分類・文
小説 カケス婆っぱ
第31回 吉野せい賞奨励賞受賞 箱 崎 昭
授業中に鳥の話題になって、先生が鹿島地域に生息している鳥の名前を1人ずつ挙げるよう生徒に言った。
順番にホオジロ、セキレイ、キジなどと次々に鳥名が出てきたが1人の生徒がホロスケと言ったら教室内は爆笑に包まれた。
先生もつい貰い笑いをしてしまった。
「この辺ではホロスケで通用するけど、正式名はフクロウと云うんだからな」と言って援護した。
浜通り地方の放言でホロスケというと、馬鹿者という意味でも解釈されるから一層笑いを誘ったのだ。
次に立った生徒がカケスの名を挙げたら別の誰かが茶化すような言葉で「カケスー?」と如何にも意味有り気に言い返した。
その途端に殆んどの生徒が和起の顔を窺うようにして笑った。
「何が可笑しいんだ」
先生は一瞬、カケスに関して生徒たちが何故受けるのか理解できなかったが、不可解に思いながらもそれ以上の言及はすることなく時間がきて授業は終わった。
カケスと言った生徒に反応して笑った者たちの意味が分からず、和起は隣席の武夫に聞いた。
「和起の婆っぱさんがカケス婆っぱと呼ばれていることを知んねえのか?」
武夫は和起が知らないという意外性に気付き、言いにくそうに話すと和起の表情を見ながら含み笑いをした。和起は婆ちゃんがカケス婆っぱなどと陰口を叩かれていることに強い衝撃を受けた。
《カラス科に属するカケス(懸巣)》
その晩、思い切ってキクに今日の出来事を話した。
「あのなあ、婆ちゃんに渾名が付いているの知ってっけ?」
そう言われてキクは厭な予感がしたが冷静を装って聴いてみた。
「どうせ婆ちゃんに付く渾名だもの碌な名前ではないんだっぺよ。なんて名前が付いているんだい?」
内心では興味を抱いたから急くようにして和起の返答を待った。
「カ・ケ・ス・婆・っ・ぱ」
和起は言葉をなぞるようにして、ゆっくりと言った。
「なるほどな。いくら渾名だとは云え、うまいこと付けたもんだなあ」キクは感心したように頷いてみせた。
「婆ちゃんは腹が立たねえのけ?」
「いや、腹が立つどころか婆ちゃんはブタとかカバとかいうのかと思っていたら鳥の名前だものびっくりした。きっと婆ちゃんは掠(かす)れ声でギャーギャー大声を出すから村の人らはカケスと付けたんだっぺな。最も婆ちゃんみてえな美人を捉まえてブタとかカバなんて言われたら、それこそ怒るけどな」
キクは平然として言って退(の)けた。
和起は婆ちゃんは腹の中ではどう思っているのかは計りかねたが、その太っ腹な態度を見ていると何故か自分も心の許容範囲が広がったような気がした。 (続)
小説 カケス婆っぱ
第31回 吉野せい賞奨励賞受賞 箱 崎 昭
授業中に鳥の話題になって、先生が鹿島地域に生息している鳥の名前を1人ずつ挙げるよう生徒に言った。
順番にホオジロ、セキレイ、キジなどと次々に鳥名が出てきたが1人の生徒がホロスケと言ったら教室内は爆笑に包まれた。
先生もつい貰い笑いをしてしまった。
「この辺ではホロスケで通用するけど、正式名はフクロウと云うんだからな」と言って援護した。
浜通り地方の放言でホロスケというと、馬鹿者という意味でも解釈されるから一層笑いを誘ったのだ。
次に立った生徒がカケスの名を挙げたら別の誰かが茶化すような言葉で「カケスー?」と如何にも意味有り気に言い返した。
その途端に殆んどの生徒が和起の顔を窺うようにして笑った。
「何が可笑しいんだ」
先生は一瞬、カケスに関して生徒たちが何故受けるのか理解できなかったが、不可解に思いながらもそれ以上の言及はすることなく時間がきて授業は終わった。
カケスと言った生徒に反応して笑った者たちの意味が分からず、和起は隣席の武夫に聞いた。
「和起の婆っぱさんがカケス婆っぱと呼ばれていることを知んねえのか?」
武夫は和起が知らないという意外性に気付き、言いにくそうに話すと和起の表情を見ながら含み笑いをした。和起は婆ちゃんがカケス婆っぱなどと陰口を叩かれていることに強い衝撃を受けた。
《カラス科に属するカケス(懸巣)》
その晩、思い切ってキクに今日の出来事を話した。
「あのなあ、婆ちゃんに渾名が付いているの知ってっけ?」
そう言われてキクは厭な予感がしたが冷静を装って聴いてみた。
「どうせ婆ちゃんに付く渾名だもの碌な名前ではないんだっぺよ。なんて名前が付いているんだい?」
内心では興味を抱いたから急くようにして和起の返答を待った。
「カ・ケ・ス・婆・っ・ぱ」
和起は言葉をなぞるようにして、ゆっくりと言った。
「なるほどな。いくら渾名だとは云え、うまいこと付けたもんだなあ」キクは感心したように頷いてみせた。
「婆ちゃんは腹が立たねえのけ?」
「いや、腹が立つどころか婆ちゃんはブタとかカバとかいうのかと思っていたら鳥の名前だものびっくりした。きっと婆ちゃんは掠(かす)れ声でギャーギャー大声を出すから村の人らはカケスと付けたんだっぺな。最も婆ちゃんみてえな美人を捉まえてブタとかカバなんて言われたら、それこそ怒るけどな」
キクは平然として言って退(の)けた。
和起は婆ちゃんは腹の中ではどう思っているのかは計りかねたが、その太っ腹な態度を見ていると何故か自分も心の許容範囲が広がったような気がした。 (続)
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