元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ラブレス」

2018-05-07 06:20:11 | 映画の感想(ら行)

 (英題:LOVELESS)題名通り、愛無き人々の悲しき“生態”を容赦なく描き、観る者を粛然とさせる。しかも、決して暴露趣味一辺倒の作劇ではなく、この八方塞がりの状態に対する効果的な“処方箋”をも暗示しているあたりポイントが高い。今の時代にこそ観るべき秀作だ。

 モスクワの大手企業で働くボリス(アレクセイ・ロズィン)と、美容院を経営する妻ジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)は離婚協議中だ。2人の仲はとっくの昔に冷え切っており、それぞれ別に愛人がいて、ボリスに至ってはパートナーとの間にもうすぐ子供が生まれる。ただし、ボリスとジェーニャの間には12歳の一人息子アレクセイがおり、通常は2人のうちいずれかが親権を持つことになるのだが、正直どちらもアレクセイを邪魔な存在としか思っていない。

 ある日、朝学校に出掛けたはずのアレクセイが行方不明になってしまう。成り行き上、ボリスとジェーニャは息子を探さなければならない。だが、警察はただでさえ多い失踪者にいちいち構っているヒマはなく、まったくアテにならない。手をこまねいているうちに、時間ばかりが過ぎてゆく。

 “愛の反対は憎しみではなく、無関心である”と言ったのはマザーテレサだが、まさしく本作には冷えたコンクリートの塊のような重く巨大な“無関心”が横たわっている。ボリスとジェーニャは離婚寸前とはいっても、本当は最初から愛情なんか存在せず、アレクセイが出来てしまったので仕方なく結婚したのだ。

 ボリスの周囲の人々、特に職場の同僚は他人の噂話ばかりするが、実は当人達に興味なんて無いし、ボリス自身もまったく関心を持たない。ジェーニャはボリスを罵倒する時以外はSNSにハマっていてロクに会話もせず、彼女の愛人は家庭を捨てることを恥とも思っていないし、母親は完全なる社会的不適合者だ。こんな夫婦が上手くいくわけがなく、間に挟まれたアレクセイは泣くことしか出来ない(観ているこちらも泣きたくなる)。

 2人は息子を探してはみるものの、内心ではこのまま子供が消えてしまえばいいと思っている。また、ボリスとジェーニャは今後新しい相手と生活しても、いずれは似たような事態に遭遇することは目に見えているのだ。そして、この大いなる悪徳である“無関心”の集合形態が国際的な事件として表現される終盤の処置は、まさに身を切られるようなインパクトをもたらす。

 そんな冷え冷えとした状況にあって、捜索を買って出るボランティア・グループの活躍は一種の救いになっている。彼らは一銭の報酬も受け取らず、警察よりも数段上の組織力とノウハウを持ち、システマティックかつ人道的に事に当たる。愛情が枯れ果てた世の中にあって、現状を打破するのはこういう無私の精神であると言わんばかりだ。

 アンドレイ・ズビャギンツェフの演出は求心力が高く、最後まで目を離せない。彼としても「父、帰る」(2003年)に並ぶ業績であろう。登場人物達の心象を表すような、しんしんと降り積もる雪の情景。ミハイル・クリチマンのカメラによる映像は素晴らしい。エフゲニー・ガリペリンの音楽も要チェック。今年度のヨーロッパ映画の収穫だ。
コメント
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