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よっちゃんのおててつないで

よっくんとカブの夫婦ウオーキングブログです。
2018年12月長崎出島~東京日本橋完歩。

第5回唐津・虹の松原ツーデーウオーク2日目20km「鏡山と虹の松原をたずねる道」(佐賀県唐津市)

2015-03-25 05:30:57 | オールジャパンウオーキングカップ

3/22(日) 佐賀県唐津市で行われた『第5回唐津・虹の松原ツーデーウオーク2日目』(鏡山と虹の松原をたずねる道20km)に参加しました。

    

私、この大会4年ぶりの参加です。今日、北部九州は、PM2.5と黄砂の影響で視界が悪く霞んでいます。

8:30 スタート。最初は、「鏡山」を登るコースです。鏡山は、中学校の遠足の時に行きましたから、もう〇〇年ぶりでしょうか?

  

 鏡山は、鏡山の名前は、標高284m。山頂の展望台からは、高島、加部島などの島々が見渡せ、天気のいい日には、壱岐も見ることができます。

福岡や佐賀の方のドライブコースにもなっています。鏡山の名称は、神功皇后が山頂に鏡を祀ったことに由来するといわれています。また、松浦佐用姫(まつらさよひめ)が山頂から大伴狭手彦の船を見送ったという伝説の地であり、

佐用姫が袖につけていた領巾(ひれ)を振りながら見送ったということから、領巾振山(ひれふりやま)の別名でも呼ばれています。

私が子供のころは、佐用姫伝説の方が印象に残っています。

鏡山へは、車道を通って登った記憶があるのですが、今回は、登山道です。これでしたら車の心配がなく安心して登れます。

   

休み休み登り、約30分後山頂に到着。山頂が1回目のチェックポイントになっています。

    

山頂には、松浦佐用姫の像があります。

松浦佐用姫は、唐津市厳木の豪族の娘。新羅に出征するためこの地を訪れた大伴狭手彦と佐用姫は恋仲となったが、ついに出征のため別れる日が訪れた。

佐用姫は鏡山の頂上から領巾(ひれ)を振りながら舟を見送っていたが、別離に耐えられなくなり舟を追って呼子まで行き、加部島で七日七晩泣きはらした末に石になってしまった、という言い伝えがある。

佐用姫の像は、玄界灘方向を向いており、鏡山山頂は、虹の松原や高島、加部島など見晴らせるビューポイントです。

残念ながら今日は、PM2,5、黄砂の影響で視界が悪く霞んでいます。

  

鏡山を下りていきます。さよひめ橋を渡ると公園になっています。この公園には桜、つつじが植えられていますが、まだ開花は先。代わりに彼岸桜が満開です。

  

  

 鏡山神社は、神功皇后が三韓征伐の折、戦勝祈願したことにより、創建されました。

佐用姫神社は、地元の有志によって建てられました。

  

下りは、野田温泉の方に行きます。旧浜玉町に入ります。この浜玉町も昔は、浜崎町と玉島町が合併して出来た町でしたが、平成の大合併で「唐津市」になりました。

まだ、、浜玉町のマンホールが残っています。(鏡山と虹の松原がデザイン)

   

第2回目のチェックポイントは、野田温泉です。隣には、日帰り温泉施設があります。10年ぐらい前は、ここに「水」を汲みに来ていました。

  

チェックポイントでは、暖かいしょうが湯が振る舞われました。

  

    

コースは、日本三大松原の一つ、「虹の松原」に入ります。虹の松原は、国の特別名勝にも指定されています。       ※日本三大松原・・・・・三保の松原、気比の松原、虹の松原

17世紀のはじめ、唐津藩の藩主である寺沢広高が新田開発の一環として、防風林、防砂林として植樹を行った。藩の庇護の下、禁伐の掟(伐採は死罪)はもちろんのこと、

燃料としての落葉の採取も厳しい制限が課せられていた。また、藩主の改易者や移封により主家が変わっても手厚く管理された。

寺沢広高は、この中に自分が愛してやまない松が7本だけあると言ったというが、どの松と指定されてはいない。これは住民に「もし自分が粗末にした松がその7本のどれかだったら」と思わせることで、

全ての松を大事にせざるを得ないように、心理的に圧力をかけたものといわれている。 

この松原は、その区域の長さから、藩政時代は「二里松原」と呼ばれていた。明治時代に呼ばれるようになった「虹の松原」の語源とも言われているが、呼称が変わった理由などは知られていない。

1771年には、当時天領となっていたことから、農民の反乱である「松原寄り(虹の松原一揆)」の舞台ともなっている。(wikipediaより)

      

虹の松原は、唐津街道(旧国道202号)に面しています。ここを歩くと両側に松が覆い、ドライブしているととてもいい気分になれますが、歩くと車道が狭く、おまけに歩道もありませんので非常に危険です。

ここは、いったん浜崎海岸へ出ます。

   

松林というと、すぐ「松露(しょうろ)」が思い浮かびます。私も子供のころは、5月ごろでしたか、近くの松林でこの「松露」を掘っていました。

独特の香りで、お吸い物にするととても美味しかったです。その松露が近年採ることができなくなってきています。その原因として挙げられるのが、昭和30年代までは、家庭の燃料として松葉や松ぼっくりなどが

使われ、松林は、いつもきれいでした。然し、ガスコンロや炊飯器の普及など生活様式の変化で人々は、松葉や松ぼっくりをとらなくなりました。

松葉が放置されると土壌が、富栄養化し、草木類や広葉樹が侵入しやすくなってきます。

そこで、唐津の方は、ボランティアで「虹の松原再生、保全活動」として、定期的に松葉かき、下刈、除草などを行っています。

そのせいか、今では、時々「松露」も採れるようになったそうです。

  

コースは、唐津シーサイドホテルから松浦川沿いに歩きます。今日は、黄砂などの影響で唐津のシンボル「唐津城」もぼんやり霞んでいます。

12:55 松浦川運動広場にゴールしました。ゴールでは、唐津のゆるキャラ「さよひめちゃん」「かんねどん」が迎えてくれました。

  

今日のコースは、20kmではなく、22kmもあったそうです。

   

ゴールの後のお楽しみは、食事、温泉・・・・・・・

  

今日のGPSです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


龍馬ハネムーンウオークin霧島 犬飼・中津川コース23,5km【鹿児島県霧島市】

2015-03-23 20:15:24 | オールジャパンウオーキングカップ

霧島市は、1866年(慶応2年)3月、坂本龍馬とお龍が日本で最初の新婚旅行に訪れた所です。龍馬が辿った経路は、龍馬ハネムーンロードとして美しい日本の歩きたくなる道500選に選ばれています。

2015,3,21 鹿児島県霧島市で行われた「第19回龍馬ハネムーンin霧島」に参加しました。

私たちが参加したのは、「犬飼・中津川コース23.5km」でハネムーンウオークの中でも過酷なコースです。4年前にもこのコースを歩きました。

昨年、せっかく登山で「高千穂峰」に登りました。その感想文を書いて出したのが、大会誌に記載されていました。

    

この大会、一年以内に結婚され、参加された「新婚さん」が紹介されます。このコースでは、2組の新婚さんが紹介されました。

  

出発前の準備体操では、「薩摩弁」のラジオ体操です。参加者一同笑いながら体操しました。2年前仙台の大会に参加しましたが、この時は、東北弁のラジオ体操でした。

各地の方言を使った体操は、面白いですね。

9:30 犬飼・中津川コース出発。掛け声は鹿児島弁で「いっど~」。

   

霧島の方は、花を育む方が多いです。歩いているといろんな花が迎えてくれます。歌にもありますね。 花は霧島・・・・・・・

「イワツツジ」は、今が、一番の見ごろです。

   

約1時間ぐらい歩いた所に「横瀬の田の神」があります。江戸時代農民が神にすがって農作物の豊作を祈るために造られました。南九州独特のものです。

また、ここが最初のチェックポイントです。チェックを受けると「お・も・て・な・し」が待っています。この大会、おもてなしがよく、ウオーカーの楽しみの一つでもあります。

  

お接待に感激しながら先へ進みます。お花は、いろんな所に咲いています。

  

    

「黒文字」は、爪楊枝に使われるそうです。コースは、石橋を渡り、杉林の間を歩いていきます。

  

第2チェックポイントは、「塚原台地」。ここから天気がいい日には、霧島連山が見渡せるのですが、あいにくこの日は、雲がかかっており、あまり視界が良くありませんでした。

塚原台地では、「霧島茶」の接待がありました。お茶で作った「ダックワーズ」もおいしかったです。

  

塚原台地には、日本一のお茶の木があります。

  

塚原台地を下りていくと、中津川町です。ここでも民家のお庭には、きれいな花が咲いていました。

  

町を抜け、中津川の方に歩きます。川の水が、コバルトブルーで透き通っています。

  

   

中津川を下りてくると、桜の花が満開です。この桜は、エドヒガン桜で自生南限地として国の指定天然記念物になっています。

この先が、「犬飼滝展望台」。4年前歩いた時は、雨で滝もモヤっていて見えませんでしたが、今日ははっきり見ることができます。

第3チェックポイントが、「和気神社」。

奈良時代の官僚、和気清麻呂は、769年、時の権勢「道鏡」の意にそぐわなっかった為、この地に流されてきました。龍馬が手紙の中で「和気公いおりを結びしところ」と書いた地です。

時間は、12:30.ここでは、昼食時ということで、豚汁、鳥のバーベキュー、霧島茶のサービスがありました。また、 花は、霧島  タバコは国分・・・・・ということで、

国分たばこ税連絡会から、携帯灰皿、ライターを配布されていました。

     

  

あと残り10km余り・・・・・お腹も一杯になり、先に進みます。

途中、82歳のウオーカーの方と会いました。特徴ある法被を着られ話を聞くと、今まで参加したマラソン大会のゼッケンで作られていました。

   

最後のチェックポイントは、「伊邪那岐神社」です。ここでは、甘酒と自家製のお漬物の接待がありました。

  

中津川小学校に近づきました。子供たちから手作りの本のしおりをいただきました。こんなに子供たちから歓迎受けると目頭が熱くなってきます。

   

子供たちに誘われ、体育館の中へ。ここで子供たちによる「棒踊り」が披露されました。

中津川小学校では、運動会とこの龍馬ハネムーンウオークに披露しているそうです。一生懸命踊っている姿を見ると、また熱くなってきました。

踊りが終わると皆一列になって私達を見送ってくれます。  尚、中津川小学校は、元大関「霧島関」の母校です。

   

  

横瀬の田の神に来ました。ここからスタートした道を戻って行きます。長い上り坂が待っています。あと5,2km。

この上り坂、結構きついです。途中、地元のボランティアの方から、みかんとお水のお接待を受けました。本当にありがたかったです。

  

14:50 ようやくゴール

係りの方に近くに温泉はないか聞きましたら、隣に「国民休暇村」の温泉があると教えていただきました。200円です。(シャンプー、ボディソープは別売り)

歩いた後の温泉は、最高ですね。疲れが一遍で吹っ飛びます。

  

本日のウオーキングは、地元の方の温かい「お・も・て・な・し」に感激の連続でした。

こんなに歓迎してくれるとまた来年も歩きたくなります。

今日のこのコース、590人が参加されたそうです。詳細は、

3/21   A、霧島温泉コース       10km   1220人

       B、犬飼・中津川コース     23,5km  590人

3/22   C、花は霧島菜の花コース   11km  1130人 

      D、隼人・天降川コース     18km    520人

      2日間合計                    3460人

また、このウオーキングを地元のテレビ局「MBC南日本放送」が3/26 午後4時からの「4時です」で放映するそうです。風車をつけて歩いているのが私です。(笑)

今日のGPSです。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第14回阿波えらいやっちゃツーデーウオーク2日目30km(徳島県鳴門市)

2015-03-18 20:09:56 | オールジャパンウオーキングカップ

 

阿波えらいやっちゃツーデーウオーク2日目 30km 「撫養街道とレンコン畑と梨畑が楽しめるみち」

天気予報では、昼過ぎから雨ということでしたが、もう朝からポツリポツリと雨が落ちています。レインコートをリュックに入れ会場に向かいます。

参加者は、昨日並みの120~30人ぐらいでしょうか、昨日に引き続き「阿波踊り体操」でスタートします。

  

コースは、国道28号線の淡路街道を歩きます。淡路街道は、徳島城鷺の門から商業港として栄えていた撫養(むや)岡崎渡しに至る4里(16km)に及ぶ街道で、岡崎からは、船で淡路国福良に到着しました。

斉田の信号の先から旧吉野川沿いに歩きます。ここは、撫養(むや)街道と呼ばれている街道です。律令時代、四国の玄関口は、徳島でした。江戸に入ると蜂須賀家政により、阿波五街道が整備されました。

その一つが撫養街道です。吉野川の北側を通るので川北街道とも呼ばれました。撫養町岡崎から吉野川の北岸を西走して池田町の州津渡しで伊予街道に変わるまでの約67kmです。

堤防には、地元の方がお花(芝桜?)を植えられていました。

    

撫養街道に入ると雨が降ってきました。民家の軒先をお借りしてレインコートを着ます。

歩いていると右側に「長谷寺(ちょうこくじ)」があります。寺の歴史は、文明12(1480)年、船戸左衛門尉が大和の長谷寺から本尊を勧請したことに始まりです。
慶長三年(1598)、徳島藩主蜂須賀家政により駅路寺の指定を受け、隆盛を迎えました。

1時間ぐらい歩いたところが20k、30kの分岐点です。20kは、いわし山の方へ、30kは霊山寺の方に向かいます。

分岐点を過ぎた頃から、ウオーカーの人数が減りました。皆さん20kの方へ行かれたのでしょうか?

  

右側に「大谷焼」の案内板が建っています。

江戸時代後期、安永9年(1780年)に、四国八十八カ所霊場の巡礼に来た豊後の国(大分県)の焼き物細工師・文右衛門が、ここ大谷村において、蟹ヶ谷の赤土で作ったのが大谷焼の起源と伝えられています。

そのころ徳島は、「藍」の一大産地でした。藍玉(藍の塊)を入れて、発酵を促し染液にするための巨大な甕(かめ)は、藍甕用として盛んに焼かれてきました。
水甕、睡蓮鉢など大物陶器の生産を開始したことが大谷焼の始まりだといわれています。

   

更に先へ進むと、歴史のあるお酒屋があります。「松浦酒造」。銘柄は、「鳴門鯛」。鳴門の鯛で地酒を飲む・・・・・酒飲みにはたまらないでしょうね。

この酒屋さんの隣には、これも歴史のあるお醤油屋さん「福寿醤油」があります。こちらも当主の方は、松浦さん。元寇の時に活躍した「松浦党」のルーツにあたるそうです。

「桃太郎醤油」というのもありましたが、調べてみましたがわかりませんでした。いずれにしろ、このあたりは、お水がおいしいのでしょうね。

  

阿波神社」があります。承久の乱で承久3年(1221)、土佐の国に遷幸され、更に貞応2年(1223)再び遷幸。寛喜3年(1231)この地で崩御された「土御門天皇」をお祀りしています。

   

10:15 四国八十八箇所の一番霊場「霊山(りょうせん)寺」にやってきました。13日(金)に、お参りしましたので、ここは、スルーします。

金曜日は、参拝の方は、少なかったのですが、今日は、日曜日、観光バスから吐き出された参拝客で境内は、賑わいをみせています。

  

霊山寺の横を通り、「大麻比古神社(おおあさひこじんじゃ)」に向かいます。大鳥居を潜ると、長い参道が続きます。

  

大麻比古神社の御祭神は、大麻比古大神、猿田彦大神です。阿波国の一之宮です。通称「大麻さん」。

大麻比古神は、天太玉命(あめのふとだまのみこと)のこととされています。天太玉命の子孫の天富命(あまのとみのみこと)が阿波忌部氏の祖を率いて阿波国に移り住み、麻楮の種を播殖するなどして、

この地を開拓。祖神の天太玉命(大麻比古神)を阿波国の守護神として祀ったのが始まりとされています。後に古くから大麻山に祀られていた「猿田彦大神」が合祀されました。

狛犬の姿が独特です。「うん」の狛犬の下には、人間?でしょうか、それが描かれています。

  

  

  

大麻比古神社が折り返し地点です。境内の脇道を抜けると「ドイツ館」です。ここが第一チェックポイント。10:50着。

  

お腹も減ってきましたので、道の駅「第九の里」に入ります。私は、チラシずし、家内は、ドイツパンを購入しました。

この物産館の建物は、第一次世界大戦時に建てられ、国登録有形文化財に指定されている。旧板東俘虜収容所の兵舎の一部を移築したものです。

    

道の駅敷地近くには、「賀川豊彦記念館」があります。鳴門市で小、青年期を過ごした賀川豊彦は、大正デモクラシーの先頭に立ち日本の民主化に大きく貢献しました。

生涯に渡り「友愛・互助・平和」の精神を提唱し続け、ノーベル平和・文学賞の候補にもなりました。

記念館の先には、高速道路をまたぐ階段が待っています。この階段少し急。手すりを使いながら登って行きます。高速道の跨線橋を渡ると、下りがまた急な階段です。

 

  

何とか無事に渡ることができました。私の足のふくらはぎは、疲れからか、少し痛くなりました。あと半分。

池の前に第一次世界大戦で日本での捕虜生活で亡くなった方の慰霊碑が建っています。ここ坂東には、「東俘虜(ふりょ)収容所」があったそうです。

第一次世界大戦中の1917年、鳴門市板東にあった「板東俘虜収容所」に中国青島で捕虜となったドイツ兵士約1000人が送られてきました。所長を務めていた「松江豊寿」はじめ、所員は、捕虜たちの

人権を尊重して人道的で寛容な心で接しました。板東俘虜収容所は、多数の運動施設、酪農場を含む農園、ウイスキー蒸留生成工場も有し、農園では野菜を栽培。また捕虜の多くが志願兵となった元民間人で、

彼らの職業は家具職人や時計職人、楽器職人、写真家、印刷工、製本工、鍛冶屋、床屋、靴職人、仕立屋、肉屋、パン屋など様々でした。彼らは自らの技術を生かし製作した“作品”を近隣住民に販売するなど経済活動も行い

ヨーロッパの優れた手工業や芸術活動を披露しました。また、建築の知識を生かして捕虜らが建てた小さな橋(ドイツ橋)は、今でも現地に保存されている(現在では保存のため通行は不可)。文化活動も盛んで、

同収容所内のオーケストラは高い評価を受けた。今日でも日本で大晦日に決まって演奏される、ベートーヴェンの交響曲第9番が日本で初めて全曲演奏されたのも、板東収容所です。

このエピソードは「バルトの楽園」として2006年映画化されました。(wikipediaより)

松江はドイツ人の俘虜達に人道に基づいた待遇で彼らに接し、可能な限り自由な様々な活動を許しました。賊軍としての悲哀を味わった会津藩士の子弟に生まれた体験が、大きく彼の良心的な人格形成に影響したといわれています。

「第九」のふるさとである鳴門市では、6月1日を「第九」の日と定め、毎年6月の第一日曜日に演奏会を開催しているそうです。

また、このような人道的に対応したことから、赤十字ゆかりのモニュメントが2011年に設置されました。

※捕虜と俘虜・・・・・同じ意味ですが、第二次世界大戦以前は、「俘虜」と呼ばれていました。また、捕まった時点では、「捕虜」、収容されてからは、「俘虜」と呼ばれる場合もあります。

   

  

収容所跡をまっすぐ歩くと、第二番霊場「極楽寺」に着きます。一番霊場を廻った団体の巡礼の方が極楽寺を目指して歩かれています。

このお寺も巡礼の方が多いです。境内にある「長命杉」は、弘法大師お手植えの杉です。ここでも御朱印をいただきました。

  

  

極楽寺を出た後は、田園地帯を歩きます。雨は、小雨ですが、段々寒くなってきました。今日の予報は、15℃ぐらいまで上がるそうですが、体感として8°ぐらいかな?

ウオーカーの方は、どこに行ったのか、先の方を見ても誰もいません。コースが間違っているのかな?と思ったりしますが、「矢旗」の通りに歩いていますので、そんなはずはありません。

このころから、家内の体調が悪そうです。しばし立ち止まって様子をみますが、きつそうです。次のチェックポイントまであと2~3kmぐらい。私のふくらはぎも平坦な道はいいのですが、坂道、階段になると

痛さが増してきます。スローペースで歩き、ようやく第二のチェックポイント「福泉寺」にやってきました。ゴールまであと10kmぐらいです。

家内は、苦しそうですので、ここで家内に「棄権」を勧めます。係りの方に、その旨を伝えました。(30分ぐらいでお迎えの車が来たそうです)

私も、ここでふくらはぎにエアーサロンパスをスプレーし、レインコートのズボンを履きます。

これからは、私の一人旅です。

  

雨は時々強く降ったりします。前方を見ても本当に誰もいません。皆さんもうゴールされているのかな?

レンコン畑を通り、まっすぐな道を歩きます。道路の横には、不法投棄のゴミが散らかっています。鳴門市は、ごみの分別が厳しいと昨日聞きました。

「どうしてこんな不法投棄するのだろうか?」一人旅で話す相手もいなく、独り言のようにつぶやきます。

  

   

14:35 ようやくゴール  疲れました・・・・・・もう歩けません。

家内は、チェックポイントから車で会場まで送っていただいたそうです。

係りの皆さん有難うございました。今、家内は、超元気です。

3日間の徳島でしたが、阿波人形浄瑠璃などまだまだ行きたいところがあります。また、行ってみたいな~

これでオールジャパン四国4県完歩しました。あとは、東の方ばかりです。

本日のGPS

グーグルアース

 ※2日間の参加者は、約600人ぐらいだったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


第14回阿波えらいやっちゃツーデーウオーク1日目30km(徳島県鳴門市)

2015-03-17 17:12:16 | オールジャパンウオーキングカップ

3/14,15徳島県鳴門市で行われた「第14回阿波えらいやっちゃツーデーウオーク」に参加しました。私が参加したのは、「渦潮と島田島・小鳴門海峡の景観が楽しめる道」30kmコース。

天気予報では、夕方から崩れるとのことでしたが、小さい雨が降ってきました。JR九州ウオーキングでしたら、雨の日ポイントをもらえるのですが・・・・(笑)

駅から、会場の鳴門市民会館に向け歩いていると、7:00スタートの40kmコースの方とすれ違いました。その中に、ブログ友達の「ちゅうさん」発見。声を掛けると手を振ってくれました。

受付を済ませ、7:30から出発式。準備体操は、「阿波おどり体操」です。昨日、阿波踊り会館で踊りの仕方を教えていただきましたが、どうもうまく踊れません。

私、今回「風車」で鳴門初登場です  渦潮をイメージしてつけてきました。そのせいか、いろんな方に声を掛けていただけます。一躍スター気分

8:00スタート。参加者は、120~30人ぐらいでしょうか?

    

鳴門は、大塚グループの発祥の地。大正10年(1921)に大塚製薬工業が創立しました。塩田残渣(にがり)から炭酸マグネシウムを作る原料メーカーとしてスタートしました。

当時、瀬戸内海沿岸では、塩業が盛んだったそうです。

   

コースは、小鳴門大橋を渡り、高島に向かいます。橋に行くための長い階段は、きつく何回か休みながら登って行きます。

橋を渡ると、「鳴門ウチノ海総合公園」が見えてきます。鳴門渦潮のイメージと対照を成す穏やかな内海であるウチノ海を間近に望む景観豊かな公園です。

島の中には、鳴門教育大学があり、ウオーキング中、部活中の学生さんから温かい声援を受けました。小さな橋を渡ると「大毛島」です。

  

ウチノ海は、穏やかな海です。地図をみると、内海になっており、これが変じて「ウチノ海」になったのでしょうか?

海岸沿いでは、今が旬でしょうか、「鳴門ワカメ」の収穫作業が行われています。ふと、皆さんが立ち止まるので見てみると、採れたばかりの「鳴門ワカメ」のしゃぶしゃぶがサービスで振る舞われていました。

ワカメは、私の住んでいる福岡でも養殖していますが、この鳴門ワカメ、柔らかく、本当においしいです。お土産に是非買って帰りたい。

  

網干海岸にやってきました。ホテルの前には、「大鳴門鯛」と大きく書かれたトラックが停まっています。

鳴門は、渦潮でもまれた「鳴門鯛」も有名です。居酒屋さんのおかみさんが言われていましたが、鳴門鯛は、釣りあげた時、眼の上に独特のアイシャドウみたいな青や紫の模様が入るそうです。

渦潮を見ながら、鳴門鯛の生き造りを食べてみたいな~

  

網干の休憩所に着きました。ここには、伍代夏子さんが歌われた「鳴門海峡」の歌碑があります。横のボタンを押すとこの歌が流れるということで、押してみました。

大音響でこの歌が流れ始めました。

ここで私の右足に違和感が・・・・・・どうもマメができたみたいです。靴下を脱ぎ、救急絆創膏を貼り、その上からテーピングしました。

  

歩いていると左側に歌舞伎座みたいな建物が見えます。ここが大塚グループの保養所「潮騒荘」です。一般の人には、開放されていないようです。(確かではありません)

コースは、鳴門公園・渦の道に入ります。足のマメの痛さをこらえながらゆっくりゆっくり登って行きます。眼下には、大塚国際美術館があります。

登りきった所がチェックポイント。約15km地点。時間は10:50。

  

   

鳴門海峡といえば、「渦潮」です。

鳴門海峡は、本州と四国の間にある瀬戸内海と太平洋とを結ぶ海峡の一つで、幅が約1.3km。潮汐により1日に2回、大量の海水が瀬戸内海に流れ込み、また同様に1日に2回瀬戸内海から流れ出す。瀬戸内海と太平洋の水位差は最高で1.5mにも及ぶ。海峡の幅が狭いことに加え、海底の複雑な地形も影響し、潮流は13 - 15km/hの速度で流れる。大潮の時には20km/hに達することもある。この潮流の速度は日本で一番速く、「世界三大潮流」にも数えられることもある。

この早い潮流と、海峡両岸に近い穏やかな流れの境目において、渦が発生する。(wikipediaより)

春、秋の大潮の時は、渦の直径が最大約30mにも達するそうです。

3月14日の潮は、小潮。12時20分ぐらいから見ることができるそうですが、あと1時間少々ですが、待っているとウオーキングのゴール制限時間に間に合いません。

仕方なく諦め、歩き出します。海峡の下では、小さい渦が発生しています。

下の写真右側は、ポスターからの抜粋ですが、最大の渦は、このようになるそうです。今週末からの彼岸は、大潮ですのでこのような光景が見れるかもしれません。

  

「千畳敷」は、渦潮が見れるビュースポットです。

「お茶屋」は、阿淡藩主「蜂須賀候」が茶屋を設けて観潮した所で、当時は、お茶屋と呼んでいました。

「大鳴門橋架橋記念館」では、渦潮と橋に関する展示物の他、大渦を体感できる劇場などがあります。

  

野口雨情の「鳴門小唄」歌碑を過ぎ、鳴門山トンネルを通ります。ここが折り返し点です。

   

瓶浦神社を通ると、田園地帯に入ってきます。畑には、らっきょが植えられています。鳴門は、らっきょの産地でもあります。

ここで私の足、それも今度は、左足に違和感を覚えました。マメかな?

しばらく長距離を歩いていないのでそのツケがきたのかな?次のチェックポイント「潮明寺」までごまかしながら歩きます。

12:30「潮明寺」に着きました。すぐ両足のマメの手入れをします。テーピングを二重三重にしました。

  

再びスタート。チェックポイントの係りの方の話では、あと10kmぐらいだそうです。となると、ゴールは、14:30ごろかな?

14:00から会場の市民会館で阿波踊りの公演があるのですが、間に合うかな????

地図を見ると、朝来た道の反対側の小鳴門海峡沿いに歩いています。ここでもワカメの加工が行われていました。トラックいっぱいにワカメが積まれ加工場に入って行きます。

   

高速道路と小鳴門橋の橋脚を潜り、朝来た、小鳴門大橋に向かいます。大橋の方の空を見ると真っ黒い雲がかかっています。今日は、スタート時点では、小雨が降りましたが、あとは、曇り空でした。

小鳴門大橋を渡るころから、雨が降りはじめました。そんなに大粒でもありませんのでそのまま歩きます。あと4kmの看板が建っています。

  

市街地に入ると雨も止んできました。ゴールまであと少し・・・・・・・痛む足を引きづりながら必死に歩きます。ちょっとお菓子屋さんで休み一息入れまた歩きます。

14:30やっとゴールしました。会場内を見回すと阿波踊りは、終わって最後の挨拶をされていました。昨日見ていてよかったです。(笑)

会場内では、ちゅうさん、鶴さんがおられました。40kmを13:30ごろゴールされたそうです。

ゴールのご褒美は、地元の鳴門金時、鳴門ワカメ、鳴門鯛?が入った「うずしお鍋」です。これにビールがあれば最高なんですが・・・・・・

  

久しぶりの長距離で疲れました。早くホテルに戻って風呂に入り、明日の為に元気を取り戻したいです。

今日のGPSです。

グーグルアース

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下田水仙ツーデーマーチ2015(第2日目20km水仙コース)「静岡県下田市」

2015-01-16 21:52:09 | オールジャパンウオーキングカップ

1/11(日)今日も快晴ですが、少し風が強いです。ホテルからは、日の出を見ることができました。

  

2日目爪木崎水仙コース 20km

昨日と同じ7時過ぎにホテルを出発。バスで下田駅へ。

途中、晴れ着を着た方を見かけました。下田では、今日成人式が行われるそうです。

2日目は、昨日の疲れが残っていたため、急遽20kmの方へ変更しました。楠山市長の挨拶のあと、8:45太鼓の演奏で30k、20k同時出発。

   

  

稲生沢川を渡り、「道の駅開国下田みなと」へ。道の駅にある「下田バーガー」は、金目鯛を使ったバーガーですが、時間が早いためまだ開いてなく帰りにでも寄ってみたいです。

  

港には、黒船を模した遊覧船が停泊していました。「まどか浜海遊公園」の所が20k、30kの分岐点です。30kの方が間違えて20kの方へ歩かれ、引返された方も多々見られました。

  

20kコースは、このあと「松陰の小径」に入ります。ここの防波堤には、小学生が描いた絵や歴史の説明が取り付けられています。

弁天島を過ぎると、歩道の幅が狭くなってきます。

  

爪木崎入口の信号を左折。しばらく歩くと20k、30kの合流点になります。そのままゆるい上り坂を登っていくと「須崎御用邸」があります。ここは、昭和46年に造られました。7~8月に利用されているそうです。

  

 10:00須崎半島「爪木崎(つめきざき)」に到着。

   

爪木崎では、昨年の12/20から2/10まで「水仙まつり」が行われています。300万本の水仙が岬一面に咲き誇っています。今が、一番の見ごろでしょうか?

アロエの赤と水仙の白が見事にマッチしていますね。

   

  

   

岬では、青空市が開かれていました。おいしそうな金目鯛やアジ、サンマ、きびなごの干物が売っていました。

   

岩場の方に行ってみます。伊豆半島南部には、太古の海底火山の噴出物が広く分布しています。長い海底火山の時代のあと、伊豆全体が隆起と寝食を受けたため、本来は、地下に埋もれていたはずの

海底火山の姿を直接見られるようになりました。柱状節理」とは、伊豆地域が海底火山だったころの火山活動で地下マグマが地層の隙間に入り込んで冷え固まったものです。

地元では、柱状節理の断面から「俵磯」と呼ばれて、江戸時代には、建築用材として切り出され、見事な六角形の石材は、「俵石」と呼ばれ好評を博したそうです。(案内板より)

  

爪木崎の水仙をあとに、「須崎歩道」を歩きます。須崎歩道は、爪木崎から須崎漁港まで伊豆七島を一望する約2,8kmのハイキングコースです。

コースには、アップダウンが多いとのこと。昨日の疲れが残っていなければいいのですが・・・・・・

  

   

   

   

須崎歩道2,8kmを爪木崎から須崎漁港まで35分かかって歩いてきました。 いくつものアップダウンがあり、かなりきつい歩行でした。

須崎漁港がチェックポイント。ここで「しし汁」が振る舞われました。お腹も減っており、おいしくいただきました。

   

少し休憩して再び歩き出します。本来は、ここから恵比須島を一周することになっていますが、今日は、風が強く安全を考え、主催者の判断で取り止めになりました。

然し、ここからが急な坂道が待っています。「よいしょ、よいしょ」と言いながら登って行きますが、私よりちょっとだけ年上の女性の方達は、息切れもせず、私達を追い越して行きました。

その女性の方たちは、岩手県北上市から来られた4人組の方です。昨年か一昨年どこかの大会で家内がお世話になり、それ以来の再会です。しばらく一緒に歩いてお話をしました。(家内がです)

坂道を登り終え、「ハリスの小径」にはいります。ハリスの小径は、1856年、日本総領事に任命されたダウンゼット・ハリスが、玉泉寺にアメリカ領事館を設置した後、日米通商条約締結中に胃潰瘍を患い、

望郷の思いにふけりながら歩いた620mの道です。今では、その小径には、石畳が敷かれています。

  

まどか浜海遊公園まで戻ってきました。ちょっと寄り道して「下田バーガー」のお店へ。

中に入ってみると注文するお客さんで一杯です。近くの方に「どのくらい待つのですか?」と聞くと、30~40分待ちだそうです。そんなには、待てませんのでここは、泣く泣く引返しました。

   

13:14 下田小学校へゴール!! 

本日のGPSです。

   

昨日の疲れが多少残りましたが、無事ゴールしました。会場では、参加者の数が発表されていました。

2日間合わせてちょうど1000人。昨年より約100人少ないです。

この下田水仙2DMは、初日の前半は、あまり見るとこがありませんでしたが、後半の海岸線、そして今日の水仙と見どころ満載でした。

機会があれば、もう一度歩いてみたいです。

 

帰りは、下田駅まで歩きました。駅では、スーパービュー踊り子号が入っていました。これには、乗らず各駅停車の電車で今夜の宿「沼津」に向かいました。

帰りの電車の中では、駅で買った「金目鯛押しずし」。 これでしばらく金目鯛が食べられなくなるとさびしいです。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下田水仙ツーデーマーチ2015(第1日目30kmタライ岬コース)「静岡県下田市」

2015-01-15 17:09:20 | オールジャパンウオーキングカップ

昨年まで街道歩きを主体に歩いていましたが、西国道も踏破し、今年はJWAのオールジャパンを中心に歩いていきたいと思っています。

伊豆では、「伊豆早春フラワーウオーキング」として、今月の「下田水仙ツーデーマーチ」、来月の「河津桜ツーデーマーチ」、3月の「伊豆松崎なまこ壁と桜ツーデーマーチ」の3大会が早春に開催されます。

その第一弾として今年初めての大会「下田水仙ツーデーマーチ」に参加しました。

 

1/10 1日目30kmコース 盥(たらい)岬コース。(会場:下田小学校)

 天気は、快晴。放射冷却のせいでしょうか、朝の気温は0℃。ホテルを7:10に出てバスで下田駅へ。ホテルで朝食を食べたかったのですが、ホテルの朝食は、7:30からでそれからでは間に合わず

ホテルに言っておにぎりを握ってもらいました。下田駅から歩いて会場の下田小学校へ。会場では、SNSで知り合ったkiyoさんご夫婦、ふくおかウオーキングクラブのTさん、Uさんとお会いしました。

9:00朝日子供太鼓の演奏で24km、30kmコース同時にスタートしました。

      

市街地を抜け、コースは、だらだらした坂道に入ります。出発して約2,5km地点が敷根公園。この時点に来ると、もう体がホカホカし、防寒着を一枚脱ぎました。

約5kmぐらいの地点が30kmと24kmの分岐点。30kmは、大賀茂小学校を通り、トンネルの方に向かいます。

  

分岐点を過ぎるとウオーカーの方が少なくなりました。皆さん、24kmの方に行かれたのでしょうか?

歩き始めて約1時間。大賀茂小学校地点が7kmのチェックポイント。私のスピードでは、とても時速7kmでは歩けません。多分5,5kmぐらいの間違いではないでしょうか?

コースは、県道119号線を歩きます。途中イチゴの自動販売機がありました。福岡もイチゴの産地ですが、こういった自動販売機は見たことがありません。(卵販売機は見たことがありますが・・・・)

  

この県道沿いでは、道路工事が行われていました。工事用のパイロンが、富士山のイラストでした。静岡県ですので納得。 また、バリケードは、福岡では、お目に掛かれない「木製」でした。

     

トンネルの手前を左折すると下り坂になってきます。しばらく歩くと先ほど別れた24kmコースと合流します。このあたりから、南伊豆町になります。

   

青野川沿いの桜並木を歩きます。ここには、河津桜でしょうか、桜の木を見ると1輪~2輪ほど咲いています。満開の時は、きれいでしょうね。

  

11:40 第2のチェックポイント「弓ヶ浜」に到着。ここまで18km地点と表示されていますが、私のスピードで18kmを2時間40分で歩くなんて、それは無理です。

GPSでは、14k~15kを示しています。ここでは、「豚汁」の接待を受けました。九州では、「ぶた汁」と言うんですが、「トン汁」と言うんですね・・・・・・・

弓ヶ浜は、日本の渚百選にも選ばれています。海岸線が弓なりになっているのでその名がついたのでしょうね。海の色が九州の玄界灘と違います。遠くには、伊豆諸島が見えています。

ここまで歩いてきて見るべきものが何もなかったのでこの景色 癒されますね。

   

この一帯は、富士箱根伊豆国立公園に入っており、弓ヶ浜から田牛(とうじ)までの約2,9kmが遊歩道になっています。コースは、この遊歩道を歩きます。

   

雀岩は、潮が満ちてくると群れをなした雀の鳴くような音をたてるといわれています。これらの奇岩は、海食によってできたそうです。

  

細い急な階段を息を切らしながら登っていくと「盥(たらい)岬」に到着しました。今日は、天気もいいので伊豆諸島の島々を見ることができます。

  

 

盥岬は、風が強く帽子が吹き飛ばされそうになりましたが、素晴らしい景色です。三宅島は、かすかに見えましたが、写真では写ってないですね。

岬を下り、田牛(とおじ)の方に向かいます。途中「椿園」がありましたが、椿園の椿は、まだ咲いていませんでした。(写真は、岬に入る前の所で撮りました)

  

遊歩道の終点は、「田牛(とうじ)」です。この難解地名、どうしても読むことができませんでした。昔、冬至に龍宮窟に人々が集まり祈りをささげたからその地名になったそうです。

また、「伊豆」という地名は、アイヌ語が元という説もあるそうです。(定かではありません)

  

  

今日は、前半の14kmまでは、あまり見る所がありませんでしたが、チェックポイントからビュースポットばかりで、写真ばかり撮っています。

龍宮窟」「サンドスキー場」の案内板があります。龍宮窟は、時間がかかると思いましたのでパスしましたが、サンドスキー場とは、どんなものか見に行きました。

  

サンドスキー場は、海や風によって海岸の崖から削り取られた石や砂は海流によって運ばれて砂浜や礫(れき)浜を作ります。このサンドスキー場は、たまった砂が強風によって吹き上げられ天然の

砂の斜面が出来上がったものです。(案内板より)

このサンドスキー場の近くには、ハマナスの自生地があるそうです。

いくつかのトンネルを越えましたが、トンネルの中に歩道がないものもあり、無灯火で来る車には、冷や冷やしながら通りました。

トンネルを越えると、ビューポイントの「吉佐美大浜」があります。砂浜では、少年野球の選手がダッシュの練習を繰り返していました。海では、サーフィンを楽しむ若者がいます。

  

吉佐美海岸から左の方に行くと、大賀茂川沿いに「はまぼうブリッジ」があります。ここには、「黄槿(はまぼう)」の木が300本近くあるそうです。下田市の天然記念物にもなっています。

この「黄槿(はまぼう)」は、10年ぐらい前でしょうか、わが町の人たちと河口に200本近くのはまぼうの苗を植えました。今では、初夏の7月初めに黄色の可愛い花を咲かせています。(写真は、わが町のはまぼう)

途中、散歩されている方からあと6kmぐらいと教えていただきました。現在13:45。15:00ぐらいには、ゴールできるかな・・・・・

      

はまぼうの並木道を過ぎると国道136号線に合流します。このあたり、民宿やペンションの看板が目につきます。

吉佐美の国道沿いに歩くと途中でUターンするように筑波大学実験センター方面に歩きます。再び海岸線に出てきました。

この海岸線も美しいです。「和歌の浦」だそうです。何という鳥か知りませんが(シギかな?)、渚に停まっていました。

   

しばらく歩くと「下田海中水族館」が見えてきます。

   

下田城址公園、ペリー来航記念碑を通り「」へ。

このペリーロードは、黒船でやってきたペリー提督が了仙寺で日米下田条約締結のために行進した道です。平滑川をはさむ石畳の道沿いには、なまこ壁や伊豆石造りなど風情のある家並みが続いています。

    

了仙寺を通り、ゴールの下田小学校へ。

  

今日のGPSです。スタートの時スイッチを入れ忘れていました。2kmぐらい経過したところからになっています。

ゴール後、寝姿山のロープウェイに乗ろうかと思いましたが、今日は、アップダウンが多く、すぐホテルへ帰りました。

お風呂で体重を測ると-2kgでした。

今晩の夕食もアワビ、伊勢海老、金目鯛が出てきました。