3月の衆議院予算委員会の田村智子議員の質問に対して、小宮山厚労相は、国会で審議中の「新システム」のもとで、「自治体は待機児童の人数は掌握しない」と答弁しました。
厚労相は「待機児童を含む、保育ニーズを把握し、それに基づく計画をたてる義務を自治体に課す。待機児童が出るのは『結果』の問題」と言います。
「保育ニーズに応える責務が自治体にある」とも言います。
「責務」と「義務」とどう違う?一緒じゃない?
この質問をテレビ中継で聞いた人と議論になったことがありました。
「待機児童の人数を把握する」ということは、小宮山厚労相いうところの「結果」として現に存在する「保育所に入れない子どもたち」のひとりひとりに、責任を負うということです。
ひとりひとりの、名前があり、顔があり、人格がある、子どもたちの日々に責任を負うということ。
それは、抽象的な「ニーズの把握」とは違うのです。
様々な方法で「ニーズ」を把握し、計画を作ること。計画に基づく施設整備や、人材の確保など事業を実施すること。それも自治体の「責務」です。
しかし、それとは別に、今、保育を必要としている子どもたちに対する日々の保育を保障する義務を果たすことを「国と自治体」に求めているのが、今の法律。
それを、骨抜きにしようとするのが「新システム」。
「ニーズの把握と計画策定」は、現行法の下でも「自治体の責務」であり、「次世代育成支援計画・後期計画」の目標年度はH26年度です。
自ら策定した「計画」を指針に、自治体としての「保育の実施義務」を果たすこと。
大阪市が先頭をきった、子どもひとり当たりの面積基準の緩和など、「待機児童解消」を口実にした子どもたちの命を危険にさらすような改悪は行わないこと。
6月の定例会のテーマにしたいと思っています。
厚労相は「待機児童を含む、保育ニーズを把握し、それに基づく計画をたてる義務を自治体に課す。待機児童が出るのは『結果』の問題」と言います。
「保育ニーズに応える責務が自治体にある」とも言います。
「責務」と「義務」とどう違う?一緒じゃない?
この質問をテレビ中継で聞いた人と議論になったことがありました。
「待機児童の人数を把握する」ということは、小宮山厚労相いうところの「結果」として現に存在する「保育所に入れない子どもたち」のひとりひとりに、責任を負うということです。
ひとりひとりの、名前があり、顔があり、人格がある、子どもたちの日々に責任を負うということ。
それは、抽象的な「ニーズの把握」とは違うのです。
様々な方法で「ニーズ」を把握し、計画を作ること。計画に基づく施設整備や、人材の確保など事業を実施すること。それも自治体の「責務」です。
しかし、それとは別に、今、保育を必要としている子どもたちに対する日々の保育を保障する義務を果たすことを「国と自治体」に求めているのが、今の法律。
それを、骨抜きにしようとするのが「新システム」。
「ニーズの把握と計画策定」は、現行法の下でも「自治体の責務」であり、「次世代育成支援計画・後期計画」の目標年度はH26年度です。
自ら策定した「計画」を指針に、自治体としての「保育の実施義務」を果たすこと。
大阪市が先頭をきった、子どもひとり当たりの面積基準の緩和など、「待機児童解消」を口実にした子どもたちの命を危険にさらすような改悪は行わないこと。
6月の定例会のテーマにしたいと思っています。