元・副会長のCinema Days

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「タクシー運転手 約束は海を越えて」

2018-05-13 06:28:50 | 映画の感想(た行)

 (英題:A TAXI DRIVER )高い求心力とメッセージ性、そして十分な娯楽要素をも兼ね備えた、見応えのある佳編である。また東アジアの激動の現代史を振り返る意味でも、存在価値は大いにある。韓国で1200万人を動員する大ヒットを記録したのも頷けよう。

 1980年、全斗煥が率いる新軍部は全国に戒厳令を布告。対して国民の間では反軍部民主化要求の動きが出ていたが、特に野党指導者の金大中の出身地とされていた全羅南道にある光州市では激しいデモが起こっていた。ソウルのタクシー運転手であるマンソプは、ドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーター(ピーター)から“通行禁止時間までに光州に行ったら大金を支払う”との依頼を受け、検問を潜り抜けて光州市内に入る。

 軍が全てを掌握している光州の状況は外部に知られておらず、そのハードな実態を目の当たりにしたマンソプは絶句するしかなかった。留守番をさせている小学生の娘が気になるため、早いとこ危険な光州から逃れたいマンソプだったが、我が身を省みず取材を続けるピーターや、知り合った大学生のジェシク、親切にしてくれた現地のタクシー運転手ファンらを見捨てるわけにはいかず、自分なりに身体を張って奮闘する。ヒンツペーターの体験を基にした実録映画だ。

 首都ソウルが取り敢えずは日常を保っている間に、そこから車で行ける距離にある光州からは情報が遮断され、軍が民衆を弾圧する地獄のような状態にあったという構図は実にショッキングだ。

 軍はデモ隊を打擲するだけでなく、容赦なく発砲(実際には百数十人もの死者が出ている)。あたりは戦場と変わらない有様だ。そんな中でも、決死の覚悟でカメラを回すピーターのジャーナリズム精神や、人情に厚い光州市民、そしてタクシー運転手という立場を一歩も逸脱することなく、出来ることは全てやろうとするマンソプの心意気などに感動してしまう。

 チャン・フンの演出はパワフルで、序盤のコミカルなタッチから中盤以降のシリアス路線、さらにはカーチェイスなどの活劇シーンも盛り込み、一時たりとも観る側を退屈させることはない。マンソプに扮するソン・ガンホの演技は、彼の数多いフィルモグラフィの中でも上位にランクされる。

 一見、自分のことしか考えていないような主人公が、実は一番責任感が強く、誰よりも行動力があることを映画の進行と共に徐々に浮き彫りにしていくプロセス、そして演技の“呼吸”の見事さには感心するしかない。彼がいることで、韓国映画界は大いに救われていると思う。ピーターを演じるトーマス・クレッチマンも好演。ユ・ヘジンやリュ・ジュンヨルなど、派手さは無いが味のあるキャラクターが映画を盛り上げる。

 それにしても、光州事件をはじめ韓国の現代史は決してホメられるものではないが、それでもあえて映画の題材として取り上げているのは見上げたものである。対して、同じくアジアの一員である日本の映画界は一体どうしたものか。映画のネタになりそうな時事問題は、それこそ沢山あるはずだが。
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