yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

「ローマ・ミステリーガイド」斜め読み

2014年11月29日 | 斜読

b386 ローマ・ミステリーガイド 市口桂子 白水社 2004  斜読・日本の作家一覧> 

 著者の前作「フィレンツェ・ミステリーガイド」を読んでいたので、図書館に並んだこの本を続けて読んだ。著者の狙いは、いわゆる観光名所のガイドではなく、別の意味での名所を取り上げている。
 別の意味とは、著者はタイトルにミステリーと銘打っているが、必ずしもミステリーじみているわけではない。ローマのように2000年を超える歴史のなかではさまざまなことが起きていて、その当時、その場所では大きな話題となったり、歴史の転換に一役買っていたりしていて、その痕跡がしっかり残されていても、いわゆる観光名所のコースから外れていることは少なくない。そういった場所に光を当て、紹介しようというのが著者の狙いである。
 ただ、著者が不可思議なことやものに敏感で、さらに怖いもの見たさといった性格が強く、怖いものを見ても物怖じしないばかりか、冷静に見極めるといったタフな精神があるようで、前作もこの本も、不可思議に見えることや気の弱い人なら避けてしまいそうな怖いものを訪ね、解き明かそうとしている。そういう意味での名所ガイドである。

 ガイドされている不可思議・怖いもの=ミステリーを、目次をおって紹介する。
p7 幸せな死体 カップチーニ修道会地下聖堂
p21 殺す女、殺される女 犯罪博物館
p38 死体拾い サンタ・マリア・デッラ・オラツィーオーネ・エ・モルテ教会
p55 激愛ベルニーニ サン・ピエトロ大聖堂
p69 そこに眠るもの カタコンベ
p86 古代ローマお墓事情 旧アッピア街道
p103 ナポレオンの妹の恋 ナポレオン博物館
p118 エジプトマニア ピラミッドとヴァティカン・エジプト博物館
p134 世界は闇で生まれた サン・クレメンテ教会、カラカッラ浴場
p150 賢者の石と魔法の扉 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世広場
p169 聖なる森 ボマルツォの怪物庭園
p187 そして船はゆく ネミ湖
p206 死にゆく町 チヴィッタ・ディ・バーニョレージョ
p221 父と娘 ボルセーナ

 前作の「フィレンツェ」に比べ、この本は解説的になっている。「フィレンツェ」では著者がまずその不可思議さ・怖いものさに引きつけられ、その謎を明かそうとした語り口になっていた。「ローマ」では解説をしようという意気込みが勝ったようで、あとがきにも触れているが、公文書などをかなり読み込み、それぞれで取材を重ねた様子が行間ににじんでいる。
 善し悪しではないが、不可思議さ・怖いもの見たさが先んじた「フィレンツェ」の方が、著者といっしょに怖いものをのぞき、それを白日の下に明かしていく気分になる。それに対し、「ローマ」は取材や文献調べに重みがかかり、その分の解説がていねいになったので、ことの顛末はよく分かるのだが、不可思議さ・怖いもの見たさの興奮が薄らいだ。

 例えば、ベルニーニの場合、サン・ピエトロ大聖堂は2度も訪ね、天才といわれたベルニーニの天蓋もしっかり見たにもかかわらず、天蓋を支える見事なうねりの柱の足元の大理石の台座の謎には気づかなかった。だから、著者のていねいな解説から、台座の紋章に、ベルニーニのコンスタンツァに対する愛と憎しみが彫り込まれていることがよく分かった。
 しかし、どうして著者が台座の紋章に不可思議さ・怖いもの見たさを感じたのかが伝わってこない。もちろん、ベルニーニ内面の葛藤が台座に彫り込まれているは新しい知見である。次にサン・ピエトロ大聖堂を訪れる機会があれば台座をしっかり眺め、ベルニーニの隠れた内面に思いを馳せるが、同時に、著者がどうして台座にとらわれたのかも推測してみたい。

 ベルニーニの話は同時に当時の男女の関係をも浮き彫りにしている。イタリアでは、男女の関係に絡んだミステリーには事欠かないようで、「フィレンツェ」でもいくつか取り上げられていたし、「ローマ」でもナポレオンの妹や父と娘などに男女のもつれが描かれている。現代の民主的な考え方からは想像しにくいが、似たような事件がないわけではない。そうした性癖は、前近代の考え方というよりも人間の本質に潜んでいるのかも知れない。この本を読みながらそんなことも考えさせられた。
 しかし、著者は人間の本質の追求を本題にしているのではない。むしろ具体的な事物のガイドに徹しようとしている。ネミ湖に沈んでいた船や崩落によって消えつつあるチヴィッタ・ディ・バーニョレージョのように、そこに何があったのか、そこで何が起きたのか、を記録や取材を元にガイドしている。そのうえ、それぞれにインフォメーションを追記している。自由にミステリーじみた名所を訪ね、著者の感じたミステリーを追体験してみたい旅人のための格好のガイドブックである。(2014.11読)

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「イタリアからの手紙」斜め読み

2014年11月25日 | 斜読

b385 イタリアからの手紙 塩野七生 新潮文庫 1997  斜読・日本の作家一覧> 

 ローマ人の物語を始め、塩野氏の著書はかなり読み込んだ。お陰でイタリアのみならず地中海を取り巻く歴史の興隆について学ぶことが出来た。
 氏は、1963年~1968年にイタリアに遊学し、「ルネサンスの女たち」「チェーザレ・ボルジア、あるいは優雅な冷酷」などを著して脚光を浴びた。
 氏は、原文の記録、手紙、資料などを読み解き、おそらく、大きな地図にそれぞれをクリップし、歴史の出来事を年代順に追いかけ、現地を訪ねて確信し、あるテーマに沿って本にまとめたのだと思う。もちろん、最初からそのスタイルが確立されていたのではないだろうが、毎年一冊刊行されたローマ人の物語を読んでいるうちにそういうスタイルがイメージされた。そのリアリティが私や大勢の読者をとりこにしたのだと思う。

 この本の初刊は1972年とあるから(1981年の説もある、文庫本は1996年)、「チェーザレ・ボルジア・・」のあと、イタリアに移り住み、しばらくして書かれたようだ。まだ30代の独身、日本女性として自由に活動し、さまざまな人と交流したことを背景にしたエッセイとしてまとめられている。もうローマ人の物語の構想が出来はじめていたか、あるいはその片鱗に気づき始めたころかも知れない。
 ローマ人・・までは10年余もあるから、逆におぼろげな構想、あるいは断片的なモザイクのもとの石片のような片鱗が15冊=15年分の書物としてまとまるには、10年もの年月が必要ということであろう。

 目次を紹介しよう。
p9カイロから来た男
p17骸骨寺
p25法王庁の抜け穴
p30皇帝いぬまにネズミはびこる
p37永遠の都
p44M伯爵
p52仕立て屋ブッチ
p60通夜の客
p67ある軍医候補生の手記
p81アメリカ・アメリカ
p88地中海
p96ヴェネツィア点描
p104イタリア式運転術
p110村の診療所から
p132未完の書
p136トリエステ・国境の町
p145ナポリと女と泥棒
p153ナポレターノ
p161カプリ島
p168マカロニ
p182シチリア
p203マフィア
p230友だち
p240シチリアのドン・キホーテ

 先にも書いたがまだ30代、イタリアを体一杯で吸収したころである。海の都の物語が1981年、トルコとの攻防を描いたコンスタンティノープルの陥落、ロードス島攻防記、レパントの海戦が1983~1987年、わが友マキアヴェッリが1987年、そして緋色のヴェネツィア、銀色のフィレンツェ、黄金のローマが1988~1992年と続く。まさにこうした塩野流の新たな歴史小説の下地がつくられたころが「イタリアからの手紙」の時期であろう。

 通夜の客、軍医候補生、診療所などには、塩野氏の驚きが感じられる。こうした驚きは至るところに現れていて、その驚きを通し、イタリア人とは何かを考え、そうしたイタリア人をつくり出した歴史に迫っていったのかも知れない。その一方で、地中海やカプリ島の素晴らしさに浸っている。風景と、そこで出会う人々に、である。マカロニやシチリアで描かれている食も氏を魅了したようだ。M伯爵や仕立て屋との交流、この本では陰に隠れている親しい人との交流も氏をイタリアに移り住まさせた魅力であろう。
 マフィアについては松本清張氏の小説や燃える男などに詳述されているが、もしかすると塩野氏の方が早かったかも知れない。
 イタリアをもっと知りたい方にもお勧めだが、「塩野流」歴史小説に興味のある方にもお勧めである。(2014.10読)

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「フィレンツェ・ミステリーガイド」斜め読み

2014年11月22日 | 斜読

b384 フィレンツェ・ミステリーガイド 市口桂子 白水社 2003 斜読・日本の作家一覧> 

 あとがきで、p229「この本は、私のようにちょっと怪しい好奇心を持ってしまった人のためのガイドブック」と記している。「怪しい好奇心」とは、その前段で初めてのヨーロッパで経験した血にまみれた教会の聖画の強烈なイメージと書いているから、多くの人が観光で紹介される、敬虔な祈り、静謐な空間、ロマネスクやゴシック、ルネサンス、バロックなどの美術工芸、壮大、華麗な聖堂建築とはまったく異質な、人間の本性を天使性と悪魔性に分けるなら、悪魔性を垣間見たい人へのガイドブックとなろうか。
 しかし、読んでみると、ここまで人間は悪魔的になれるのか、と思うガイドもあるが、通常から外れた生き方や発想・・・天才的な科学者、優れた芸術家の多くは通常から外れたことで異才が認められている・・・の結果ではないのとか思えるガイドもある。
  人の感じ方は多様だし、すでに悪魔性を垣間見る体験を何度かしていると慣れてしまうのか、印象が浅くなって好奇心がしぼんでしまい、著者のように聖画の強烈さをあっさりと受け流してしまうためかも知れない。
 しかし、著者は感性が豊かな方のようで、強烈なイメージを15年も持ち続け、怪しい好奇心に導かれて訪ね歩き、淡々とした記述のあいまに著者の価値観をさりげなく挟み込んで、この本にまとめている。

 この本でのガイドを目次で紹介しよう。
白亜の乳房 フィレンツェ解剖学博物館
UFOの聖母 ヴェッキオ宮殿
古代神のゆくえ サン・ミニアート・アル・モンテ教会
アッペンニーノの巨人 プラトリーノ公園
人体解剖の館 ラ・スペーコラ博物館
ある死刑囚の足跡 シニョーリア広場
光と影の空中回廊 ヴァザーリの回廊と国立考古学博物館
死を巡る ウッフィーチ美術館
ポルセンナの迷路 キウージ
聖女の頭 シエナ
拷問博物館 サン・ジミニャーノ
法王の箱庭 ピエンツァ
もうひとつのエクスカリバー サン・ガルガーノ
白い貴婦人の亡霊 ポッピ
愛しき女 ルッカ

 著者はボローニャに住んでいて、水木しげるの「妖怪大図鑑」などをイタリア語に翻訳しているそうだ。著者の在住歴と仕事柄からも、ミステリーガイドを著した経緯が想像できる。
 フィレンツェは2004年にツアーで半日の見学をした。わずか半日だから、主だったところを表面的に眺めるのに留まった。
 「白亜の乳房」の防腐処理を開発したセガートの墓はサンタ・クローチェ教会にあるそうだが、早朝に駆け足で訪ねただけで、まったく気づかなかった。
 ヴェッキオ宮殿は外観しか見る時間はなく「UFOの聖母」はやはり気づいていない。
 フィレンツェを遠望するためバスでミケランジェロ広場に行ったが、サン・ミニアート・アル・モンテ教会には寄らなかったので、幾何学模様のファサードは見ていない。
 シニョーリア広場の死刑囚の足跡も、ウッフィーチ美術館の死刑囚の絵も気づかず通り過ぎた。
 その後、塩野七生著「わが友マキアヴェッリ」などを読み、ボッティチェッリ「ヴィーナス誕生」などのテレビ番組を見て、だいぶ理解も深まったが、まだまだ観光の域を出ていない。
 近々、ルネサンス芸術をテーマとしたツアーに参加する。そのツアーではフィレンツェに連泊し、丸1日の見学が出来る。それでもフィレンツェには1日では不可能なくらいに見どころが多い。著者のガイドを思い出し、低迷している私の怪しげな好奇心を目覚めさせる時間がとれることを期待したい。

 ツアーではシエナにも1泊するが、ここもよく知られた観光名所で見どころが多い。ドゥオーモからドメニコ修道院は近そうだが、自由行動は難しいだろうから、聖女カテリーナの頭を拝謁する時間はとれないかも知れな。シエナでは怪しげな好奇心のことは忘れることになりそう。
 だが、ピエンツァは見学する予定である。15世紀のローマ教皇ピオ2世はなんとかオスマン帝国の脅威を退けようと十字軍を呼びかけた人物である。塩野七生著「ローマ亡き後の地中海世界」などを読むと、このころはイスラム教徒の海賊が我が物顔で地中海世界を荒らし回っていた。沿岸都市は至る所、海賊の餌食となった。ローマですら狙われかねない。ピオ2世は海賊も攻めて来にくい山あいのピエンツィアに教皇宮殿の移転を考えたらしい。わずか3年で、ピエンツィアの古い村を取り払い、新たな町をつくったのである。教皇ピオ2世の町を歩きながら、中世のイタリアの繁栄と陰惨を追想することは出来そうである。

 繁栄の裏の陰惨、天使性に隠れた悪魔性は車の両輪である。観光だからといって繁栄と天使性を表面的に眺めて感動するだけではいけない、その裏の陰惨、悪魔性を同時に見なければ真の理解にはほど遠い、これが著者のメッセージのようだ。異文化の旅には怪しげな好奇心を忘れないようにしよう。 (2014.10読)

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