さそりのらびりんす~たわごと~

慢性膵炎持ちのあゆが気ままに書く、たわごと日記です。

ごあいさつ

ようこそ、いらっしゃいました。あゆと申します。
2005年に慢性膵炎を発症いたしました。
闘病記録に日々のあれこれ、趣味のこと。
たわごとに寝言、なんでもありの内容となっております。
時折現れる、さそりの毒にはご注意を。(^_-)-☆

慢性膵炎の経緯はこちら。重症急性膵炎の闘病記はこちら
過去の入院・検査記録はこちら。お薬の履歴はこちら
膵臓に関する記事は、あくまで素人の作った内容です。
間違いが含まれている可能性はありますので、あくまで自己責任ということで情報を利用してください。

ご意見のある方はayushirokun☆hotmail.comへ、☆を@に変えてメール送信してください。
当ブログのコメントは承認制になっています。

近況

2007年11月30日 19時09分30秒 | 重症急性膵炎
今日の回診で、ずっと点滴台に付いていたフェンタニルの自動注入ポンプが取り外されることになりました。
ここのところ一日一回ぐらいしか使ってなかったので、そろそろ感はありました。
が、その一回というのがいつも夜中で、痛くて目が覚めて使う・・・というパターンだったので、ちょっと不安です(^^;)
今後の痛み止めはボルタレン座薬です。
ブスコパン注射を頼んでおくべきだったかなぁ・・・

また、機械を外すとともに、病棟内歩行の許可も出ました。
許可というよりは「歩いたほうがいいよ」という助言に近かったけど(笑)

そして、飲み物指導もあり。
未だに、果物のジュースを飲むとお腹にずしっと堪えます。
先生によると、空腹時に酸っぱいものを飲むと吐き気が出るよと言われて、ベストは「お茶に砂糖を混ぜたもの」だと言われました。
日本茶に砂糖なんて気持ち悪いし(笑)、紅茶はカフェインが入ってるから、ハーブティーにハチミツ混ぜて飲んでます。
これだとあまりお腹に堪えないし、いい感じです。
また、飴も解禁になりました。
そろそろ絶食一ヶ月なので、食事再開に向けて準備着々といったところでしょうか。(^^)

昨日の血液検査の結果は以下のとおりです。
(異常値のみ)

赤血球341↓(基準値370~490)
ヘモグロビン10.6↓(10.7~15)
ヘマトクリット31.5↓(34.4~44)
血小板49.2↑(14~36)

ジュースを飲むようになったら貧血状態がかなり改善されました。
口からモノをとる、というのは大事なことなのですね。
血小板の値が高いのは炎症反応のひとつだそうです。

好酸球12.7↑(1~5)
リンパ球22.2↓(24~48)

GOT57↑(8~35)
GPT146↑(5~43)肝機能もかなり改善されてきました

尿酸1.9↓(2.5~6)
総コレステロール120↓(130~148)
CPK21↓(36~213)
2日前の検査では総タンパクやアルブミンも低値だったので、栄養状態も改善されてるようです。

アミラーゼ341↑(37~120)
アミラーゼは一日に30ずつしか下がらないことにしてるのか!?ってぐらいゆっくりですが、確実に下がってます。

多分週あけにまた採血が、そして来週にMRIがあります。
来週中には食事が始まりそうな感じです。

一般病棟編その2

2007年11月28日 10時11分59秒 | 重症急性膵炎
個室に移った日に風邪をひいてしまった私
自由さに浮かれてしゃべりすぎたのが原因?(笑)

主治医に「なんでこの環境で風邪を引くんや?」と不思議がられたけど、多分感染源は看護師さん
私担当の看護師さんがマスクをした翌日に、私の喉が痛くなったんだもの(^^;)

まだ水分禁のときに風邪をひいてしまったので、風邪薬は飲めず、のど飴は舐められず辛かったです(T_T)
あんまり咳がひどいので、咳どめだけ出してもらったけど、熱は8度ぐらいでるし、二日ぐらいウンウン唸ってました。

この熱は、風邪かカテーテルの感染症か、はたまた膵炎か!?という話になりましたが、結局ただの風邪だったようです。

さて、風邪が治まってきた22日にCT検査がありました。

検査結果ですが、結論を先にいうと思わしくなかったです。
腹水、胸水、膵臓の炎症はなくなったけど、膵頭部が大きくなったまま。
主治医によると、明らかに他のERCP後の急性膵炎の経緯とは異なるそうです。
急性膵炎の場合は腫れてた膵臓がしゅっと萎んで終わりになるそうで。

膵頭部だけ腫れが引かない原因としては、元々慢性膵炎があるからだろうと考えられるとか。
アミラーゼの下がりが非常にゆっくりなのも、普通の急性膵炎とは違うそう。
アミラーゼ1000の次の日に200、その翌日50、というような下がり方をするのが一般的な急性膵炎。
ところが私の場合は次のとおりでした。

    アミラーゼ  CRP
18日  825↑ 1.18↑
20日  657↑ 0.72↑
22日  578↑ 0.37  
26日  444↑ 0.09  

この通り、アミラーゼは一日に下がる量を決めてるのか!?思うぐらい、ゆっくりです。
主治医によると、ゆっくり経緯を見ていくしかないみたいで、いつ膵頭部の腫れが引くのかは、はっきりわからないそうです。

私は点滴をレミナロンをフサンに変えたら、数値の好転早いんじゃないかなぁと勝手に思ってました。

というのも、今まで経験から効果に雲泥の差があるからです。
薬価も雲泥の差だけど(笑)

だから、一昨日の回診時に主治医に思いきって言ってみました。

「先生、レミナロンよりフサンのほうが効くと思うんですけど?」と。
すると、びっくりするぐらいあっさり
主治医「フサンにしよっか」
と返事されたので、拍子抜け

主治医曰く、レミナロンにしていたのは、高カロリー点滴の中にカリウムが入ってるからで、フサンだとカリウムと喧嘩をしてしまうそうです。

レミナロンは高濃度(ブドウ糖500mlの中に500mg)で点滴していて、同じ濃度でフサンを使うとカリウムとあわないからダメだけど、低濃度にすれば大丈夫とのこと。

というわけで、無事フサンゲット
27日からフサンにかわりました。
ただ、今のところ、即効果は感じられません(^-^ゞ
次の血液検査待ちかな。

フサンの濃度を確かめたら500ml中に注射用フサン10が2本入ってました。
これは外来でしてもらってたものの倍の濃度です。
一日2本点滴するので、4本入るということですね。
レミナロンだと10本分になると思うんですが、レミナロン10本よりフサン4本のほうが薬価は高かったりする(^^;)

フサンは私にはよく効くし、静脈炎は起こさないし、これで数値が下がるスピードが早くなればいいんですが。

そして、CT検査当日、水解禁になりました。
それまでも薬を飲むための最低限の水だけは飲んでたので、水解禁になってもさほど変化は感じられなかったです。

でも、翌日に「ジュースを水で薄めて飲んでみて」とのお達しが!

ジュースの水割り!?そんなもの飲めるのぉ!?
しかし、主治医は「俺、結構やるんよ。おいしいよ」という・・・(笑)

なので、恐る恐る試してみました。
まずはポカリスウェットの水割りから。

お?意外といけるかも?

3週間も何も食べてないだけに、水割りでも結構味を感じられておいしかったです。

翌日は、ゆず茶、リンゴジュースを水割りしてみましたが、どれもそこそこ

でも、ポカリは大丈夫だったけど、リンゴジュースだとお腹にずしっと堪えます。
重苦しい・・・。
あまり無理はしないほうがいいと言われたので、ちょびちょびと飲んでます。
この分だと食事は来週以降かしら(^^;)

ただ、そろそろ食べないと、中心静脈カテーテルも3週間を越すし、感染症の心配が出てくるそうです。
食事ができるようになれば、カテーテル抜いてもらえるみたいです。

また、27日、シャワーが解禁に。
久々のシャワー、気持ち良かったです(^^)

思えば絶食して3週間以上、入院して一ヶ月です。

こんな長い入院は初めて。しかも、まだまだつづきそう(^^;)

昨日、近々MRIを撮りましょうと言われたのですが、今、検査が激混みらしく
「12月7日までのキャンセル待ちになったから」と、あっさり言われました。
10日後ですよ!!
さ、私はいつまで入院なのでしょうか(^^;)

一般病棟編その1

2007年11月27日 09時20分23秒 | 重症急性膵炎
ERCPから8日目、ICUを出て、一般病棟に戻りました。

入ったのはナースステーション横の部屋。
個室希望だったけど、満室だったので、仕方なく。

安静度は「ベッドに座るまで」と言われたけど、座った途端クラクラしてバタリ。
座ってられません。(*_*)
お腹もまだまだ痛く、ICUから一緒に連れてきた(笑)、ボタンを押すとフェンタニルが自動的に注入されるというものを、お守りのように握り締めてました。
痛いと思ったら使ってください、と言われてたので、結構使ってましたね。

実はこの薬が医療用麻薬だと知ったのは、これから数日後のこととなります。

ちなみに、私がICUに行くまでに使っていた痛み止めは、最初はペンタジンだったそうです。
しかし、ペンタジンが全く効かず、またペンタジンは使いすぎると中毒になるため、途中から塩酸ペチジンというものに変わったそうです。
塩酸ペチジンも看護師さんが「これ、点滴で入れるんですか?」と聞いたほどの半端ではない量だったそう。

ペンタジンといえば、副作用もきついけどかなり強力なものです。
それが、効かなかったなんて(^^;)
さらに、その上の痛み止めを大量に使ってたなんて。(^^;)

本当に痛かったんだなぁ・・・としみじみ。

一般病棟に戻ってきて、少し落ち着いたので、自分でお腹を触ってみると、素人でもあちこち堅くなってるのがわかりました。
私の膵臓、どうなってしまったんだろう(・・;)

さて。
フサンの動注療法で500台までアミラーゼが下がってましたが、動注をやめた途端、リバウンドしてしまいました。

点滴がフサンではなくレミナロン(FOYのジェネリック)に戻った影響もあるのかな。

このフサンの動注療法ですが、難病情報センターの「重症急性膵炎」によると、フサンの動注療法が効果的なのは発症後48時間以内らしいです。
私はERCP後48時間以内にはICUにいたので、それで目に見えて良くなったのでしょう(^-^)
動注が遅れてたら、どうなってたか・・・(^^;)

また、この動注療法は保険適用外らしいです。
だから、早く保健所に!と言われたわけですね。


一般病棟に戻ってきた翌日の血液検査の異常値は以下の通りでした。

赤血球351↓(基準値370~490)
ヘモグロビン10.6↓(10.7~15)
ヘマトクリット31.6↓(33.4~44)
血小板37.4↑(14~36)

白血球像
好酸球14.1↑(1~5)
リンパ球16.9↓(24~48)

GOT112↑(8~35)
GPT227↑(5~43)
ALP407↑(104~338)
LDH272↑(106~211)
γーGTP266↑(5~50)

血糖値121↑(70~110)
CRP5.64(0~0.50)
アミラーゼ911↑(30~120)

異常値だらけ。
即入院です!と言われそうな数値です。
肝機能が悪いとは聞いていたけど、実際に数値で見てびっくり。
基準値の3~5倍ばかりです。

これは、おそらく抗生剤のせいだろう・・・と言われ戻ってきた翌日から抗生剤がかわりました。

でも、抗生剤が変わったら、吐き気が。

吐き気がしたら言ってくださいと言われてたので、訴えてみたところ
「肝機能が悪くならない抗生剤は少ないので、先生が吐き気が出たら吐き気どめを使って、この抗生剤でいって、と言われてます」
と言われてしまいました。

吐き気訴える意味ないじゃん~(笑)
抗生剤代えたら肝機能数値下がったのは事実なので、こう言われる気はしたのよね・・・。
でも、もう、吐きたくないんです。
一生分吐いたと思うんですけど(T_T)

だから、吐き気どめを早め早めに使ってるうち、段々新しい抗生剤にも慣れてきたようで吐き気はマシになっていきました。

吐き気とともに私を悩ませたもの。
それは、頭痛です。
一般病棟に戻ってきた日からしてましたが、二日目からひどくなってきました。
普段、頭痛と縁のない人なので、頭痛には耐性がないのです。
ガンガンガンガン
痛いですぅ(;_;)

夕方、主治医に訴えたら
「ストレス性の頭痛やな」とのことだったので
「先生っ、過度のストレスがかかってますっ。」
と言ってしまいました。(^-^ゞ
というのも
「ICUから一度も安眠できてないんです」

そしたら、左手に入ってた点滴を抜いてくれて、二時間おきだった夜の血圧測定もなくなり、さらに頭痛を押さえる効果と安定剤のような効果もある座薬を処方して下さりました。

この座薬を使ったら嘘のように頭痛が治まりました。
ナースステーション横にいたのは丸3日間。
この間に体調は目に見えて良くなり、血液検査も少しずつよくなっていきました。

一日目、座った途端バタリ
二日目、なんとか座れる
三日目、どんなに座ってても大丈夫

といった具合に。

三日目の夜、翌日の土曜に希望を出していた個室が空いたと聞かされました。
あ~ようやく自由になれる~(^o^)

ナースステーション横の部屋は看護師さんがバタバタ煩いし、何よりいい加減尿管と縁を切りたかった(笑)

というのも、膵炎が良くなるとともに、腸がきゅるきゅる鳴りはじめてたのです。
でも、ベッドの上ではできません(爆)

看護師さんに「個室に移ったら尿管抜いても大丈夫と違うかな?」と言われたので、個室に移ることになった当日、主治医に直訴しました。
「個室に移るんで尿管抜いてください!」
尿量をちゃんと測ること、という条件付きで許可がでて、やった~でした。

また、同じ日、主治医がお腹を触診すると、堅かった部分が殆んどなくなっていたみたいで
「良かった良かった」と主治医も本当に嬉しそうでした。
痛みもずいぶんマシになり、吐き気もなくなり、いい感じです(^^)

その後、個室に移って、無事尿管を抜いてもらい、立とうとしたら・・・立てない!!
10日間寝てたら立てなくなるんですね。
びっくり(@_@)

でも、「クララが立った~」とか言いながら(笑)、何度か立つ練習をしていたら、ヨロヨロながら、立てるようになりました。

この土日は友達もお見舞いにきてくれて、私の元気さにびっくりしてました。
・・・が、ホッとしたのもつかの間、院内感染?で風邪をひいてしまったのです。
一進一退とは、このことかしら(*_*)

ICU生活~5泊6日~

2007年11月24日 12時26分29秒 | 重症急性膵炎
ERCPによる膵菅ステント挿入の3日目にICU送りになったワタシ・・・。
3日目である9日の記憶は激痛のせいで、かなり曖昧になっていて、元気になってから家族と確認して記憶を繋げました。(^^;)

まず、動脈カテーテルをいれてからICUに行くまでの記憶が飛んでます。
家族の話ではICUに到着したのが午後1時頃だったようです。

気が付いたらお腹の痛みがだいぶ治まって、上向きに寝かされてました。

膵炎持ちの方ならお分かりになるでしょうが、痛いときに上向きに寝るのはとても辛いことです。
なのに、上向きに寝ても平気・・・強い痛み止めが使われたということですね。

ICUの看護師さんに「ここでは痛いのは我慢しなくていいんですよ」
と言われ、すごくホッとしたのを覚えています。

実際に痛み止めとして使われたのは「フェンタニル」という、医療用麻薬
これが点滴で10分おきに持続的に投与されました。
後で来られた主治医に「痛いのを我慢しなくていいのが良いです」と一番に言ったほど、痛みからの解放が嬉しかったです。

しかし、嬉しいのはこれだけ。
ICUというところは恐ろしい所です。(^^;)

まず、動脈カテーテルが入っているため、絶対に足を動かしてはいけない。

当然、寝返りは打てず、クッション等で10度傾けるのが限界。

24時間電気がついていて明るく、ずーっと響き続けるモニター音・・・。

フサンの動注療法が5~7日間と言われたのは、姉がネットで調べたところによると
「意識のある人間が、動くなと言われて動かずにいられる限界が1週間」だからとか。
・・・これは主治医に確認はしてませんけどね。

従って、ほとんど意識朦朧だったICU初日と二日目は余裕で乗りきれたけど、二日目の夜あたりから、
いつまでこうしてなきゃいけないんだろう・・・早く出たい!と思いはじめました。
体は毎日楽になってるのに、精神的に追い詰められるのがICUです。
最後のあたりなど、物凄く狭いところに無理矢理寝かされてるような、軽い幻想に捕われてました。

尿管を入れられ、右足に動脈カテーテル。左手からも点滴。首には中心静脈カテーテル。胸に心電図、口に酸素マスク。
左手か右手か忘れたけど、指に酸素を測る機械、そして右腕に常に血圧測定器が巻かれてました。

さらに熱がずっと8度ぐらいあったため、頭に氷枕、脇にもアイスノン。
全身ガチガチです。
我ながら、よく我慢しました。

ICUでした治療
動脈カテーテルによるフサンと抗生物質の投与。
輸液の投与。
熱が8度になると、ロピオンの点滴。
持続で痛み止めの投与。

ICUでよく怒られたこと。(笑)

・動いちゃいけません
・酸素マスクをはずしちゃいけません

この二つです(笑)
動いてはいけないとわかってても、じっとしてると体が痛くて無意識に動かしてしまいます。
また、熱を下げるための点滴で汗だくになって、酸素マスクが鬱陶しくなって、つい外してしまうのです。(^^;)

また。
私にずっとつけられていたモニターでは
血圧が130ー80
脈拍100ちょっと
となってました。
そして酸素は酸素マスクを外すと測定不能になるほど。
だから、看護師さんがすっ飛んで来て「外すな」と怒られたわけです(^^;)

普段の血圧が90ー60ぐらいなので、異常事態。
酸素量が少ないのは胸水がたまっていて呼吸が苦しかったからです。

さて。
フサンの動脈療法を初めて半日たった翌朝の採血。
なんとアミラーゼが半減し2000台になってました。
一晩で倍に増えたものが、一晩で元通りになったのです。
フサンって凄い!
前々から点滴でも効果を即感じられてたので、私によく効く薬でもあったのでしょう。

ただ、半減したこの日も意識はまだ朦朧。
面会に家族が来ているのに、話しながら寝てしまってました。

ところが、この日の私は顔色がまっ黄色だったそうで、医療系の姉は
「黄疸!?膵臓から肝臓に炎症が移った!?多臓器不全!?危篤では!?」と思ったらしいです。

急性膵炎って顔が黄色くなるものだと後で知って、なーんだ、だったらしいですけど。

母は前日のICU送りあたりから線がプッツン切れてしまい、「あの子、死んでしまう~」と泣いてたそうな。

そして、仕事で韓国に出張にいってた弟は、ネットで『重症急性膵炎』を調べたら、大変なことが書いてあったので、こりゃヤバイ、と帰国即帰省する始末。

当人は家族の大騒ぎなど露知らず、寝てましたがね。(^^;)

ICU3日目の11日。
実はこの日、私の○○回目(笑)の誕生日でした。
ERCPによる重症急性膵炎を引き当てたのも凄いけど、誕生日がICUってのも凄いかも。

これを誰に言う!?
主治医しかいません。(笑)
「せんせっ、私、今日誕生日なんですよ~」
「えらい誕生日になってしまったなぁ」
といつものようにサワヤカに答えつつ、「今日、夜は来れないんよ、悪いけど」と謝られました。
この日は日曜。
最近は日曜は休むことにしてるのに、重症患者がいるから来られたんですね。

ERCPで重症急性膵炎になってしまったけど、主治医への信頼は揺らいでおりません。
今も大好きです(笑)

そして誕生日記念(笑)
採血でアミラーゼがまた半減。1000台に落ちました。
毎日半減。凄いです。
だから、誕生日のこの日あたりから意識もはっきりしてきて、暇を持て余すようになってきました。

テレビは用意してくれたけど、私はテレビより誰かとしゃべりたい人です。
でも、重病人だらけのICUでは、看護師さんもただの話し相手になる暇はありません。
う~口がくさる~(爆)
そんなもので、しゃべれる人=面会人がくると、待ってました!
この日面会にきた弟が「あれだけしゃべれたら大丈夫」と言って帰ったそうな(笑)


翌12日の採血。
ICU4日目です。
アミラーゼ更に半減。600台にまで落ちました。
こんなに早く良くなるなんて・・・とお医者様を驚かせました。
私の生命力はシベリア抑留で生き残った母方の血のおかげだったのかしら。

主治医にこれだけ数値が良くなっているなら明日CTを撮ってみて、予定より1日早く切り上げて一般病棟に戻りましょう、と言われました。

わーい、帰れる~
しゃべれる~(爆)

13日に行ったCT。
造影剤、気持ちわるっ(*_*)
ICUに戻った途端、久しぶりにゲーゲー吐いちゃいました。
多量の嘔吐で持参の枕に着ていたねまきパジャマも汚れ、更にERCPの時から肌身離さず身につけていたお伊勢さんのお守りが、オダブツに(^^;)

ある意味、お守りの役目を果たし終わったということでしょう。

CTの結果は上々でした。
特筆すべきは、4日間の動注療法で膵臓全体が小さくなっていたこと!です。

慢性膵炎で肥大していた膵臓が小さくなる。
こんなことあるんですね。
主治医もびっくりでした。
ただ、先生が私を一般病棟に戻そうとしたこの日は病棟満床。
泣く泣くICUにもう一泊することに。


夕方になって、動脈カテーテルを抜くことになりました。

抜くの痛いんですか?と聞いたら、チクチクする程度だとのことで一安心。

まず、主治医が私の足に貼ってあるテープを遠慮なくバリバリ剥がしました。
イタタッ

「先生っ、これが一番痛いんじゃないんですか?」

「女性はどーってことないの。男の人は大変なんだから」

・・・膝と足のつけ根に大きなテープです。

毛深い人はそりゃ・・・大変ですわね(^^;)

さて。
いざ、カテーテルを抜くという段階になると、担当医に変わりました。

え~!?主治医じゃないの!?
私の体で実習するなっ

・・・と思ったけど。
入院してから色々とお世話になったことだし、先生も上手にならなきゃいけないことだし・・・とさせてあげることにしました(笑)
糸をはずすのがチクチクと痛い。
いざ、抜く段階になったら主治医が横にたって実地指導。
実習ですよ(^^;)
抜いた後、動脈カテーテルは20分止血です。

じーっと立ってる担当医。
大変だなぁ。
主治医は途中覗きにきて、「そんな止血してたら、ダメ。足の色が変わってるでしょ。血栓が出来てしまう」
とまたまた指導です。

無事、カテーテルは抜きましたが、抜いた後も出血防止のために4時間は動かないように、と言われました。

まだ、動いてはダメですか(^^;)

でも、この日はフサンの動注をやめたせいか、母が面会に来てる時に、気分悪っ・・・と吐きそうになり、思わず体をひっくり帰してしまいました。

そしたら、看護師さんがすっとんできて
「何してるの!まだ動いちゃいけません。肝臓から出血したら大変なことになるんだから」

と、えらく怒られました(^^;)

私は気分が悪かっただけなんだってばぁ・・・

ああ、早く帰りたい・・・
うつろ~になったまま、最後のICUの夜は更けていきました。

ERCPからICUまで

2007年11月22日 09時24分47秒 | 重症急性膵炎
ようやく落ち着いてきたので、
今回の経緯を書いておきたいと思います。
まず初回はICUに入るまでのお話です。

11月7日(水)、午後からERCPを施行しました。
検査前の説明では、おそらく十二指腸乳頭括約筋機能異常(不全)が
私の膵炎の原因であろうと考えられるので
ERCPをして、十二指腸乳頭括約筋を切り開き、膵菅にステントといわれる管を挿入し、
膵液の流れを良くすることで、度重なっている膵炎の発作を押さえる・・・ということでした。
しかし、いざERCPをしてみると、
十二指腸乳頭の機能に全く問題はなかったそうです。
胆嚢摘出の影響で胆管が大きくなっており、
膵菅と重なるような感じになって膵液の流れが悪くなっているようなので、リスクの高い膵菅口ではなく、胆管の方を切開。
また、造影剤を流し入れると膵菅の中に滞留する=膵液の流れが悪いので、
ステントも挿入しました。
主治医によると、当初は一ヶ月後ぐらいに再度ERCPをして、
ステントを抜去する予定だったそうです。

話は少し戻ります。
前日の看護師さんの話では
「爆睡できる薬(安定剤&鎮痛剤)が用意されている」
とのことで安心してたのに、検査中の意識は思いっきりありました。(T_T)
最初に喉の麻酔をされたので、
『えっ!?これって胃カメラと一緒じゃあ!?』と不安がよぎりました。

案の定、喉の麻酔を終え、
ERCPの機械を喉から入れられるのは、胃カメラと全く同じ。

あの~私、意識あるんですけどっ

胃カメラの倍ほどある機械をオエオエといいながら飲み込み、
下向きに寝かされても意識がまだあり。
おかげで主治医の
『十二指腸乳頭は問題ないなぁ・・・』
と仰った言葉まで、はっきりと記憶があります。

この後、強烈な嘔吐反応が出て、主治医が薬足して!と指示をだしたので、
おかげさまでその後は検査終わるまで記憶は飛びました。

でも、途中まであれだけ意識あったら、
強烈な安定剤の意味なしだ(^^;)

検査後、ぐったりしながら個室へ。

説明を聞いていた家族からステントを入れたことを聞かされてがっくり。
だって、ステントを入れるということは、またERCPをしなくちゃいけないってことだもの(*_*)

検査後、既にお腹が痛かったけど、
この時はERCP後はこんなものかなぁと思ってました。
しかし、義妹は
『びっくりするぐらい顔色が悪かったから心配になった』
と後で言ってました。

検査後の血液検査の結果が出るまではベッド上安静、
とのことだったので待機。
3時間後の血液検査でアミラーゼが300と高く出たために、
引き続きベッド上安静を言い渡され、トイレも自力で行かないよう言われました。

そして、この日の夕方あたりから地獄が始まりました・・・。

のたうちまわるほどの激痛に強烈な吐き気。
食べてないので出るのは緑色の胆汁ばかり。
おかげでICUに入るまでの記憶が緑色です。←笑い事ではない(^^;)

痛みどめは4時間おきにしか使って貰えないのに、
痛みどめが持つのは2時間。
だから、残り2時間がずっと地獄でした。

夜中吐き続け、翌朝の採血。
この段階でアミラーゼは2900、白血球は12000でした。
一晩でアミラーゼが10倍です(@_@)
この結果を受けて、この日の午前中に、動脈採血を経験。
主治医の腕はさすがプロ!でした。
一瞬にして動脈に突き刺し、痛みなし。

そして、この日の夕方のこと。
主治医がいらっしゃって、前日の検査後のレントゲン写真を使いながら、
ステント挿入の説明をしました。
そして、私の急性膵炎を起こしてる原因は、
ステントしか考えられないので、
『今からステントを抜去します』とのこと。

今から!?(@_@)
またERCPですか!?
カンベンしてください。(T_T)

私『・・・先生、寝かせてくれなきゃ、やらない!』
理性のきかなくなった私は思わず叫びました(笑)
主治医『はい。眠ってやりましょうね』

というわけで、二日連続のERCPとなったのでした。

二日連続のERCPもカメラ挿入時は意識あり。
先生の嘘つき~(T_T)

胆汁吐きながら飲み込んだような感じで、
すごい苦しかったです。

それでも飲み込んだ頃には記憶がなくなり、無事ステント抜去。

・・・と、ここまでの経緯を書いてると
主治医がヤブかと思われそうですが、
主治医の名誉のために否定しておきます。

若い膵炎持ちの女性はリスクが高いというのもありますが、
私の体が異物に過剰反応をするのが一番の原因だったようです。
中心静脈カテーテルの時も異物に違和感感じて「胸が苦しい!」「息が出来ない!」となりましたから。

事実、良くなってから担当の看護師さんに話を聞いてみると、
彼女の勤務した4年間でERCPが原因でICU送りになったのは私が初めてだったらしいです。
他の病院から搬送されてくるか、あるいはアルコール性のひどい膵炎の人がとうとうICUへ、
というのが主なパターンだそう。

ERCPによる重症急性膵炎は10000分の1の確率とあったので、
主治医だって重症急性膵炎になった患者は初めてだったかも。
それに、重症急性膵炎の原因はERCPというより「ステント」
おそるべし、「ステント」です。


二度目のERCPの後も一晩中激痛と吐き気との戦いでした。
そして、この日あたりから、自分のお腹がぽっこり膨らんでるのを感じはじめました。
・・・腹水が溜りはじめてたんですね・・・

さて、翌朝。ERCPから3日目の採血です。
アミラーゼは4779、白血球12800、CRPは8.06になってました。
一晩でさらに倍!です。

朝の回診ではお腹に少し触れるだけで痛くて、
主治医が「え?これで痛いの?」と驚くほどでした。
そして、この日の午前中・・・おそらく10時ごろのこと。
痛みどめが効いてる時間帯のはずなのに、
突然左胸と背中に電気が走ってるような強い痛みに襲われ
ナースコールしました。

主治医は内視鏡検査中のため、代わりに担当医がいらして
「痛い!息ができない!」と叫ぶ私に
「すぐにCTを撮りましょう」ということになりました。

CT検査の後、主治医が来られて

腹水と胸水が溜っていることと、
腹膜が炎症を起こしていることを告げられた上で
「重症急性膵炎と認定されました。
ICUに移って、フサンの動注療法を受けて頂きます」
と告げられました。

重症急性膵炎!?
既に意識朦朧としかけていた私は、
ああ、そうですか、という感覚でした。

重症急性膵炎には軽症、中症、重症とあり、
重症の中でも更に1、2、3と分かれているそうですが、私は「重症度1」だったそうです。

こういう時、本人より家族のほうが大変。
付き添っていた母は、
「部屋を片付けてください。」
「ICU入室のための荷物、浴衣を用意してください。」
「重症急性膵炎ですから、公費負担になりますので今日中に保健所にいってください。」
さらに。
「ここ(=動脈カテーテルをしている場所)から離れないでください」
、と言われて、どうしたらいいの~?だったそう。

これまた二日目の夜の私の付き添いのために会社を休んでくれて、
自宅に帰っていた姉になかなか連絡がとれなくて困ったそうです。

主治医の説明の後、すぐに動脈カテーテルを入れる処置に入りました。

動注療法とは足の付け根の動脈にカテーテルをいれ、
腹部大動脈→上腸間膜動脈まで持っていき、そこでフサンと抗生剤を撒く、というもの。

動脈カテーテルはひとつ間違えると命に関わるらしく、
主治医、担当医、放射線科のDr、看護師さんに見守られた中でのことでした。

この時の放射線科の先生も凄かったです。
意識朦朧としてたけど、それはわかりました。
「ちょっと痛いですよ」と言われたけど、痛みはなく、あっという間に終了。
あとで聞いたら「プロ中のプロ」の先生だったそうです。

そして、このあとICUへと行くことになりました。

さて、これもまた看護師さんから聞いた話。

この日の前日、主治医は
「明日、重症度測定やってみて、該当したらICUに行って貰うかなぁ・・・」
と呟いていたらしいです。

彼女は「ICU!?マジっすか!?」と思ったとか。
私が実際にICU送りになったこの日は彼女は休みで、
食事会で私のICU送りを聞いたそう。
というか、看護師さんの食事会の話題になるぐらい
ICU送りは衝撃だったらしいです。

続きます・・・

近況報告

2007年11月17日 15時03分48秒 | 重症急性膵炎
ほんの少しだけ今回の経緯を書いてますが、当然もっと色々とあります。
ただ、携帯画面を長時間見てると気分が悪くなってしまうので、なかなかアップできずにいます。
入院は11月中は堅そうだし、折りをみて少しずつアップしていこうと思います。
今日、かねてより念願だった個室に移れたし、それを期に尿管を抜いて貰ってすっきりです。
ただ、10日も寝たきりだったので、立つとフラフラ。
トイレ行くのが大変です(笑)
でも、確実に毎日良くなってるので、頑張ります

簡単にご報告

2007年11月14日 20時09分15秒 | 重症急性膵炎
7日にERCPをした後、重症急性膵炎を発症し、ICU送りになってました。
アミラーゼは最高で4900を越え、腹水に胸水、腹膜の炎症。肝機能は軒並み基準値の10倍から20倍近く
吐き気に強烈な腹痛・・・フサンの動注をいたしました。
主治医にも『あぶないところだったね』と言われましたが、母方の祖父ゆずりの生命力でメキメキ回復し、今日一般病棟に戻ってきました。
まだ、フラフラで座る事すら出来ない状態なので、また詳しく状況を書く予定です。
ひとまず、連絡まで。

ERCP

2007年11月07日 10時46分16秒 | 重症急性膵炎
午後からいよいよERCP+膵管口切開です。

中心静脈カテーテルでとんでもない目にあったので
(医者の腕が悪かっただけですが)
昨日の回診の時に「麻酔が効きにくいんです」
とお伝えしました。

これは事実です
子供の頃、骨折の手術の部分麻酔が効かなくて泣き叫んだ記憶あり(^^;)

そしたら、朝の担当の看護師さんが
「すごいの用意されてたよ。あれなら爆睡やわ」
という、鎮静剤が用意されたようです。
良かったぁ
これで一安心。
主治医の腕に心配はいらないので、合併症は心配してません。
切るだけに痛いかな?と思うだけ。

なんとなく、中心静脈カテーテルより楽勝な気がしてます(笑)

一応、今日から数日間個室に移ることになりました。
今、個室待ちが凄いみたいなんですが、
中心静脈カテーテルの関係で私があまりに体調が悪かったので、優先していただいたみたいです。

検査は午後から

これで、痛みとオサラバできますように!

いってきます!

中心静脈カテーテル

2007年11月06日 11時36分00秒 | 重症急性膵炎
入院8日目となりました。
今回、点滴漏れがひどく、留置針を入れても一日も持ちません。
看護師さんの腕の問題もあるけど、レミナロン(FOY)は血管壁を痛めつけるので、漏れてなくても静脈炎を起こすのです。

先日の主治医の説明の日のこと。
まだ入院して5日目なのに、ベテラン看護師さんでもなかなか入らず、ルート確保に一時間。
既に色んな血管が腫れてるから使えるのを探せないんですね。

それを見ていた主治医から、中心静脈カテーテル挿入を提案されて、同意書を渡されてしまいました。^^;;
ERCP後は1週間ほど絶飲食かもしれないから、遅かれ早かれしなきゃいけないものといえるのかな。

さて。
中心静脈カテーテルとは、局所麻酔をして首筋の静脈から心臓近くの大静脈にカテーテルを入れる!というものです。
これの最大のメリットは高カロリー点滴ができるので、長期間の絶食に耐えられること。

というわけで、昨日することになったわけですが・・・。

結論からいうと、麻酔が効かなくてめちゃくちゃ痛かったです(T_T)

中心静脈カテーテルは私の主治医がされることもあるそうですが、今回はICUの麻酔科の先生がしてくださるとのことで安心してました。

ところが、登場したのが若い女の先生。
つい大丈夫?と不安に思ったのが、痛さに拍車を掛けたかもしれません。

「麻酔の注射が痛いだけ」と聞いてたのに、全然違う!!
嘘つき~

麻酔は蚊がとまってる程度で、痛くも痒くもなかったです。
これなら楽勝?と思ったら甘かった。

「じゃ、入れますよ~痛かったら言って下さいね」

と、カテーテルの針を刺された瞬間
痛い~
痛いっ

叫びました。

これは無理かと思われたようで、一旦休憩。
麻酔を足して再度トライすることに。

「痛かったら言って下さいね」
と、再びブスリ

痛い~
痛いってば~

ここでまた、麻酔を足しました。
三度目の正直で、なんとか入りました。

泣くつもりなんかないのに、涙がぼろぼろ出てきます。
その後更に麻酔を足して、刺したところと皮膚を縫いあわせていくことになりました。

「ここ痛いですか?」と何かでつつくたび痛い(^^;)
「痛いです」を10回は繰り返した私。

そのたび麻酔を足すことに。

さて。
悪いのは麻酔の効きにくい私の体か、麻酔医の腕か、どっちでしょう!?(笑)

終わったらぐったり。
なのに、麻酔医に
「検査、大変ですが頑張って下さいね」
と言われてしまいました。
・・・これより大変なの、耐えられません

でも、ERCPは主治医を信頼してるから大丈夫かなぁ・・・。

(つまり、麻酔医は・・・?)

この中心静脈カテーテル事件には続きがあります。

昨夜の7時前ぐらいに急に胸が苦しくなりました。
ナースコールしたら、看護師さんに担当医もきてバタバタ。

心電図取ったり、酸素測ったり。

実はカテーテル入れた時から胸にちょっと違和感があったのです。

押したら痛いのですが、心電図は大丈夫だし、
胸の音も問題ないから、心臓には問題なさそうとのこと。
それで、痛みどめ(ロキソニン)で様子を見ましょうということになり、
飲んだら一時は治まりました。

ところが、消灯後にまた胸が苦しくなって、
また担当医に来てもらいました。
もしかして、カテーテルの先が当たってるのでは?ということになり、
夜中に車イスで救急外来までいってレントゲンとったけど異常なし。
先生に
「カテーテルは体内に異物が入ってるわけだから、
違和感訴える人が時々いる。多分なれてくるよ」
と言われて、安定剤と痛みどめの座薬貰ったらなんとか眠れました。
でも、朝起きたらまた痛い。
再び座薬追加。

主治医が朝の回診にきた時に「胸が痛くて苦しい」って訴えたところ、
「そんなところまでカテーテル入ってないよ。カテーテルの影響というより、高カロリー点滴の影響じゃないかな」
って言われました。

思えば処置終ったのは二時過ぎだったのに、そのときは痛くなくて、高カロリー点滴始まったのが夕方。
だから、これが正しいのかも。

それにしても、たかがカテーテル、されどカテーテル。
色んな不測事態が起こります。

明日はいよいよERCPです。

カテーテルが予想外に大変だったので、不安が募ってます・・・

主治医の説明

2007年11月03日 16時46分46秒 | 重症急性膵炎
午前中に主治医からERCPについての説明がありました。

まず、腹痛の原因について。
これは、3年前の膵炎疑惑発生時の検査で色々やった結果、膵臓以外は除外されている。

アミラーゼ、リパーゼ、エラスターゼ1の上昇があり、画像上は膵炎の所見(繊維化、石灰化、膵菅の蛇行)はないが、膵臓が肥大・・・腫れていることは確認できる。
このことから、腹痛の原因は膵炎としか考えられない。

次に膵炎の原因について。
膵炎の原因にはアルコール性、胆石性もあるけれども、女性の膵炎は原因不明であるものが一番多い。
しかし、最近原因不明と言われてきたものの中で、以下のもの等が原因にあることがわかってきた。

1)免疫性→検査結果では可能性は薄い
2)遺伝性→なし
3)十二指腸乳頭憩室→胃カメラで否定
4)十二指腸乳頭括約筋機能異常→この可能性が考えられる

そのため、ERCPをして、十二指腸乳頭括約筋を切り開き、膵菅にステントといわれる管を挿入し、膵液の流れを良くすることで、度重なっている膵炎の発作を防止しようという狙いがあるとのこと。

ERCPはリスクが高いと言われてますが、主治医はERCPだけなら週に2、3回やってるらしくて、お手の物のようです。
ただ、膵石除去はよくあるそうですが、今回私がやろうとしている処置は珍しいそうです。

リスクとしては急性膵炎と十二指腸尖孔があり、私のように既に膵炎持ち、且つ若い(笑)女性の場合は急性膵炎のリスクが高まるそう。
更に、ごくごく稀に重症急性膵炎になって、ICU送りになることがあり(確率0.01%)、ICUでも救命できずに死亡することもありうる。
また、何事もなく手技が成功しても、痛みが必ずしも取れる保証はない。
そして、膵菅ステントは1~3ヶ月ごとに入れ換える必要がある、と言われました。

リスクはあっても、痛みから解放される可能性があるならやってください、ということでお願いしました。
食べられない、眠れない。
こんな生活はもうイヤだもの(T_T)

そして、説明の際にずーっと気になっていたことを尋ねてみました。

「胆嚢の除去をしたから膵炎になったということはないのでしょうか?」と。

そしたら、
「子供の頃から胆石があったのであれば、その胆石の原因に十二指腸乳頭括約筋機能異常があったと考えられる」
との回答を頂きました。

記憶にある限りでは、小学校の高学年の頃には既に軽い胆石発作を経験しています。

本当に子供の頃からお腹が痛かったから納得しました。

あと、一番心配だった「意識のある状態で検査するのか!?」ということについては
昔は安定剤だけだったらしいけどあまりに不評で(当たり前だ(--;))、二度とやりたくない!と言う人が続出したため、今は鎮痛剤も使うことになって、検査中の記憶はほとんどないそうです。
良かったぁ、一安心です(^_^;)

ところで。
先ほど姉に聞いたところによると、主治医の説明を聞いた後の帰りの車の中で、母親は涙目だったらしいです。

検査の心配と思いきや、そうではなく、
「子供のうち二人も先天異常があるなんて、私が悪いんやろか」
と、ひどく落ち込んでいたそう。

実は、弟も心臓に先天異常があって、子供の時に手術してるのです。
今は元気で問題なし、ですが。

おかーさん
悪いのはおかーさんじゃないよ。
おとーさんの血です(笑)
だって母方は無病息災の家系で、父方に胆嚢癌の祖母がいるんだもの~。
でも、母親というのは、自分のせいだと思ってしまうのかな。

実際のところは、おとーさんのせいでも、おかーさんのせいでもないと思うよ~。
たまたま、私がそれに当たっただけ。
これで元気になるから、気にしないでね。(^^)


写真は今朝、病室の窓から見た朝日です。
綺麗でした~(*^^*)