元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「イキガミ」

2008-10-18 06:39:34 | 映画の感想(あ行)

 どうしようもない設定を、演出とキャストが何とか最後まで保たせたような感じだ。舞台になっている今の日本とよく似た国では、18歳から24歳までの若者のうち千人に一人が政府から無作為に選ばれて殺される“国家繁栄維持法”なるものが施行されている。それによって誰もが命の大切さを実感し、犯罪も減り、出生率がアップして経済成長が実現されるという寸法だ・・・・ってバカ言ってんじゃないよ(呆)。

 国家による無差別殺人が罷り通る世の中で、どこをどうすれば活気のある社会が生まれるのか。若者達はいつ消されるか分からないシビアな状況に置かれ、自暴自棄になるに決まっている。世情不安になれば出生率は落ちる。もちろん経済拡大なんか望むべくもない。

 原作はコミックらしいが、よくもまあこんなアバウトな世界観で作品を生み出せるものだ。もしもこれが昨今の格差社会の暗喩のつもりならば、まことにもって幼稚な作劇である。星新一のショートショート「生活維持省」との類似性が指摘されているが、あっちの方が作品として数段まとまりが良い。

 さらに映画は死亡対象者に対し24時間前に予告票(通称イキガミ)が配達されるというシステムを描くが、これも噴飯ものだ。そんなものを突きつけられたら誰だってヤケを起こす。当然物語の中ではそういうケースに関して言及されるが、エクスキューズにしか聞こえない。予告無しで直ちに消されてしまう「生活維持省」の方が違和感がなく、もしも対象者に24時間の猶予期間を甘受する風潮がすでに出来上がってしまっているのならば、そっちの構図の方をテンション上げて描くべきである。

 かような低調なシチュエーションの中で監督の瀧本智行は実に良く健闘している。ドラマ作りを投げていないのだ。3つのエピソードをキッチリと描き分け、混濁した部分は見受けられない。理不尽な環境に置かれた若者群像を丁寧に追っている。キャストもそれに応えており、新米の“配達人”に扮する松田翔太をはじめ、塚本高史、成海璃子、山田孝之、柄本明といった面子が正攻法の演技で受け持ち分をこなしていて、そこにはいささかのスキもない。もうちょっとちゃんとした設定のシャシンでこれらの仕事ぶりを見たかった。

 さて、本作にあるような“国家による殺人”が限定された対象に直接実行されるのではなく、間接的に不特定多数を死に追いやっているのが今の日本である。構造改革という名の国民虐待路線により、自殺者の大幅増加を演出している現状。それを真正面から糾弾した映画ぐらい作れないものか。この点、日本映画は外国映画の後塵を拝していると言って良い。
コメント
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