元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

高瀬進「映画館1」

2007-09-10 06:52:46 | 読書感想文

 出版社・銀幕舎の主宰者である高瀬進による、古い映画館をモノクロで捉えた写真集シリーズの第一弾。本作は文芸坐、地球座、全線座、佳作座、パール座、牛込文化、赤城日活そして並木座など、歴史の古い劇場が中心。もちろん、現存していないものも多く含む。

 本を開いてまず感じるのは、懐かしさだ。それも、強烈な懐かしさ。盛り場の中にあって、そこだけポッと別の空間への入り口が開いているみたいに、わくわくするような、いかがわしいような、映画館の持つそんな独特の雰囲気を味わった、ある世代以上の層(私も含む)にとっては堪らない写真集だ。シャープな白黒の映像も素晴らしい。

 しかし、時は過ぎ、ここに描かれた映画館およびその空気感は永遠に過去のものになってしまった。これは別に“できれば今これらがよみがえって欲しい”と思うようなものでは断じてない。手練れの映画ファンの胸中に封じ込めるしかないノスタルジアだけの感慨なのだ。

 映画興行というジャンルは長らく前近代的なものであった。昔ながらの映画館しかなかった時代、われわれ映画ファンは劇場側の勝手な都合とやらにより、どれだけ不愉快な目にあったことか。安普請の椅子にお尻が痛くなり、ベタベタした床に閉口したり、上映時刻を事前周知なしに変更したり、外の騒音や待合室の照明が遠慮会釈なく客席内に入ってきて、劇場主に文句を言ってもどこ吹く風だ。特に、空いている席が無いのにどんどん客を入れて立ち見を強要する姿勢には我慢ならなかった。

 老舗の某映画館で、客席のドアが締まらないほど立ち見の観客で溢れた、往年の“映画全盛期”の写真を得々として館内に飾ってある劇場があるみたいだが、そんなのは自らのマーケティングの失敗ぶりを披露しているようなもので、はっきり言って“恥”でしかない。今のシネコン全盛は、そんな昔ながらの映画興行のスタイルが終わりを告げて“正常な姿”に移行したものである(もちろん、まだ十分ではないが)。

 今は地域社会が疲弊し、古くからある商店街もシャッター街と化しつつある。それは大きな問題なのだが、かつてその一角を占めていた古風な映画館まで復活して欲しいとは、断じて思わない。あれは過去の遺物なのだ。

 実は、高瀬氏とは面識があった。本書も、彼が送ってくれたものだ。他にも雑誌「銀幕」など、いろいろと貴重なものを進呈してもらったが、ここ数年は音信不通。ホークスのファンでもあった彼だが、相変わらず仕事面では活躍しているのだろうか。
コメント
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