さそりのらびりんす~たわごと~

慢性膵炎持ちのあゆが気ままに書く、たわごと日記です。

大往生

2014年03月09日 16時30分00秒 | たわごと
木曜日の夕方、祖父が亡くなったという連絡が入りました。
危篤詐欺のような、5度目の危篤での大往生でございました。
枕経の心配までして、逝ったらしい。
さすがじゃ。

明治42年生まれの享年106歳。
大大往生ですから、
お悔やみは不要でございます。(笑)
葬儀というより、「よく生きました」祝賀会です。
もしや、死ぬ日は来ないかも?
という不安を感じたこともありましたね。
母は娘に遅れること三年半、
ようやく父を送ることができたのでございます。

葬儀には市長から祝電、もとい弔電が届いておりました。
百歳を過ぎたら来るのかも。
長生きするなら祝電を目指せですね。(弔電だってば。)

葬儀が土曜日だったので
弟も日帰りで参列できました。
姉は初孫だったし、弟は初の男の子だったので
みんなじいちゃんには可愛がって貰いました。
いいおじいちゃん、だったよ。
おばあちゃんは待ってないかもしれないけど(笑)
じいちゃんの大好きだった長男さんが迎えに来てくれたかな。

遺伝子は祖父母から来るから
孫の誰かは百歳の遺伝子を継いでることになります。
「百歳はカンベンして~。」
で全員一致でした。
はてさて。
100歳の当たりを引くのは誰になるのやら。
私もカンベンでございます。(笑)
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14 コメント

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Unknown (京都で定年後生活)
2014-03-09 21:18:20
こんばんは
お悔やみ申し上げます。
御長命でしたね。
明治生まれというのは、久しぶりに聞きました。
あゆさんもきっと長生きされるでしょう。


京都で定年後生活より
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Unknown (マーサー)
2014-03-09 22:05:25
お祖父さまはが大往生されたのですね。
長い間、お疲れ様でしたと申し上げたいです。

お祖父さまは戦後シベリアに抑留されたとのこと。
お年から考えて、職業軍人でいらっしゃったのでしょうか。

私の祖父は日中戦争で出征しており、もしかしたらお祖父さまと同じ連隊だったかもしれませんね。

お祖父さまのご冥福をお祈り申し上げます。
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だれからも好かれたおじいちゃんだったんですね! (masamikeitas)
2014-03-10 06:16:47
あゆさん、おはようございます。

シベリアの英雄のおじいさまが亡くなられたのですか!
残念です。
106歳なんて、長命のエリートですね。
私はあゆさんと同じく106歳は目指しません。(笑)
あゆさんのご家族のどなたかは100歳まで生きられるのでは。
DNAですから覚悟された方が良いのでは。(笑)

>みんなじいちゃんには可愛がって貰いました。
いいおじいちゃん、だったよ。
おばあちゃんは待ってないかもしれないけど(笑)

だれからも好かれたおじいちゃんだったんですね!
おばあちゃんとは?

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まぁ~! (miy)
2014-03-10 07:11:35
大往生ですね。
皆様お疲れ様でした。

>葬儀には市長から祝電、もとい弔電が届いておりました。
もう~さっすが関西人(笑)
でもホントに祝電でも…という気持ちわかるよね♪
我が家も両親がどんどん老化が目立つ年齢になりました。
老老介護になるのよねぇ~。
祝電、もとい弔電が来るくらい頑張ってほしいわ!(^^)!
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お疲れ様でした。 (rinko)
2014-03-10 07:21:37
あゆさん、おはようございます~(^^♪

おじいさま、大大往生ですね、お悔やみ申し上げます。
おげんきでしたの?
病気に伏せられていたら、ご本人もご家族もお疲れ様でしたね。
明治生まれとは凄いですね。

きっとあゆさんもお姉さまも2人で長生きされるでしょう。
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Unknown (あき)
2014-03-10 15:56:24
あゆさん、おつかれさまでした。
周りの方も、葬儀の後はおつかれでしょうから、お休みください。
あゆさんもご家族も長生きのおじいさまを持たれたから、長生きですよ。私はいま、就活がんバッてます、昨年の今の時期に比べたらうそのような、前向きな生活です。寒いのがちょっと、きついかな。早く暖かくなればいいですねえ
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京都で定年後生活さん (あゆ)
2014-03-10 20:15:11
明治のマークが書類等から消えて随分経ちますね。
さすがに死亡届には明治欄がありました。
我が家は父方が早死に、母方が長生きの家系なので
どっちの遺伝子取るかによってきょうだいでも寿命が異なりそうです。(笑)
おじいちゃんには長い間お疲れ様でした、という気持ちです。
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マーサーさん (あゆ)
2014-03-10 20:24:10
8月に「今日か明日か」と宣告された後に奇跡の復活を遂げ、
その後も何度となく危篤をしのぎましたが、
ようやく大往生を遂げました。
シベリア抑留生活に比べたら、日常生活は極楽だっただろうと思います。
祖父は赤紙で召集された上等兵なんですよ。
年齢的に一番上ぐらいだったようです。
体がそれだけ健康だったということでしょうね。
母が生まれて100日の時に召集されて
抑留生活を経て帰国できた時に、3歳半になっていました。
私たちにはいいおじいちゃんでしたが、
母にとっては馴染めない父だったようです。
祖父の死で本当に戦後が終わったんだなあと感じました。
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masamikeitasさん (あゆ)
2014-03-10 20:29:25
意識が朦朧とすることはあってもボケることはなかったので
私がお見舞いに行くと私の体の心配をしてくれました。
母はどうしても祖父を愛せなかったようですが(これも戦争の被害ですね)
友達も多く、同世代の女性にもモテモテでしたよ。
色気は長生きの秘訣かもしれません。(笑)
我が家は父方と母方で寿命が全く異なるので
どちらの遺伝子を取っているかが問題ですね。
父方も長寿の従姉妹がいるので
彼女が一番の百歳候補です。(笑)

>おばあちゃんとは?
私にとってのおばあちゃん。
おじいちゃんにとっての奥さんですね。
それほど仲良くはなかったので
待ってないかもなあと思った次第です。(笑)
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miyねーさん (あゆ)
2014-03-10 20:34:23
ボケでもなんでもなく
「さすが祝電来るんやんなー」
と言ってしまった私です。
祝電で間違いないんじゃないでしょうかね。(笑)
長生きしすぎると子供では面倒見切れなくなってきますよね。
子供が現役世代のうちに親は片付くのが理想だとは思います。
弟を見ていても、父親が死んでから変わったので
父親は適当なところで逝くのがいいような気もしますね。
でも、母はできれば長生きしてほしいです。
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