3月15日に卒業式(学位授与式)が挙行されました。今年度のうちのゼミ4年生4名も無事卒業しました。卒業に当たり,卒業生には,読むべき本を紹介します。
鹿島茂『小林一三 :日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 』(中央公論新社,2018年)は,商学部でマーケティングを学んだ卒業生ならば必読の書です。昨年末の発売以来話題になっています。500頁を超える大著で,読破するには少し骨が折れるかもしれませんが,読んで損はなし,むしろ読まないと恥をかくことになるかもしれない。それ程商学部卒業生には重要だと思います。
小林一三は阪急電鉄の創業者です。さらには,それを中心に,阪急百貨店,宝塚歌劇団,東宝,第一ホテルなどを創業しました。鉄道輸送業,不動産業,小売業,エンターテイメント業,ホテル業など人の生活を包み込む多岐にわたる事業を展開し,現在の阪急阪神東宝グループの基礎を作り上げました。本書は小林一三の評伝です。小林一三評伝の決定版と指摘する声もあります。
本書は,評伝らしく,まず生い立ちから始まり,銀行員として勤める若い時代の小林さんを描いています。小林さんは大手の銀行を辞めて,先輩につきしたがい,大阪の新しい銀行で活躍の場を得ようとしましたが,それに失敗し,しかたなく鉄道業に関わるようになります。なりゆきで関わった鉄道業ですが,将来性を感じ,箕面有馬電気軌道(後の阪急電鉄)設立に関わり,実質的に経営者になり,その発展に尽くします。大阪梅田から宝塚に延びる箕面有馬電気軌道は,当時は何もない田園を走る路線でした。乗客を増やすためにとった小林さんの秘策が,沿線に宅地を造成して,そこに住民を誘致することでした。当時大都市大阪で急増していた中流階級を吸収するというのです。鉄道の敷設と並行して宅地造成を進めます。しかも当時珍しかった長期住宅ローンで宅地を売出しました。今では電鉄会社にとって当たり前のビジネスモデルですが,これを編み出したのが小林さんです。まさに経営イノベーターです。
その後,沿線住民の利便性向上と,乗車率向上のために,ターミナルに劇場や百貨店を設立します。これらも当時は画期的な経営イノベーションでした。経営イノベーションの数々について,詳しくは,本書を読んで欲しいと思います。
小林一三の評伝は数多く出版されています。その中で,本書が抜きんでているのが,内容の網羅性と一貫した視点です。本書は小林さんが関わった様々な事業に加え,晩年関わった政治(商工大臣,今の経済産業大臣を務めた)についても,その背景を含めて詳しく記述しています。小林さんの政治思想にも触れています。また,小林さんが事業を展開するにあたって,当時勃興しつつあった中流階級に焦点を当てていたこと,その中流階級ファミリーの文化の向上を常に考えていたこと,中流階級中心に大衆にすべからく商品を提供するため安価の実現に尽くしたことなど繰り返し描いています。そして,小林さんは人口学的発想を持っていたという視点が本書を貫き、それら記述を総括しています。
私が小林一三を最初に知ったのは,高校生のころ,父親からソーライスの逸話を聞いた時でした。昭和初期,梅田の阪急百貨店の食堂では,カレーライスを食べることができない貧しい学生たちが,ライスだけ頼んで,そこにウスターソースをじゃぶじゃぶかけて,ソーライスと称して食べていた。食堂の支配人は,それを迷惑がり,ライスだけの注文を禁止し,貧しい若者客を締め出そうとした。それを知った小林さんは,「彼らはいつまでも貧しい若者ではない。いずれ職を得て,家族を持ったならば,ここで楽しく過ごしたことを思い出し,家族ともども阪急に戻ってきてくれる」と言って,支配人を叱った。そして,ソーライス歓迎として,小林さん自らが顧客に給仕したという逸話。小林一三はすごい経営者だと父親は私に強調しました。
その話を聞いた当初は,関西を代表する豊かさの象徴阪急百貨店と貧しいライスとの対比が興味深く,滑稽な話として記憶に残りました。しかし,大学教員になって,それを思い出した時,数十年という時間軸で経営を考え,それに基づいて営業活動の隅々に目を凝らす経営姿勢のすごさに思い至りました。そして,いま本書を読んで,まさにこれが人口学的発想を持つ経営イノベーターの姿勢であると感じ入りました。
この先,日本では人口減少が著しくなります。少子高齢社会の進行は止まりません。社会的格差も止まないかもしれず,1人当たりの国民所得も向上しないかもしれません。卒業生がそんな社会に活躍の場を求めるならば,人口学的発想が必要になるでしょう。もちろんそれは小林一三の時代とは違った人口動態に基づいた発想です。卒業生には,まずは,本書を読み,人口学的な経営発想とは何かを掴み,つぎに自分たちが生きていく時代の人口動態から考えて,いかなる新たな人口学的発想があり得るのか考察して欲しいと思います。
なお,本書をなかなか読み進むことが難しいという卒業生には,入門書として次の本を勧めます。
小林一三研究室『小林一三:発想力で勝負するプロの教え (ビジネスの巨人シリーズ)』アスペクト,2008年。
小堺昭三『小林一三:天才実業家と言われた男』ロングセラーズ,2017年。
鹿島茂『小林一三 :日本が生んだ偉大なる経営イノベーター 』(中央公論新社,2018年)は,商学部でマーケティングを学んだ卒業生ならば必読の書です。昨年末の発売以来話題になっています。500頁を超える大著で,読破するには少し骨が折れるかもしれませんが,読んで損はなし,むしろ読まないと恥をかくことになるかもしれない。それ程商学部卒業生には重要だと思います。
小林一三は阪急電鉄の創業者です。さらには,それを中心に,阪急百貨店,宝塚歌劇団,東宝,第一ホテルなどを創業しました。鉄道輸送業,不動産業,小売業,エンターテイメント業,ホテル業など人の生活を包み込む多岐にわたる事業を展開し,現在の阪急阪神東宝グループの基礎を作り上げました。本書は小林一三の評伝です。小林一三評伝の決定版と指摘する声もあります。
本書は,評伝らしく,まず生い立ちから始まり,銀行員として勤める若い時代の小林さんを描いています。小林さんは大手の銀行を辞めて,先輩につきしたがい,大阪の新しい銀行で活躍の場を得ようとしましたが,それに失敗し,しかたなく鉄道業に関わるようになります。なりゆきで関わった鉄道業ですが,将来性を感じ,箕面有馬電気軌道(後の阪急電鉄)設立に関わり,実質的に経営者になり,その発展に尽くします。大阪梅田から宝塚に延びる箕面有馬電気軌道は,当時は何もない田園を走る路線でした。乗客を増やすためにとった小林さんの秘策が,沿線に宅地を造成して,そこに住民を誘致することでした。当時大都市大阪で急増していた中流階級を吸収するというのです。鉄道の敷設と並行して宅地造成を進めます。しかも当時珍しかった長期住宅ローンで宅地を売出しました。今では電鉄会社にとって当たり前のビジネスモデルですが,これを編み出したのが小林さんです。まさに経営イノベーターです。
その後,沿線住民の利便性向上と,乗車率向上のために,ターミナルに劇場や百貨店を設立します。これらも当時は画期的な経営イノベーションでした。経営イノベーションの数々について,詳しくは,本書を読んで欲しいと思います。
小林一三の評伝は数多く出版されています。その中で,本書が抜きんでているのが,内容の網羅性と一貫した視点です。本書は小林さんが関わった様々な事業に加え,晩年関わった政治(商工大臣,今の経済産業大臣を務めた)についても,その背景を含めて詳しく記述しています。小林さんの政治思想にも触れています。また,小林さんが事業を展開するにあたって,当時勃興しつつあった中流階級に焦点を当てていたこと,その中流階級ファミリーの文化の向上を常に考えていたこと,中流階級中心に大衆にすべからく商品を提供するため安価の実現に尽くしたことなど繰り返し描いています。そして,小林さんは人口学的発想を持っていたという視点が本書を貫き、それら記述を総括しています。
私が小林一三を最初に知ったのは,高校生のころ,父親からソーライスの逸話を聞いた時でした。昭和初期,梅田の阪急百貨店の食堂では,カレーライスを食べることができない貧しい学生たちが,ライスだけ頼んで,そこにウスターソースをじゃぶじゃぶかけて,ソーライスと称して食べていた。食堂の支配人は,それを迷惑がり,ライスだけの注文を禁止し,貧しい若者客を締め出そうとした。それを知った小林さんは,「彼らはいつまでも貧しい若者ではない。いずれ職を得て,家族を持ったならば,ここで楽しく過ごしたことを思い出し,家族ともども阪急に戻ってきてくれる」と言って,支配人を叱った。そして,ソーライス歓迎として,小林さん自らが顧客に給仕したという逸話。小林一三はすごい経営者だと父親は私に強調しました。
その話を聞いた当初は,関西を代表する豊かさの象徴阪急百貨店と貧しいライスとの対比が興味深く,滑稽な話として記憶に残りました。しかし,大学教員になって,それを思い出した時,数十年という時間軸で経営を考え,それに基づいて営業活動の隅々に目を凝らす経営姿勢のすごさに思い至りました。そして,いま本書を読んで,まさにこれが人口学的発想を持つ経営イノベーターの姿勢であると感じ入りました。
この先,日本では人口減少が著しくなります。少子高齢社会の進行は止まりません。社会的格差も止まないかもしれず,1人当たりの国民所得も向上しないかもしれません。卒業生がそんな社会に活躍の場を求めるならば,人口学的発想が必要になるでしょう。もちろんそれは小林一三の時代とは違った人口動態に基づいた発想です。卒業生には,まずは,本書を読み,人口学的な経営発想とは何かを掴み,つぎに自分たちが生きていく時代の人口動態から考えて,いかなる新たな人口学的発想があり得るのか考察して欲しいと思います。
なお,本書をなかなか読み進むことが難しいという卒業生には,入門書として次の本を勧めます。
小林一三研究室『小林一三:発想力で勝負するプロの教え (ビジネスの巨人シリーズ)』アスペクト,2008年。
小堺昭三『小林一三:天才実業家と言われた男』ロングセラーズ,2017年。