団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

同病相憐れむ

2016-07-26 04:53:07 | 日記
昨日 義兄(かみさんの姉さんの御主人)から暑中見舞いをいただきました。

暑中見舞いには

「耳鳴りが悩みと嘆く住職に
 吾にもあると諭して笑う」という和歌が書かれていました。

 義兄は和歌が趣味なので、年賀状にいつも2首ぐらい和歌が書かれています。
それも友人ごとに和歌を書かれているようです。
共通の話題を取り上げられているので、受け取った側も理解しやすいです。
暑中見舞いをいただいたのは、今年が初めてです。

 7月の初旬にかみさんの実家の法事がお寺さんで執り行われました。
私は夏風邪でダウンしましたので、欠席しました。
お経が終わった後、ご住職を交えて懇談されたようです。
その折り、ご住職が「半年前くらいから耳鳴りで悩んでいる」という話をされたそうです。

 義兄は子供の頃から耳鳴りがしていてそれが当たり前だと思っていたようです。
二十歳前後に耳鳴りが鳴っているのは、自分だけということに気づかれたようです。

 私が暑中見舞いのお礼の電話をして、「いつも耳鳴りがしているの、鬱陶しくないですか?」
とお訊きしましたところ、「それが当たり前と思っているので鬱陶しくない」とのご返事でした。

 私に「〇〇(私の名前)さんは、耳鳴りしないの?」
と訊かれましたので「たまにキーンと鳴ることがありますが、すぐに消えるから気にならないです」
と答えました。

 ご住職は病院に行かれても治らないので悩んでいらっしゃるようです。
義兄は「耳鳴りは耳からというより、脳からきているのでは?」と言われたようです。

 ご住職は義兄が自分の悩みをわかってくれるということで大変喜ばれ、
話がはずんだようです。
そのお気持ちよくわかります。

 









悲しくてやりきれない ザ・フォーク・クルセダーズ 2002
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隣のおやじは吹き飛ばされて電柱に食い込んだ。

2016-07-25 04:39:12 | 日記
最近の涼しさは異常です、とても7月後半の気温と思えません。
これじゃ、夏風邪もひきますよね。(苦笑)


1昨日の中日新聞に中日新聞編集局長が「惜しまれる人たち」という題でコラムを書かれています。

 <子供 叱るな/来た道だもの
  年寄 笑うな/行く道だもの>

 この言葉を、どこかで耳にしたことはありませんか。
優しく含蓄のある名文句です。

 もともとは愛知県犬山市の街角にある掲示板のビラに、
たどたどしい文字で書かれていました。
それに目を留めたのが永六輔さんです。
自著の「無名人名語録」(1987年)の冒頭で紹介したことから、
知られるようになりました。

この本の中で永さんはこんなことを語っています。
有名人の名語録はいくらでもあろうが、巷に生きる無名の人々の
言葉は記録されない。
「しかし旅暮らしのなかで僕の耳に入ってきた無名人の言葉の重みは、
有名人のそれと少しも変わらない」

  その永さんの訃報が伝えられました。
テレビから流れる「上を向いて歩こう」に小さく声を合わせた人もいることでしょう。
そしてこれで三人とも逝ってしまったとさびしさを覚えます。
永さん、野坂昭如さん、小沢昭一さんというかっての「中年御三家」です。

 個性豊かな三人はいずれも昭和一桁の生まれで、戦争を体験しました。
永さんは長野県に疎開し、野坂さんは空襲に遭いました。
二人は最後まで不戦を訴え、憲法の行方を気にかけていました。

 小沢さんも晩年、「戦争を語っておきたい」と言っていました。
 「隣のおやじは吹き飛ばされて電柱に食い込んだ。
戦争なんて人殺しでしかないってことを、具体的に知ってるものが、
話しといた方がいいかなと思ってね」

 三人は、巷に生きる人を楽しませ、励まし、巷の人の心で
平和を大事にしていたのでしょう。
永さんを敬愛し、やはり平和の行方を案じた大橋巨泉さんも永眠しました。

こんな時代だから一層惜しまれる人の旅立ちが続きます。


 私は40代の時に半年近く椎間板ヘルニアで入院していました。
ラジオの永さんの「誰かとどこかで」とか、小沢昭一さんの「小沢昭一的こころ」は、
いつも聴いていました。

「戦争なんて人殺しでしかないってことを、具体的に知ってるものが、
話しといた方がいいかなと思ってね」と、小沢さんが語っておられたようです。

私は戦後生まれですので、この三人の方のような戦争体験がありません。
それは幸せなことだと思いますが、戦争の悲惨さを身をもって体験していないので、
戦争の恐ろしさや悲惨さを息子や娘、孫たちに伝えることができません。

この三人の方プラス大橋巨泉さんが亡くなってしまったということは、戦争の悲惨さを伝えることができる
方を失くしてしまったということです。
日本にとって、大きな損失だと思います。





青春2 松山千春
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人種差別の根は深い

2016-07-24 05:25:41 | 日記
一昨日の中日新聞にさだまさしさんが月に1回のコラムを書かれていました。
タイトルは「人々のハーモニーは?」でした。


 「僕のピアノの上では黑鍵と白鍵がきれいに並んで完璧なハーモニーを奏でているのに、
なぜ僕らにはそれができないのだろう」

 1982年にポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーが
ピアノの黒鍵と白鍵を黒人と白人になぞらえて歌った「エボニー&アイボリー
(直訳すれば黒檀と象牙)」という歌があった。

 その後、2010年にポールが「ガーシュイン賞」を受賞した際、
ホワイトハウスへスティービーが駆けつけ、オバマ大統領の前で
デュエットした歌として名高い。

 さてその米国では、白人警官がまたまた黒人男性を射殺。
理由も希薄で、しかも躊躇せずにあっけなく射殺する映像が
繰り返し流されるとなれば、黒人の怒りに火がつくのも
分からないでもない。

 もともとつい最近まで正々堂々と人種差別を行ってきた国だから
むしろ今更、と思わくもないがずっとくすぶっていた
「人種差別問題」に対して米国内のあちこちで火の手が上がっている。
あののんびりしたハワイ、マウイ島のリゾートレストランでも
僕らに対して「イエロー」「ジャップ」という言葉を吐きかける
白人があったくらいなのだ。
この根は深い。

 被爆地に育った僕としても、もしも日本が白人の国であったら
決して原爆を使用しなかっただろう、という確信のようなものがあって、
彼らの心の底に根強く潜む人種差別を独り悲しむ。

 銃規制の問題、白人と黒人との対立、ヒスパニックやアジア系住民への
差別問題など、いよいよ「自由の国」米国がひそかに孕んでいる矛盾が
音を立ててあぶり出されつつある。

 また、大統領選挙を前に、人種差別を助長するトランプ氏の
発言が受けるとなれば、その辺りに米国人の本音と建前を
垣間見るようで、なんとも人々の調和は困難な様相だ。

 とまあ、人ごととして論ずるのは簡単だけれども、
ではわが国はと目を転ずれば他人のことは言えた義理ではない。
近隣国との根深いあつれきやら途上国への差別やら。

 同じ日本人同士にも差別や生活格差の問題もあって、
自由平等とは何か、と己が手の汚れを恥じ入るばかりだ。

 さて先の参議院選挙の投票率が54.7%。
これほど政治に興味がないとは、この国の民度が落ちた証か、
あるいはこれが平和の行き着く果てというものか。

 これでは「改憲」の国民投票を迎えた時、
この国の人々はきちんと正しいジャッジができるのだろうか、
と英国民の国民投票後の周章狼狽ぶりに暗然とする。

 そこへ面妖な東京都知事選だ。
ああ、頭痛い。

 

 さださんも悩むほど世界が混乱に陥っています。
ISのテロを始め、一昨日はドイツ南部ミュンヘンで起きた銃乱射事件で、
金曜日の夜に食事や買い物を楽しんでいた家族連れを含む無防備な人々が襲撃された。
又、バングラデシュの首都ダッカの飲食店で7名の日本人は殺害されてしまう。
もう何が起こるかわからないです。

 さださんが「被爆地に育った僕としても、もしも日本が白人の国であったら
決して原爆を使用しなかっただろう、という確信のようなものがあって、
彼らの心の底に根強く潜む人種差別を独り悲しむ。」と、書かれていましたが、
私もそう思います。
日本人が白人だったら、米国は原爆を落とさなかったと思います。


「ではわが国はと目を転ずれば他人のことは言えた義理ではない。
近隣国との根深いあつれきやら途上国への差別やら。」

 これも私の意識から抜けないです。
うちの母親たちが朝鮮の方を「チョンコロ?」と馬鹿にしていたので、
子供心に朝鮮の方を下に見るようになってしまいました。(苦笑)
会社の先輩で名字に「金」が付く人がいましたが、
俺は朝鮮人ではない!日本人だと力説していました。
 韓国ドラマを見てから朝鮮の方を下に見る傾向は無くなりました。(笑)

 アメリカはトランプが大統領になったりしたら、自国優先主義がまかり通るように
なるでしょう。
日本も対応に苦慮することになるでしょうね。
世の中 何が起こるかわからない時代に入りました。
さださんでないですが、頭が痛い!(苦笑)






君たちがいて僕がいた 舟木一夫 さん2
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何か寒々とした思いです。

2016-07-23 05:43:01 | 日記
 昨日の中日新聞に大橋巨泉さん「遺言」という題で先日亡くなった大橋巨泉さんを取り上げられていました。


 巨泉さんは最終回で自らの症状と薬で体調を崩したことを説明し、1994年に「内遊外歓」という題で
始まったこのコラムを続けるのが困難になったと報告した。
「今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が連日報道されている。
書きたい事は山ほどあるのだが、許して下さい」と読者に謝罪。
「しかしこのまま死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい」
として「安倍晋三(首相)の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に
一泡吹かせてください。七月の参院選挙、野党に投票して下さい。
最後のお願いです」と記した。

 この「遺言」をどう読むか。
週刊現代編集部は「読者の皆さんにお任せしたい」とだけ話す。

 「巨泉さんの世代は戦後、二度と戦争を起こしてはならないという強い思いから出発した。
彼らにとって現行憲法は心のよりどころとすべき規範なのに、今、安倍政権によって
急激に崩されつつある。
その憤りが最も激しい形で表現されている」と受け止めるのは、
月刊誌「創」の篠田博之編集長。
改憲勢力が三分の二を占めることになった今回の選挙結果を巨泉さんが知り得たか不明だが、
篠田さんは「さぞ無念だろう。永六輔さんなど戦争を知る世代が次々と亡くなる中、
本当にこれでいいのか。遺言は今の世代に対する警鐘だ」と語る。

 親交があった旧民主党の元衆院議員の手塚仁雄氏は巨泉さんについて
「『安倍首相は日本をどこへ連れていくつもりなのか』と危惧されていた」
と振り返る。
巨泉さんは2001年7月の参院選で旧民主党から出馬して当選したが、
安保政策で党執行部と対立して半年で辞職した。
それを批判する人もいたが、手塚氏は「平和憲法を守ろうとする強い思いから筋を通したのでしょう」
と巨泉さんを擁護する。

 かっての人気テレビ番組「11PM」の元プロデューサーで05年に結成された護憲派組織
「マスコミ9条の会」メンバーの仲築間卓蔵さん(84)は「巨泉さんは積極的に(会の)
呼びかけに加わってくれた」と振り返る。
「NHKは言うに及ばず、権力を批判するはずの民放でも、政権に批判的な報道番組の
キャスターを降板させた。「何をやってるんだ」との思いが強かったのではないか」
と巨泉さんの心中をおもんばかり「視聴者を楽しませつつ、社会性のあるトークができる
人はもう出てこないのでは」と残念がる。

 元放送作家の今村庸一・駿河台大教授(映像メディア論)は
「1980年代後半『ニュースステーション』など民放で新しいテレビジャーナリズムを
作る機運が生まれ、若手の論客が何人も登場した。
彼らはテレビで有名になると政治の世界に参入したが、何の成果も残さなかった」と指摘する。
巨泉さんもその一人として「参院議員として何もできなかった自分自身を、
誰よりも自覚していたのではないか」と分析し「遺言」をこう読み解く。

 「世界的に政治状況が複雑化し、民主主義が危機にひんしている。
だが、日本のテレビはいまだに娯楽と広告の呪縛から抜け出せず、政治・社会的に
必要な仕事をしていない・・・。
テレビの効果と限界を最もよく知る巨泉さんは、そう痛かったのではないか」


 以上です。


 私が大橋巨泉さんに一番感化されたのは、56歳でセミリタイアされたことです。
新しい生き方を提案されたことです。

「4月から5月は日本で過ごしている。ただし最近、5月はヨーロッパ旅行をすることが多くなった。
毎年とまで言わないが、3年に2回くらいである。その場合、春の日本は5月の連休までいて、
ゴールデンウィーク明けから、6月の10日くらいまでヨーロッパを旅することとなる。

6月から9月の半ばまでは、カナダで過ごす。夏のカナダは、とにかくすばらしい。飽きることがない。

そして、秋になると日本へ戻ってくる。といっても、9月の半ばから10月いっぱいまでだ。

11月には4週間ほどオーストラリアへ行き、12月から3月の初めまではニュージーランドの夏を満喫する。
3月にはまた3週間ほどオーストラリアへ行く。

そして春の訪れとともに日本へ戻ってくる。そうやって、一年が回っていく。
と記述されています。」


 いつも体に良い気候の場所で過ごす。
まさに優雅な生活です。
早めにセミリタイアをして人生を楽しむ。
これを最初に実践されたのは大橋巨泉さんなのでは。
真似できませんでしたが、真似したかったです。(笑)

 若い頃、日曜日の朝 大橋巨泉さんと今の奥様 浅野寿々子さんの音楽番組を
ラジオで放送していました。
毎週楽しみに聴いていました。

ところがこのおじさん、35歳の巨泉さんが当時21歳の奥様を誘惑して結婚してしまうんですね。(苦笑)
とんでもないおっさんだと思いました。(笑)
結婚47年、後3年で金婚式を迎えることができなかったのは残念だったでしょうね。


 永六輔さん、大橋巨泉さんと次から次へと護憲派の有名人が亡くなっています。
何か寒々とした思いです。







松山千春「恋」「旅立ち」「銀の雨」「季節の中で」「人生の空から」
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いつまでも女を捨てないで!(苦笑)

2016-07-22 04:39:14 | 日記
 先般 参議院選挙の投票に行った帰り、スーパーに向かいました。
いつものようにかみさんが車を運転して、私は助手席に座っていました。
前を見ていると、まるで元相撲取りの小錦のような体型をした50代ぐらいのおばさんが、自転車に乗っていました。
それもくわえタバコをして走っていました。
110キロはあると思える体重ですので、自転車も重くて悲鳴を上げているように思いました。
咥えタバコに地味な服装。
このおばさん、間違いなく女を捨てています。(苦笑)

車が自転車を通り過ぎる時顔を見ますと、私の住んでいる団地の住人でした。
私も80キロありますので、人のことをあれこれ言える立場ではないですが、
自分には甘く、人には厳しい性格ですので、
かみさんに「どうしたらあんなに太るんだろう?」、「食べだしたら、止まらないんだろうか?」
と言いましたら、
かみさんが「やはり食べているからでしょうね」と言いました。

 太った人の言い訳で「私は水だけでも太る」と言われますが、
やはり水だけでなく、食べているから太るのだと思います。

 最近は小錦のように太ったおばさんを見かけることが多いです。
咥えタバコで自転車、車に乗っている女性も多いです。
いやになります。(苦笑)










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