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さそりのらびりんす~たわごと~

慢性膵炎持ちのあゆが気ままに書く、たわごと日記です。

ごあいさつ

ようこそ、いらっしゃいました。あゆと申します。
2005年に慢性膵炎を発症いたしました。
闘病記録に日々のあれこれ、趣味のこと。
たわごとに寝言、なんでもありの内容となっております。
時折現れる、さそりの毒にはご注意を。(^_-)-☆

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膵臓に関する記事は、あくまで素人の作った内容です。
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相変わらずバタバタ

2025年03月23日 17時37分34秒 | たわごと

相変わらずバタバタの日々を送っております。

先月の下旬、母が緊急入院しました。

昼に私が仕事に行く時には元気だったのに、

夜に帰ってくると、『寒い寒い』と言いながらぐったりしていたため、

救急車でいつもの病院へ。

 

朝は平熱、夜7時には38度、病院到着時には39度超え。

風邪はひいてなかったのに急な高熱だったため、

コロナかインフルかと思いました。

・・・が、どちらもマイナスで、CTを取ると肺炎です、と。

風邪もひいてないのに肺炎になることがあるのか⁉️

年寄りはよくわかりません。

 

『入院ですね。』

と救急担当医言われて、抗生剤の点滴が始まりました。

点滴が始まってまもなく『暑い』と言い出し、

熱が下がってきているようでした。

ところが、病棟に上がるのを待っている間に

母がつけている機械から、ピコーンピコーンと警告音が鳴り始めました。

血圧が下がっていたのです。

80-40ぐらい。

 

でも、熱が下がって楽になってるみたいなのになぁ?

と思いながら、母を見直したら、大問題を発見。

母はセーターの上から分厚いカーディガンを着て病院に行きましたが、

そのカーディガンの上から血圧を測ってました。

看護師&臨床検査技師の姉と

「アレで正解な血圧測れるのか?」

「知らん😩」

 

いやいや、どう考えても、正解じゃないだろう。

と思うのに、救急スタッフたちは深刻になり、

姉と私は救急担当医に呼び出されました。

 

曰く。

血圧が下がってますが、昇圧剤を使いますか?

でも、昇圧剤を使ったところで先に未来があるわけでもないし、

本人が苦しいだけですよ。

使わないほうが楽に逝けますよ。

もう十分頑張られましたし。

 

と言われ、昇圧剤を使わないことを了承させられました。

 

母は本当に危篤なのか?

どうみても、そうは思えない娘二人。

(一年半ぶり2回目の経験)

 

深夜2時ごろにようやく病棟に運ばれ、

呼び出しがあるかもしれない、と言われて帰宅しました。

 

本当にやばい血圧なのか?

我が家の母系は家系的に血圧が低く、

私も入院中は85-50とかはよくありました。

低い血圧が熱で少し下がり、

カーディガンが正しく測れてないだけでは?

うーん。

 

翌朝。

大丈夫なのかしら、と心配していたら

母から思いの外元気な声で電話が掛かってきました。

朝食は完食したと。

座ってご飯を食べていたら、昨夜の救急担当医が現れ、

『うわ、元気になってる?😐』

とびっくりしていたそうです。😆

先生はそろそろご臨終かと予想しながら来られたのでしょう、多分。

 

原発性胆汁性肝硬変を30年患い、

多発性骨髄腫が発覚してからでも10年以上、

そんな高齢患者が肺炎で血圧下がったら、

普通はそのまま逝くと思いますよね。

残念ながら、母には常識は通じない。

加えて、カーディガン上からの血圧。(笑)

 

シベリア帰りの祖父も102歳か103歳のときに心不全になり、

入院計画書に

『看取りのため。入院期間、2、3日』

と書かれたことがありますが、治療なしで自力で回復し、

生きて退院しました。

さすがは、あの祖父の娘。

 

その後、多発性骨髄腫の抗がん剤治療を経て、

無事に家に帰ってきました。

 

生還したとはいえ、だいぶ弱ってはいるのですが、

ここから先は全部ボーナスステージ。

楽しいことだけして生きてほしいものです。

 

そんなこんなで、家はバタバタ、推し活も仕事も忙しく、

相変わらず慌ただしい日々を送っております。