388 ヴェネツィアの悪魔 上下 デヴィッド・ヒューソン ランダムハウス講談社 2007 斜読index
ヴェネツィアを舞台にした本を探していてこの本を見つけた。表紙裏に登場人物が説明されていて、18世紀を舞台にした1人が往年のヴィヴァルディだったので、興味をひかれた。
裏表紙の内容紹介では、現代を舞台にして10年前に殺害されたヴァイオリニスト=バイオリニストとともに埋葬されていたガルネリのヴァイオリン=バイオリンが鍵とあり、18世紀と現代をつなぐミステリアスな物語展開にも興味をひかれた。
ガルネリGuarneri=グァルネリ を調べた。ガルネリはイタリア・クレモナ出身のバイオリン製作者一族のことで、彼らが制作したバイオリンをも指す。単にガルネリ(ラテン語読みでグアルネリウス Guarnerius) といえば、バルトロメオ・ジュゼッペ・アントーニオ・グァルネリの制作したバイオリンを意味し、バイオリンの胴の中に貼るラベルにIHSの徴を採用していることからイエスのグァルネリGuarneri del Gesù と呼ばれたそうだ。
この本でも、イギリスからヴェネツィアのスカッキに誘われてやって来た現代のダニエルが、スリのリッツォが墓から盗み出したバイオリンを鑑定するときと、18世紀のバイオリニストのレベッカが裕福なイギリス人の下男にバイオリンの鑑定を指示するときに、バイオリンの胴の中の徴を見極める話が出てくる。ほかにもコンツェルトやリトルネットなどがしばしば話題になっているから、音楽好きの人も楽しめそうである。
ヴィヴァルディの四季はあまりにも有名だから大音楽家と思っていたが、この本ではかなりこき下ろしている。ヴェネツィアのピエタ教会の司祭で女性に音楽を手ほどきしていたのは本当らしいが、流行ったのは四季だけで、その後は風貌も作曲もさえない人物として描かれている。
また、ジュネーブ生まれでフランスで活躍したジャン・ジャック・ルソーも登場するが、彼も好色で厄介者のように描かれていて、この本では大哲学者のイメージから遠い。
それぞれの人物の真偽は分からないが、ヴェネツィアに海外から大勢が押し寄せ、それがヴェネツィアの活気になり、集まった人々は互いに刺激を受け、大きく羽ばたいたということは事実であろう。
この本のユニークさは、18世紀と現代が同じ建物の並ぶヴェネツィアを舞台にして同時進行する物語展開を取っていることにある。18世紀では、主人公となる身寄りのないスカッキが叔父の印刷屋のスカッキで働く場面から始まる。この印刷屋の建物が、現代では骨董を商うスカッキの住まい兼倉庫として登場する。
18世紀のスカッキは叔父の命令で、ユダヤ人居住区ゲットー・ヌオーヴォに住まわされているバイオリニストのレベッカをピエタ教会に案内する。当時、ユダヤ人の女性はゲットーを出るのもはばかられ、ましてキリスト教会の入るのは御法度であったから、これはたいへん危険だった。
しかし、レベッカはゲットーに閉じ込められて死んでいくより、危険を冒しても夢に向かって生きたいと考えていた。ピエタ教会でレベッカは自分の作曲を演奏し、ヴィヴァルディは大いに感心する。ここに裕福なイギリス人のデラポールが登場し、演奏会を開催する話がまとまり、レベッカの希望するガルネリをプレゼントする。もちろん、デラポールには魂胆があった。
一方印刷屋の叔父スカッキはレベッカの譜面を印刷して一儲けをしようと企んでいた。次第にきな臭さを感じたスカッキは叔父のスカッキが預かっている譜面をレンガ壁の中に隠してしまう。
現代に移る・・・この本は現代と18世紀が交互に登場するから、場面転換がめまぐるしいが、それだけスリリングである。イギリスの苦学生ダニエルは、ヴェネツィアの骨董を商うスカッキから倉庫の整理を依頼され、ヴェネツィアにやってくる。ここでスカッキ家の使用人ラウラと出会う。
ダニエルが来る3週間前、10年前に殺されたスザンナ・ジャンニの墓が偽造の書類で開かれ、いっしょに埋葬されていたガルネリが盗まれた。スリのリッツォの仕業だが、黒幕がいる。リッツォはバイオリンの価値を知らないが黒幕にないしょで一儲けしようと骨董商のスカッキに連絡を取る。
ダニエルはスカッキの代わりにバイオリンを鑑定し、実際に試しに演奏して本物のガルネリと確信するが、リッツォには偽物と思わせ、安く手に入れる。
一方、ダニエルとラウラはスカッキの倉庫を調べていて、レンガ壁の中に隠されていた18世紀の譜面を見つける。この譜面とガルネリで、現代のスカッキ館と18世紀とがつながるのである。
このあたりから物語は急展開し始める。18世紀ではデラポールの正体を知ったスカッキが何とかレベッカを救い出そうと東奔西走する。
現代ではスカッキと友人のポールが殺され、間もなくリッツォの死体が発見される。スザンナ・ジャンニ事件を調べていたモレッリ警部も殺される。
18世紀のスカッキとレベッカはどうなるか。現代のダニエルはどうなるか。真犯人と名乗ったラウラはいったい何者か。そもそも、18世紀と現代の因果関係はどうなるのか。などなどが読み手を離さないことになる。
原題はLuchifer's Shadowである。ルシファーは堕天使と訳され、魔王サタンの別名だそうだが、日本ではなじみがないためか「ヴェネツィアの悪魔」がタイトルになっている。もし「ルシファーの影」などと訳されていたらこの本を見つけることはできなかったかも知れない。
聖書には、イエスが荒野で悪魔サタンに誘惑され、イエスは神を試してはいけないと諭すがサタンは聞き入れない話がある。
この本では、18世紀、現代ともにうわべは理解のある裕福な紳士だが本心は悪魔のような人物が登場している。最後には殺されてしまうモレッリ警部も再三、警察仲間が仮面をかぶっているようで信じられないと漏らしている。
著者は、仮面をかぶった悪魔を見極めよと警鐘を鳴らし、その一方、スカッキとレベッカ、ダニエルとラウラのように信じることの大切さを訴えているようだ。(2014.12読)
子どものころ、「雪の降る夜は 楽しいペチカ ペチカ燃えろよ お話しましょ 昔 昔よ 燃えろよペチカ・・」という童謡を覚えた。北原白秋の作詞だそうだ。
東京育ちの私はペチカの実感がない。横に描かれていた絵から勝手にだるまストーブのようなものを想像していた。
その後、韓国の床に蓄熱する暖房法=オンドルの住まいを調査した。
中国でも寝台に蓄熱する暖房法=カンの住まいを調査した。
ところがロシアの旅では、地域冷暖房が普及していて、集合住宅にはペチカが設置されていなかった。
フィンランドやスウェーデンでも、民家園などに展示されている農家にペチカが置かれているだけで、集合住宅化された都市住宅にはペチカがなかった。
ペチカをインターネットで調べていたら札幌の坂下ペチカ社がペチカ施工で実績を上げているのを見つけた。2000年12月、坂下ペチカ社に連絡を取り、さっそく紹介されたお宅のペチカを見に行った。
写真右手に黒いストーブがある。最初は薪で火をおこし、コークスを燃やす。
このストーブから、後ろの壁~左の壁の中を通る煙突が何層にも配管されていて、コークスの熱が壁に蓄熱されていく。
夕方、火を付け、途中でコークスを一度足し、寝る前には火を落とす。それだけで、夜はもちろん、翌朝まで暖かく、部屋で寒いと感じたことはないそうだ。
さらにペチカはほんのり暖かいので、熱くてボートすることもないし、もちろんやけどの危険もなく、小さな子どもがいても安心だそうだ。
実際、蓄熱壁に触ってみたが、暖かい感じで、熱くはなかった。
この蓄熱壁を中心に部屋を配置すれば、四方の部屋を暖めることができる(写真は玄関ホール側から見た蓄熱壁)。
2階建てにすると計8部屋の暖房をまかなうことができる。
補助暖房はあるがペチカ以外に使ったことはなく、ペチカの熱源はストーブだからこの上にやかんをのせたり、鍋物を温めることもできるそうだ。
家族はペチカのそばのテーブルに集まり、食事はもちろん、おしゃべりをしたり、パーティを開いたり、ときにはお客を接待したり、まさに童謡のように、楽しいペチカ、お話ししましょ、である。
蓄熱壁のそばに洗濯物を干すと朝までにカラカラに乾くのでたいへん重宝しているとのこと。
欠点は、蓄熱壁を耐火レンガにしなければならないので構造が制約されること、コークスが手に入りやすい地方しか普及しにくいこと、灰の処理があることぐらいだそうだ。
電気を使わないので停電でも利用でき、心強い利点もある。知る人ぞ知る、札幌でペチカが重宝されていた。 (2000.12)