元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「逃亡くそたわけ-21才の夏」

2007-09-24 07:24:11 | 映画の感想(た行)

 アジアフォーカス福岡国際映画祭2007出品作品。福岡市の百道浜にある精神病院を抜け出した若い男女が、車を駆って九州縦断の旅に出る。メンタル面でハンディを背負った二人のロードムービー。しかも、ヒロインの方は毎日のように幻覚に悩まされており、人格崩壊の危険性さえあるようだ。彼女が抱くイメージもケレン味たっぷりに映像化されており、主人公二人のあざといキャラクター設定と大仰な画像のエクステリアからすれば、地に足が付いていない雰囲気だけのキワ物になってもおかしくないのだが、これがなかなか感動的な映画なのだ。

 若い二人は“正常人”ではないが、作者は彼らをアイデンティティの確立に藻掻き苦しむ普遍的な青春像の象徴として捉えている。彼女の場合、不安定状態にあるのは元々の“病状”のためというより、かつて付き合っていた男が病名を知って一方的に別れを告げたことが大きい。そのため、いつ周囲の人間が自分を裏切るかと、死ぬほど悩んでいるのだ。それが初めて等身大で付き合える相手(道中を共にする彼)と出会い、少しずつ自分を取り戻してゆく。

 彼の方はといえば、名古屋出身なのに初めての勤務先が東京だったため、必死に“オレは東京人だ”と思い込もうとしている、屈折した内面の持ち主だ。九州で生まれて、今後もずっと九州人としての矜持を持ち続けようと心に決めている彼女とは正反対である。

 二人とも精神病院に入っていたとはいえ、症状は彼の方がずっと軽い。退院間近ということもあり、見た目は立派な健常者だ。しかし、自らのフランチャイズを獲得しているという意味では、彼は病状が厳しい彼女に大きく遅れを取っているのが面白く、この旅によって彼もまた彼女から生き方を学び取るのである。

 彼女が自己の幻覚と敢然と向き合うシーンは盛り上がるが、それよりも彼らの成長を表現するかのように、次々と美しい姿を見せる九州の風土・自然の情景が素晴らしく効果的だ。

 慣れない博多弁と格闘しつつ(笑)、壊れそうなヒロイン像を切迫した演技で実体化した美波と、ノンシャランな自然体でドラマを支える吉沢悠、主演二人のパフォーマンスには瞠目させられる。我修院達也(若人あきら)や大杉漣、中島浩二にガッツ石松といった脇のキャラクターが濃くて実に良いし、田中麗奈までゲスト出演しているのには嬉しくなる。

 本橋圭太の演出はギャグの扱い方も含めてテンポの良い名人芸。主人公二人のキャラクターには、原作者である絲山秋子の、首都圏出身で就職時に福岡に配属され、出生地と活動する場との二つのグラウンドを自分の中で上手く折り合わせた経験が大きく投影されているのだろう。異色の青春映画の秀作で、観る価値は大いにある。
コメント
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