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木は風土の産物、日本人は古代より木と暮らしてきた。2004年「木と暮らす文化」を寄稿

2017年02月07日 | studywork

 埼玉の自治体総合研修誌の依頼で木の国日本をイメージして下記をまとめた。長文だが全文を再掲する。
2004 「木と暮らす文化」 埼玉自治/2004.3(写真はホームページ参照)

高まる木への回帰

 私たち日本人は木と暮らしてきた。かつての住まいはすべて木造であったし、食卓や戸棚、机・椅子、箪笥などの家財はもちろん、お盆、お椀、箸、まな板、下駄、櫛、鉛筆・・・、あげればきりがないほど、生活の至るところに木が使われていた。
 現代の生活はマンション住まいが増え、工業製品で生活が便利になってきたが、しかし、木材への関心はむしろ高まっている。木材が循環素材であり、地球環境への負荷が小さいことやシックハウス、シックスクール対策が理由にあげられるが、それだけではなさそうだ。
 最近竣工した埼玉県立武道館は高さ20数mの大空間を木造架構で支えているが無骨さや重さは感じられないし、新潟県にある聖籠中学校や高知県の牧野富太郎記念館(写真、木材を活用した牧野富太郎記念館)は積極的に木材を取り入れ、居心地の良い室内環境をつくり出している。また、こけら落としを終えたばかりの国立劇場おきなわでは内装に木格子を採用し、格調高さを演出している。商業建築では木材の効果的な配置で意匠性を高め客足を集めている例も多い。もちろんマンションや住宅建築は木の使い方が住宅の価値を左右するほどで、つくづく日本人は木への志向が強いと思う。
 どうして日本人は木への志向が強いのだろうか。

日本は木の国
 第一の理由は、木が豊かにあることであろう。日本の地勢や気候が木の生育に適していて、どこに住んでいても容易に木材を入手することができる(次頁写真、日本各地で木と暮らす光景を見ることができる・岐阜県白川村)。しかも樹種が豊富で、思いつくまま名前を列挙しても、桧、杉、桜、欅、松、栗、樫、タモ、桐、ブナなど、多彩である。樹種の多様さは、木の強さや木肌の違いとして表れ、きめが細かい、赤みがある、木目がいいなど、木の個性的な表情が暮らしに彩りを添えてくれることも木材が生活にとけ込んできた理由である。
 加えて木が再生産できることも大きな魅力になっている。娘が生まれたら桐の苗木を植え、結婚の時に桐箪笥を持たせるといった話がある。実際に箪笥をつくるには何本も植えなければならないが、桐はおよそ二十年で使うことができるので、誕生記念で植えた桐を結婚にあわせて箪笥に仕上げることは不可能ではない。ほかの木であれば孫の時には利用できるほどに成長する。誕生のときに植え、子どもや孫の時代に利用する、このように育てては繰り返し使い続けられることも木が普及した要因である。

木は強くて優しい

 第二の理由は、木の強さである。木は繊維が束になった構造のため外力に対する抵抗力が大きい。箸がいい例で、1cmにも満たない太さだが相当な力を加えても折れないのは驚きである。しかも、木は繊維方向に生長するため、樹種によっては数十mまで成長する。断面も応じて大きく、十分に強度のある木材を容易に入手することができる。かつての民家は自分の裏山から切り出した木材を縦横に組み合わせて構造とした。各地に残る古民家を訪ねると、土間の上に組みあがった小屋組のがっしりとして揺るぎのない構造法を見つけることができる。
 木材は十分に乾燥させ、よく管理すれば、耐久性がきわめて長くなる。世界最大の木造建築・東大寺大仏殿(高さおよそ49m・写真、世界最大の木造建築・東大寺大仏殿)、世界最古の木造建築・法隆寺五重塔(およそ1300年の歴史)からも木の強さを改めて実感できるはずである。
 ところが木は繊維の束で構成されているため弾力性もあり、特に板材のように加工すると板が外力に応じて変形し、力を和らげてくれる性質がある。体重60kgの人が歩くと片足に30kgの力がかかる。コンクリート床では30kgの力がそのまま足首、膝、腰に跳ね返ってくるので、立ちずくめの場合にはかなりの疲労になる。しかし、板床は板が力を受けて変形し、歩くときにかかる力を吸収してくれるので体への負担は小さい。壁板も同様で、万が一ぶつかっても板が変形し衝撃を和らげてくれる。
 木材は強さとともに柔らかさを兼ね備えた人に優しい素材なのである。

木の温もり・木の香り

 理由の第三に木の温もり、木の香りがあげられる。冬の寒い日、金属やガラスに触るとヒヤッと感じるのは体温が金属、ガラスに流れていくためであるが、木材には保温性、断熱性があるため熱が奪われにくい。しかも繊維質の調湿作用のおかげで、室内が乾燥しているときは木材から湿り気が放出され、室内に湿気がこもると木材が湿気を吸収する働きがある。この働きを活かして、美術館の収蔵庫(写真、木の調湿作用を活かした収蔵庫・東京都世田谷区立美術館)では貴重な絵画を保管するため内装に木材が使われている。そのうえ、木目は幾何学模様とは違った柔らかさや生き生きとしたリズム感があり、見た目にも温もりやさわやかさを感じさせてくれる。
 木はまた香り成分をもっている。樹種によって香り成分は異なり、桧ではα-ピネン、テルピネオール、リモネンなどが含有されている。そのため桧風呂は、耐久性や木目の良さもさることながら香り成分のおかげで気分が爽快になり心身がいやされるので人気が高い。マンション住まいでも浴槽のフタを桧板にしたり、桧の端材を浮かべるだけで香り成分を楽しむことができる。また、ヒバには殺虫効果のある成分、松には喘息に効果のある成分が含まれるなど樹種ごとに成分が違うので、心身のいやし、勉強や仕事、健康など、適材適所に使い分けると効果的である。

木は情感を育む

 木を志向する第四の理由は、木の感性的な働きであろう。
 大工さんが鉋をかけると、ざらざらの表面や汚れた表面が削られ、見違えるようななめらかな木肌が現れる。しかも鉋くずは向こうが透き通って見えるほどの薄さで、木材の断面強度にはほとんど影響しない。これほど簡単に美しく仕上げられる素材は他に見あたらない。以前は家の建て替えに古い材を鉋がけなどで修復し、再生利用するのが当たり前であった。古材の修復、再生利用は、五月の節句に歌われる柱の傷のように家の歴史や家族の思い入れを引き継ぐことができる。古民家を訪ねたときの懐かしさや安らぎは、生活になじんだ古材、家財を通してそこに暮らしていた人たちの思い入れや温もりを感じとることができるからだと思う。
 さらに、木は鋸やのみを使って思い通りの形を作りだすことができる。棟上げをしたばかりの木造住宅をのぞくと、柱や梁の接合が複雑な形をしていることに気づく。これは別々の木材をつなぎ一体化させる技術で、蟻継ぎ、かま継ぎ、台持ち継ぎ、追っ掛け継ぎなどと呼ばれている。名前からも想像できるように、巧妙な形に加工され、釘を使わずに別々の部材を接合することができる。工事の進行とともに隠れてしまうのが惜しいほど巧みな造形である。
 目につきやすいところでも、格子天井、格子戸(写真、格子、出桁、頬杖などが調和する海野宿の家並み)、障子の組子、欄間、階段と親柱、和箪笥、寄せ木床など、目を飽きさせない芸術的な木の加工表現を見つけることができる。
 こうした古民家や古材の歴史、芸術的ともいえる優れた木材表現に囲まれた暮らしは、知らず知らずに感性を刺激し、人間性を豊かにしているのではないだろうか。

 木材志向の理由を四点あげたが、同時に、身の回りの木々の働きも木材志向の大きな要因である。とりわけ、強風を防ぐ、プライバシーを守るといった物理的な働きもさることながら、四季に応じて千変万化し、暮らしに潤いをもたらしてくれることが木への志向を高めていると思う。加工された木材を通して自然の木々の潤いを感じ、ときには神木に通じる畏敬を抱くのではないだろうか。まさに日本人は木と暮らす民に他ならない。

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