元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「熱帯魚」

2008-10-03 06:42:54 | 映画の感想(な行)
 (原題:熱蔕魚/Tropical Fish )95年作品。台北に住む中学3年生のツーチャン(志強)は受験生にもかかわらず女の子のことやTVゲームのこと、そして“いつか自分がヒーローになって世の中を救うのだ”という能天気な空想などで頭がいっぱい。ある日、小さな男の子が誘拐されるのを見た彼は、その子を助けようとして、自分も捕まってしまう。ところが元刑事の誘拐犯のボスは身代金を受け取りに行く途中で交通事故死。途方に暮れた手下のアチン(林正盛)は、二人を故郷の漁村へ連れて帰る。身代金をいただいた後、家族揃って台北に引っ越そうという計画を立てるが、ツーチャンが受験を控えていることを知った一家は、何とか合格させようと“特訓”を始めるのだが・・・・。監督はTVドラマ出身でこれがデビュー作の陳玉勲(チェン・ユーシュン)。

 風変わりなコメディで、演出に泥臭い部分もあるのだが、不思議と印象に残る映画である。タイトルの「熱帯魚」は何の暗喩かというと、昔は台湾の近海に山ほどいた熱帯魚が環境破壊で姿を消してしまったことから、せち辛い現代社会の中に埋もれがちなささやかな庶民の夢をあらわしているのだろう。

 主人公の多愛ない空想さえも踏みにじるドライな受験戦争。わが子が誘拐されても平然としているブルジョワ家庭の欺瞞。養殖池を作るために地下水を汲み上げ過ぎて地盤沈下を起こした漁村の中で人生投げたように生きるアチンの一家と、そこに帰らざるを得ないアチン自身。つまらない日常が間抜けな誘拐劇によって揺らぎ始め、スリル満点の非日常の様相を呈してくると、そこに思いがけぬ“夢”を見い出してしまう小市民の悲しさ。

 もちろん誘拐事件は解決し、身代金は手に入らず再び面白くもない日常に帰る登場人物たちだが、ツーチャンと心を通わせる不幸な境遇のアチンの妹をはじめ、すべてにささやかな非日常の夢の甘やかさと、現実に向き合うほんの少しの勇気をもたらして終わる。

 被害者が受験生であることをだけを大仰に取り上げるマスコミとそれに乗って大騒ぎする一般ピープルのアホらしさを尻目に、ちっぽけな小市民の夢が大きな熱帯魚になって台北の空を泳ぐラストは痛快だ。陳監督のライト感覚は見上げたものだ。
コメント
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