元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ある画家の数奇な運命」

2020-11-08 06:29:33 | 映画の感想(あ行)
 (原題:WERK OHNE AUTOR )最初の方こそ面白かったが、映画が進むと展開が平板になり、結局は要領を得ないまま終わる。上映時間は3時間を超えるものの、大事な部分は十分に描かれておらず、反対にどうでもいいモチーフに尺が充てられている。かなり世評の高い映画ではあるが、個人的には冗長なシャシンとしか思えない。

 ナチ政権下のドレスデンに暮らす少年クルト・バーナートは、若い叔母エリザベトの影響で芸術に親しむ日々を送っていた。しかしエリザベトは統合失調症を患っており、当局側によって強制的に入院させられた挙句、安楽死政策により“処分”されてしまう。終戦後、クルトは地元の美術学校に進学し、そこで出会ったエリーと恋に落ちる。



 ところがエリーの父親で医師であるカールは、かつてエリザベトをガス室に送った張本人であった。クルトとエリーはそのことに気づかぬまま結婚するが、次第に東ドイツの抑圧的な体制に疑問を抱くようになったクルトは、ベルリンの壁が築かれる直前、エリーと共に西側に亡命。デュッセルドルフの美大に通いながら、創作に没頭していく。

 エリザベトをめぐる序盤のエピソードから、ドイツが戦火に覆われる展開までは本当に面白い。まるで歴史大河ドラマのような風格だ。ところがドラマが成長したクルト中心に動くようになると、映画は失速気味になる。一番の敗因は、クルトの芸術に対する執着が十分に描かれていないことだ。

 高名な芸術家を主人公にした映画は数多いが、いずれもアートに身も心も捧げたような切迫した心境を描こうとしていたし、そのモチーフが無ければ芸術家を題材にする意味がない。ところが本作には、そのような切羽詰まった主人公の焦燥が見当たらない。何となく美術に興味を持ち、何となくスキルを身に着け、何となくスランプになって何となく新しい技法を“発明”する。そこには狂おしいほどの情熱は見られず、クルトは単なる“絵の上手いアンチャン”でしかない。

 しかも、悩んだ末に編み出したというクルトの新機軸には、何らインパクトを覚えないのだ。この映画は現代美術界の巨匠ゲルハルト・リヒターの半生をモデルにしているらしいが、映画の中ではクルトはあくまで架空の人物であり、リヒター本人ではない。このことが、芸術に対する淡白な姿勢のエクスキューズになっていると言えなくもないが、とにかく絵空事みたいな展開が延々と続くのだけは勘弁してほしい。

 かと思えば、カールにまつわる秘密にクルトが向き合うパートは、意外なほど軽く扱われている。また、西ドイツに亡命するくだりにもサスペンスは無い。いくらでも盛り上げられる個所だが、作者はそのことに興味が無いのには閉口するしかない。

 実を言えばフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の出世作「善き人のためのソナタ」(2006年)にも手ぬるい描写はあったのだが、尺が本作みたいな長さではなかったのでさほど気にならなかった。だが、この長時間映画では欠点が目立つ。主演のトム・シリングはよくやっていたとは思うが、演出も相まって印象は薄い。セバスチャン・コッホやパウラ・ベーア、オリヴァー・マスッチといった脇の面子の方が目立っている。またエリザベトに扮するサスキア・ローゼンダールはキレいでエロくて魅力的だが(笑)、出番が短いのは残念だ。なお、キャレブ・デシャネルの撮影とマックス・リヒターの音楽は及第点だと思う。

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