goo blog サービス終了のお知らせ 

OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

シングル盤片面でも凄いジェームス・ブラウン

2009-11-17 12:10:00 | Soul

パパのニュー・バッグ / James Brown (King / 東芝)


今となってはジェームス・ブラウンも、ゲロッパッの人!?!

そういう認識が強いかもしれませんが、確かにジェームス・ブラウンのパフォーマンスは、ファンキーなリズムに乗った掛け声ばっかり、それとダンスにマントショウというイメージが定着していのは否めません。

しかしそれは決して土人の叫びでもないし、単なるビートの演芸ではありません。ブルースの魂とソウルフルな熱気を極限まで煮詰め、熱く、熱く放出していく黒人ならではの世界を端的に表現した無形文化財かもしれないのです。

そしたジェームス・ブラウンのスタイルは1960年代中頃に一応の完成形になったようですが、芸能活動をスタートさせた頃はR&Bのコーラスと歌、そしてリトル・リチャードあたりの影響が強い泣き節パラードやアップテンポのグイノリで押し通すステージングが、流石の黒人芸能という感じでした。

それは自らのライプ巡業で煮詰められ、まさに「一座」と呼んで過言ではないステージには、子飼のバンドと前座歌手、司会や道化、コーラス&ダンスのグループが渾然一体となって主役のジェームス・ブラウンを盛りたてるという、圧巻のパッケージショウが黒人層にウケまくったのです。

つまりハズレの無い、「お徳用」だったんですねぇ~♪

そういうことですから、ジェームス・ブラウンもまた、R&BどころかジャズやR&R、あるいは諸々の白人芸能までも貪欲に吸収する汎用性を発揮し、その過程で自らドラムスやオルガンを演奏するジャズっぽいR&Bインストのレコードも作っていたのですが、これは本来、「歌手」として契約していたキングレコード以外のレーベルとも契約を得るための苦肉に策だったと言われています。

そしてそこで作られた演奏の中に、「ウッ」とか「ハァ~ッ」とかの掛け声や叫びが入っているところが興奮度数の高い秘密でしょう。歌えない条件が見事に活かされたというか、それが偶然か故意かは分かりませんが、とにかく成功したのは事実です。

また同時に流行のファンキージャズがR&B色に染まり過ぎても、モダンジャズ保守本流のミュージシャンではないジェームス・ブラウンが演じているとなれば、ガチガチのジャズ評論家やファンからは白眼視される媚びた内容が、逆に大衆にはストレートに受け入れるという好結果に結びついたようです。

それはモダンジャズが特有のシンコペイトしまくったフィーリングが、8&16ビートの黒人R&Bや後のラップに通じる言葉のリズム遊びの世界に融合していく初期段階だったと思います。

平たく言えば、スタッカートを強調したタテノリのリズムの中で、意図的にズレたビートを活かして叫び、唸るジェームス・ブラウンの声とノリが、それ以前のR&Bから少しずつ逸脱していった成果じゃないでしょうか?

そして、その最初の成功作が、本日ご紹介のシングル曲「パパのニュー・バッグ / Papa's Got A Brand New Bag」で、これは1965年に発売されるや、忽ちの大ヒットになっています。特に良い曲メロがあるわけではないのですが、きっと多くの皆様が、チャラチャラ、カッキ~ン! というキメのリズムギターブレイクを聴いたことがあるんじゃないでしょうか。

全体はブルース形式のR&Bで、分厚いブラスとジェームス・ブラウンの粘っこい歌い回しが、ハネたようなビートを活かしたリズム隊とホーンリフに力強くバックアップされるという展開は、全く永遠に不滅でしょう。

まあ、このあたりは文章にする虚しさが確かにあって、実際に聴いて、感じていただくしかない世界なんですが、虜になると抜け出せませんよ。

極言すれば電化期のマイスル・デイビス、あるいはスライにしても、ジェームス・ブラウンからの影響があって、初めて自らのスタイルを貫いた部分は決して否定出来ませんし、後にはプリンスのように、変態的な解釈を施した黒人ロッカーも登場しているほどです。もちろん白人・黒人を問わず、このあたりをパクったミュージシャンは星の数ほど存在しています。

で、このシングル盤は私が昭和40年代末に中古でゲットした、一番最初に買ったジェームス・ブラウンなんですが、実はそれまでに、私はジェームス・ブラウンの歌をラジオ等々でかなり聴いて、けっこうカッコイイ! なんて思っていました。しかし、それでもレコードが買えなかったは、つまりはジェームス・ブラウンの歌と演奏にはメロディの良さが欠落しているからで、まあ、これは例えば「It's A Man's Man's World」のような泣き節スタイルの曲には当てはまらないことではありますが、それにしてもメロディが……。

なんて思っていたら、その頃に行われたフィルムコンサートで観たジェームス・ブラウンの圧巻のライプパフォーマンス! 黒人にしては小柄な体躯をエネルギッシュに動かし、エキセントリックに叫び、熱く歌う! その姿には今もって言い知れぬ神秘性とカリスマがありました。もう、レコードを買うしか無い!

幸いなことに、私は後にジェームス・ブラウンのライプにも接していますが、こうしたスタイルは普通、レコードよりはライプの方が良いという定説が、ジェームス・ブラウンの場合はライプも良し、またスタジオで作られたレコードも、ちょいと違った良さとして、どちらも迫力満点なのです。

決して語りつくせない偉人のジェームス・ブラウンではありますが、わずかな時間しか楽しめないシングル盤片面の世界でさえ、完全に聴き手を満足させてしまうのは凄いと感服するばかりです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジミヘン・ファンキーなアイズリー

2009-09-06 12:32:51 | Soul

The Isleys Live (T-Neck)

最初にアイズリー・ブラザーズを知ったのは何時頃だったのか、ちょっと明確ではありません。ただ、ビートルズで有名な「Twist & Shout」のオリジナルバージョンを演じていたのが、この黒人兄弟グループだったという事は知っていました。

それを教えてくれたのは、他ならぬジミ・ヘンドリックスのレコード付属解説書だったんですが、それというのも、ジミヘンは下積み時代にアイズリー・ブラザーズのバックバンドのメンバーとして、巡業はもちろんの事、普段から彼等の家に下宿していたほどの間柄だったとか!

そしてジミヘンが大スタアになった後には、その頃の録音を集めたアイズリー・ブラザーズ名義のアルバムまでが、ジミヘンをウリにして発売されたほどです。

しかし我国でアイズリー・ブラザーズがリアルタイムで人気があったかと言えば、それは疑問です。少なくとも、私がアイズリー・ブラザーズを強く意識したのは、昭和49(1974)年以降の事です。

以前にも書きましたが、私は幸運にもこの年、3ヵ月ほどアメリカへ行くことが出来ました。そこでは後の私の趣味嗜好に多大な影響を受けた様々な事象に出会ったのですが、本日の主役たるアイズリー・ブラザーズとの出会いも、そのひとつでした。

それはラジオから流れてきたアイズリー・ブラザーズのライプ演奏で、これは途中から聴いたので、最初はアイズリー・ブラザーズと知る由もなかったのですが、そこで大暴れするギターが非常にジミヘンしていました。

で、途中から、これはアイズリー・ブラザーズの演奏だとラジオのDJから告知されるのですが、その瞬間、これは絶対ジミヘンがバックをやっていた頃の音源!?! と直感したのです。

しかし、それは大間違いでした。

と言うよりも、演じられている音楽そのものが、明らかにジミヘンが存命中の大衆音楽とは違っています。R&Bでも無し、ロックでも無し、まあ、それはジミヘンがやっていたことではありますが……。

正解はアイズリー・ブラザーズが当時の最先端を行くファンキーソウルを披露した、本日ご紹介のライプ盤だったのです。

 A-1 Work To Do
 A-2 It's Too Late
 B-1 It's Your Thing
 B-2 Pop That Thang
 B-3 Love The One You're With
 C-1 Lay Lady Lay
 C-2 Lay Away
 D-1 Ohio
 D-2 Machine Gun

まず特筆されるのは、演奏そのものがR&Bやソウルミュージックには「お約束」のホーンセクションを使っていないということです。しかも大胆にロックのグルーヴを取り入れ、それはサイケデリックとかニューロック、あるいはハードロックという範疇で語ることも可能な、極端に言えば白人音楽に近いものがあるのです。

そして演目も、キャロル・キングの「It's Too Late」やボブ・ディランの「Lay Lady Lay」、さらにCSN&Yの「Love The One You're With」や「Ohio」という、如何にもの選曲になっていますから、演奏は推して知るべし!

録音と発売は1973年、当時のアイズリー・ブラザーズはオーケリー、ルドルフ、ロナルドの3人がフロントのボーカル担当で、もちろん1950年代から活動を継続してきた実の兄弟ですが、ここではさらにアーニー(g) とマーヴィン(b) という弟2人、そして従兄弟のクリス・ジャスパー(p,key) を加えてファミリーの絆を強め、他にカール・ポッター(per,ds)、ネイル・バース(ds,per) をサポートに迎え入れてのファンキーロック大会が披露されています。

そして言うまでもなく、アニー・アイズリーのギターが完全にジミヘンしているんですねぇ。

ちなみにアイズリー・ブラザーズは既に述べたように、1950年代から活動しているわけですが、その時代の流れの中で、正統派R&Bの「Shout」や「Twist & Shout」といった大ヒットを出しつつ、様々な弱小レーベルを渡り歩き、1960年代中頃にはモータウンに在籍し、ロッド・スチュワートにカパーされた「This Old Heart Of Mine」を出しているのは一際有名でしょう。

しかし、それで潔しとしないのが、アイズリー・ブラザーズのしぶとさ! 自らが設立していた制作会社のTネックをフルに稼働させ始めたのが1969年で、いきなりファンキーど真ん中の「It's Your Thing」という特大ヒットを放ちますが、もちろん我国では知る人ぞ知る……。

反面、アメリカ本国では大変な人気を呼び、この頃から前述の弟&従兄弟を加えた6人組+サポートメンバーというレギュラーバンド形態が確立したようです。

その音楽性は、ジェームス・ブラウンを開祖とするR&Bファンクを更にハードロックで色付けしたものと言っては極端でしょうが、このロック色というのが、実は大きな魅力です。実際、我国で意味不明のブームとして広まった「フリーソウル」なんていう分野では、この当時に残されたアイズリー・ブラザーズのスタジオ録音盤が人気を集めたわけですが……。

そこで本日ご紹介のライプ盤は、その極みつきが堪能出来るとうわけです。

まずド頭の「Work To Do」はピアノのイントロからして山下達郎状態! というよりも、実は逆なんですが、このライプ盤が大好きだった山下達郎が自らのライプを作る時にお手本としたのが、このアルバムだったというのは有名なエピソードらしいですね。もちろんアイズリー・ブラザーズの熱気に満ちた歌と演奏は最高なんですが、これとて、実は露払いにすぎません。

続く「It's Too Late」はお馴染みのキャロル・キングのメロディを粘っこく、スローファンクに仕立上げていくバンドのグルーヴが心地良く、甘いコーラスと情熱のボーカルに加えて、コンガが絶妙のアクセントを提供しています。そしてお待たせしました! アーニーのジミヘン系ギターが強烈に炸裂する展開には歓喜悶絶♪♪~♪ 独得の間合いで蠢くエレキベースもシンプルに良い感じですし、ピアノがこれまた味わい深いですよ。実は私が最初に聴いたのが、このパートでした。

さらにB面に入ってはファンキーロックの火花が飛び散る「It's Your Thing」と「Pop That Thang」の同系演奏2連発! ヘヴィで粘っこいロックビートが単なるファンクを超越せんとする勢いが全く熱いのですが、それを爽快な気分に転換させてくれるのが、スティーブン・スティルスでお馴染みの「Love The One You're With」ですから、たまりません。もちろん、あの楽しく弾むようなリズムとラテンビートの融合が、ここでは熱血ファンクへと結実していますし、一緒に歌えるコーラスは「お約束」の楽しさでしょう。

そしてC面は、そうしたロック味を引き継ぎながら、メロウソウル仕立の「Lay Lady Lay」が、なかなかに和みますよ。ただし続く「Lay Away」は正統派すぎて、些か暑苦しいというご意見もございますが、しかしアーニーのギターは、もう最高♪♪~♪

こうして迎えるD面は、文句無しの大団円!

ニール・ヤングの「Ohio」にジミヘンの「Machine Gun」という、ベトナム戦争所縁の名曲メドレー! 大胆なソウルフィーリングでフェイクしまくったボーカルが熱すぎる前半、そこに炸裂するアーニーの爆発的なジミヘンギター!

あぁ、何度聴いても興奮します!

おまけに後半では、ジミヘンもどきの真骨頂となる「Machine Gun」がゴッタ煮されますからねぇ~♪ 当然ながらエレキギターで作り出される機銃掃射の擬音は、ドラムスやベースと激しく呼応し、さらに熱いボーカル&コーラスを煽るのです。また最後の最後では、ジミヘンに捧げる独白の如きギターパートも用意されていますよ。

ちなみにアーニーが、どうしてこうもまたジミヘンなのか!?

これは私の勝手な妄想なんですが、おそらくは子供の頃から自宅に下宿していたジミヘンに、それこそ間近に接していた影響が必ずあると思います。

ということで、これもサイケおやじの愛聴盤のひとつです。ただしちょいと録音がモコモコというか、おそらく狭い会場での録音だったのでしょう。音が回りきった状態なのが、昔っから賛否両論でした。

しかしそれゆえに尚更の熱気が充満した雰囲気というか、前述したように、あえてそれを大切してしまう山下達郎のような追従者もいるわけで、このあたりは聴いてからの十人十色でしょうね。

現在ではCD化もされているようですから、ぜひっ!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スライ・ストーンのファンクな飛び蹴り

2009-07-16 10:56:30 | Soul

Fresh / Sly And The Family Stones (Epic)

スティーヴィー・ワンダーの「トーキング・ブック (Tmala)」やキャロル・キングの「ファンタジー (Ode)」を聴き狂っていた昭和48(1973)年のサイケおやじを、更なるファンク天国へと誘ったのが、本日ご紹介の通称「飛び蹴り」、あるいは「ライダーキック」というスライのアルバムでした。

主役のスライ・ストーンはテキサス生まれの黒人ですが、幼少の頃からサンフランシスコで育ち、ゴスペルやR&Bを歌いながら独学で様々な楽器を習得し、やがて地元ラジオ局のDJとして人気者になり、そこでは黒人歌謡だけでなく、ビートルズやボブ・ディラン等々の白人流行音楽も積極的に流していたと言われています。これは人種差別が当然だった1960年代のアメリカでは、ラジオ局そのものも含めて、番組自体が白と黒に偏向されていた時代背景からすれば、いくらサンフランシスコという自由の空気が濃密な地区だったとしても、相当に独創的な事だったと思われます。

そしてスライ・ストーンは地元のマイナーレーベルでレコード制作の仕事も出がけるようになり、ついには自分のバンドを結成し、それがスライ&ファミリーストーンでした。

ちなみにスライ・ストーンの本名はシルヴェスター・スチュワートですが、スライの芸名を使うようになったのはラジオDJ時代からで、「小賢しい」という意味が強い「スライ」という言葉を選ぶあたりが、後年のクールで熱い活動を象徴しているように思います。

気になるバンド活動はスライ・ストーン(vo,g,key)、フレディ・ストーン(g,vo)、ラリー・グラハム(b,vo)、グレッグ・エリコ(ds)、シンシア・ロビンソン(tp,vo)、ジェリー・マルティーニ(sax) という白黒男女混成という強烈な存在としてスタートし、そのロックもR&Bもジャズもラテンもゴッタ煮とした音楽性とリアルで斬新な歌詞、熱気満点のステージライブによって、忽ち人気沸騰! 1967年に出したデビューアルバム「新しい世界」から大ヒット作を連発しています。

その中で特に世界中へスライの凄さを印象づけたのが、1969年に開催されたウッドストック音楽祭でのステージで、これは映画になりましたから、尚更に大ブレイク! 告白すればサイケおやじも、その映画で観たファンキーロックに燃え上がる演奏で興奮させられ、劇場からの帰り道でレコード屋に直行! 「スライと踊ろう / Dance To The Music」なんていうLPを買ったのが、その出会いでした。もちろん後は大熱中♪♪~♪

そうした中ではマイルス・デイビスがスライに夢中だとかいう噂も、嬉しいものがありましたし、後に世紀の名盤と認定される「スタンド」あたりは、世界中のミュージシャンが好きなアルバムと公言するほどにウケていたのですが、残念ながら我が国では、スライ&ファミリーストーンという存在そのものが、それほど人気があったとは言えません。

しかも前述した「ウッドストック」の映画が公開された後の1971年頃からは、スライ・ストーン本人の活動が、ちょいと内省的というか、怖いファンクとドロドロの感性がミックスされ、ほとんどの楽器を自分でやってしまったという「暴動」なんていう極みの混濁アルバムを出して以降は、沈黙期に入ってしまうのです。

いゃ~、今でこそ、この「暴動」は愛聴出来るようになりましたが、当時は困惑させられましたですねぇ~。音楽マスコミでは絶賛されていたんですが、本当にそう思って文章を書いていた評論家の先生方の気持ちを、失礼ながら疑ったほどですよ……。

そして時が流れました。逼塞しいていたスライが久々に新譜を出すという情報が流れ、ついに発売されたのが、「輪廻」なんていうアブナイ邦題がつけられた、本日ご紹介のアルバムです。

 A-1 In Time
 A-2 If You Want Me To Stay
 A-3 Let Me Have It All
 A-4 Frisky
 A-5 Thankful N' Thoughtful
 B-1 Skin I'm In
 B-2 I Don't Know (Satisfaction)
 B-3 Keep On Dancing
 B-4 Que Sera, Sera
 B-5 If It Were Left Up To Me
 B-6 Babies Makin' Babies

まずA面ド頭の「In Time」が強烈! 一瞬、サンタナ!? みたいなラテンパーカションが鳴ったかと思うと、直ぐにリズムマシーン系のビートがスタートし、そこへシンコペイトしまくったドラムスとエレキベースが割り込んでくるという仕掛けに悶絶させられます。

ちなみに、この時点でのバンドはメンパーチェンジがあり、ロージー・ストーン(key,vo)、ラスティ・アレン(b)、アンディ・ニューマーク(ds)、パット・リッツォ(sax,fl) が交代参加し、さらにリトル・シスターと名乗る三人組の女性コーラス隊までもがジャケットに表記されいますが、アンディ・ニューマークは以降も様々なバンドやセッションで大活躍していく白人の凄腕ドラマーとしてご存じのとおり♪♪~♪ またラスティ・アレンは当時は十代ながら、物凄いペースワークが全篇で冴えわたりですよっ!

それは意図的に抑揚の無いメロディを倦怠感を強調して歌うスライとは逆に、カッコ良すぎるシンプルなホーンのリフ、ゴスペル風味が濃厚な女性コーラス隊、さらにシャープでクールなドラムスとベースが鋭く自己主張していく5分半強のファンク天国♪♪~♪

このあたりは、やはり同年に発売されたカーティス・メイフィールドの傑作アルバム「バック・トゥ・ザ・ワールド (Budda)」やニューオリンズファンクのミーターズ等々にも通じる快感です。

さらに続く「If You Want Me To Stay」が、これまた感涙♪♪~♪ サイケおやじが生涯の愛聴曲「Sunny」を快感ファンクに焼き直したような確信犯的名演で、これは確か、当時シングルカットされ、FENでも流されていましたですね。とにかくスライの投げやりで猥雑な歌いっぷり、キーボードの隠し味とタイトなドラムス、さらに直截的なベースや単純明快なネタばれホーンリフが、最高の気持ち良さ♪♪~♪ あぁ、永遠に聴いていたいほどです。

こうしたファンクピートの快楽は、続く「Let Me Have It All」や「Frisky」、さらに「Keep On Dancing」や「If It Were Left Up To Me」といった従来路線の曲においても絶大な魅力となり、その革新的とさえ評価されたリズムとビートのコンビネーションは、スライと女性コーラスの歌を尚更に盛り上げていきますが、むしろそうしたリズム隊に耳が先に行ってしまっても許されるでしょう。おそらくそれがスライの狙いなのかも? なんて極端な推察までしています。

その意味で本当はつまらない曲と演奏かもしれない「Thankful N' Thoughtful」にしても、不思議と高揚した気分で聴けるんですから、これも深遠な目論見ですよねぇ~♪

そしてB面に入っては、ほとんどマイルス・デイビスの電化トランペットが出てきそうな前奏から黒い魂の迸りが強烈な「Skin I'm In」で、いきなりの剛球勝負! 伝統的なソウルグルーヴを大切にしたホーン隊、ジャズファンクなリズム隊の働きも抜群です。

またタイトルどおりにストーンズを揶揄してんのかっ!? と思わず言いたくなる「I Don't Know (Satisfaction)」の憎め無さ! 怒るより前にニンマリさせられますが、これは賛否両論というか、冗談が通じなくても熱くなってはいけませんよね。

それは、アッと驚く選曲となった「Que Sera, Sera」でも同じでしょう。あのドリス・デイの「ケ・セラ・セラ」ですよっ! それをゆるやかなファンクのグルーヴを存分に活かし、心地良い倦怠感として表現するスライ&ファミリーストーンの歌と演奏は、ソフト&メロウでもあり、黒人ならではのセンスの良さの最高峰でもあり、これも聴かずに死ねるかの決定版! 私の葬式には流して欲しいほどの候補曲でもあります。

しかし、そうした至福の時間を見事に覆してくれるのが、オーラスの「Babies Makin' Babies」で聞かれる不気味な躍動感というか、希望と悪い予感を同時に表現してくれたような歌と演奏です。意図的に柔軟さを避け、硬質なグルーヴに徹したリズム隊が逆に良い感じ♪♪~♪

ということで、これは今でも私の愛聴盤ベスト選には、ノー文句で入るというアルバムです。なによりもファンクなドラムスとベースを聴いているだけで気分は最高♪♪~♪ スライのボーカルも時には熱く、また時にはトホホなオトボケが本当に適材適所! 演奏の細かい部分とまで、しっかりと連携している緻密な作りが確かにあると思います。

しかし現実的には我が国では当時、ほとんどヒットしていません。洋楽マスコミはロック優先でしたし、その頃はサザンロックやウエストコースト物が人気を集め、シンガーソングライターのプームは深化し、グラムロックやフログレという分野も決してアダ花では無かったのです。

結局、同じニューソウルでもスライ&ファミリーストーンのような革新的なファンクよりは、もっとメロディ優先主義のモータウンやフィリーといった流行が日本でも確かにあり、それは後にディスコブームへと直結していくのですが、そう言われれば、このアルバムで聞かれるような音楽じゃ、日本人は踊るのが至難でしょうねぇ……。

ただし、こういうシンコペイトしまくったファンクの快感は、虜になって聴けば絶対! 暑い夏にも効果は絶大ですよ。ジャケ写どうり、ファンクな蹴りをキメたスライが最高に潔いです。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

マイケルよ、安らかに

2009-06-26 11:48:22 | Soul

ベンのテーマ / Michael Jackson (Motown)

マイケル・ジャソクの急逝には吃驚仰天でしたねっ!

現在までのところ、死因は様々に取りざたされておりますが……。

故人は10歳でファミリー・グループのジャクソンファイブで正式デビュー、リードボーカリストとし圧倒的な天才性を発揮、さらにソロシンガーとしても皆様ご存じのとおり、驚異的な活躍を残しました。

さて、本日の1枚は1972年に出された映画「Ben」の主題歌として、マイケル・ジャクソン名義としては初めてチャートのトップにランクされた大ヒット曲! 落ちいたバラードながら、天才的なソウルフィーリングが全篇に横溢した名唱です。

ジャケットのネズミは映画の主役でご愛敬ですが、当時、13歳のマイケル・ジャクソンの達観したような表情も、なかなか印象的です。

私はマイケル・ジャクソンの素晴らしさは、スロー曲で最高に光ると思っているんですよ。

その意味で、もちろんクインシー・ジョーンズと組んだ大ヒットアルバム、その中のダンス系の名曲も凄いと思いますが、ほとんど新作を出さない最近の姿勢からして、何時の日かスローバラード集を出してくれるものと、信じていたのですが……。

衷心よりご冥福をお祈り致します。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壱萬参千円のO.V.ライト

2009-06-22 11:23:06 | Soul

O.V.BOX / O.V.Wright (Back Beat / Pヴァイン)

いきなり壱萬参千円というシールに目が痛い!

しかし、このボックスには、それだけの価値が十分にあります!

というのが本日の結論です。

主役の O.V.ライトは南部系R&B、所謂サザンソウルの黒人歌手で、少年時代はゴスペルグループで歌い、1964年に俗世のシンガーとしてデビューしていますが、特に大きなヒットは出していません。というか、デビュー曲だった「That's How Strong My Love Is (Gold Wax)」にしてもオーテイス・レディングがカバーしたバージョンのほうが売れてしまったという不運もありました。

しかし、その実力は些かも劣るものではありません。

ただ、本人がマイナーレーベルに所属していた事に加え、悪いクスリでの懲役暮らしとか不摂生な生活というプライベートな問題が、その活動に影響していたと言われています。

そしてサイケおやじがこの素晴らしい歌手を知ったのは昭和53(1978)年で、なんと我が国で全盛期のLPアルバムが一気に5枚ほど発売されたのです。

私はアレサ・フランクリンやオーティス・レディングといったゴスペルルーツのソウルミュージックが大好きということは、これまで度々述べてきましたが、さりとて日本で聴けるサザンソウルのレコードは極めて少ないのが実情でした。

というのも、当時の黒人音楽の主流はオーティス・レディングの早世がきっかけになったかのように、ジェームス・ブラウンはファンク街道まっしぐらでしたし、アレサ・フランクリンにしてもロック風味が強くなり、またスライ・ストーンあたりの新興勢力に加えてモータウン一派にしても、所謂ニューソウルに突き進んでいたのです。

そしてサザンソウルは過去の遺物に転落したわけですが、どっこい、黒人音楽好きには、そのヒューマンな味わい、苦悩と涙と熱血を強く滲ませるボーカルやコーラスの魅力が忘れられられず、ですからマイナーな歌手やグループが掘り起こされるのは必然でした。

もちろんマニアの皆様には説明不要の O.V.ライトにしても、いきなり日本でブレイクしたのが夢のような出来事だったと思いますし、実際、サイケおやじが初めて聴いたアルバム「A Nickel And Nail And Ace Of Spades (Back Beat)」には、完全に後頭部を殴られたような衝撃がありました。

これは1972年に発売されたとする、今や黒人音楽の輝ける遺産ともいうべき大名盤ですが、それにしてもニューソウル全盛期のリアルタイムに、こんなハートウォームで深い魅力が横溢した黒人R&Bのボーカル作品があること自体、それは奇蹟としか言えません。

早速、私が O.V.ライトのレコードを集め始めたのも、また必然でした。

さて、本日ご紹介のボックスは、O.V.ライトのデビュー期から1976年ぐらいまでの録音を集大成した優れモノ♪♪~♪ CD5枚組で、しかもそれぞれが紙ジャケット仕様に加えて、貴重なボーナストラックも満載です。

 8 Man And 4 Women
 Nuckeus Of Soul
 A Nickel And Nail And Ace Of Spades
 Memphis Unlimited
 Treasured Moments - 45's Special Collection

収録は上記の5枚で、最後の「Treasured Moments」は日本編集の貴重演奏集♪♪~♪ まず、これが抜群に最高ですよっ! なにしろデビューシングルの「That's How Strong My Love Is」と、そのB面だった「There Goes My Used To Be」が聴けるだけで、壱萬参千円の価値があると断言します。なにせ、このオリジナルシングル盤の価格は天井知らず、ですからねぇ~。

実はこのボックス、今から20年ほど前にも我が国独占で発売されていますが、その時には前述の2曲が入っていませんでした。

ちなみにサイケおやじは、もちろんそのボックスは買っています。しかしアメリカの某コレクター氏からどうしても譲って欲しいと懇願され、カーティス・フラーの幻盤「ボーン・アンド・バリ (Blue Note)」のオリジナルと交換したという、実に夢のような出来事がありました。というのも、こんな再発は日本では何時でも買えるという気持ちがあったんですねぇ。

ところが現実は厳しく、そのボックスにしてもアッという間に完売しており、その後の再発状況にしても、単品アルバムすら、きちんと出ないのです。これには愕然とさせられました……。

そして昨日、出張帰りに立ち寄ったCD屋に鎮座していた、このボックスを発見! 勇んでゲットしてきたというわけです。

肝心の中身は前述の紙ジャケット仕様CDアルバムが5枚に外&内箱も凝った作りになっていますし、シングル発売だけでアルバム未収録の曲もがっちり纏めてあります。また別テイクや因縁付きのトラックも、親切な付属解説書がありますから、尚更に楽しめると思います。

気になるリマスターも素晴らしく、実は前回のボックスはCD移行初期段階ということもあって、些か物足りなかった音質が、今回は見事にディープソウルの魅力をストレートに伝えてくれると感じます。

個人的には、まずお宝集の「Treasured Moments」に夢中ですね。前述したデビューシングルの両面2曲を筆頭に、ヘヴィなブルースの「Fed Up With The Blues」、熱気が迸る「Treasured Moments」、思わずノケ反る「Heartaches, Heartaches」の泣き落とし、ガサツなグルーヴと魂のボーカルが心に響く「What About You」、そしてガツンガツンに突っ込んでいく「What Did You Tell This Girl Of Mine」と続く、ド頭からの7連発で完全に悶絶されられますよ。

これらは何れも1967年に世に出た名曲・熱唱ですが、その力強くて、しなやかなバックの演奏は、おそらくロイアル・レコーディング・スタジオの所謂ハイ・リズム・セクションがメインで担当しているものと思われます。当然、管楽器はメンフィス・ホーンですよね♪♪~♪

あぁ、何度聴いても最高です!

また、その他の4枚にしても、アナログ盤時代からお馴染みのアルバムになっていますが、特に前述した「A Nickel And Nail And Ace Of Spades」は、ウルトラ級の大名盤だと思いますし、さらに滋味あふれる表現に徹した「Memphis Unlimited」も、やはり手元に置きたい名作でしょう。

ちなみに「8 Man And 4 Women」は2作目のアルバムとされていますが、オリジナル原盤はデビューアルバムの「Only For Tonight」と収録曲の重複があったらしく、ここではそれを上手く併せた編集にしてあるそうです。

そして「Nuckeus Of Soul」はシングル曲中心のプログラムゆえに、ボーナストラックも充実♪♪~♪ 個人的には、O.V.ライトの調子も含めて、些かバラケタ雰囲気に感じられますが、やはり聴く度にシビレるのは必定!

ということで、ジャケットの作りも嬉しいですし、リマスターも秀逸ですから、黒人音楽好きの皆様には、ぜひともゲットしていただきたい逸品です。

最後になりましたが、O.V.ライトは昭和54(1979)年に来日公演があり、私は行けなかったことを今でも悔やんでいます。なんと、翌年には41歳の若さで天国へと召されたのですから……。

そして私は、今朝もこの箱を拝んでいるのでした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アレサで知ったゴスペルなR&B

2009-06-20 12:38:58 | Soul

レディ・ソウル / Aretha Franklin (Atlantic / 日本グラモフォン)

「レディ・ソウル」といえば、今も昔もアレサ・フランクリン!

そのゴスペルルーツでハートウォームな歌声には、音楽のジャンルやスタイルを超越して聞く人を感動させる魅力が今に至るも抜群ですが、やはり全盛期というか、個人的にも一番好きな時代がアトランティックに所属していた1966年からの10年ほどです。

それ以前のアレサ・フランクリンは有名な宗教家の父親とゴスペル歌手だった母親の影響もあって、十代からゴスペルを歌っていましたが、いろいろと指導をしてくれたサム・クックに憧れ、またダイナ・ワシントンに心酔していたこともあって、ついに大手のコロムビアと契約し、ジャズや歌謡ブルース、そして大衆R&Bを歌い、アナログ盤LPだけで10枚以上の録音を残しています。

しかし好調だったのは1961年から2年ほどで、業界はモータウンを筆頭に新しいR&Bに熱狂していたのを尻目に、彼女は泣かず飛ばず……。とうとう1966年には契約を切られてしまうのですから、今となってはコロムビアの大ミステイクだったように思います。

ただし、この時期のレコーディングは後の「レディ・ソウル」期と比べると、明らかに中途半端でした。ジャズボーカルをやったと思えば、ダイナ・ワシントンの物真似やストリングスを使ったスタンダード歌物集を作ったり、如何にも焦点が定まっていません。

ところが現実的にはアレサ・フランクリンの評価は全然、下がっていなかったのです。

そしてコロムビアから放出された彼女を、待ってましたとばかりに契約したのが、黒人音楽では名門レコード会社のアトランティックで、当時の幹部だったジェリー・ウェクスラーが直々にプロデュースを担当して完成されたのが、「レディ・ソウル」の全盛期!

本日ご紹介は、そのアレサ・フランクリンのアトランティック時代から大ヒットばかりを集めた、4曲入りの33回転盤EP♪♪~♪ 所謂コンパクト盤で、サイケおやじが初めて買った彼女のレコードです。

 A-1 Respect
 A-2 A Natural Woman
 B-1 Chain Of Fools
 B-2 I Say A Little Prayer / 小さな愛の願い

まずド頭の「Respect」が強烈無比!

アタックが強くて、グッと重心の低いリズムとビート、そして分厚いブラス&ホーンにエグ味の強いギターのリフがイントロになり、さらにそれをブッ飛ばすようなアレサ・フランクリンの歌い出しが、もう脳天を直撃し、臓腑をえぐるような熱さで迫ってきます。

あぁ、このヘヴィな雰囲気は当時「ヘヴィロック」と呼ばれていたハードロック勢なんて、足元にもおよばないものに、中学生だったサイケおやじには感じられましたが、それは今も変わっていません。

それとバックの女性コーラスのソウルフルな歌声も最高~♪

間奏でブローするテナーサックスはキング・カーティスですが、これも暑苦しいほどで、それがまた、逆に心地良かったりします。

こういう音楽は所謂アメリカ南部のディープソウルと呼ばれるものだということは後に知るのですが、もちろんサイケおやじが夢中になるジャンルであるにしろ、アレサ・フランクリンの歌唱とサウンドプロデュースは、そうしたR&Bの一般的なイメージであるドロ臭さがありません。極限すれば都会的!

実は、これも後に知ったことですが、ジェリー・ウェクスラーがアレサ・フランクリンをプロデュースするにあたって企画したのが、彼女のゴスペルルーツを活かした南部サウンドでした。そして既にウィルソン・ピケットで成功していた手法を踏襲し、アラバマ州のマッスルショウルズにあるフェイムスタジオへ、アレサ・フランクリンを送り込むのです。

ところが現場について吃驚というか、そのスタジオに勢揃いしていたバックミュージシャンが全員白人だったことから、アレサ・フランクリン以下、彼女のスタッフも含めて違和感が打ち消せず、ついにはゴタゴタの末にレコーディングは2曲で終了……。

このあたりはジェリー・ウェクスラーやアトランティックの会社関係者には常識だったことが、アレサ・フランクリンや彼女のマネージメントサイドには知らされていなかったという、ある意味では思い込みと勘違いの結果なのでした。

そこで、ニューヨークのスタジオにアラバマのミュージシャンを呼び寄せ、さらにニューヨークの一流セッションプレイヤーも参加して作られたのが、この「Respect」以降に展開されるアレサ・フランクリン全盛期の楽曲なのです。

またサイケおやじを熱くさせた女性コーラスのソウルフルな味わいは、もちろんゴスペルルーツの極みであり、演じているのはアーマ&キャロリン・フランクリンという、どうやらアレサ・フラクリンの姉妹らしいのですが、実にたまらんですよ♪♪~♪

こうした路線は続く「A Natural Woman」でさらに全開! ご存じ、キャロル・キングが書いた名曲ですが、アグレッシブなストリングを大胆に導入し、深みのある女性コーラスを従えたアレサ・フランクリンの魂の絶唱がじっくりと堪能出来るのです。

そしてもうひとつ、サイケおやじを狂熱させたのが、B面ド頭の「Chain Of Fools」に聴かれる、まさに横揺れしているとしか言えないリズム隊のグルーヴです。この真っ黒なビートにノリまくったアレサ・フランクリンのボーカルとバックコーラスの最高の熱気は、虜になったらヤミツキですよっ!

ちなみにここで聞かれるイントロのギターの蠢き、コードの味付けやリズム隊のヘヴィなグルーヴは細部まで、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル=CCRにパクられていますから、何の曲はあえて書きませんが、ぜひともお楽しみ下さいませ。もう既に、納得されていらっしゃる皆様も大勢、ですよね♪♪~♪

しかしアレサ・フランクリンの魅力は、こうしたゴスペル系の黒っぽさばかりではありません。オーラスに収められた「小さな愛の願い」は、バート・バカラックの作曲した愛らしいメロディをディオンヌ・ワーウィックが歌って大ヒットさせたという、所謂カバー曲でありながら、ここでの強い印象は素晴らしすぎます。バックのボサロック風の演奏も実にお洒落なんですが、アレサ・フランクリンの単に黒人ソウルと括ることの出来ない真実の熱唱は圧巻! 告白すると若き日のサイケおやじは、このトラックばかり聴いていた前科があります。

ということで、このコンパクト盤は私に南部ソウルの魅力とアレサ・フランクリンの凄さを教えてくれた思い出の1枚です。本音で言えば、オーティス・レディングよりも、当時は聴いていましたですね。冒頭の「Respect」にしても、オリジナルのオーティスよりも、ここに収められたアレサのバージョンに馴染んでいるほどです。

う~ん、それにしても当時は、ちゃんとしたLPが買えなくて、ずいぶん悔しい気分になっていたわけですが、それゆえにシングル盤やコンパクト盤には尚更の思い入れが強いです。

ちなみにジャケットにある「ステレット」とは、ステレオ仕様を示す造語というご愛敬も憎めませんね♪♪~♪

ジャケ写のルックスは中尾ミエ!?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シカゴソウルもよろしく

2009-06-16 09:19:31 | Soul

Oh Girl / The Chi-Lites (Brunswick / ビクター音楽産業)

黒人大衆音楽の所謂ソウルミュージックには様々なスタイルがあって、それは地域別に称されることが多々あります。

例えば本日ご紹介のボーカルグループ、シャイ・ライツはシカゴソウルという一派ですが、この「シカゴ」というのが、1960年代ではモータウンでお馴染みのデトロイトと双璧をなす黒人音楽の中心地でした。それはご存じのように、古くは黒人ブルースやモダンジャズでも同様だったわけですが、ソウルミュージックではカーティス・メイフィールドが中心となっていたインプレッションズは、当時の流行だったダンスミュージックばかりではなく、コーラスを重視した歌物にも限りない魅力を発揮していましたから、それがシカゴソウルというひとつのスタイルに定着していったようです。

つまり都会的なムードが強いメロディを黒人コーラスグループが歌うところに、シカゴソウルの味わいが楽しめるわけですが、もうひとつ、黒人独特のファルセットボーカルの魅力というのも、確かにあります。

さて、本日ご紹介のシャイ・ライツは、そうしたメロウなフィーリングとメロディ中心主義の歌でブレイクしたグループのひとつてす。メンバーはユージン・レコード、ロバート・レスター、マーシャル・トンプソン、クリーデル・ジョーンズという、何れもソロ歌手としてのキャリアも輝かしく、またシャイ・ライツ結成以前に所属していたグループでもヒットを飛ばしています。

その彼等が1972年に大ヒットさせたのが、この「オー・ガール」ですが、掲載した日本盤シングルのジャケットには「チャイ・ライツ」とグループ名があるのはご愛敬♪♪~♪

ミディアムスローなテンポで歌われる素敵なメロディが実に心地良く、後年にはホール&オーツもカバーしていましたから、きっと皆様も一度は耳にしたことがあろうかと思います。

ちなみに曲を書いたのはグループのリーダー格だったユージン・レコードですが、この人はシカゴの黒人音楽界では顔役的な存在で、ラムゼイ・ルイスのトリオから独立したヤング・ホルト・アンリミッドのヒット曲「Soulful Strut」をはじめ、多くのヒットを制作していますので要注意! もちろん歌手としての実力も流石だと思います。

ということで、本日は簡単ではありますが、ちょっとシカゴソウルについてふれました。我が国では山下達郎が、このシカゴスタイルを上手く継承しているのかもしれません。

そしてジャズでもブルースでもロックでもR&Bでも、自分の好きな音楽を辿っていくと、何故かそこはシカゴへと至ります。やっぱり何か、あるんでしょうねぇ。これは今後の課題でもあります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ワイルド・チェリーのファンキーな唇

2009-05-31 10:59:53 | Soul

プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック / Wild Cherry (Epic / CBSソニー)

1970年代の遊び場のひとつに、ディスコがありました。

まあ、これは今でもそうなんでしょうけど、特に例の「サタディ・ナイト・フィーバー」が大当たりした前後は、老いも若きもフィーバーしまくっていましたですね。

ただしサイケおやじは、そうした場所は正直、好きではありませんでしたから、つきあい程度で、決して自発的に行くことはなかったのですが、しかしディスコで流行っている曲には、思わずカッコイイ~~♪ とシビレてしまうことが度々でした。

本日ご紹介の曲もそのひとつで、昭和51(1976)年秋頃には大ヒットしていましたが、ジャケットにも印刷されているように、アメリカでのチャートの首位も必然と認めざるをえません。

そのヘヴィでタイトなビート、粘っこいグルーヴとキメのリフの潔さ、抑揚のないメインのメロディを下世話に歌っていくボーカルとコーラスの合わせ技には、自然に身体がノセられてしまいます。う~ん、ファン~キ~~~♪

しかし演じているワイルド・チェリーというバンドは、なんとオール白人のおっちゃんバンドだったらしいですよ。そしてこの曲のヒットにより、メンバーチェンジや仲間揉めが頻発したらしく、それほど後が続かなかったのは、如何にも芸能界どっぷりの事情があったようです。

このあたりは、例えば南部ソウルのスタックス全盛期のスタジオミュージシャンが白人主体だったとか、あるいは黒人経営と信じられていたモータウンにも白人スタッフが多数参入していたとか、なかなか一筋縄ではいかない事実のひとつでしょう。

ただ、素敵な曲と演奏の前には、そうした裏話は関係ないわけですが……。

そしてサイケおやじが、もうひとつこの曲に思い入れがあるのは、このエロキューションなジャケット♪♪~♪

実はこのシングル盤を買ったのは、同年11月に封切られた日活ロマンポルノ「色情妻・肉の誘惑(西村昭五郎監督)」を観た帰り道だったんですが、その作品に出演していた渡辺とく子という、唇が最高に色っぽい女優さんの名演がダブルイメージだったというわけです。

ちなみに彼女は翌月封切りの「夕顔夫人(藤井克彦監督)」でも、最高の演技で谷ナオミと対峙していますよ♪♪~♪

ということで、本日は如何にもサイケおやじの本性剥き出しの1枚ということで、お開きと致します。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ビリー・プレストンのライブ盤、驚愕の再発CD

2009-05-23 12:40:17 | Soul

Billy Preston Live European Tour 拡張版 (A & M / ユニバーサル = CD)

CD時代になっての再発には驚くべき発掘も多いのですが、このブツにもド肝を抜かれました!

内容はビートルズやストーンズのサポートメンバーとして一躍有名になったビリー・プレストンが1974年に発売したライブアルバムで、その内容は1973年に敢行されたストーンズの欧州巡業から、その前座公演を収めたものです。

メンバーはビリー・プレストン(key,vo) 以下、Huby Heard(key)、Kenny Lupper(key)、Manuel Kellough(ds)、という当時としては画期的な3キーボードのレギュラーバンドに、ストーンズのメンバーだったミック・テイラー(g) が加わっての熱演が楽しめます。

そしてこのアルバムは当然ながら日本盤がリアルタイムで発売され、ニューソウルのファンはもちろんのこと、ストーンズファンにも要注意だったんですが、この復刻CDには「US Version」と「UK Version」のふたつが収録されており、サイケおやじには???

結論から言うと、なんと「US Version」は当時は未発表!?

そして実際に聴いてみると、「US Version」と「UK Version」は完全に異なる演奏と言って過言ではないのです。

ちなみにサイケおやじがリアルタイムで入手して聴いていたのは日本プレスの「UK Version」でありましたから、そのあまりの違いに震えが止まらないほどでした。しかも、それに気がついたのが、昨夜の出来事なんですから、冷や汗もびっしょりでしたよ。

★US Version
 01 Day Tripper
 02 The Bus
 03 Let It Be
 04 Will It Go Round In Circles
 05 Let's Go Get Stoned
 06 Space Race
 07 Amazing Grace
 08 That's The Way God Planned It / 神の掟
 09 Outa-Space

★UK Version
 10 Day Tripper
 11 The Bus
 12 Let It Be
 13 Let's Go Get Stoned
 14 Billy's Bag
 15 Will It Go Round In Circles
 16 Outa-Space
 17 Higher
 18 Get Back

では、何故にこうした事情になったのかは、このCDの付属解説書を読んで納得というか、どうやらリアルタイムではアメリカ盤が出なかったらしく……。それが日本での再発にあたり、本国レーベルから送られてきたマスターが、その幻となっていた「US Version」だったと解説されているのですが、確かに私自身も、問題のアメリカ盤は現物を確認しておりません。

肝心の中身はビリー・プレストンが十八番のキーボードファンクを軸に、この人だけに許されるビートルズナンバーのタフな改変が、なによりも注目でしょう。もちろん英米両パージョンの違いも楽しいところ♪♪~♪

まず「Day Tripper」ではガンガンに迫ってくる三層構造のキーボードグルーヴをメインにしながらも、アメリカバージョンでは随所に得意のリックを弾きまくるミック・テイラーの潔さ! ハードなドラムスの存在感にもロックとソウルの融合が顕著です。しかしこれがイギリスバージョンでは、些かメリハリの無いミックスで、演奏そのものも違っています。

また説明不要の「Let It Be」では、ビリー・プレストン持ち前のナチュラルなゴスペルフィーリングが心地良く、また例の屋上セッションの夢をブッ飛ばすかのようなハードロックファンクに仕立てられた「Get Back」にも、ある意味で溜飲が下がります。もちろんミック・テイラーのギターは燃え上がっていますよ♪♪~♪

このあたりの痛快さは、ビリー・プレストンのオリジナル曲でも遺憾無く発揮され、ファンキーオルガンが炸裂する「The Bus」、自身の大ヒット曲「Will It Go Round In Circles」、そして極みつきのファンキーインスト「Outa-Space」を聴いていると、ストーンズのサポートメンバーでありながら、母屋を乗っ取る寸前にまで強烈な存在感を示してしまった1975~1976年のツアーを予感させますねぇ~♪

実際、ここでの「Outa-Space」は、英米両バージョンとも、激ヤバにカッコイイですよ! ミック・テイラーも自分が率先して楽しんでいる感じが憎めません。スライでお馴染みの「Higher」へと流れていく仕掛けも最高です。

一方、シブイというか、ビリー・プレントンが下積み時代からバックバンドの一員を務めていたレイ・チャールズのヒット曲をカバーした「Let's Go Get Stoned」が、ハートウォームな好演♪♪~♪ ちなみにこれは、ほんのちょいしか歌われなかったイギリスバージョンよりは、きちんとワンコーラスを聞かせてくれるアメリカバージョンがお勧めです。

さらにアメリカバージョンだけに入っている「Amazing Grace」が、これまた説明不要のディープゴスペル! ビリー・プレストンのハモンドオルガンをメインにしたインストながら、この敬虔なファンキームードの良さは絶品ですよ♪♪~♪

そして続く「That's The Way God Planned It / 神の掟」はアップルからのアルバムに入っていた、私の大好きなゴスペルロックの大名曲ですから、このパートがあればこそ、アメリカバージョンに接した喜びは最高潮! もう、なにもいらない! 本当にそう思わされるのがサイケおやじの本性です。

ということで、付属解説書によれば、アメリカバージョンの発掘は既に2002年、公となっていたそうです。しかし私は完全にノーマークでした。そして昨夜、なんとなくCD屋の店頭に並んでいた紙ジャケ仕様のこのブツを発見! 驚愕感動の嵐だったというわけです。

どうやら英米両バージョンが纏めて収録されたのは、これが初めて!?

つまりは聴き比べも楽しいわけですし、何よりもビリー・プレストンの実力とライブの素晴らしさには圧倒されると思います。もちろんミック・テイラーのギターも痛快至極ですよ。

あぁ、再発CDは本当に侮れません!

どうやら限定盤らしいので、気になる皆様は早めにゲットしましょうね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャーメインもよろしく

2009-05-15 08:50:49 | Soul

パパの家 / Jermaine Jackson (Motowm / ビクター音楽産業)

オールディズ趣味にどっぷりと浸かっていた昭和48(1973)年頃には、当然ながら、そういう味わいを持ったメロディやカバー物にも惹きつけられていました。

本日ご紹介のシングル盤も、その中のひとつとして、私の大好きなカバーバージョン♪

オリジナルは Shep & Limelites という所謂ドゥーワップのグループが、1961年に大ヒットさせた、オリジナルタイトルは「Daddy's Home」という「泣きメロ」の名曲 ♪♪~♪ その魅力は本当に絶大で、我が国でもキングトーンズやシャネルズはもちろんのこと、山下達郎までが影響を多大に受けたオリジナル曲を歌っているほどですから、きっと皆様も耳にしたことがあろうかと思います。

で、これを歌っているジャーメイン・ジャクソンは、ご存じ、マイケル・ジャクソンの実兄で、この当時は2人ともジャクソン5というファミリーグループをやっていたのですが、当然ながら一番の才能があるマイケルは、既にソロ歌手としても評価が高かったのですから、ルックス的にはグループ内で最高の人気があったジャーメインにしても、ソロ活動を並行させるのが業界の掟でしょう。

そして幾つかのヒットを出しているのは言わずもがな、中でもこの曲は全米チャートの9位にランクされる成功作となっています。ただし我が国ではイマイチ……。

しかし、ここでの素直な歌い方は、なかなか魅力的ですよ。

失礼ながらジャーメインはマイケルほど歌のフェイクが上手くないのが、逆に良かったというストレートな表現が結果オーライだったのでしょう。ジーン・ペイチのアレンジも良い感じ♪♪~♪

また、さらにグッと惹きつけられるのが、B面に収録された「君の胸に抱かれたい / Take Me In Youre Arms」です。

これは一応、同じモータウンに所属している女性歌手の Kim Weston が1965年にオリジナルヒットさせたアップテンポのR&B曲ですが、今となってはドゥーピー・ブラザーズが1975年に出したカバーヒットバージョンが一番有名かもしれません。

しかし両方のバージョンを聴き比べて瞭然なのは、直線的なノリを重視したキム・ウェストンの特攻歌唱よりも、相当に白人ロックど真ん中というドゥーピーズのバージョンがカッコイイ! というのは時代の流れというものでしょう。

そして、そのドゥーピーズが元ネタとしていたのは、このジャーメイン・ジャクソンのバージョンなんですねぇ~♪

実にスマートな黒人フィーリングがモロに最高のロッキンビートで演じられた快演!

ということで、凄すぎる弟にはどうしても負けてしまったジャーメイン・ジャクソンですが、そのカッコ良さと粋なスタイルはファンも多いと思います。

と書きながら、サイケおやじは、このシングル盤だけしか所有していないのですが、とにかく両面ともに魅力の1枚ということで、本日はご理解願います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする