元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「スマグラー おまえの未来を運べ」

2011-11-02 06:35:13 | 映画の感想(さ行)

 面白い。石井克人監督の吹っ切れた様子が垣間見える。CM業界出身者らしく、彼の「鮫肌男と桃尻女」や「PARTY7」といった当初の作品における“見かけ上の面白さ”は格別だった。ところが観る側がその映像ギミックに慣れてしまうと、あとは完全にネタ切れ状態になる。

 その映画の外見の取り繕い方が天才的に上手ければ話は別だが、そこまでの実力はない彼にとって早急な方針転換が急務だったはずだ。けれども、その後に手掛けた「茶の味」も「山のあなた 徳市の恋」も彼にとって題材が目新しいだけで、製作スタンスは相も変わらず外見上の小細工に過ぎなかった。しかしこの新作は見事に作劇に芯が通っている。

 派手な映像処理の連続は踏襲されているが、それらは主題を引き立たせるためのエクステリアとして機能させているのみであり、ウェルメイドな青春映画としての根幹はまったく揺らいでいない。石井監督、明らかに成長している。今後の作品展開が楽しみだ。

 大学は出たものの希望していた役者の仕事からは早々に落ちこぼれ、フリーターとして無気力な日々を送っている25歳の砧涼介が主人公。誘われるままに違法パチンコで300万円の借金を背負うハメになった彼は、女闇金業者の山岡に金を融通してもらうのと引き替えに、日給5万円のアルバイトを押しつけられる。その仕事とは“ヤバいものを引き受ける運送屋”だった。

 最初に運搬する荷物をそっと覗いてみたら、背中に入れ墨の入ったヤクザの首無し死体が梱包されている。同じ頃、組長が行方不明になって子分どもが右往左往している組本部に、組長の生首が送りつけられてくる。裏の情報に通じている山岡によると、下手人は“背骨”と呼ばれる中国人の殺し屋らしい。組に“背骨”の探索を命じられた山岡は、砧がバイトしている運送屋に“背骨”の身柄の組本部への移送を依頼する。こうして砧は、日本人ヤクザとチャイニーズ・マフィアとの抗争に関与してしまうことになるのだ。

 全編これ暴力と血しぶきが横溢する賑やかな(?)シャシンだが、石井監督得意のポップで軽妙な語り口とスマートな映像処理により、陰惨度は低い。それどころか、バイオレンスの中にユーモアとウィットが散りばめられていて、けっこう笑えたりする。

 永瀬正敏扮する運送屋のリーダーの不敵な面構えや、同行するジジイの我修院達也、ゴスロリ・ファッションでキメた女金融屋の松雪泰子、若いくせに海千山千の組長の未亡人である満島ひかり、拷問マニアの組幹部の高島政宏、そして人間業とも思えない体術を披露する“背骨”の安藤政信といった、異様に濃い面々を揃えているにもかかわらず、妻夫木聡演じる砧の存在感はまったく揺るがない。

 これは、映画自体が無為に生きてきた若者が“自分が何者であるか”を自覚する成長物語であるからだ。それを裏付けるように、怪異なサブキャラ達の跳梁跋扈にも負けない見せ場が、砧にも終盤にちゃんと用意されている。鑑賞後の印象が爽やかなのも、実に好ましい。

 時代設定は99年で、小道具などにもそれは反映されているが、こういう“カタギの人間が簡単にダークサイドに関わってしまう”という設定は、今観る方が実在感がある。主人公は最初からフェース・トゥ・フェースでヤバい連中と知り合うことになるのだが、今ならばネットを開けばその時点で闇情報との距離は近くなる。嫌な時代になったのかもしれない。
コメント
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