潮来あやめ園は茨城県、佐原あやめ園は千葉県と県が異なるが、両あやめ園は利根川を挟んで直線で4km少々、車で8分ほどと近く、パンフレットなどでもあやめコラボなどと両園が連携してPRしている。潮来あやめ園を出て佐原あやめ園に向かう前に、佐原の町で食事を取ることにした。潮来あやめ園から国道51号に出て、常陸利根川を渡り、続いて利根川に架かる水郷大橋を渡り、JR成田線を過ぎて左に折れ、伊能忠敬記念館近くの駐車場に車を止める。
駐車場で佐原観光マップをもらい、お勧めの食事処をいくつか教えてもらう。駐車場の向かいに歴史をうかがわせる町家が並んでいて、正面にお勧めの食事処の一つ、蕎麦屋小堀屋本店があった(写真、左から2軒目)。
江戸時代、利根川の支流である小野川は舟運が盛んになり、利根川への合流点近くの佐原は小野川両岸や周辺に問屋、醸造などの商工業者の商家が集積して栄えた。創業は江戸時代が多く、明治時代に建て替えられ、当時の景観をよく残していることから、重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。前掲写真の左端が1804年創業、1895年建築、左から2軒目が1782年創業、1900年建築の蕎麦屋小堀屋本店、町家を挟んで右端が1880年建築である。
蕎麦屋小堀屋本店に入る。骨太の梁を見せた店内に「黒切り蕎麦」のお品書きが貼られていたので頼んだ(写真)。日高昆布を更級粉に練り込んだ蕎麦だそうだ。昆布の香りは気づかなかったが、昆布のねっとりさを感じる蕎麦だった。昆布には日ごろ摂取しにくいミネラルが豊富だから、蝦夷から運ばれた貴重な=高価な日高昆布を余さず活用しようと蕎麦に練り込んだのではないだろうか。イタリアで食べたイカ墨パスタを思い浮かべながら黒切り蕎麦を食べた。
蝦夷と佐原を結ぶ舟運図などがあれば、黒切り蕎麦の味わいが深くなると思う。
小堀屋本店の右2軒先(前掲写真右端建物の先)に小野川が流れ、忠敬橋が架かっている。小野川沿いにはかつての物産の集積地として栄えた当時の景観が残されている(写真)。
小野川沿いを南に歩くと、伊能忠敬記念館が建つ(写真)。川沿いの歴史的景観を損なわないための配慮か、コンクリート造に瓦葺切妻屋根をのせ、川沿いから隠れるように少し奥まって建っている。
伊能忠敬(1745-1818)が日本全国を測量し、日本初の日本地図を作った偉業は教科書でも習う(井上ひさし著「四千万歩の男」参照)。
伊能忠敬は17歳で醸造業を営む伊能家の婿養子になり家業に専念、36歳で名主、49歳で隠居、50歳のときに天門方高橋至時に入門、55歳のときの東北・北海道南部を対象とした第1次測量から毎年第2次~第4次測量を重ね、59歳のときに幕府に登用され、第5次~第10次測量を行い、73歳で没し、3年後の1821年に大日本沿海輿地全図(東京国立博物館蔵)が完成する。
記念館には伊能図と呼ばれる実測図、忠敬の生い立ち、測量の様子などが展示、解説されている。伊能図を見ながら、だいぶ記憶が曖昧になった「四千万歩の男」を思い出し、測量具を持ちながら決まった歩幅で歩いては記録する様子を想像する。海に沿って陸地をひたすら決まった歩幅で歩き続け、位置を確定するため山を測量し、北極星を測量し、などをしながら一汁三菜で腹を満たし、日本の外周を全て歩いたのだからまさに偉業である。
伊能忠敬記念館を出る。小野川の向かい側に伊能忠敬旧宅が建っている(写真)。かつて舟運で使われた荷揚げ場はいまは観光船に使われているそうだ。 小野川に架かる樋橋(小野川を超えて水を送るための樋管が架かっていたため樋橋と呼ばれるらしい)を渡り、旧宅を見学する。広い土間、帳場、座敷などが当時の醸造業の様子を残し保全されている。
測量具が展示されていた(写真)。かなり重そうである。これを担いで日本の外周を踏破したのだから恐れ入る。良い意味で伊能忠敬は執念の人だったようだ。
駐車場に戻り目的の佐原あやめ園に向かう。常陸利根川と利根川のあいだに与田浦川が流れていて、与田浦川の途中が与田浦と呼ばれる小さな湖になっている。その与田浦の東隣におよそ8haの佐原あやめパークが整備された。第1~第5の駐車場が整備されているから人気のほどがうかがえる。ところが、入口の看板にはあやめは3分咲きと書かれていた。今年の盛りは暑さにもかかわらず遅いようだ。入口でスタッフが気の毒そうに3分でも入園料は同じですよという。
園内にはショウブ田、藤のトンネル、バラ園、アジサイ、スイレン池、梅林、野点広場、芝生広場、森の遊び場、ドッグランなどが整備され、園内の水路をサッパ舟で巡ることもできる(写真、サッパ舟が巡る園内水路)。とはいってもあやめ鑑賞が目的の身には物足りない。
園内をぐるりと歩き、咲き残った睡蓮を眺め(写真)、カフェで一息する。 あやめは物足りなかったが、黒切り蕎麦に出会ったり、伊能忠敬を復習したり、心身の刺激には事欠かなかった。 (2024.9)