元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「日の名残り」

2007-09-14 06:41:08 | 映画の感想(は行)
 (原題:Remains of the Day)93年作品。ジェイムズ・アイヴォリィ監督の出世作「眺めのいい部屋」(86年)は若いカップルの恋愛騒動を明るく楽しく描いているように見せながら、本当の主人公はジュリアン・サンズのノー天気な若者でも、ヘレナ・ボナム・カーターのハネっ返りの女の子でもない。ダニエル・デイ=ルイスの若い貴族である。新しい時代・風俗に適合できずに、ひたすら内省的・厭世的に落ち込んでいく貴族階級を描き込み、そこに人間の根源的な哀しみを映し出す、というところにこの作家の真骨頂があるのだ(興味深いことに、アイヴォリィはイギリス出身ではなくカリフォルニア生まれである)。

 さて、この「日の名残り」もまさにアイヴォリィでしか撮れない作品だ。戦前のイギリス上院議員(当然、貴族である)のカントリー・ハウスを切り盛りする執事が主人公。雇い主である主人には絶対服従。同じ屋敷で働く父親が危篤になっても持ち場を離れない。その屋敷では開戦前夜の緊迫した会談が行われるのだが、政治的内容についてはまったく関心を示さない。若い女中頭(エマ・トンプソン)が彼に興味を持つ。彼の部屋に花を飾ろうとする彼女を“気が散る”と追い返し、恋愛小説を読むところを彼女に知られたくないため四苦八苦する。彼にとって職務を忠実に遂行するために邪魔と思えるものは排除して当然なのだ。

 しかし、彼女にいつしか恋心を抱いている自分を否定するのに必死でもある。戦争も終わり、主人である上院議員(ジェームズ・フォックス)は落ちぶれ、屋敷はアメリカ人の富豪(クリストファー・リーブ)のものになる。主人公は休暇をもらい、かつて愛した女中頭に会いに行くのだが、はかない期待を持った彼を待っていたのは、シビアーな現実であった。自分が信じていた主人、社会制度、職務etc.などが時の流れの前にもろくも崩れさっていく無常。自由に生きようとして果たせなかった主人公のペシミズムが絶妙に表現されていて、圧巻だ。

 病的にまでストイックでマゾヒスティックな主人公を演じるアンソニー・ホプキンスは素晴らしい。「羊たちの沈黙」のレクター博士よりよっぽど変態(おいおい)。しかもそこに何とも言えない“男の純情”が感じられて出色である。美術・音楽など、舞台装置にはいつもながら手抜きはない。演技陣も充実し、これだけの渋いドラマをモノにできるアイヴォリィの手腕には感心してしまう。
コメント (1)
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