元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「TAR ター」

2023-06-10 06:05:11 | 映画の感想(英数)
 (原題:TAR )これはとても評価出来ない。題材に対する精査や描くべきポイントの洗い出し、アプローチの方法、キャラクターの設定、そしてストーリー展開と、あらゆる点で問題が山積だ。第95回米アカデミー賞では作品、監督、脚本、主演女優ほか計6部門で候補になっていたが、いかなる事情で斯様に絶賛されたのか当方では分かりかねる。

 女性として初めてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に任命されたリディア・ターは、現在マーラーの交響曲全集の録音に取り組んでおり、残すは第5番だけである。しかし、思うような演奏が出来ない。同時に、自身の手による楽曲の制作も上手くいかず、プレッシャーに押しつぶされそうになる毎日だ。そんな中、かつて彼女が指導した若手指揮者が急逝するという知らせが入り、ある疑惑をかけられたターはますます追い詰められていく。



 現在、プロの女性指揮者は世界で30人ぐらいしか存在しないという。しかも、有名オーケストラの常任指揮者や音楽監督のポストに就いている者はいないし、過去に存在したことも無い。しかしこの映画のヒロインは、当初の設定からベルリン・フィルという世界屈指の楽団を束ねる立場にいるのだ。いくら何でもこれはおかしいだろう。

 まずは“どうして女性は指揮者として大成しないのか”という問題意識の提示から始めるべきだ。百歩譲って、彼女にそれだけの力量があると仮定しても、映画の中ではリディアの異才ぶりを示すシーンは見当たらない。マーラーの第5番の冒頭部分だけを仰々しく振ってはみるが、それだけだ。

 そして身も蓋もないことを言ってしまえば、同性愛者である彼女が過去の交際相手の悲報に関して動揺するあまり本業に支障を来すという展開は、甘すぎる。往年のマエストロの中には言動がちょっとアレだった者もいるが、それが大きく批判されて音楽活動が疎かになったという話はあまり聞かない。そもそもベルリン・フィルの常任を任されるような豪傑にとって、スキャンダルの一つや二つ軽く踏み潰すぐらいの“鋼のメンタル”が必須であるはずだ。そういう主人公の造型が出来ないのならば、この題材の採用自体が間違っていたということだろう。

 トッド・フィールドの演出はいたずらに“映像派”を狙うばかりで少しも求心力が感じられない。2時間半を超える長尺を支えるだけのパワーに欠ける。音楽に対する理解も怪しいもので、特にラストの処理など呆れてしまった。主演のケイト・ブランシェットは熱演ながら、演技パターンは想定の範囲内だ。ノエミ・メルランやニーナ・ホス、ソフィー・カウアー、アラン・コーデュナー、マーク・ストロングといった面子も精彩を欠く。それにしても、劇中でのドイツ語のセリフの多くに字幕が付いていないのには閉口した。

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