷり縄文文化のレクチャーを受けながらの充実した時間だ。それに、何よりも会長のOさんと親しくなれたのが最大の喜びである。
作品は家の持ち帰り1週間ほど乾かしオーブンで30分ほどで完成だという。
「350円で陶芸への入門。縄文土器作り」。
そんなキャッチフレーズで、募集したらと、レクチャーのお礼に、妙なアイディアを提供してきた。
退職後、陶芸教室に通いたいと思う人が多いようだが、費用や工房に足を運ぶには勇気がいる。そんな人にはうってつけなのだ。
350円で陶芸教室に通うのと、まったく同じ体験が出来るのである。
陶芸教室は、よい作品を作ろうと形から入ってしまう。縄文土器は、自分の心のおもむくまま作ればいい。素直な作品の方が魅了的なのである。
夥しい芸術性の高い縄文土器の陳列、そのエネルギーを身体いっぱいに浴び、縄文人になりきって土器作りに挑戦すると、陶芸の原点に触れることができるのである。
※葉の上で作品をつくる。くるくる回るので轆轤の代わりだそうだ。
実際縄文土器の底部には、葉の紋様がある。


帰り道には、縄文世界と文明社会との対峙を感じる“便利”という名のストアーに立ち寄り、ワンコイン・ワインを購入した。
家に帰ると、なんと同時に妻も帰ってきた。
自分の作品を眺めながらの赤ワインも、いいものだ。
縄文人も山葡萄のワインで、同じように作品を眺めたに違いない。


東電とオウム

2011年10月26日 12時01分19秒 | えいこう語る
※今朝の「とどほっけ村日の出美術館」


千葉県柏市で、27万6千ベクレルという放射能が検出され、立ち入り禁止となっている。どうやら福島原発事故の放射能が、風に乗って飛んできたようだ。恐怖以外の何ものでもない。
今まで気づかなかったが、東京電力という会社、どこかオウム真理教に似ているのではないかということだ。
オウム真理教は、世の中の不安を取り除き、快適で幸せな生活をめざし、人類の理想社会に向かうだろうことを強烈にアピールした。その教えに従う者はその理想を信じて疑わなかったのだ。
教団はその理想を実現するため、サリンによる大量殺人を企て、国民を恐怖に陥れた。今はこんな法律はないだろうが「国家転覆罪」で逮捕され「アサハラ」なる教祖は、幹部が処刑されているのに、いまだに牢獄で生きながらえている。
一方東電は国家の庇護の下、サリンより恐ろしい物質を燃やし発電し、国民の生活を快適にして、社会的信頼を得てきた。
地震王国日本。いつかは爆発の危険性は予測されていたはずである。
ヒロシマ・ナガサキにつぎ、66年目にフクシマで炸裂したのだ。
電力使用者は、東電教団の信者のようなものではないだろうか。
被害は「国家転覆」になる程の、膨大な金額らしい。
しかし、この教団の最高幹部は、まるで大元帥閣下のように動じないではないか。更迭された幹部はいたが、処刑される気配はない。さらに事故処理は政府が尻拭いをするようだ。
その政府、原発の根絶はせず、まだ活動を認めるらしい。
法治国家の体をなさない国だ。さらに近い将来に巨大地震が発生すると学者は予想する。
後何発、自国に原爆を落とすつもりなのだろうか。
まるで「どじょう汚染内閣」ではないか。
「自爆国日本」と叫んだところで、目が覚めた。
午前4時である。もはや恐怖のため、二度寝などむさぼる余裕などなかった。
来月、函館市連合町内会会長研修会が開催される。
研修テーマは「大間原発と原子力政策」だという。
そこでどんな質問をするのかまとめてみようと、早々と起床してしまった。
連合町内会が、脱原発への流れに変わる一石とは何か、研修会まで何とか探り当てたいものである。
それにしても、恐ろしい夢を見たものだ。