book517 黒のクイーン アンドレアス・グルーバー 創元推理文庫 2014 <斜読 海外の作家一覧> 2019年9月にツアーでウイーンに2連泊した。2014年のツアーでもウイーンに2連泊している。ヨーロッパを席巻した歴史都市は見どころが限りない。ツアー前後の予習復習で本をリストアップした。
その一冊「黒のクイーン」は、ウイーンのフリーで保険調査を専門に探偵するペーター・ホガートが主役だが、活躍の舞台はプラハだった。プラハは2014年のツアーの最初に2連泊している。
ウイーンの復習にはならなかったが、物語に登場するヴルタヴァ川、カレル橋、プラハ城、黄金小路なども歩いたので、記憶を呼び戻しながら読んだ。
ホガートは、保険会社M&Rのウイーン支社長ラストから、姪で同社専属の美術品保険調査専門探偵シェリングが3週間前に、「・・プラハ国立美術館の火事でヴァーツラフの絵画13枚が焼失した事件は偽装、絵画は贋作、うまくいけば本物を確保できるかも知れない、今夜の飛行機で戻る・・」と留守電を残したあと行方不明になった、保険金を支払わなければならないタイムリミットが迫っている、4日のうちにシェリング行方不明と絵画の偽装を解明して欲しいと依頼され、空港に向かう直前のシェリングの写真を預かる。
ホガートは、シェリングが泊まっていたプラハ・ヴルタヴァ川沿いのホテルにチェックインする。
シェリングは運転免許証を持っていない。移動はタクシーである。シェリングのタクシー乗車記録を手に入れ、行き先を市街図で確かめ、2ヶ所に目星を付ける。
その一つ、ユダヤ人街のベルナルデイ小路を歩き、娼館鸚鵡亭で聞き込むが手がかりはなかった。シェリングはなぜ娼館のある小路に出掛けたのか?・・謎解きの伏線・・。
もう一つは、プラハ城に近い高級住宅街に住む暗黒街のボス、プラハの王と呼ばれるグレコの屋敷である。インターネットでグレコを調べ、グレコが芸術愛好家で高価な絵画を収集していることが分かった。ホガートは、美術館の火災、シェリングの失踪はグレコがからんでいるとにらみ、グレコ邸を訪ねる。
グレコは無関係と言い切り、ホガートは用心棒のディミトリに痛めつけられる。・・ディミトリーは、物語の主軸である連続殺人事件の被害者の一人でグレコの娘の世話係ナディーヌと付き合っていて、事件の最終場面に再登場する・・。
グレコに別の用で居合わせたプラハの私立探偵イヴォナが、ホガートにグレコにはちょっかいしないよう忠告してくれたうえ、ホガートを夕食に誘う。
ホガートは、カレル橋そばのカンパ島に住んでいるイヴォナを訪ね、首と両手のない連続殺人事件が起きていることを知る。最初の犠牲者はドイツ大使館参事官ザイッチの夫人で、イヴォナはザイッチから事件解明の調査を依頼されていた。
ホガートとイヴォナが話している途中、家に火炎瓶が投げ込まれ、火事になる。ホガートはイヴォナに自分のコートをかぶせ、飛び出した瞬間、銃撃される。ホガートは、絵画火災の保険金詐欺犯人がシェリングに続いてホガートを狙ったと確信する・・著者の誘導で、読者は暗黒街のボスやホガート銃撃がシェリング事件にからんでいると思わされてしまう・・。
イヴォナの弟オンドレイ、オンドレイの相棒イジーが登場し、事件解決までホガート、イヴォナに助力する。
家を焼かれたイヴォナはイジーのヨットに、イジーは近くのボートハウスに移り、ホガートはホテルをチェックアウトし、イヴォナのヨットに間借りする。・・ボートハウスでの暮らしぶりが描かれる、このあともプラハの底辺で暮らす人々が再三描き出される・・。
ホガートはイヴォナと国立美術館の火災現場を調べる。火災報知器は外されていて、額縁の跡は本物の絵画よりはるかに小さい。焼失した絵画が贋作であることは確定的である。犯人は内部関係者のようだ。監視員プリーコパが怪しい。
イヴォナの聞き取りで、プリーコパはベルナルデイ小路に住んでいることが分かる。・・シェリングが調査でベルナルディ小路を訪ねたことと結びつく・・。
オンドレイの聞き取りで、プリーコパは借金を抱えていた。・・ホガートはグレコ犯行説を軌道修正、プリーコパに目星をつける・・。
イジーがイヴォナの家の焼け跡から焼け焦げた盗聴器を見つける。狙われたのはホガートではなくイヴォナだったようだ。・・なぜイヴォナが狙われるのか、見当が付かない・・。
ホガートは、イジーがイヴォナの家で拾い集めた連続殺人事件の資料の中から、首と両手のないシェリングの現場写真を見つける。・・探偵のイヴォナが警察資料を持っているのは、警察内部につてがあるからで、やがて明らかになるが、随所に複雑な人間関係が織り込まれている・・。
ホガートとイヴォナは連続殺人事件の資料を整理する。最初の犠牲者はザイッチ夫人、2月1日、ヴルタヴァ川沿いのドヴォジャーコヴァ通りで、黒いビロードに包まれていた。2人目は3月1日、ヴルタヴァ川に近いドゥシュニー通りで白いビロードに包まれた元工場労働者、3人目は4月1日?、カフェ・エスプラナーデの前、ルーマニア出身の娼婦、4人目は5月1日、ヴルタヴァ川ノシュトヴァニツェ島、浮浪者、5人目は6月1日、コウロヴァ通りとゼレナー通りの交差点のバス停、デンマークの女性ハイカー、6人目は7月1日、ヴィーチェーズネー広場、フランス人の子守り・・グレコの娘の世話係・・、7人目は8月はじめ、ジシェコフ広場、浮浪者と続き、8人目がシェリングだった。
女の犠牲者は左利きの犯人に首、両手を斧で切り落とされ、白いビロードに包まれ、男の犠牲者は右利きの犯人に首を丸鋸で、両手は包丁で切り落とされ、黒いビロードに包まれていた。
女の犠牲者は胸にBA、BA、TU、BA、DA、男はBA、SP、BAの文字が刻まれていた。これは何を意味するのか、何かのメッセージか?。
警察は入念に状況を整理したが手がかりはない。イヴォナも推論を重ねたが、暗中模索のままである。
ホガートは死体発見場所を記した市街図をぼんやり眺めるうち、市街図がチェス盤の白黒市松模様に見えた。ならば、BAはドイツ語のポーン=チェスゲームの兵隊、DAはクイーン=女王、SPはナイト=騎士、TUはルーク=僧侶を意味するのではないだろうか。
ホガートは、左利きと右利きの2人の犯人がプラハ市街をチェス盤に見立てたゲームをしていて、取られた駒の代わりに死体を置いている、と仮説を立てる。
チェスゲームが事件解明の鍵とにらんだホガートとイヴォナはプラハに住むユダヤ人の伝説的チェスプレイヤー・ヴェセリーに会いに行く。ヴェセリーから、これまで対局されたゲームの棋譜を真似ているとのヒントを得る。
話が飛んで、棋譜探しは難航するが、プラハのユダヤ人ゲットーを舞台にして、皇帝と命を吹き込まれた泥人形ゴーレムがチェスを対局する無声映画・巨人ゴーレムにたどり着く。ゴーレムの最後の一手は白のビショップで、対局は決着する。
そこへ、ヴェセリー誘拐の知らせが入る。最後の一手、白のビショップはヴェセリーだった。最後の殺人の寸前、ホガートとイヴォナがヴェセリーを救出し、事件は解明されて幕となる。
時間を争う救出劇は息詰まる展開である。読んでのお楽しみに。
題名のSchwarze Dame黒の女性は、殺され黒のビロードに包まれたシェリングを指しているようだ。原題のままだとチェスゲームが連想できないので、訳者は黒のクイーンにしたのであろう。
連続殺人事件の背景には、異常な親による子どもへの性的虐待があった。この本では、性的虐待が子どもの精神に衝撃を与え、自分のなかに別人格をつくりだし、事件に発展している。著者は底辺のすさんだ暮らしを描き出すとともに、親による子どもへの性的虐待を訴えている。 (2020.7)