yoosanよしなしごとを綴る

つれづれなるままにパソコンに向かいて旅日記・斜読・よしなしごとを綴る

探偵スペンサーがケーキ6個で母を撃った犯人探しを引き受けるが意外な「真相」へ

2021年01月29日 | 斜読

book524 真相 ロバート・B・パーカー 早川書房 2003   <斜読 海外の作家一覧

 一都三県に緊急事態宣言が出され、不要不急の外出自粛が要請された。心身の健全の維持に文化的刺激は必須である。感染対策のうえ、空いた時間を狙って図書館に出かけた。人の通らない端の本棚のパーカー著のスペンサーシリーズが目に入った。
 R..B.ロバート(1932-2010)はアメリカの作家で、1973年のスペンサーシリーズ第1作「ゴッドウルフの行方」でデビューしたそうだ。スペンサーシリーズは好評で、40作も書かれ、映画化、テレビドラマ化もされているらしい。
 適当に手にした「真相」は2003年出版の30作目だった。これまでのシリーズで主人公スペンサーと関わったらしい人物が次々に現れるが、物語は独立して展開するので前作を読んでいなくても違和感はない。

 「真相」の物語は数ページずつ、65節のシーンに区切られて展開していく。描写は主人公スペンサーの第1人称で綴られていて、その多くは会話形式である。パーカーの特徴のようだ。
 スペンサーは元警察官でいまはボストンにオフィスを構える私立探偵である。体格はよく、ランニングで鍛えていて、トム・クルーズの映画のような超人的な活躍はしないが、敏捷である。状況分析は早く、疑問を解くための行動も積極的である。人柄の良さは、つきあいが広く、互いに信頼しあい、相手を思いやることからも推測できる。
 格闘、銃撃の場面もあるが、グリーニー著のグレイマンシリーズのようなダイナミックな活劇やスリリングな描写は少ない。
 クィネル著のクリーシィシリーズのような、社会を震撼させる事件の解決、国際的な陰謀のせん滅、社会正義のために悪を倒す、といったテーマではない。
 ダン・ブラウン著のラングドンシリーズのような、歴史、文化、宗教、科学などの新たな知見が織り込まれていることもない。
 アメリカ人の日常生活をベースにして、引き受けた事件の真実をたんたんと明かしていく展開である。

 終盤に近い55節で3人の殺し屋を倒しあと、56節で・・男を3人殺さなければならないというのはいったいどういう職業なのだ?・・今回は誰の助けになるのか?・・と自分を咎め、真夜中に恋人のスーザンに電話する。スーザンは、・・自分自身に対して誠実であろうとする、それがあなたの生涯の目的・・あなたがまともだから、あなたを愛す・・と答える。
 こうしたスペンサーの生き方やスーザンなどの登場人物との応答が読み手をとらえ、40作も続き、映画化、ドラマ化されるほど人気を博したようだ。

 1節、舞台演出家ポール・ジャコミンといっしょにスペンサーを訪れた舞台女優ダリル・シルヴァーが、28年前の1974年、母エミリイ・ゴードンがボストンのショーマット銀行でトラヴェラーズ・チェックを換金しようとしたとき、強盗に入った革命グループのドレッド・スコット・ブリゲイドに射殺されたが、未解決なので犯人を見つけてほしいと依頼する。
 ・・22節でダリルは母への復讐と本音を言い、43節では両親のことは何も知りたくないと飛び出していった。ダリルは空想に生きたかったようだ・・。
 スペンサーは、ポールからの手土産クリスピイ・クリーム6個に感激し、無料で引き受ける。・・こうした気っぷの良さが読み手をスペンサー好きにするようだが、ところどころで甘そうなケーキ菓子が出てくる。余計なお世話だが血糖値は大丈夫だろうか。

 2節で、ボストン警察のマーティン・クワーク警部から銀行強盗のメンバーは黒人の男、白人の女、車の運転手らしいことを聞く。3節で、クワークのオフィスで捜査ファイルに目を通す。ファイルは主任刑事マリオ・ベナッティが書いた報告書だが、FBIからの情報報告書が見当たらない。
 5節で、引退したベナッティに会うが記憶がないという。6節で、FBI特別捜査官ネイザン・エプスタインに会いに行くが、そのようなファイルは存在しないという。8節では、 新連邦庁舎国際コンサルティング局のアイヴズを訪ね、FBIからのファイルについて聞くが、手がかりはない。
 ・・スペンサーはフットワークがいい。次の節へと引き込まれる。

 7節に戻って、スペンサーの恋人スーザンと新しい子犬のパールⅡが登場する。スーザンと前のパールは前作で登場したらしい。
 10節もパールとスペンサー、スーザンのシーンである。・・犬が暮らしのなかにいるというのが、アメリカでは一般のようだ。犬と暮らす様子の描写も人気の一つであろう。

 9節でスペンサーの相棒ホークが登場する。ホークも前作で登場したらしい。黒人だが2人の信頼関係は強い。・・人種差別が何度か描かれる。まだ人種差別が根深いようだ。
 12節で、ホークの知り合いの黒人ソーヤー・マッキャンから、刑務所の黒人囚人と白人囚人の融和を図ろうとする運動が起こり、ドレッド・スコット・ブリゲイドが組織されたこと、刑務所から2人の囚人、1人がアブナー・ファンシイ=別名シャカ、もう1人がコヨーテ・・29節でリオン・ホルトンと分かる・・が脱走したことを聞く。
 14 節、被害者エミリイの姉=ダリルの叔母のシビル・プリッチャードに会い、エミリイとダリルの父バリイはヒッピイで、麻薬、マリファナを吸っていたことなどを聞く。
 飛んで27節で、スペンサーはサン・ディエゴに住むダリルの父バリイ・ゴードンに会う。バリイはマリファナを吸いながら、エミリイはコヨーテのあとを追いかけ、ダリルをバリイに預け出て行った、エミリイの友達はバニイ・ロンバードと話す。
 ・・さらに飛んで52節で、バリイからアブナー・ファンシイとバニイ・カーノフスキー、バリイとエミリイがペアになったと聞く。

 戻って15節、スペンサーがオフィスに入ると、勝手に侵入した政府の者と名乗る2人から、調査から手を引くよう忠告される。
 19節では、オフィスに男が現れ、いきなり電球の笠を銃で撃ち、エミリイ・ゴードンの一件から手を引けと脅す。
 20節で、ホークの仲間のヴィニイ・モリスが、ガンマンはハーヴェイで、ギャングのソニイ・カーノフスキイの依頼ではないかとスペンサーに教える。
 ・・なぜ、政府の者が現れたのか?、なぜソニイは28年前の反体制運動殺人事件の心配をするのか?。・・パーカーは読み手に謎解きを仕掛けるが、まだ謎だらけで展開の先が見えない・・。
 21節で、スペンサーとホークはソニイに会いに行く。話は決裂し、ソニイはハーヴェイに早くスペンサーを殺せと命令する。

 16節で、FBI特別捜査官エプスタインから事件担当捜査官がエヴァン・マローンだったことを聞く。23節で、スペンサーはエヴァン・マローンに話を聞くが、覚えていないと答える。
 24節、マローンの家を出た直後、スペンサーはショットガンを持った殺し屋に襲われ、何とか逃げ切る。25節、ホークがショットガン、ライフルを持参し、スペンサーの護衛につく。
 話は飛んで、32節でダリルからエミリイはタフト大学中退と聞いたので、34節でスペンサーを乗せたホークの車がタフト大学に向かう途中、尾行がつく。タフト大学でスペンサーとホークが二手に分かれると、3人の殺し屋が銃を構えてスペンサーを追いかけてきた。1人をホークが倒し、1人をスペンサーが撃つ。
 
 29節でロス・アンジェルス警察のサミュエルソン警部に会い、コヨーテの本名はリオン・ホルトン、サン・ディゴで2度逮捕、大量の麻薬が動いていたことを知る。30節でスペンサーとホークはリオン・ホルトンに会いに行くが、リオンはすべてを黙秘する。
  35節のタフト大学での取材で、エミリイと同じクラスにボニー・ロンバードがいて、2人とも1965年中退が分かる。
 36節、ボニーの住所がソニイ・カーノフスキーの屋敷だった。
 38節でソニイ・カーノフスキーはヴェリーナ・ロンバードと結婚し、娘ボニイが生まれたことをエプスタインから聞く。

 おおむね事件の重要人物の名前は出そろった。31節にはそれまでの事実と推理が整理される。・・これは読み手の謎解きの手助けになる。続きを読みたくさせるパーカーの筆裁きであろう。
 連邦捜査局とソニイ・カーノフスキーがそれぞれこの件を隠蔽したがっていることが分かってくるが、何を隠蔽しようとしてスペンサーの命を狙うのか。読み進むと点と点がつながり、糸口が次第に明らかになるが、この先はネタバレになるから読んでのお楽しみに。
 パーカーの描く奔放な男女関係、麻薬・マリファナ、ギャング、銃器はアメリカ社会の一断片のようだ。ゆえに多くの読者に違和感なく受け入れられ、映画化、ドラマ化されたのであろう。
 スペンサーの終盤の解決策はだいたんな奇策だが見事である。スペンサーファンが増えたのが納得できる。 (2021.1)

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2000.8 中国西北シルクロード18 天山山脈の南山牧場で遊牧民カザフ族のゲル見学

2021年01月25日 | 旅行

世界の旅・中国を行く>   2000.8 中国西北少数民族を訪ねる=シルクロードを行く 18  ウルムチ・南山牧場で遊牧民カザフ族のゲル見学

 かつてウルムチあたりは周辺の遊牧民族が優勢だったが、前漢の時代に西域都護府が置かれた。その後、中国王朝の力が弱まると遊牧民族が支配、中国王朝が勢力を回復すると遊牧民族が臣従し、中国王朝の力が弱まると遊牧民族が支配・・を繰り返してきた。
 744年、突厥に代わりウイグル国家が成立しモンゴル高原を支配下に置く。ウイグル王国は840年キルギスに滅ぼされるが、各地に分散したウイグル人勢力の支配が続いた・・前述のトルファンは天山ウイグル王国(11世紀~13世紀)が支配・・。
 1206年、モンゴル帝国の支配が始まる。1635年にモンゴル帝国が滅亡すると、1637年、モンゴル系の遊牧民族オイラトが、天山山脈の支脈であるボロホロ山脈、ボゴダ山脈の北に位置するジュンガル盆地にジュンガル帝国を興す。ウルムチは、オイラト語の「美しい牧場」との説が有力である。
 清・康煕帝はジュンガル帝国に軍を送り、雍正帝を経て、乾隆帝の時代にジュンガル帝国を滅ぼし、ウルムチに満州八旗兵を駐屯させ、以降、ウルムチが中心地となる。
 現在はウルムチが新疆ウイグル自治区の区都である。ウルムチの人口は130万人だが、歴史を反映して漢族、ウイグル族、カザフ族、モンゴル系オイラト族、回族など49の少数民族が暮らしている。

 市街のレストランで昼食を取ったあと、カザフ族の遊牧地である南山牧場に向かった。
 カザフ族は中央アジア西北部に広がるカザフステップの遊牧民で、周辺国との勢力争いの結果、現在はカザフスタンに960万人、ウズベキスタンに250万人、中国全土で146万人、ロシアに131万人を始めトルクメニスタン、モンゴル、アフガニスタン、キルギスなどアジア大陸からヨーロッパ大陸にかけて居住している。
 中国では146万人のうち130万人が新疆ウイグル自治区に集中している。中国語ではカザフを哈薩克と表記し、qazaqと発音する。

 南山はウルムチの南部、天山山脈の北麓の標高1000m~2000m~の山岳地帯である。
 ウルムチは内陸性気候で、夏は30℃ぐらいまで気温が上昇し、冬は-30℃まで冷え込むことがある。年間降水量は260mmだが、標高4000mを超える峰には夏でも氷河が残り、山あいには数多くの湖が点在していて、水に恵まれ湿潤である。低地ではポプラやニレなどの広葉樹が多く、標高が上がると松などの針葉樹に変わり、高地では樹木が育たないが野草が豊富である。
 カザフ族は冬のあいだ、1000m前後の低地で父母、若夫婦、子どもが家畜を飼いながら暮らし、初夏になると晩秋まで若夫婦が家畜を引き連れ2000m~の高地に移動する。
 南山牧場はウルムチから南に60kmほどの山麓に広がるカザフ族の牧場で、観光地としても人気があり、宿泊用のゲル=パオも用意されている。

 13:30過ぎ、市街を出て、畑地と草地の風景の坂道を1時間ほど走る。やがて風景がポプラ林に囲われた山あい変わる。
 14:50ごろ、土を踏み固めただけの南山牧場駐車場に着いた。観光客を乗せてきたマイクロバスが何台も止まっている。観光客のほとんどは漢族のようだ。
 駐車場で10元≒130円を支払う。駐車料金というより入場料?入山料?のようだ。
 駐車場の先の山裾に数え切れないほどの円形の白いゲル=パオが見えた(写真)。いまは土が露出しているが雪解け時期には水路となる川筋の両側に、数え切れないほどのゲルが並んでいる。その先はポプラ林の山並みである。ゲル群は山並みに包まれているように見える。
 離れてポツンとしたゲルもあれば、隣りあって並んでいるゲルもある。ゲルの建ち方に規則性はないようだ。馬がつながれたゲルもあり、馬を乗り回している人も見える。馬は遊牧に欠かせないのであろう。

 雨は降っていないが、靄ってきた。空気が湿っぽい。草の生育にかなった土地柄のようだ。
 ゲルのなかを見学したいと頼んだら、笑顔で一人15元≒200円と応じてくれた。暮らしの足しになればと、笑顔で支払った。
 靄ってきたためか、ゲルの中央の円形天窓(呼び方不明)を主婦が長い棒を操り、テントで覆い始めた(写真)。
 ゲルは直径6mほどの円形で、屋根はドーム状である(図)。骨組みは壁も屋根も細木で、壁は細木を斜め格子に組み(ケレゲと呼ぶ)、屋根は壁の細木の上端から屋根中央の円形天窓に向かって細木を掛け渡す(オニと呼ぶ)。
 壁、屋根の骨組みの外側を羊皮、内側をじゅうたんで包む。これでゲル=パオは完成である。

 入り口は木製の両開戸(エッスックと呼ぶ)で、方位にかかわらず風下側に向ける。山を吹き下ろす風は強く、冬の寒さは厳しいだろうから、風を避けようとするのは必然であろう。
 入り口側の半分近くは土間(ジィエラと呼ぶ)である(写真)。入り口左の戸棚の上にはテレビが置かれている。低地のゲルには電気は通っているようだ。入り口右にはプロパンガスボンベが置かれ、調理台が並んでいる。このあたりが調理空間になるのであろう。
 土間の調理場に近い側に石炭ストーブが置かれている。暖房器具はこの石炭ストーブだけだが、円形平面にドーム状屋根の形状は対流効率がいいようで、冬でも十分に暖かいそうだ。

 土間の奥は高さ15cmほどの床にじゅうたんが敷かれている。奥の床をカザフ語でベンチャンと呼んでいて中国語の炕kangだと説明していたから、廃熱などを通す床暖房になっているようだ。
 奥の床の中ほどに円形のテーブルが置かれていて、茶碗、菓子類が準備されていた。茶、菓子は観光客のためだが、ふだんの暮らしでもこのテーブルを囲んで食事、団らんをするようだ。
 家畜は羊100頭、馬15頭、牛20頭、山羊50頭、駱駝3頭を飼っていて、初夏~晩秋は高地で遊牧するため、いまは子ども夫婦が高地のゲルに暮らしている。低地のゲルは、その間、老夫婦と孫の3人暮らしになる・・孫が大きくなれば両親と遊牧にいくのであろう・・。祖父の陰ではにかんでいた孫は、私のスケッチをのぞき込んで自分が住んでいるゲルの図と分かったのか、笑顔になった。
 お茶をいただき、16:00ごろ南山牧場をあとにした。

 ・・1993年8月にモンゴルでゲルを見学した(写真)。1995年8月には内蒙古でパオを見学した。モンゴルのゲル、内蒙古のパオもカザフ族とほぼ同じ大きさで、壁の細木(モンゴル・内蒙古ではハナと呼んでいた)、屋根の細木(オニ)を骨組みにし、羊皮で包むつくり方は共通する。
 しかし、モンゴル、内蒙古は床を作らず地面の上に直にじゅうたんを敷いていた。また、モンゴルでは天窓(トーノと呼ぶ)を支える細柱(バガナと呼ぶ)を立てるが、内蒙古ではカザフ族のようにバガナはなかった。
 入り口は風を避ける、入り口の正面奥が最上位席、入り口右手が調理空間などは共通する。
 カザフステップ、モンゴル高原で、それぞれ身近な材で簡潔に組み立てられ、運びやすいテント住宅が自然発生的に生まれ、シルクロードを経て技術が交換され、次第に共通するつくり方=最適なつくり方に洗練されたのではないだろうか。そう考え、シルクロードの雄大さに思いを馳せながらホテルに向かった。  (2021.1)

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2000.8 中国西北シルクロード17 3時間走り標高-154mのトルファンから924mのウルムチへ

2021年01月21日 | 旅行

世界の旅・中国を行く>   2000.8 中国西北少数民族を訪ねる=シルクロードを行く 17  -154mのトルファンから924mのウルムチへ高速道路を走る
 
 6日目、ウイグル人の住まい訪問後、ホテルに戻った。19:30ごろホテルで夕食を取る。葡萄の名産地なので白葡萄酒を頼んだ。香りもよく、さっぱりした味のうえ74元≒980円だから廉価である。
 食後、葡萄棚の下に常設されている舞台の民族舞踊を見た。民族音楽にあわせ、鮮やかな色の衣装をふくらませてぐるりぐるりと回る踊りは、トルコで見た踊りを連想させる。白葡萄酒が効いたのか、華やかな踊りに惑わされたのか、一瞬まどろむ。
 寝台車で朝6時過ぎにトルファンに着いてから、たっぷりトルファンを堪能したから、異文化の疲れかも知れない。23:00ごろ部屋に戻り、夢のなかへ。

 シルクロードの旅7日目、朝7:00ごろ目が覚める。ちょうど太陽が顔を出したようで、空が赤く輝いている。
 朝食後、葡萄棚の緑道を散歩した(写真、撮影は前日の夕方)。緑陰は心地いい。緑陰の葡萄がトルファンを支える基盤産業をなしている。改めて、カレーズとともに生きるウイグル人の知恵を感じる。

 次の目的地ウルムチ烏魯木斉wulumuqiを目指し、9:30ごろホテルをチェックアウトする。
 市街を走っているとき、葡萄乾燥庫を乗せた民家のあいだに小さなモスクが見えたので寄ってもらった(写真)。外壁は白いタイル張り、屋根に緑色のドーム、緑色のタイルが貼られた塔が6本立っている。緑色はオアシスを連想させ、イスラム教では聖なる色の一つである。
 モスクの塔はミナレットと呼ばれ、アザーン=礼拝の呼びかけが遠くまで伝わるように、呼びかけ役が塔に上り「アッラーフ・アクバル・・・・」と呼びかけるためで、通常のミナレットは1本である。1995年訪ねたトルコのスルタンアフメト・モスク=通称ブルーモスクは、大理石のミナレットが6本立てられていた(写真)。いろいろな説があるが、6本のミナレットはスルタンアフメトの偉大さを象徴するとされる。
 ここのモスクの6本の塔はスルタンアフメト・モスクにあやかろうとしたのだろうか。
 一礼し、素足になり、モスク内に入る。床はじゅうたんが敷き詰められ、正面壁にはメッカ・カアバの方向を示すミフラーブが設けられている(写真)。ウイグル人の男たちは、こうしたモスクでカアバに向かい、毎日、夜明け前、昼、午後、日没、夜の5回礼拝するのである。信仰の力を感じる。
 正座し、日本流に合掌して、表に出た。

 市街を出て、1998年に完成したばかりの高速道路に入った。高速道路を使えば、ウルムチまでおよそ210kmを2時間半ほどで着けるそうだ。
 トルファン盆地の北側に天山山脈の支脈・ボゴダ山脈が連なる。ボゴダ山脈の西に天山山脈の支脈・ボロホロ山脈が連なっている。ウルムチはボゴダ山脈とボロホロ山脈のあいだに位置している。
 ボロホロ山脈、ボゴダ山脈の北を天山北路が通っている。
 トルファン盆地、天山山脈の南を抜けるのが天山南路・北道である・・天山山脈の南に広がるタクラマカン砂漠の南側に天山南路・南道が通る。
 天山北路と天山南路・北道をつなぐのが、ボロホロ山脈とボゴダ山脈に挟まれた山あいの道だけである。ウルムチはその山あいの道の要衝のようだ。鉄道も高速道路もその山あいを抜けていく。
 トルファンは標高-154mだった。ウルムチの標高は924mである。標高差1078mを上ることになる。車はスピードを上げた。右も左も石ころ混じり砂利が広がっている(写真)。ときどき丈の低い草が見えるが、砂利が圧倒している。樹木は1本も生えていない。
 砂利の彼方にボゴダ山脈が地肌を見せて、壁をつくっている。ここからは見えないボロホロ山脈とボゴダ山脈とのあいまを風が猛烈な早さで吹き抜けるようで、樹木は育たないようだ。

 石ころ混じりの砂利と地肌を見せた山並みを見続ける。風景に変化がない。1時間少し走り、小草湖サービスエリアで小休止になった。ドアを開けようとすると、猛烈な風がドアを押し戻す。外はよろけるほどの風が吹いている。風にあおられた砂が顔に当たる。風がもっと強ければ小石ぐらい飛びそうだ。
 温湿度計は18℃、58%だった。今朝のトルファンは23℃、59%だったから、気温差は標高のせいであろう。
 小草湖と名付けられているから近くに小さな湖があり、草木が自生しているのだろうが、サービスエリアからは石ころ混じりの砂利しか見えない。

 再び砂利と地肌を見せた山並みの風景を見ながら走る。
 砂利の風景が途切れ、白い建物と樹林が見え、また砂利の風景に戻った。その砂利のなかを長い車両の列車が通り過ぎ、また砂利の風景が広がる。
 草原が現れた。羊や馬が放牧されている。水源は見えないが、遊牧民が暮らしているようだ。
 左の山裾に白い湖が現れた。山並みはボロホロ山脈で、白く見えた湖は塩湖だった(写真)。塩分濃度は海水の100倍らしい。塩湖としては小さいが、観光地にもなっていて、土産品として塩が売られているそうだ。
 ほどなく風力発電用の風車が現れた。中国政府肝いりで開発されていて、300基以上がぐるりぐるりと羽を回している(写真)。強い風を利用したプロジェクトであろう。
 地球温暖化対策の決め手の一つは温室効果ガスの抑制である。そのためには自然エネルギーへの移行が実行されなければならない。日照時間が確保できれば太陽光発電、年間を通して風が吹くところでは風力発電が有効である。中国の取り組みを評価するとともに、広大な中国には未利用の土地がふんだんにあるから風力発電、太陽光発電のさらなるプロジェクトを期待したい。

 ほどなく風景に緑地が現れ、中層の集合住宅が建ち並ぶ市街に入った(写真)。ウルムチ烏魯木斉wulumuqiである。
 12:30近い。トルファン緑州賓館を出たのが9:30だから、小休止を含め、3時間のドライブだった。砂利が圧倒する風景を3時間近く見てきたので、緑地+集合住宅に人々の息吹を感じほっとする。 (2021.1)

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「本因坊殺人事件」は本因坊の不自然な時間配分の碁が謎解きの鍵

2021年01月17日 | 斜読

book521 本因坊殺人事件 内田康夫 幻冬舎文庫 2006  斜読・日本の作家一覧>  
 2020年11月、新型コロナウイルスの感染を避けながら、経済への寄与を兼ねた息抜きで、宮城県鳴子峡の紅葉を見に行く予定を立てた。鳴子は初めてなので予備知識の本を探し、内田氏著「本因坊・・」を見つけた。内田氏の地誌、歴史、習俗、文化に関する考証は旅の基礎知識になり、新たな知見を得ることも少なくない。
 行きの新幹線で読み始めたが、「プロローグ」「投了」あたりで東北新幹線一関に着いた。

 「プロローグ」の舞台は伊豆半島で、40歳前後の男が崖下に落とされた殺人事件である。この事件が「本因坊殺人」とどう関係するか見当がつかないまま、話は「投了」に移る。
 「投了」は天棋戦のことで、主催は大東新聞社である。前段に、挑戦者浦上彰夫八段の師匠で棋院の常務理事を務める瀬川謙一九段が登場する。浦上は瀬川の愛弟子で、瀬川の一人娘礼子と天棋位のタイトルを取ったら結婚する予定である。
 天棋戦の対局は宮城県鳴子温泉ロイヤルホテル雲龍の間で開かれる。高村秀道本因坊、立会人貝沼英次九段、観戦記者近江俊介、記録係新宮友雄三段たちは列車を利用する・・行きの列車で、鳴子は高村の初恋の思い出の地といった話が出る。
 挑戦者の浦上は飛行機にする。羽田で礼子が浦上を見送るとき、秋田に向かう瀬川の古い友人の牧野代議士に出会う。礼子は母を早く亡くし、小さいときから牧野に可愛がられたらしい。
 
 第1日の午前中、高村は羽織袴の正装で、ふだんと変わりなく碁を打っていたが、昼食後、こわいほどの緊張感を顕しながら不自然な時間の使い方に変わってしまう。そのまま浦上の封じ手で打ち掛けになる。その後、高村はハイヤーでどこかに出かける。
 第2日も高村の不自然な時間の使い方で終始し、投了になる。
 話は高村に移る。投了後、ハイヤーに乗り込んだ高村は、シートの隙間に隠れていた珍しいライターを見つけ、一瞬のうちにすべてを察知し、本能的な恐怖を感じて山のなかにもかかわらず車を降り、ホテルに向かって歩き出す。
 ホテルでは高村の外出を知った瀬川が困惑する。
 ・・伏線が仕込まれているはずだが、まだ展開が見通せない。こうした書き方が、先を読みたくさせる内田氏の術であろう。

 物語は、プロローグ、投了、鬼首峠、奥多摩渓谷、疑惑、山脈のかなた、炎の接点、対決、半四郎落とし、エピローグ と展開する。 「鬼首峠」の冒頭で、羽織袴姿の高村秀道の水死体が荒雄湖で見つかる。鳴子温泉から国道108号線を北に6km行くと荒雄湖だが、鳴子~荒雄湖間の目撃情報がまったくない。のちに高村の妹が草履が擦り減り、汚れているのに気づく。・・どこを歩いたのか?
 近江と浦上がB.B.B.と刻印された赤いライターを高村の遺品から見つけるが、高村はライターを持ってないはずと違和感を覚える。
 警察は、高村の足取りを調べ、第1日目の夜、国道108号線の荒雄湖の先の鬼首峠を越えて秋田県に入った秋の宮温泉で初恋の女性と会っていたことが分かる。女性と2日目も会いに来る約束をしたが、現れなかった。
 ・・プロローグの伊豆の殺人と荒雄湖の高村本因坊の水死とはどこでつながるのだろうか。どれが事件の糸口なのだろうか。内田氏はヒントをちらつかせながら読者の推理を待っているようだ。
 ・・私は一関からレンタカーで国道47号線を走り、鳴子峡で紅葉を楽しんだあと鳴子温泉に泊まった。翌日は国道47号線を戻ったので荒雄湖も鬼首峠も走っていないが、人里離れた山あいであることは想像できる。
                       
 「奥多摩渓谷」の冒頭は、天棋戦の主催が大東新聞社から1億3千万の契約で四大紙の一つJ新聞に移る話である。交渉窓口は瀬川だった。大東新聞社はアンチJ新聞の牧野代議士を通じて巻き返しを図ろうとする。・・天棋戦の移行が事件の背景か?。
 高村が鬼首峠の先、秋田県の原生林が迫る山あいを歩いていたという目撃情報に話が移る。・・荒雄湖での水死は他殺か?。
 天棋位挑戦手合第六局の棋譜に話が変わる。記録の新宮が時間記録にミスがあると近江に伝えたが、のちに奥多摩渓谷を渡るアーチの神代橋から投身自殺をする。棋譜は、瀬川が新宮から預かり近江に渡していた。近江は浦上に棋譜を見せ、対局の記憶を確認しょうとする。棋譜を見た浦上は時間記録の改ざんに気づく。
 ・・内田氏は読者に謎解きを仕掛けてくる。改ざんできるのは瀬川しかいないがなぜ改ざんしたのか?、そもそも高村はなぜ不自然な時間の使い方をしたのか?、新宮は本当に時間記録のミスで自殺したのか?、謎は深まり、伊豆の殺人、鳴子の本因坊他殺?、新宮の自殺?をつなぐ糸も見えてこない。

 「疑惑」 浦上は2日がかりで対局を再現し、6個所の棋譜改ざんを見つけたと、近江に話す。近江は事件の糸口をつかもうと鳴子に向かう。
 話は変わって、浦上は礼子と結婚式の準備を進め、ホテルニューオータニで瀬川に会う。そのとき赤いライターを持った男が瀬川と話していたのを思い出す。
 そのあと、瀬川家を訪ねた浦上は礼子から、新宮が自殺の直前に慍りながら瀬川に会いに来たことを聞く。
 ・・「対決」まで読むと、新宮が来たとき、瀬川は牧野代議士と会っていて、牧野の秘書と運転手もいたことが分かる。・・瀬川と牧野の親密さを臭わせる一方、新宮の自殺の真相は「対決」まで持ち越される。これも内田氏の策である。

 「山脈のかなた」では鳴子を訪ねた近江は、警察から、高村はハイヤーと似たような車を勘違いして乗車した可能性があると知らされる。その車の行動半径を割り出すと、横手も含まれる。
 横手で白タク常習者が消えたとの情報が入る。
 横手は牧野代議士の地元選挙区で、事件当日、牧野は地元に戻っていた・・羽田で礼子が浦上を見送るとき、秋田に向かう牧野がいた。点と点が少しずつつながりそうだ。

 「炎の接点」 浦上は、伊豆の被害者が私立探偵の渡辺との報道を読んで、ニューオータニで見かけた男、赤いライター、高村本因坊と連想し、B.B.B.を手がかりにライターのメーカーを調べ出す。記念に配った23個のうち22個はの所在が判明、残り1個の持ち主が被害者の渡辺だった。・・またも点と点がつながる。しかし事件の全容はまだ謎めいている。
 近江は、高村の考慮時間が暗号だったことに気づく。・・これ以上書くとネタバレになるので、あとは読んでのお楽しみに。

 ・・囲碁は縦19×横19=361路に白黒の碁石を交互に置いて領地を攻防するゲームである。読み始めたころは、「呪いのデュマ倶楽部」(book470)や「黒のクィーン」(book417)でチェスゲームが事件解決の決め手になっていたから、本因坊殺人も碁のゲーム展開が事件解明の手がかりだろうと勝手に思っていた。ところが、不自然な時間配分が暗号になっていて、私の予想はみごとに覆されてしまった。内田氏は巧妙である。しかし、私は囲碁の知識がないので見当外れかも知れないが、考慮時間から暗号を読み解くのは無理があるように感じた。布石とか、どこに碁石を置くかとか、目の形とか碁のゲーム展開に暗号を仕掛けた方が囲碁らしいと思うが・・。

 「対決」とは表面的には浦上と瀬川の師弟対局戦のことのようだ。高村の考慮時間が暗号であり、瀬川が意図的に改ざんしたことが分かった浦上は、瀬川との対局で高村と同じように考慮時間に暗号を仕掛ける。浦上の意図を理解した瀬川は覚悟を決める。
 ・・点のようにちりばめられた糸口がつながりだし、事件が浮かび上がってくる。
 「半四郎落とし」「エピローグ」ですべてが明かされる。
 読み終わって、故人となった内田氏には申し訳ないけれど、殺人が安易すぎると思った。「本因坊殺人」では5人も死んでいる。重大な背景があって殺さざるを得ない異常事態、非常事態の設定の方が、殺人が容認されるわけではないが、納得できるのではないだろうか。
 終盤、瀬川から浦上に暗い過去が語られる。エピローグに、浦上と礼子が近江たちに祝福される場面が一言あれば、明るい未来を展望して読み終えられるのだが・・。  (2020.11)

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2021.1 新型コロナ感染対策をし、文化的刺激を求め朴葵姫ギターリサイタルへ

2021年01月14日 | よしなしごと

2021.1 朴葵姫Kyuhee Park ギターリサイタルを聴く

 私の住むマンションの2区画先のプラザノースには、区役所にホールや図書館が併設されている。先の緊急事態が宣言されたころは、ホールも図書館も休館した。不要不急の外出自粛が要請され、買い物、病院、ウォーキング以外の外出を自粛していると、だんだん気が滅入ってくる。
 宣言が解除され、感染リスクに用心しながら図書館の利用を始めた。ホールは密閉空間なので、比較的長時間の催し物は避けていたが、感染リスク対策が広く行き渡った昨年12月早々、朴葵姫ギターリサイタルと野村万作の狂言の世界のチケットを購入した。どちらも感染リスク対策をさらに万全にしようと、席は2方向が空いている端を選んだ。

 12月中ごろから新型コロナウイルス感染がじわじわ増え、年明けには爆発的感染とまでいわれるようになった。
 2021年1月8日に、埼玉県を含む一都三県に緊急事態宣言が発出された。
 急ぎ、朴葵姫ギターリサイタルを調べたら、体温測定、手指消毒、マスク着用で開催とのことだった。
 感染リスクが危惧されるときはキャンセルするか途中退席しようと、「デビュー10周年記念 朴葵姫ギターリサイタル」に出かけた。
 感染リスクを避けキャンセルも出たようで、およそ400席は6割ていどだった。私の選んだ左中2階席はガラガラだったので安心してギターリサイタルを最後まで楽しんだ。
 聞き慣れない曲が多かったが、1年ぶりに演奏を実感し、気分が少し晴れた。自宅でCD音楽を聴くのと興奮の度合いが違う。暮らしには文化的刺激が必要である。気軽に演奏や観劇が楽しめる日が待ち遠しい。

 朴葵姫は、1985年韓国生まれで、日本と韓国で育ち、横浜にいたころ、3歳でギターを始めたそうだ。ウィーン国立音楽大学を首席で卒業し、スペインのギター第一人者に師事するなど腕を磨き、国際的なコンクールで数々の賞を受けている。
 YouTubeの朴葵姫による「アルハンブラの思い出」は503万回の再生だから、知名度がうかがえる。

リサイタル前半は
エチュードOp.6-11  F.ソル
ラグリマ(涙) F.タレカ
アラビア奇想曲 F.タレカ
スペインOp.165より第5曲カタルーニャ奇想曲 I.アルベニス
スペインの歌Op.232より第4曲コルドバ(夜想曲) I.アルベニス
詩的ワルツ集 序曲・第1曲・第2曲・第3曲・第4曲・第5曲・第6曲・第7曲・第8曲 E.グラナドス
休憩後の後半は
愛のロマンス 映画「禁じられた遊び」より 伝承曲
旅立ち 劇的幻想曲」Op.31 N. コスト
交響曲第5番嬰ハ短調より第4楽章アダージェスト G.マーラー
フリア・フロリダ A.バリオス
ワルツ第4番 A.バリオス
大聖堂 第1楽章・第2楽章・第3楽章 A. バリオス
が演奏された。

 パンフレットには、トレモロ奏法の技術の高さは絶賛されていると紹介されていたが、演奏技法には疎い。
 子どものころ手巻き蓄音機でタンゴを聞いた記憶がある。そのせいか、アルゼンチンタンゴやコンチネンタルタンゴを好んで聴き、アルフレッド・ハウゼ来日公演の演奏会にも出かけた。碧空、真珠取りのタンゴ、ラ・クンパルシータ、リベルタンゴなどが耳にしみこんでいるせいか、朴葵姫ギターリサイタルにはなじみのない曲が多く、物足りなく感じたようだ。それでも実演は刺激的である。前半45分、後半45分+アンコールで気分をいやし、帰路についた。  (2021.1)

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