元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌」

2014-06-21 06:30:58 | 映画の感想(あ行)

 (原題:INSIDE LLEWYN DAVIS )一般世間的に認知されるような“良い映画”ではないが、コーエン兄弟の演出タッチを解している観客、そして音楽好きな者ならば楽しめる作品かと思う。ちなみに私は面白く観ることが出来た。

 1961年のニューヨーク。グリニッジ・ヴィレッジのライヴハウスに時折出演しているフォークシンガーのルーウィン・デイヴィスは、実力はあるのだが全然売れない。レコード会社とは契約しているのだが、ギャラの支払いを渋られる始末。付き合っていたガールフレンドからは妊娠を告げられ中絶の資金も必要になってきた。姉に金の無心をしても、父親の介護で手一杯なので回す分は無いと言われる。音楽活動を断念して船乗りになろうとするが、船員免許が失効しているの何だのという事情があり、上手くいかない。一念発起してシカゴにいる有名プロデューサーの元に出掛けるものの、ホロ苦い結果が待っているだけだった。

 主人公と共に旅をする猫の名前が“ユリシーズ”であるのは、当然のことながらコーエン兄弟が2000年に撮った「オー!ブラザー」と同様、本作もホメロスの「オデュッセイア」にインスパイアされていることを示す。しかも、冒頭場面とラストが円環のように繋がっているのは、苦難に満ちた旅を経て家族の元に戻る古代ギリシアのオデュッセウスとは違い、ルーウィンは終わらない旅を続けていることを暗示している。

 主人公像はボブ・ディランに影響を与えたというデイヴ・ヴァン・ロンクをモデルにしているらしいが、当時は彼のように貧乏くじを引き続けて世に出ることは無かったミュージシャンが山のようにいたのだろう。不運と不甲斐なさがデフレ・スパイラルのごとく連なりブレイクアウトすることが出来ない者が大勢いる中、ボブ・ディランのように“円環”の外に出られた人間の偉大さを再認識する。

 またルーウィンのような者がたくさん活動していたこと自体、60年代の音楽シーンが盛り上がった背景であったことは論を待たない。それだけアメリカの音楽文化は奥深いのだ。

 主役を演じるオスカー・アイザックの歌声は素晴らしい(さすがジュリアード学院卒だ)。ジャスティン・ティンバーレイクが珍しく映画の中で歌う“プリーズ・ミスター・ケネディ”も痛快だ。この映画における演奏場面がどれもヴォルテージが高い。そこは音楽に造詣が深いコーエン兄弟の腕の見せ所だろう。ジョン・グッドマンやF・マーリー・エイブラハムら脇の面子も良い。

 特筆すべきはブリュノ・デルボネルのカメラによる、モノクロに近いような、沈んだ色調の画面である。ノスタルジックで、どこかドキュメンタリー・タッチも感じられる独特の映像世界が展開していた。
コメント
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