<長野を歩く> 2010.10 上高地を行く1 パークアンドライド ウォルター・ウェストン
日本アルプスを望む景勝地として知られる上高地にはまだ行ったことがなかった。ホームページや観光パンフレットの穂高連峰の勇姿、梓川にかかる河童橋、大正池などは確かに気持ちをそそる。
出発の日はあいにくの大雨となった。最近の旅は最寄り駅まで列車を使い、現地でレンタカーを利用することが多い。今回は松本駅でレンタカーを借りた。
雨はますます強くなってきて、外の風景はほとんど分からない。運転担当の息子はナビに目的地をいれ、指示に任せて158号線を走る。途中、ひなびた酒屋に入りシャンペンを探したが置いてなく、店のおばさんに勧められるままナイアガラというスパークリングワインを買った。
やがて沢渡(さわんど)というところに着く。ここから先は上高地の環境を守るためマイカーの乗り入れを規制していて、シャトルバスに乗り換える。一種のパークアンドライドpark and rideである。
こうした仕組みはもっともっと普及していいように思うが、環境保全や渋滞緩和よりも行動の自由への欲求の方が高く、日本ではまだ事例は少ない。
沢渡上の駐車場にレンタカーを停め、バスに乗り換える。ごく普通の観光バスで、パークアンドライドを進めるような工夫は特にない。そこから30分ほど走った上高地帝国ホテル前で降りる。
ここから目指す上高地温泉ホテルまでは歩いて7-8分だそうで、天気がよければさわやかな気分を味わえただろうが、依然、土砂降りである。足腰が弱くなったり小さな子ども連れだったらホテル玄関に直行したいと思うのは当然であろう。パークアンドライドを補完するサポートがなければどんなにいいアイデアでも広まっていかない、そんなことを考えながら土砂降りを歩く。
大雨で道が沢のようになっている。途中、梓川にかかる田代橋を渡ったが風景を楽しむゆとりはない。ずぶ濡れになりながらホテルに入る。明るく、暖かいロビーにホッとする。にこやかに出迎えてくれたフロント係は、ロビーで記念写真を撮らせてくれという。今回は連れの誕生日にあわせてあり、あらかじめ連絡しておいたので記念に写真をとってくれるらしい。足下はびしょびしょだが、笑顔をつくって、はいポーズ!。翌朝、木彫りの額に入った写真ができあがっていた。いい記念になった。
上高地の温泉はここだけで、芥川龍之介や若山牧水、斎藤茂吉、高村光太郎、高見順、寺田寅彦などのそうそうたる人物が泊まっている。ロビー横にはギャラリーが設けてあり、そうした文人墨客ゆかりの作品や上高地の絵画・写真が展示されている。ぶらぶら見ていると、古い新聞記事が貼ってあり、ウォルター・ウェストンが紹介されていた。ホテルの散策案内にもウェストン碑、ウェストン像が記されている。
ウォルター・ウェストンWalter Weston(1861-1940)はイギリスの宣教師で、1988年に来日、慶應義塾で教師を勤めるかたわら趣味で山登りをし、そのときの感動を交えて1896年に『Mountaineering and Exploration in the Japanese Alps=日本アルプスの登山と探検』をイギリスで出版した。
日本アルプスはこのときに名付けられたそうだ。以来、上高地の発見者ということでウェストン祭も開かれている。また新潟県糸魚川市でも、ウェストンが親不知を訪ね、日本アルプスの起点は親不知と話したことを機縁にウェストン像を建てているそうだ。芥川龍之介ら文人墨客を始め、大勢の人に親しまれてきた上高地の始まりがウェストンとはまったく知らなかった。
上高地温泉ホテルの前進である温泉場は1830年に創業を開始したそうだ。江戸時代である。それから100年後の1930年にホテルになり、いまの建物は戦後に建て替えられた(写真)。
ウェストンや芥川龍之介らのときとは様相がだいぶ異なろうが、同じ温泉で上高地の自然満喫したのは間違いない。そんな気分で温泉を堪能した。土砂降りに歩いた疲れもほぐれ、夕食に向かう。
大小の個室があり、ほどよい部屋に通された。食前酒もあったが、仲居さんに誕生日祝いにスパークリングワインを飲んでもいいか尋ねたら、それはおめでとうございますといってアイスペール代わりに冷酒用の樽に氷を入れてくれ、シャンペングラスがないのでとワイングラスを用意してくれた。持ち込み料もない。にこやかな応対、それだけでも気分がよくなる。いい宿を選んだ。
スパークリングワインの銘柄になっているナイアガラとはブドウ品種の一つで、ニューヨークのナイアガラで生み出されたことによるらしく、ニューヨーク州はもちろんブラジルでは最も多く栽培される白ワインだそうだ。日本では長野県で多く栽培されていて、そのまま銘柄にしたスパークリングワインがつくられたようだ。
名前も飲むのも始めてである。ブドウの香り、ブドウの味が強く、本物のシャンペンと比べるとエネルギーと若さにあふれた青年と人生経験豊かな理知的な大人といった違いを感じだ。今回は前途洋々たる若者の誕生日だから丁度よかった。
スパークリングワイン、料理ともにおいしくいただき、温泉も楽しみ、床についた。 (2011.2)