元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「息子」

2008-10-11 07:17:59 | 映画の感想(ま行)
 山田洋次監督が91年に撮った彼の代表作の一つ。一年前妻に先立たれた岩手の山村に住む父(三國連太郎)と、東京でフリーアルバイターとして職場を転々とする末息子・哲夫(永瀬正敏)。互いに反発しながらも、やがて理解しあうまでを爽やかに描く。椎名誠の短編小説「倉庫作業員」を元に、3部構成で作られている。

 まず何がいいかというと、すべての登場人物が、完全に足が地についた等身大のキャラクターとして描かれていること。製作当時はバブルの余韻もあって景気はそれほど落ち込んでいなかったが、それでも主人公のやってる仕事は居酒屋の店員や倉庫の資材出納係などで、見た目はちっともカッコよくない。大手商社でバリバリ仕事をしている一見ヤング・エグゼクティブの長男(田中隆三)も老父を引き取らねばならない長男の宿命があり、一流企業の社員でも首都圏に一戸建ての家も持てず、仕方なく通勤に2時間かかる千葉の郊外にマンションを30年ローンで購入するものの、老父の扱いのことで家族とうまくいっていない、悩める普通のサラリーマンとして描かれる。

 さらに、父親の住む農村、末息子が働く小さな伸鉄問屋の倉庫、などの描写が誰にでも納得できるように実に適切である。私事で恐縮だが、主人公がやっているような仕事を私もやっていたことがある(フォークリフトの免許も持っている ^^;)。だからあの職場の雰囲気がよく出ていることに素直に感心してしまった。田中邦衛やいかりや長介など、いかにも下町の中小企業の従業員然としたキャスティングと演技がいい。

 末息子に好きな女性ができる。得意先の倉庫で働く征子(和久井映見、本作での演技でその年の助演女優賞を総なめにした)だ。彼女の美しさに一目惚れしてしまったものの、いくら話しかけても口をきいてくれない彼女にイライラする哲夫。しかし、実は彼女は聾唖者だった。彼が父親に恋人を紹介した夜、出来の悪い息子が、ちゃんとした職に就き、口がきけないとはいえ、素敵な嫁さんを貰おうとしていることに嬉しくなり、酒を飲んで歌を歌い出す。息子は父の歌を初めて聞いた。

 市井の人々のありふれた哀歓を感動的にうつしだす山田監督の力量はたいしたものだ。日常生活の描写にまったく“ウソ”がない。都市問題、老人問題、福祉問題etc.など多くのテーマを盛り込んでいるにもかかわらず、ドラマの中で手際よくさばかれていることに感心した。それと撮影の見事さ。奇をてらったカメラ・アングルなどは皆無だが、自然で平易な描き方は撮影の教科書といっていいほど的確だ。
コメント
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