元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

ポール・クルーグマンのノーベル賞受賞について。

2008-10-17 06:58:29 | 時事ネタ
 日本人の科学者4人の賞獲得(正確には南部博士は米国籍なので3人だが)で盛り上がった今年度のノーベル賞だが、私はそれよりもポール・クルーグマンがノーベル経済学賞を受賞したことが実に意義深いと思う。

 私は彼の受賞の理由となった「貿易の形態と経済活動の配置に関する分析」というものは知らない。だから“文献も読んでいないのに偉そうな口を叩くな!”と言われることは承知の上で述べたいが、彼がノーベル賞を取るに至ったのは、その研究成果よりも彼の言説のスタンスが評価されたからではないかと思う。つまり、それまで“主流”と見なされてきた新しい古典派経済学(ニュークラシカル)をはじめとする既存の経済学に対して敢然と異議を唱えたことがノーベル財団の構成員達の琴線に触れたから・・・・という見方も出来ると思う。

 ニュークラシカル及びマネタリズム等の主張に基づいた施策の数々が、いかに世界経済を歪めてきたか、クルーグマンは舌鋒鋭くそれを批判する。すべての個人・法人などの経済主体が、常に合理的な行動(つまり、一番金銭的に有利になるように振る舞うこと)で合理的期待を形成する・・・・などという前提のオカルト理論を信奉し、そんな机上の猿知恵をグローバリズムの大義名分によって世界中に吹聴してきた連中のおかげで、アジア金融危機をはじめとする数々の不祥事が引き起こされた。昨今のサブプライムローン問題に端を発する騒ぎもその一環だろう。クルーグマンは経済学者や各国の経済政策担当の為政者(特にブッシュ政権)の“ここがこうなるから、結果的にこうなるはずだ。結果が違うのは、現実の方がおかしいのだ”といった原理主義者みたいな物言いを、遠慮会釈なく切って捨てた。そのため一部で顰蹙を買ったようだが、彼の主張が的を射ていたことは、すでに実証済だと言って良い。

 マネタリストは“量的緩和で資金をジャブジャブ供給すれば景気は回復する”と言った。でも実際はそうならなかった。ニュークラシカル派の経済学者は“生産性を向上するための構造改革により経済は活性化する”と述べた。しかしそんなことは起こらなかった。それどころか格差が拡大して社会不安が増し、マネー資本主義が暴走してサブプライムローンごときの底の浅いバブルが破裂しただけで金融危機を招いてしまうような脆弱な体制が広まってしまった。

 かつてノーベル財団はデリバティヴという危険なバクチの道具を発明した米シカゴ学派の経済学者に賞をくれてやったことがある。今回のクルーグマンの受賞は、その反省に立って決定されたのかもしれない。彼のインフレ・ターゲット論が実際的に有効かどうかは別にして(ちなみに、私はあまり信用していないが ^^;)、とにかく世界経済に対する論説のトレンドが転換期を迎えたことを象徴する出来事であるのは間違いない。

 さて、クルーグマンは日本経済に対しても折を見て言及している。曰く“有効需要が不足しているデフレ期においては、いくら量的緩和をしても無駄である”、曰く“景気低迷期に不良債権処理を優先しても何もならない”。しかし、これらの正しい指摘に対し、日本政府はまったく耳を傾けなかった。竹中平蔵のような現実離れのサプライサイドおたくや財務省の木っ端役人や私腹を肥やすことしか考えていない日本経団連の連中の言い分ばかりを受け入れ、デフレ促進路線を驀進。ようやくその弊害が格差問題などの形で現れて政府は方針を転換したかに見えるが、景気回復を掲げた麻生政権にしても焼け石に水みたいな財政政策しか提示できないし、相も変わらず構造改革に色目を使うことを忘れてはいない。

 物理学賞や化学賞での成果を喜ぶのも良いが、日本政府が肝に銘じるべきはクルーグマンの受賞だ。そして構造改革路線との完全なる決別を明言すべきだ。
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